【第78話】アーベル商会支店
『大地の湯宿』の看板が掲げられてから、数日。
旅館の周辺では、少しずつ新しい変化が起き始めていた。
ダンジョンが見つかった影響か、武器や防具を扱う鍛冶屋、薬やポーションを扱う薬屋、衣類や衣装を扱う店、料理店や酒場。
その中でも――。
「ここか」
大地が一人で足を止めた。
目の前に建っているのは、旅館からほど近い場所に完成した一軒の建物。
アーベル商会の支店だった。
「……思った以上に立派だな」
外壁には木材がふんだんに使われ、屋根の形もどこか日本の古い商家を思わせる。
玄関には小さな庇。
格子状の窓。
そして、入口の横には――。
『アーベル商会 大地の湯宿支店』
と書かれた木製の看板が掲げられている。
「これ、ほとんど旅館と同じ雰囲気じゃないか」
大地は苦笑しながら扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
中から、落ち着いた女性の声が聞こえた。
「……あ」
受付に座っていた女性が立ち上がる。
20歳前後ほどだろうか。
栗色の髪を後ろでまとめ、商会らしい落ち着いた服装をしている。
「ユモリ・ダイチ様ですね」
「そうですけど……」
「お待ちしておりました」
女性は丁寧に頭を下げた。
「申し遅れました。私、アーベル商会の支店受付を担当しております、ミレイと申します」
「ミレイさんですね。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ミレイは微笑んだ。
「セリーナ様がお待ちです。どうぞこちらへ」
「もう来てるのか」
「はい。先ほどから応接室でお待ちしております」
「分かりました」
大地はミレイに案内され、店の奥へと進んでいった。
◇
「……すごいな」
応接室へ向かう途中、大地は店内を見渡した。
木製の棚。
和紙を使った照明。
低めに作られた商品棚。
壁には日本の商店を思わせる装飾まで施されている。
「これもエレナとセリーナのアイデアなのか?」
「はい」
ミレイが答える。
「旅館との統一感を持たせるため、内装についてはエレナ様とセリーナ様から細かい指示をいただいております」
「なるほど……」
大地は感心した。
まさか商会まで日本風になるとは思っていなかった。
そして――。
「こちらです」
ミレイが一つの扉の前で立ち止まる。
「失礼いたします」
扉を開ける。
「お待ちしておりましたわ、ダイチ様」
中にいたのは――。
セリーナだった。
いつものように優雅な笑みを浮かべ、ソファに腰掛けている。
「セリーナさん」
「どうぞ、お掛けくださいませ」
「はい」
大地は向かいのソファへ腰を下ろした。
ミレイが紅茶を用意すると、一礼して部屋を出ていく。
扉が閉まる。
「それでは、現在までの進捗をご報告いたしますわ」
セリーナが書類を手に取った。
「まず、旅館の従業員についてです」
「うん」
「明日の朝、従業員として働くことを希望する者が五名ほど、こちらへ参ります」
「もうそんなに?」
大地が驚く。
「はい」
セリーナは微笑んだ。
「すでにアーベル商会側で一度面接を行っております」
「そこまでやってくれたのか」
「当然ですわ」
セリーナはさらりと言った。
「技能面はもちろん、人格についても確認しております。少なくとも、旅館で働いていただくうえで問題のない人物だと判断しております」
「……流石の手際ですね」
思わず大地が呟く。
「何か?」
「いや……何でもない」
セリーナはくすりと笑った。
「続いて、宣伝についてです」
「宣伝も進んでるのか?」
「もちろんですわ」
セリーナが書類をめくる。
「クレーベルはもちろんですが――」
一枚の資料を差し出す。
「人間の国アルディア王国」
「エルフの国ハイデンベルク皇国」
「ドワーフの国カデンツ」
「そして獣人の国マウレシコ」
それぞれの国名が記されていた。
「各国の商人ギルド、冒険者ギルドなどへ、温泉旅館の情報を共有しております」
「全部の国に?」
「はい」
「……」
大地は言葉を失った。
「さらに、街道沿いなどには貼紙や看板も設置しております」
「反応は?」
「上々ですわ」
セリーナは満足そうに微笑んだ。
「温泉という未知の施設に興味を持つ商人や冒険者が多く、問い合わせも徐々に増えております」
「なるほど……」
「また、クレーベル側の行商組合とも連携を確立いたしました」
「行商組合?」
「はい」
セリーナが頷く。
「旅館で使用する食材や調味料、日用品などを定期的に運んでもらう体制を整えております」
「それは助かるな」
「一度に大量に仕入れるより、定期便にしたほうが食材の鮮度も維持できますので」
「そこまで考えてるのか……」
大地は完全に感心していた。
そして――。
「最後に、こちらです」
セリーナが別の書類を取り出した。
「シャンプーやボディソープなどの試供品について」
「ああ」
「貴族の方々を中心に、非常に好評ですわ」
「本当に?」
「はい」
セリーナは楽しそうに笑う。
「試供品をお渡しした方々から、追加注文が相次いでおります」
「そんなにか……」
「香りや使用感についても評判がよく、すでに『また欲しい』という声がかなり届いておりますわ」
「へえ……」
「現在はエレナ様にも協力していただき、アーベル商会の方で独自ブランドとして展開する準備を進めております」
「ブランド化まで……」
大地は思わず天井を見上げた。
「俺が温泉旅館を作ってる間に、そこまで進んでたのか……」
「ええ」
セリーナは涼しい顔で答える。
「大地さんからいただいたものを、売れる形に整える。それが商人の仕事ですもの」
「……」
大地は目の前の女性を改めて見た。
アーベル商会の令嬢。
商才に長け、行動も早い。
しかも――。
「セリーナさんって……」
「はい?」
「めちゃくちゃ有能ですよね」
「今さら気づきましたの?」
「自分で言うか、それ……」
「ふふっ」
セリーナは楽しそうに笑った。
「ですが、ダイチ様」
「ん?」
「これだけ働いた私に――」
セリーナがゆっくりと身を乗り出す。
「何か、ご褒美をいただけませんか?」
「……ご褒美?」
「はい」
先ほどまでの商談中とは違う。
どこか妖艶な笑み。
「私は、ダイチ様のために随分と頑張りましたもの」
「それは……本当に感謝してる」
「でしたら」
セリーナはさらに距離を縮める。
「感謝の気持ちを、形にしていただいてもよろしいのでは?」
「……」
大地は嫌な予感がした。
「ちなみに、何が欲しいんですか?」
「そうですわね……」
セリーナは少し考えるように視線を逸らし――。
再び大地を見る。
「ダイチ様からの、寵愛が欲しいですわ」
「ち、寵愛……?」
「ええ」
セリーナの瞳が細くなる。
浴衣の胸元からは大きな双丘がたわわに溢れ、今にも飛び出してしまいそうな勢いだ。
「こちらの椅子にお掛けになってください」
応接室のさらに奥にあるセリーナの庶務用の机の方へ連れて行かれ、ふかふかな椅子に腰をかけた。
「……な、なにをするつもりなんです?」
大地が恐る恐る尋ねると、セリーナは机の下に潜り込んで、椅子に腰掛けた大地の太腿の内側を撫でながら、蠱惑的な目をこちらに向けてくる。
「あら……ご褒美を今からいただくだけですわ」
セリーナの大地の内腿を撫でている手は、徐々に目的地へと焦らしながら向かう。焦ったい動きは大地の下腹部を刺激してゆく。
「ダイチ様……雄々しく逞しくて素敵ですわ」
机の下にいるセリーナの浴衣はたわわな双丘を露わにし、大地の視線を奪う。それに気づいた見上げる瞳は悪戯心を隠しきれていない。
「……い、良いんですか?…くっ…仕事中です…よ…?」
「……いけないことをしてますわね」
下腹部から生える硬く屹立したものをゆっくりと上下に動かしてながら、上唇を蠱惑的に舐める仕草は大地の脳を官能的に焼いてゆく。
ーーーコンコン。
応接室のドアがノックされ、聞き覚えのある声が外から聞こえる。
「紅茶の交換にまいりました」
「……ど、どうぞ!」
押し寄せる快楽を僅かに残った理性で殺しながら、ドアの向こうへ返事をする。
「失礼します……あら?…ダイチ様だけでしたか?」
替えの温かい紅茶をトレイに載せたミレイが部屋に入る。
「…え、えぇ…なんか用事があるみたいで、部屋で待っているように言われてるんです」
セリーナの手は止まることがなく、寧ろ先端の敏感な部分を重点的に弄りはじめる。
「……それは、お待たせして申し訳ございません。大事な客人をお待たせして……セリーナ様ったら仕方ありませんね」
紅茶を慣れた所作で入れ替えてゆくミレイをよそに、机の下からの快楽と理性との熾烈な攻防が行われている。
「い、いえ…全然…お気遣いなく!……ッ!」
理性を破って押し寄せる快楽の波。防波堤ギリギリで寸止めされ、チラッと机の下を覗くと、潤んだ瞳で悪戯っぽく微笑む淫靡な悪魔がいる。
「知ってますか?ダイチ様。セリーナ様ってあんな感じですけど、家ではダイチ様の話ばかりしてるんですよ?」
交換が終わったミレイはトレイを慎ましやかな胸元に抱えて、大地へ話を続ける。
「……へ、へぇ…そ、そうなんですね」
セリーナの上下に動き続けていた手が止まったと思った刹那、下腹部が粘膜質の温かい感覚に包まれる。
「ーーーーーーーーッ!」
机の下に視線を向けると、蠱惑的な上目遣いのセリーナが口いっぱいに咥え込んで動きはじめる。
「ええ……幼い頃からセリーナ様の側付きをしてますけど、あんなセリーナ様は初めてです」
包み込んだ口内で淫らな舌使いが蹂躙し、唾液と体液が混ざったものが潤滑油となって、刺激を増幅させる。
「淑女ぶってますけど、だいぶダイチ様にお熱ですね。私が言うんですから間違いないです!」
セリーナの動きは精を搾取する淫魔のように速度を増してゆく。悪戯っぽい瞳は妖艶で、どこか愛らしくもあり、理性の箍が外れてしまう。
「……あんな素敵な人に…うっ…冥利に尽きますね…」
「毎日聞かされるこちらの身にもなってほしいですよ。アーベル家の才媛と言われ期待されてますが、案外年齢通りの可愛らしい方なんです」
「ーーーーーーーーーーッ!!」
あまりの刺激に行き場をなくした快楽が喉奥に白濁としたものを叩きつけ、虚脱感とともにドクドクと脈打ち、痙攣を繰り返しながら、口内で暴れまわる。
「あの…セリーナ様のこと……どうかよろしくお願いします」
「………………はい…かならず…」
返事を聞いたミレイは安心したのか一礼して、部屋から出て行った。
「……セリーナさん……戯れが過ぎますよ」
「……んくっ…んっ…あら、こちらは悦んでましてよ?」
セリーナは大地の精を飲み干し、舌を使って綺麗に掃除してゆく。
「主想いの素敵な部下をお持ちですね」
「えぇ…部下というよりも、幼馴染というか…家族に近いですわねミレイは…」
「……ただ少しお喋りが過ぎるようですわね…お仕置きが必要ですわ」
口元を拭って立ち上がり、セリーナは微笑みながらも、禍々しいオーラを身に纏う。
「……セリーナさん」
「はい?」
「もしかして、最初からこれが目的だった?」
「さあ?」
セリーナは、いたずらっぽく笑った。
応接室には、二人だけ。
茶葉の豊かな香りが淫靡な香りを消し去り、静かな午後の時間を演出する。
限られた人間しか知らないセリーナの新たな一面を知り、隠しきれない優越感を感じた。




