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異世界温泉宿経営♨️ 〜「戦闘スキルをください!とお願いした女神がくれたのは、まさかの“銭湯スキル”でした〜  作者: 回胴めぐり


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【第76話】仲居修行の様子


翌朝。


温泉旅館の朝は早かった。


まだ太陽が昇りきる前。


館内には、掃除をする音や食事の準備をする音が響いている。


そして――。


「では、今日から皆さんには仲居としての仕事を覚えてもらいます」


エレナが三人の前に立っていた。


「はい!」


ミーナが元気よく返事をする。


「よろしくお願いします、エレナお姉様!」


「はい。こちらこそよろしくお願いします」


エレナは微笑んだ。


「まずは、旅館で働くうえで大切な所作からです」


「所作……?」


フォルナが首を傾げる。


「お客様の前での立ち方、歩き方、挨拶の仕方。それから、お辞儀の角度まで覚えてもらいます」


「なるほど……」


リリィが真剣な表情で頷く。


「旅館というのは、ただ料理を運んだり掃除をしたりするだけではありません」


エレナは三人を見渡す。


「お客様に、心地よく過ごしていただくこと。それが一番大切です」


「はい!」


三人が声を揃えた。


「では――」


エレナがお手本を見せる。


背筋を伸ばし。


ゆっくりと頭を下げる。


「いらっしゃいませ」


その動きには無駄がなく、優雅さすら感じられた。


「……綺麗」


ミーナが思わず呟く。


「これが……仲居さんなんですね」


「はい」


「私もやってみます!」


ミーナが真似をする。


「いらっしゃいませ!」


ぺこり。


「上手です」


「本当ですか!?」


「はい。元気があって、とても良いと思います」


「やった!」


ミーナが嬉しそうに笑う。


続いてリリィ。


「いらっしゃいませ……」


ぺこり。


「とても丁寧ですね」


「ありがとうございます」


そして――。


「フォルナさんも」


「はい!」


フォルナが背筋を伸ばす。


「い、いらっしゃいませ!」


ぺこっ。


「……」


エレナが微笑む。


「もう少しゆっくりで大丈夫ですよ」


「はい!」


もう一度。


「いらっしゃいませ!」


ぺこっ。


「……あっ」


フォルナの尻尾が近くに置いてあった桶に当たった。


ガタン!


「きゃっ!」


桶が倒れる。


「す、すみません!」


「大丈夫ですよ」


エレナは優しく笑った。


「尻尾の動きも含めて、自分の身体の動きを覚えていきましょう」


「はい……!」


フォルナは真剣に頷いた。


◇


その後も、エレナによる仲居修行は続いた。


館内の案内。


「こちらが大浴場です」


「こちらが休憩処になります」


「お客様から質問された場合は、まず笑顔でお答えしてください」


そして――。


温泉の説明。


「こちらの温泉には疲労回復の効果があります」


「こちらは魔力の回復を助ける効果があります」


「そして、この温泉は身体能力を一時的に高める効果があります」


ミーナが目を輝かせる。


「お客様に聞かれたら、全部説明できるようにしておかないといけないんですね!」


「その通りです」


エレナが頷く。


「分からないことを聞かれた場合は、無理に答えず、私たちに確認してください」


「はい!」


ミーナは次々と説明を覚えていく。


しかも――。


「エレナお姉様、この説明の後に『ごゆっくりお過ごしください』って付け加えると、もっと感じが良いんじゃないですか?」


「……!」


エレナが目を丸くした。


「素晴らしいですね」


「えへへ」


ミーナは照れながら笑った。


どうやら接客の才能があるらしい。


◇


一方、調理場。


「リリィ…これ切れる?」


リゼが野菜を切りながら言う。


「はい」


リリィは包丁を手に取った。


トントントン。


一定のリズムで野菜を切っていく。


「……」


リゼがちらりと見る。


「上手」


「本当ですか?」


「うん」


「実は、昔から料理が好きなんです」


「……そう」


リゼの表情が、ほんの少し柔らかくなった。


「じゃあ、これもお願い」


「はい」


リリィは手際よく作業を進める。


出汁を取る。


野菜を切る。


盛り付ける。


どれも丁寧だ。


「リゼさん、これは先にこちらに入れたほうがいいですか?」


「……うん」


「分かりました」


「……やりやすい」


「え?」


「リリィと一緒だと」


リゼがぽつりと言った。


「呼吸が合う」


「……!」


リリィの顔がぱっと明るくなる。


「ありがとうございます!」


二人の間には、どこか不思議な空気が流れていた。


「料理が好きなら、これから色々覚えて」


「はい!」


「……一緒に頑張ろう」


「はい!」


リリィは嬉しそうに頷いた。


◇


そして――。


「フォルナさん!」


「はい!」


「そちらの枕を持ってきてもらえますか?」


エレナは客室の清掃や布団の敷き方を教えている。


「分かりました!」


フォルナが走り出す。


「……あっ」


「きゃっ!」


尻尾が棚にぶつかる。


ガタガタガタッ。


「だ、大丈夫です!」


枕を掴む。


そして戻ろうとして――。


「わっ!」


今度は自分の足を尻尾で踏んだ。


「きゃあっ!」


「フォルナさん!?」


「だ、大丈夫です!」


なんとか立ち上がる。


そして――。


「持ってきました!」


「ありがとうございます」


エレナが受け取る。


「では、次はこの廊下をお願いします」


「はい!」


フォルナは雑巾を持って走っていく。


「……!」


ツルッ。


「きゃあああっ!」


「フォルナさん!?」


幸い、怪我はなかった。


しかし――。


廊下には見事な水跡が残った。


「……」


フォルナは固まった。


「す、すみません……」


「大丈夫ですよ」


エレナは優しく声をかける。


「落ち着いてやれば大丈夫です」


「はい……」


けれど。


フォルナはその後も失敗を繰り返した。


お盆を持てば、尻尾がぶつかる。


掃除をすれば、物を落とす。


料理を運べば、段差につまずく。


「す、すみません!」


「大丈夫ですよ」


エレナは何度も声をかける。


けれど。


ミーナはどんどん仕事を覚えていく。


リリィもリゼの手伝いをしながら、着実に仕事をこなしている。


それなのに――。


自分だけが。


何をやっても上手くいかない。


「……」


フォルナは、二人の姿を遠くから見つめていた。


ミーナはお客様への挨拶を練習している。


リリィは厨房でリゼと一緒に料理を作っている。


二人とも、自分よりずっと上手に仕事をしている。


「……私だけ」


フォルナは小さく呟いた。


「私だけ……何にもできない」


◇


昼過ぎ。


昼食が終わった休憩中。


フォルナは一人で旅館の裏手へ向かった。


そこは、誰からも見えない場所。


木々に囲まれ、人の姿もない。


フォルナは切り株に腰を下ろした。


「……」


俯く。


「どうして……」


尻尾が力なく地面に垂れる。


「ミーナは、何でもできる」


「リリィも、料理が上手で……」


「私だけ……」


胸が苦しくなる。


「何をやっても失敗して……」


目に涙が浮かんだ。


「こんなんじゃ……」


ぽたり。


涙が落ちる。


「私……ここで働いていけないよ……」


その時だった。


「……フォルナ?」


「……!」


聞き慣れた声。


振り返ると――。


大地が立っていた。


「こんなところで何してるんだ?」


「だ、旦那様……」


フォルナは慌てて涙を拭う。


「なんでもありません!」


「……」


大地はフォルナを見る。


そして、少しだけ笑った。


「それ、なんでもない人の顔じゃないだろ」


「……」


フォルナは俯いた。


「……私」


声が震える。


「仕事が……全然できなくて」


「……」


「ミーナは何でもテキパキできるし……リリィは料理も上手で……」


「うん」


「私だけ……」


フォルナは唇を噛む。


「私だけ、何をやっても失敗して……」


大地は黙って聞いていた。


「このままじゃ……みんなに迷惑をかけちゃいます」


「……」


「私なんか……いないほうが……」


「フォルナ」


大地が静かに名前を呼ぶ。


「はい……」


「ミーナやリリィと、自分を比べなくていい」


「……でも」


「人は人だろ?」


フォルナが顔を上げる。


「ミーナにはミーナの得意なことがある」


「リリィにはリリィの得意なことがある」


「そして、フォルナにはフォルナの得意なことがあるはずだ」


「……私の?」


「ああ」


大地は頷く。


「まだ見つかってないだけかもしれない」


「……」


「それに、最初から何でもできる人なんて、そういない」


「でも……」


「失敗したっていいじゃないか」


大地は笑った。


「仕事を覚える途中なんだから」


フォルナは大地を見る。


「俺だって、最初から何でもできたわけじゃない」


「……そうなんですか?」


「そりゃそうだ」


大地は苦笑する。


「だから、フォルナもフォルナのペースでいい」


「……」


「ミーナみたいにテキパキ動けなくてもいい」


「リリィみたいに料理が得意じゃなくてもいい」


「自分にできることを、一つずつ覚えていけばいいんだ」


フォルナの目から、また涙が零れた。


けれど――。


今度の涙は、さっきまでとは少し違っていた。


「……私に、できること」


「ああ」


「一つずつ……」


「そう」


大地は頷いた。


「一生懸命やって、それでも失敗したなら、またやり直せばいい」


「……」


「大切なのは、できないからって諦めないことだと思うぞ」


フォルナは涙を拭う。


「……旦那様」


「ん?」


「ありがとうございます」


フォルナは顔を赤らめながら笑った。


まだ少し涙は残っている。


けれど、その表情にはもう落ち込んでいた時の暗さはなかった。


「私……もう一度やってみます!」


「それでいい」


「私のペースで……頑張ります!」


「うん」


「ありがとうございました!」


フォルナは勢いよく立ち上がる。


そして――。


「きゃっ!」


自分の尻尾を踏んだ。


「……」


「……」


フォルナは尻餅をついた。


「…………」


大地が苦笑する。


「まあ……そこからだな」


「はい!」


フォルナも笑った。


◇


「エレナお姉様!」


「フォルナさん?」


戻ってきたフォルナは、先ほどとは違う表情をしていた。


「もう一度、掃除をやらせてください!」


「もちろんです」


エレナが微笑む。


「では、一緒にやりましょう」


「はい!」


フォルナは雑巾を手に取る。


ゆっくり。


慎重に。


今度は走らない。


一歩ずつ。


「……」


ミーナがその姿を見ていた。


「フォルナ、頑張ってるね」


「はい」


リリィも微笑む。


「私たちも負けないように頑張らないと」


「うん!」


ミーナが頷く。


そして――。


「よし!」


三人はそれぞれの仕事へ戻っていった。


ミーナは笑顔でお客様を迎える。


リリィはリゼの隣で料理を手伝う。


フォルナは、何度も失敗しながら、それでも一生懸命に掃除を続ける。


三人とも違う。


得意なことも。


苦手なことも。


歩く速さも。


けれど――。


目指す場所は同じだった。


この温泉旅館を。


訪れた人が笑顔になれる場所にすること。


そして、自分たち自身も。


ここで笑って生きていくこと。


そんな新しい仲間たちの姿を見ながら――。


エレナは優しく微笑んでいた。

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