【第7話】これってチートじゃない?
『温泉サーチが反応しました』
「…………え?」
大地が固まる。
「ダイチさん?」
『近辺に温泉源を確認』
「…………」
「どうしました?」
「いや……」
大地は周囲を見回す。
「ちょっと気になるところがあるんです」
「気になるところ?」
「はい」
大地は立ち上がった。
「どうも俺のスキルが反応したみたいなんです」
「スキルが?」
「この辺りに温泉があるらしくて」
「温泉……?」
エレナが目を丸くする。
「温泉というのは?」
「簡単に言えば、地面から湧いてくる温かい水です」
「地面から……温かい水?」
「はい。俺のいた国では、温泉に入って疲れを癒やす文化があったんですよ」
「お風呂のようなものですか?」
「そうです!」
大地は嬉しそうに頷く。
「もし本当にあるなら、ちょっと見てみたいです」
「……分かりました」
エレナは少し不思議そうな顔をしながらも立ち上がった。
「案内してください」
「はい!」
二人は薬草採取を一時中断し、森の奥へと進んでいった。
◇
「この辺りのはずなんだけど……」
数分歩いたところで、大地が立ち止まった。
足元が少し湿っている。
周囲の植物も、先ほどよりさらに濃い。
「ここです」
大地は地面に手を触れた。
『温泉源まで、およそ三十メートル』
「三十メートル……」
「何か分かりましたか?」
「もう少し先みたいです」
二人はさらに進む。
木々の隙間を抜ける。
小さな斜面を下る。
すると――。
「……あった」
大地が呟いた。
「何が――」
エレナの言葉が止まる。
その先から、白い湯気が立ち上っていた。
「……湯気?」
二人は顔を見合わせる。
ゆっくり近づいていく。
そこには、小さな水たまりのような泉があった。
水面から、絶えず白い湯気が立ち上っている。
「これが……温泉?」
「たぶん」
大地はしゃがみ込む。
恐る恐る手を伸ばし――。
指先を湯に触れた。
「あったかい……」
その瞬間。
大地の胸の奥が、じんわりと熱くなった。
温泉。
それは、大地にとって単なる温かい水ではなかった。
前の世界で、温泉に入る余裕などほとんどなかった。
仕事。
残業。
終わらないメール。
深夜のオフィス。
帰宅して、寝る。
そしてまた出社する。
そんな毎日だった。
「…………」
大地は湯気を見つめる。
(温泉……か。そういえば死ぬ間際に、温泉宿のサイト見て行きたいなと思ったんだよな)
ふと、思う。
もし――。
この世界で、自分の好きなことをして生きられるのなら。
「……そうだ」
大地の目が輝いた。
「これだ!」
「ダイチさん?」
「温泉ですよ!」
「はい?」
「これを使えば……」
大地は泉を見つめる。
「温泉宿……やってみるのも悪くないかもしれない」
エレナが目を瞬かせる。
「温泉宿……?」
「はい!」
大地は笑った。
「温泉に入って、美味しいものを食べて、ゆっくり休む」
「……素敵ですね」
「ですよね?」
前の世界で失ったもの。
自分の時間。
ゆっくりする時間。
何も考えずに湯に浸かる時間。
「俺……」
大地は温泉を見つめる。
「こういう場所を作りたい」
その瞬間――。
ーーピコン。
『泉質を確認します』
「……え?」
視界に文字が浮かび上がった。
『泉質――治癒能力促進』
「治癒能力促進……?」
「どうしました?」
「スキルが、この温泉の効果を教えてくれたみたいです」
「効果があるんですか?」
「はい」
大地は頷く。
「治癒能力を高める効果があるみたいです」
「……なるほど」
エレナが温泉を見つめる。
そして、何かに気づいたように周囲を見回した。
「だから……」
「え?」
「この辺りの植物が、異常なほど元気なんですね」
「なるほど!」
大地も納得する。
「温泉の効果が植物にも影響してるってことか」
「おそらく」
エレナは興味深そうに泉を観察する。
「これほど強い効果を持つ泉は、私も見たことがありません」
「へぇ……」
そのとき。
――ピコン。
『泉質効能調整LV:1を使用しますか?』
「……ん?」
大地は表示された文字を見る。
「泉質効能調整……」
確か、女神からもらったスキルの一つだった。
「これって……温泉の効果を変えられるってこと?」
『現在選択可能な効能』
『魔力回復促進』
『身体能力向上』
「二つから選べるのか……」
大地は少し考える。
魔力回復も魅力的だ。
しかし――。
「……身体能力向上で」
『泉質効能調整を実行します』
次の瞬間。
泉が――。
淡く光り始めた。
「うわっ!?」
大地が思わず後ずさる。
温泉の水面が波打つ。
そして――。
『泉質を身体能力向上へ変更しました』
「……すごい」
エレナも目を見開く。
「本当に泉質を変えたんですね」
「俺もびっくりしてます」
大地は温泉を見る。
「これって……人間にも効果があるんですよね?」
「おそらく」
「だったら……」
大地は泉を見つめる。
「試してみるしかないな」
「え?」
大地はエレナを見る。
「エレナさんって、土魔法使えましたよね?」
「はい。一通りなら」
「申し訳ないんですが……」
大地は泉を見る。
「ここを、人が浸かれるくらいの深さにできませんか?」
「……温泉に入るんですか?」
「はい!」
「ここで?」
「ここで!」
エレナは少し驚いた顔をしたが、すぐに微笑んだ。
「分かりました。やってみます」
エレナが泉の前に立つ。
そして――。
「……土よ、形を変えて」
足元の地面が、ゆっくりと動き始めた。
土が掘り下げられ、泉の周囲が少しずつ整えられていく。
ただ掘るだけではない。
崩れた土が湯に入らないよう、周囲の地面を固める。
さらに、近くにあった石を集め、泉の縁に並べていく。
「すごい……」
大地は思わず見入ってしまった。
「魔法って便利だなぁ」
「これくらいなら簡単ですよ」
やがて、小さな天然の露天風呂が完成した。
「こんな感じでどうでしょう?」
「完璧です!」
大地は満面の笑みを浮かべる。
そして――。
服に手をかけた。
「……え?」
エレナが固まる。
「ダイチさん?」
「はい?」
「何をしているんですか?」
「何って……」
大地は不思議そうな顔をする。
「温泉に入るんですよ」
「い、今ここでですか!?」
「はい!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
エレナが慌てて顔を逸らす。
「いきなり脱がないでください!」
エレナは目元に手を当てながら、慌てふためく。
「でも、せっかく温泉があるんですよ?」
「だからって!」
「大丈夫ですって」
「何が大丈夫なんですか!」
大地は笑いながら衣服を脱ぎ――。
そのまま温泉へ飛び込んだ。
「それっ!」
――ザブン!!
「……あぁぁぁぁ……」
大地の口から、思わず声が漏れる。
「最高だぁ……」
温かい湯が身体を包む。
疲れが、ゆっくりと抜けていく。
「これだ……」
大地は目を閉じた。
「極楽とは、このこと……」
前世では、こんな時間を持つことすらできなかった。
何も考えず。
誰にも急かされず。
ただ湯に浸かる。
「……温泉、最高」
「……ダイチさん」
少し離れた場所から、エレナの声が聞こえる。
「はい?」
「本当に楽しそうですね」
「そりゃそうですよ!」
大地は笑う。
「エレナさんも入ればいいのに」
「わ、私も!?」
「はい。気持ちいいですよ!」
「い、一緒にですか?」
「……あ」
大地はようやく気づいた。
エレナは顔を真っ赤にしている。
「……すみません」
「いえ……」
エレナは視線を逸らした。
「その……まだ心の準備が……」
「そうですよね」
大地も少し残念そうに頷く。
「つい、久しぶりの温泉でテンションが上がってしまいました」
「ふふ……」
エレナが小さく笑った。
「ダイチさん、本当に温泉が好きなんですね」
「はい」
「……では」
エレナは少しだけ考えたあと――。
「足だけなら……」
「え?」
エレナはゆっくりと温泉の縁へ近づいた。
そして、編み上げのブーツを片方ずつ脱ぐ。
大地は思わず目を奪われた。
(なんだか……すごく……えっちです)
エレナの白い足が、湯気の向こうから現れる。
「……なんだか、緊張しますね」
エレナはそっと足先を湯へ入れた。
――ちゃぷん。
「……ぁん」
エレナの表情が緩む。
「温かい……」
「でしょう?」
「……気持ちいいです」
「ですよね!」
エレナはもう一度、そっと足を湯の中へ沈める。
「こんなに温かい水が、地面から出てくるなんて……」
その表情には、先ほどまでの緊張が少しずつ消えていた。
ーーピコン。
『温泉効能強化LV:EXを発動します』
「……え?」
大地の頭の中に、声が響いた。
『対象者を確認』
『ユモリ・ダイチの温泉効能を最大効率で適用します』
『身体能力向上――発動』
「……なんか、またスキルが発動したみたいです」
「え?」
「身体能力が向上した……みたいですね」
エレナが驚いた顔をする。
「本当ですか?」
「たぶん」
「確認してみます」
エレナはステータス画面を開いた。
「…………」
「どうです?」
「……確かに」
エレナは自分のステータスを確認する。
「全体的に少し上昇しています」
「へぇ……」
大地も自分のステータスを開く。
「じゃあ、俺も確認してみるか」
そして――。
「ステータスオープン!」
目の前に、自分のステータスが表示された。
【ステータス】
氏名:ユモリ・ダイチ
種族:人間
LV:1
HP:3,000(30 + 2970↑)
MP:10
力:500(5 + 495↑)
防御:500(5 + 495↑)
素早さ:500(5 +495↑)
魔力:2
魔法防御:4
運:10
【スキル】
温泉サーチ LV:1
泉質効能調整 LV:1
温泉効能強化 LV:EX
「…………」
大地は黙った。
「…………」
もう一度見る。
「…………」
さらに見る。
「……あれ?」
HP――3,000。
力――500。
防御――500。
素早さ――500。
「…………」
大地は自分の顔を指差す。
「これ……俺ですよね?」
「はい」
「本当に?」
「はい」
「間違ってない?」
「たぶん……」
「たぶん!?」
大地は慌ててステータスを見直す。
昨日までとは、明らかに違う。
「HP3,000……」
「はい」
「力500……」
「はい」
「……レベル1ですよね?」
「そうですね」
「…………」
大地は頭を抱えた。
「いやいやいやいや!」
「ダイチさん?」
「ちょっとじゃないぐらいパラメーター上がってるんですが!?」
エレナもステータスを覗き込む。
「……私の方はダイチさんほど向上はしていないようです」
「俺のパラメーターですが、身体能力が100倍ですよ!?間違いじゃないですよね?」
「私にも分かりません」
「…………」
二人は無言でステータス画面を見つめる。
そして――。
大地は、ゆっくりと温泉へ視線を向けた。
「…………」
「…………」
「エレナさん」
「はい」
「この温泉スキル……」
大地は引きつった笑顔を浮かべる。
「もしかして、とんでもないスキルなんじゃないですか?」
エレナはしばらく温泉と大地を交互にを見つめ――。
静かに頷いた。
「……その可能性は、高いと思います」




