【第74話】獣人三人組の面接
翌朝。
クレーベルの街は、いつもと変わらない朝を迎えていた。
――ただし。
「……眠い」
大地は宿の部屋で、ぼんやりと目を擦っていた。
隣では、エレナも眠そうに髪を整えている。
「……私もです」
「……」
二人の視線が合う。
そして――。
「……ふふっ」
「はは……」
思わず笑ってしまう。
昨夜のことを思い出せば、眠気などどうでもよくなるほど幸せな時間だった。
「でも、そろそろ行かないとな」
「はい」
今日は、約束がある。
冒険者ギルドで、ミーナたち三人を迎えるのだ。
「大地さん」
「ん?」
エレナが大地の腕にそっと寄り添う。
「昨日……ありがとうございました」
「俺も」
「……はい」
二人は微笑み合う。
そして、身支度を整えると宿を出た。
◇
冒険者ギルド。
「お待ちしていました!」
入口に入るなり、明るい声が飛んできた。
昨日の猫人族――ミーナだった。
肩まで伸びた金髪。
健康的でスレンダーな体つき。
猫耳をぴんと立て、元気いっぱいに頭を下げる。
「おはようございます!」
「おはよう、ミーナ」
「はい!」
その後ろには、二人の少女が立っていた。
一人は――兎人族。
水色の長い髪。
柔らかな雰囲気を纏った、女性らしい豊かな体つき。
「お、おはようございます……」
おっとりとした口調で頭を下げる。
「私は、リリィと申します……」
「よろしく、リリィ」
「はい……よろしくお願いします……」
少し天然なのか、頭を下げた勢いで髪が顔にかかる。
「あら……」
リリィは髪を直そうとして――。
「あっ」
持っていた荷物を落とした。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です……」
慌てて拾おうとする。
すると、もう一人の少女が駆け寄った。
「リリィ、大丈夫!?」
狐人族。
黒く長い髪。
痩せてもなく程よく成長した体格。
そして――。
「わっ!」
大きくてふさふさの尻尾が、大地の顔を直撃した。
「ぶっ!」
「きゃあああっ! す、すみません!」
狐人族の少女が慌てて尻尾を引っ込める。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ああ……大丈夫」
「よかったぁ……」
胸を撫で下ろした瞬間。
「わっ!」
今度は自分の足を尻尾で踏んでよろける。
「きゃっ!」
「……」
大地とエレナは顔を見合わせる。
「……大丈夫か?」
「た、多分……!」
少女は慌てて立ち上がる。
「わ、私はフォルナです! 狐人族です! よろしくお願いします!」
「うん。よろしく」
フォルナは元気よく頭を下げた。
その勢いで、また尻尾がぶんと揺れる。
「……」
大地は少しだけ距離を取った。
「大地さん?」
「いや……尻尾が」
「あ……」
フォルナが自分の尻尾を見る。
「ご、ごめんなさい!」
「ははは」
大地は笑った。
「まあ、よろしくな」
「はい!」
三人の表情が、少しだけ明るくなった。
◇
「それじゃあ、旅館に向かおう」
「はい!」
四人――いや、エレナを含めれば五人で街を出る。
ミーナたちは緊張した様子で大地たちの後ろを歩いていた。
「……本当に、私たちを雇ってもらえるんでしょうか」
リリィが小さな声で呟く。
「面接をしてからだけどな」
大地が振り返る。
「まずは話を聞かせてもらう。それから決めるよ」
「はい……」
リリィは安心したように笑った。
フォルナはというと――。
「わぁ……!」
道端の花を見ている。
「フォルナ、前見て!」
ミーナが叫ぶ。
「え?」
「木!」
「きゃっ!」
「……」
大地は苦笑する。
エレナも笑っている。
「賑やかになりそうですね」
「そうだな」
そんな会話をしながら。
一行は温泉旅館へと向かった。
◇
「到着したぞ」
温泉旅館が見えてくる。
三人は立ち止まった。
「……ここが」
ミーナが目を見開く。
大きな建物。
綺麗に整えられた庭。
そして、そこから漂ってくる温泉の香り。
「すごい……」
リリィが呟く。
「ここで働けるかもしれないんですか?」
「まだ面接前だけどな」
「……はい」
三人は顔を見合わせる。
期待と不安。
その両方が表情に浮かんでいた。
「ようダイチ、おかえり」
そこへミレッタがやってくる。
「おう、ミレッタ」
「その三人は待望の働き手か?」
「ああ」
「へぇ……」
ミレッタが三人を見る。
「よろしくな」
「よろしくお願いします!」
ミーナが元気よく頭を下げる。
「……よろしくお願いします」
リリィも続く。
「よ、よろしくお願いします!」
フォルナも頭を下げる。
すると――。
「わっ!」
また尻尾が勢いよく振られた。
「……」
ミレッタが少しだけ目を丸くする。
「元気な奴だな」
「す、すみません!」
「別にいいって」
ミレッタは笑った。
続いてリゼも姿を現した。
「……よろしく」
短い言葉だった。
「よろしくお願いします!」
三人が揃って頭を下げる。
そして最後に――。
「皆様、揃っていますのね」
セリーナが現れた。
「セリーナさん」
「昨日ぶりですわね、ダイチ様」
「そうだな」
セリーナは三人を見る。
そして。
「……なるほど」
商人としての目に変わった。
「それでは、面接を始めましょうか」
◇
一同は食事処へ移動した。
三人は緊張した面持ちで椅子に座っている。
大地。
エレナ。
ミレッタ。
リゼ。
セリーナ。
そして三人の獣人。
面接が始まった。
「まず、三人がどうして冒険者になったのか聞かせてもらえるか?」
大地が尋ねる。
ミーナが静かに口を開いた。
「私たちは……元々、この国の人間ではありません」
「……」
「三人とも、それぞれ故郷は違います。でも、今は帰る場所がありません」
大地は黙って聞く。
「私たちは以前、人族の国へ向かう奴隷商の馬車に乗せられていました」
エレナの表情が変わる。
「……奴隷商?」
「はい」
ミーナが頷く。
「私たちは、勿論自分たちの意思で奴隷になったわけではありません。村から口減しで奴隷商に売られしまったんです」
「……」
「ところが途中で魔物に襲われて……」
リリィが続ける。
「馬車が壊れて……馬車の護衛の人達が戦っている最中に機会を伺って、隙をついて逃げました」
「三人で必死に森の中を走りました」
フォルナが言う。
「何日も逃げて……やっと街まで辿り着いたんです」
「でも……」
ミーナが俯く。
「当然帰る場所はありませんでした」
故郷に戻ることもできない。
かといって、働こうとしても――。
「獣人だから、という理由だけで断られました」
「……」
「だから、私たちは冒険者になるしかなかったんです」
ミーナの拳が膝の上で握られる。
「でも、私たちは戦闘を得意とする種族ではないので、魔物と戦って稼ぐことができません」
リリィが申し訳なさそうに続ける。
「薬草を採ったり……街のお使いをしたり……そういう依頼ばかりでした」
「報酬も、あまり高くありませんでした」
フォルナが尻尾を垂らす。
「頑張っても、生活が楽になることはなくて……」
三人の間に沈黙が落ちる。
「そんな時に――」
ミーナが顔を上げる。
「温泉旅館の求人を知りました」
「ここなら……」
リリィが小さな声で言う。
「私たちでも働けるかもしれないと思ったんです」
「だから、お願いします」
三人が揃って頭を下げる。
「私たちに、働く場所をください」
◇
しばらく沈黙が続いた。
その時だった。
「……一つ、懸念がありますわ」
セリーナが口を開いた。
三人が顔を上げる。
「獣人族の方々を旅館の従業員として雇うこと」
セリーナは冷静な表情で続ける。
「この国では、獣人に対する偏見が完全になくなったわけではありません」
「……」
「旅館はこれから、多くの人が訪れる場所になります」
「獣人が働いているというだけで、悪い噂を立てる者が出る可能性はありますわ」
ミーナたちの表情が曇った。
「せっかく作った旅館の評判に影響する可能性も――」
「セリーナさん」
エレナが静かに口を挟んだ。
「はい?」
エレナは自分の髪を掴んでゆっくりと口を開く。
「私も、同じようなものではありませんか?」
「……」
白銀の髪。
この世界で忌避される色。
それを見れば、エレナが普通のエルフではないことに気づく者もいる。
「私は、この髪のせいで多くの人から避けられてきました」
「エレナ……」
「それでも――」
エレナは大地を見る。
「ダイチさんは、そんな私に態度が変わることなく、受け入れてくれました」
そして。
ミーナたちを見る。
「私のような人間を受け入れてくれたダイチさんなら……」
エレナは大地の手を取った。
「この三人も、受け入れて欲しいのです」
「エレナ……」
「お願いします」
エレナは、自分自身とミーナたちの境遇を重ね合わせたのか、頭を下げた後、芯のある表情で大地を見つめる。
ミーナたちも目に涙を浮かべている。
「私たちからも……お願いします」
「働かせてください」
「お願いします……!」
三人も深く頭を下げた。
◇
大地は、しばらく黙っていた。
そして――。
「分かった」
三人が顔を上げる。
「……本当ですか?」
「ああ」
大地は頷く。
「三人とも、旅館で働いてもらう」
「……!」
ミーナの目から涙が零れた。
リリィも口元を押さえる。
フォルナは――。
「う、うぅ……」
大粒の涙を流しながら尻尾をぶんぶん振っている。
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます……!」
「ありがとうございます!」
三人の声が重なった。
エレナも涙を浮かべている。
「ダイチさん……」
「エレナ」
大地は優しく笑う。
「実はな」
「……?」
「エレナに頼まれなくても、最初から雇うつもりだった」
「……え?」
エレナが目を見開く。
「話を聞いて、ここで働きたいって思ってるなら、それで十分だと思った」
大地は三人を見る。
「獣人だから雇わないなんて、俺には考えられない」
「……」
「旅館で必要なのは、種族じゃない」
大地は静かに言った。
「ちゃんと働きたいと思ってくれる人かどうかだ」
「……!」
「ミーナたちが頑張って働いてくれるなら、それでいい」
大地の言葉に、ミーナは涙を拭った。
「……はい!」
「精一杯、頑張ります!」
「私も……頑張ります」
「わ、私も頑張ります! 転んでも!」
「転ばないように頑張れよ」
「はい!」
フォルナは涙を流しながら笑った。
◇
「……やっぱりダイチだな」
ミレッタが腕を組みながら笑う。
「最初から答えが決まってたんじゃねえか」
リゼも小さく頷く。
「……ダイチらしい」
二人にとっては、当然のことだった。
一方。
「……まったく」
セリーナは呆れたように息を吐く。
「ダイチ様は、本当に商売というものを分かっていらっしゃるのでしょうか」
「分かってるつもりだけど?」
「普通なら、もう少し利益や評判を考えるところですわ」
「そうかもな」
「……ですが」
セリーナは三人を見る。
そして、大地を見る。
「そういうところが……」
一瞬だけ言葉に詰まる。
「……人を惹きつけるのでしょうね」
「?」
「いえ…何でもありませんわ」
セリーナは小さく笑った。
「三人とも、採用でよろしいでしょう」
◇
こうして。
温泉旅館に、新しい仲間が加わることになった。
猫人族――ミーナ。
兎人族――リリィ。
狐人族――フォルナ。
三人にとっては、初めて手に入れた――。
自分たちの意思で選んだ「居場所」だった。
そして。
その日の夕方。
三人は旅館の入口に立っていた。
「……ここが」
ミーナが呟く。
「私たちの、新しい場所……」
「そうですね……」
リリィが微笑む。
「素敵なところです」
フォルナは目を輝かせる。
「旦那様!温泉、入っていいんですか!?」
「だ、旦那様…!?なんだそれ?」
「旦那様は旦那様です!私たちの職場の責任者様ですから!」
「……そうか…みんなこれからよろしく頼むぞ!」
大地が笑う。
「はい!」
三人の元気な返事が、旅館の中へ響いた。
温泉旅館はまた一つ。
新しい仲間と、新しい物語を迎え入れた。




