【第71話】朝から修羅場?
朝。
温泉旅館の大浴場から、湯気が立ち上っていた。
「…………」
大地は湯船に肩まで浸かりながら、遠い目をしていた。
昨夜のことを思い出そうとする。
酒。
サディスティックなセリーナ。
そして――。
「……昨日のセリーナさん積極的だったなぁ」
大地はそっと目を閉じた。
瞼の裏には大地を蠱惑的に誘惑し、蹂躙するセリーナが映る。
「いやいや…考えるの、やめよう!」
何があったのか。
何もなかったのか。
そもそも、どこまで覚えているのか。
考えれば考えるほど頭が痛くなる。
だが――。
「……温泉、最高」
湯に浸かっていると、昨夜から残っていた疲労が少しずつ抜けていく。
そして。
【温泉効能強化:生命力回復】
身体の奥から力が戻ってくる。
「……生き返る」
大地は心の底から呟いた。
干からびた体から血色が戻り、空気を入れたように元通りになった。
「やっぱり、この旅館を作って正解だったな……」
しばらく温泉を堪能した後、大地は浴場を出た。
鏡を見る。
「……よし」
顔色も戻っている。
目も覚めている。
そして――。
「普通に動ける」
昨夜の出来事を除けば、完全復活だった。
◇
その頃。
セリーナもまた、朝風呂を終えていた。
「……ふぅ」
こちらも、すっかり元気を取り戻している。
むしろ――。
「……なんだか、お肌の調子がとても良いですわ」
鏡を見る。
頬には自然な血色。
髪にも艶がある。
そして何より――。
「……身体が軽いですわね」
温泉とサウナ。
さらに朝風呂。
旅館の効果を存分に味わったセリーナは、昨日よりもさらに上機嫌だった。
ただし。
「……昨晩のことは……」
そこで、眉を寄せる。
思い出そうとする。
酒を飲んだ。
大地を呼んだ。
一緒に晩酌をした。
そこまでは覚えている。
しかし――。
「その後が、どうにも……」
記憶が曖昧だった。
「……状況的に……そういうことですわよね」
今朝の状況を客観的に推理すると、セリーナは顔を赤らめて客室を出た。
◇
そして。
朝食の時間。
食事処には、すでに三人の姿があった。
「おはようございます」
エレナ。
「おう、おはよ」
ミレッタ。
「……おはよう」
リゼ。
三人は並んで朝食を取っていた。
そこへ――。
「おはようございます」
セリーナが入ってくる。
「……」
三人の視線がセリーナへ向く。
そして。
「……?」
セリーナの後ろから大地が入ってきた。
「おはよう」
「…………」
三人の視線が大地へ。
そしてセリーナへ。
もう一度、大地へ。
「…………」
エレナの箸が止まった。
ミレッタも味噌汁を飲む手を止める。
リゼだけが、じっと二人を見つめていた。
「……ダイチさん」
「ん?」
エレナが微笑む。
「昨日の夜は、よく眠れましたか?」
「え?」
大地の顔が引きつる。
「まあ……それなりに」
「そうですか」
エレナは笑っている。
笑っているのだが――。
目が笑っていない。
「セリーナさんは?」
「私ですか?」
セリーナは首を傾げる。
「ええ。私もよく眠れましたわ」
「……そうですか」
エレナが頷く。
「お二人とも?」
「はい」
「…………」
「…………」
「…………」
食事処に、妙な沈黙が流れた。
大地は嫌な予感しかしなかった。
「……あの」
「はい?」
「何か?」
セリーナが不思議そうにエレナを見る。
エレナは微笑んだまま答える。
「いえ」
そして。
ちらり。
大地を見る。
「お二人とも、とてもお元気そうだなと思いまして」
「そ、それは朝風呂に入ったからだよ!」
大地が即答する。
「そうなんですか?」
「そう!」
「……なるほど」
エレナが頷く。
だが。
視線は大地の方から離れない。
ミレッタが小声で呟く。
「……昨日より距離、近くね?」
「え?」
大地が振り返る。
「何が?」
「お前とセリーナだよ」
「……」
見る。
確かに。
いつの間にかセリーナが大地のすぐ隣に座っている。
肩と肩が触れそうな距離だ。
「……あれ?」
大地が少し横へずれる。
すると。
セリーナも自然に横へ移動する。
「…………」
大地がさらにずれる。
セリーナもずれる。
「…………」
ミレッタの目が細くなる。
「おい」
「はい」
「なんでお前ら、そんな距離近いんだ?」
「知らないよ!」
大地が小声で叫ぶ。
セリーナはきょとんとしている。
そんな二人を見ながらエレナが糾弾する。
「そうですよ!」
リゼがぼそっと呟く。
「……昨日は、もっと離れてた」
「リゼさんまで!?」
大地が頭を抱える。
すると。
セリーナが大地の袖を軽くつまんだ。
「ダイチ様」
「はい!?」
「朝から皆様…騒がしいですわね」
「い、いや……そんなことは…」
「あらあら、皆様…妬いてらっしゃるのですか?」
セリーナは大地の腕を組み、肩に頭を置いて挑発的な態度をとる。
「…………ッ!」
三人の視線が一斉に二人へ向く。
「ダイチさんは私を一番好きなんですからね!一緒に住んでますし、ほぼ毎晩愛してもらってますから!」
「いや絶対あたしだね!二人で作業してたら、絶対あたしのお尻触ってくるもん!」
「……ダイチは家で料理してると後ろから胸を揉んでくる。ダイチは大きな胸が好きだから私が一番」
「……あらあら…決めるのはダイチ様ですからね。まぁ昨晩のダイチ様もかわいらしかったですわ」
「…………」
大地は悟った。
これはまずい。
非常にまずい。
「……あの、セリーナさん」
「はい?」
「もう少し……」
「?」
「距離を……」
「まあ」
セリーナは少しだけ離れる。
「失礼しましたわ」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
「では、どのくらいが適切ですの?」
「それを俺に聞かないで!」
ミレッタが吹き出した。
「はははっ!」
「笑うなよ!」
エレナは笑顔のまま、大地を見つめている。
「ダイチさん」
「はい」
「後でちゃんと説明してもらいますからね!」
「ごめんなさい!」
即答。
「……」
エレナがセリーナを見る。
「セリーナさん」
「はい」
「ダイチさんのことお好きなんですか?」
セリーナは顔を赤らめながら呟く。
「……ええ…お慕いしておりますわ。最初は未来ある取引先としてですが、会う度に人柄と才覚に惹かれておりますわ」
「………はぁ」
エレナが諦めたようにため息をつく。
「ではここにいる皆さんはダイチさんのことが好きということですね?」
「そうだ!」
「……負けない」
「その通りです」
三人は声を合わせてエレナに返事をする。
「わかりました。では四人で温泉に浸かって、今後の相談をしましょう」
「そうだな!」
「……同意」
「皆様…これからもよろしくお願いしますわ」
朝食を終えた四人は姦しい会話を途切らせることなく女湯に消えていった。
「……い、胃が痛い」
大地は、朝食が喉を通らず、一人寂しく作業へ戻った。
温泉旅館のロケテストはトラブル?はあったものの、セリーナの評価も上々であり、あとは募集中の従業員の採用と教育をしてゆくことで大成功に終わったのだった。




