【第66話】料理と温泉とリゼ
「……じゃあ、まずは日本料理の基本からだな」
朝食の片付けを終えた厨房で、大地は腕を組んだ。
目の前にはリゼ。
その手には包丁。
そして――。
「……近い」
「そう?」
「うん。さっきからずっと近い」
大地が指摘しても、リゼは気にした様子もなく首を傾げる。
むしろ、一歩だけ近づいた。
リゼの大きな胸が大地に密着している。
「これくらい?」
「いや、逆に近くなってるから」
「……そう?」
「そうだよ」
リゼは不思議そうな顔をしながらも、大地から離れようとはしなかった。
「料理を教えてくれるんでしょう?」
「そうだけど……」
大地は小さく息を吐く。
昨日までのリゼとは、明らかに違う。
エレナとミレッタに何を吹き込まれたのか。
今のリゼは、以前よりもずっと積極的だった。
「まあ……いいか」
大地は気を取り直す。
「俺が知ってる範囲で、日本の料理について教えるよ」
「うん」
リゼが真剣な表情になる。
「まず、日本料理の基本は……出汁だ」
「出汁?」
「ああ」
大地は棚から鍋を取り出した。
「肉や野菜そのものの味を引き出す方法もあるけど、日本料理では素材から旨味を取り出して、それを料理の土台にするんだ」
「……旨味」
「そう」
大地は少し考える。
「この世界に、似たようなものはあるか?」
「肉や魚を煮込んだスープならある」
「それなら話は早い」
大地は頷く。
「日本だと、魚や海藻、キノコなんかから出汁を取ることが多い」
「海藻……」
リゼが興味深そうに呟く。
「例えば昆布」
「昆布?」
「海の中で育つ植物だな。そこから旨味が出る」
「へえ……」
リゼは頷きながら、大地の説明を聞いている。
「それから、鰹節っていう魚を加工したものも使う」
「魚を加工する?」
「かなり特殊な方法だけどな」
大地は苦笑する。
「削った鰹節をお湯に入れて、そこから旨味を取る。昆布と組み合わせると、かなり美味しい出汁になる」
「……面白い」
リゼの目が輝く。
料理人としての好奇心が刺激されたらしい。
「この世界の食材で代用するなら、魚やキノコを使って試してみるのもいいかもしれない」
「やってみたい」
「じゃあ、まずは――」
大地は厨房にある食材を確認する。
「今日は魚の骨と干したキノコがあるな。これで試してみよう」
「うん」
二人で作業を始める。
大地が説明しながら、リゼが手を動かす。
「出汁を取る時は、強火でグラグラ煮るより、素材によって温度や時間を調整した方がいい」
「なるほど」
「それから、調味料」
大地は小さな器を並べる。
「日本料理なら、基本的には醤油、味噌、塩、酢、砂糖なんかを使う」
「全部、この世界にもある」
「じゃあ問題ないな」
大地は笑う。
「ただ、重要なのは分量だけじゃない」
「?」
「組み合わせだ」
大地は調味料を少量ずつ合わせる。
「例えば醤油だけなら塩辛く感じる。でも出汁と合わせると、旨味が加わって味に深みが出る」
「……」
「味噌なら、少し甘みを足したり、出汁で伸ばしたりする」
「料理って……奥が深い」
「だろ?」
大地は少し得意げになる。
「俺も一人暮らしが長かったからな。一通りの料理くらいならできる」
「知らなかった」
「まあ、誰かに食べてもらうために作ってたわけじゃないけどな」
「……一人で?」
「そう。一人分の飯を作って、一人で食べて、一人で片付ける」
大地は苦笑する。
「仕事ばっかりしてたから、料理くらいは自分でやらないといけなかったんだ」
リゼはしばらく黙っていた。
そして。
「……今は?」
「ん?」
「今は、一人じゃない」
「……」
大地はリゼを見る。
リゼは穏やかに微笑んでいた。
「そうだな」
大地も笑う。
「今は、みんながいる」
「……うん」
リゼは嬉しそうに頷いた。
しかし――。
その距離は、やっぱり近い。
「……リゼ」
「何?」
「だから、近いって」
「料理を見るには、このくらいがいい。それに、ダイチの匂い好き」
「いや、匂いって一体全体どんな匂いなんだよ」
「……吸い寄せられる系のなにか…?」
「……疑問系?」
「そうだよ」
リゼは少し考えた。
そして――。
「じゃあ、もっと離れる?」
「そうしてくれ」
リゼが一歩下がる。
大地はほっと息を吐いた。
しかし。
「……」
数秒後。
リゼがまた一歩近づいた。
「戻ってるじゃん!」
「……こっちの方が落ち着く」
「俺が落ち着かないんだよ!」
思わず声を上げる大地。
リゼは小さく笑った。
「ふふ」
「……」
大地は額を押さえる。
昨日までのリゼは、もっと控えめだった。
それが今は――。
完全に距離を詰めてきている。
しかも本人に悪気がないのが、余計に困る。
「……まずいな」
(下腹部がイライラしてきやがる)
「何が?」
「いや……何でもない」
(これは、一回処理しないとマズイか…)
大地は一度深呼吸する。
しかし。
隣にいるリゼから、ほのかに良い香りがする。
肩が触れそうな距離。
時折、目が合う。
そして――。
「……」
大地は、静かに立ち上がった。
「リゼ」
「うん?」
「俺、ちょっと温泉入ってくる」
「……今?」
「ああ」
「料理は?」
「一回、頭を冷やしてくる」
「……?」
リゼは首を傾げる。
「頭を冷やす?」
「そう」
「温泉で?」
「温泉で」
「……温泉って、身体を温めるものじゃない?」
「そうなんだけど!」
大地は思わず叫んだ。
「とにかく、行ってくる!」
大地は厨房を飛び出した。
その背中を見送りながら――。
リゼは小さく笑った。
「……ふふ」
そして、顔を赤らめて誰にも聞こえないように呟く。
「……ダイチかわいい」
◇
温泉宿。
男湯。
大地は湯船に身体を沈めていた。
「……はぁ」
肩まで湯に浸かる。
「落ち着け……」
目を閉じる。
「俺は何をやってるんだ……」
昨夜から今日にかけて、色々ありすぎた。
リゼの告白。
エレナとミレッタとの関係。
そして――。
今朝のリゼ。
「……あいつ、昨日まであんな感じじゃなかっただろ」
大地は天井を見上げる。
「エレナとミレッタ……絶対何か教えただろ」
そう呟いた、その時だった。
カラッ。
浴場の扉が開く音。
「……?」
大地が振り返る。
「誰だ?」
湯気の向こうから――。
「……ダイチ」
「……え?」
そこにいたのは。
何も身につけていない産まれた姿そのままのリゼだった。
「リゼ!?」
大地は思わず湯船の奥へ身体を沈める。
「何で男湯にいるんだ!?」
「……ダイチが一人だから」
「いや、そういう問題じゃない!」
リゼは、持っていた桶と手拭いを見せる。
「背中、流そうと思って」
「……」
大地は言葉を失った。
「いやいやいや!」
「嫌?」
「嫌じゃないけど!」
「じゃあ、いい?」
「だからそういう問題じゃ――」
リゼは大地の隣へ座る。
そして、桶に湯を汲んだ。
「昨日も助けてもらったから」
「……」
「今日も料理を教えてもらった」
「それと背中を流すことに、どういう関係が――」
「……お礼」
リゼはそう言って、大地を見る。
「ダイチに、ありがとうって伝えたい」
大地は、しばらく黙っていた。
そして――。
「……わかったよ」
諦めたように肩を落とす。
「じゃあ、お願いする」
「うん」
リゼは嬉しそうに頷いた。
大地は屹立した下腹部がリゼに見つからないように湯船から上がり、洗い場の椅子へ腰を下ろす。
リゼは背後に回る。
そして、手拭いを濡らして、ボディソープを付ける。
「……熱くない?」
「大丈夫」
「じゃあ……」
ーーふにゅん。
背中に、この世のものとは思えない柔らかな何かが触れる。
「………」
「………んっ…」
ごし、ごし。
ボディソープで泡だてられた背中をゆっくりと洗う。背中には弾力がありながらも、先端に少し硬い感触を覚える。
「………」
「……ぁん……はぁ…んんっ…」
二人とも無言だった。
「……あ、あの…リゼさん?」
「何?」
「何をされてるのでしょうか?」
「……ぁ…はぁ…ダ、ダイチを綺麗に洗ってる」
「普通に手拭いで背中を洗ってくれたらいいんですが…」
「……エレナがこういうのダイチが好きだって」
「……そうかぁ…エレナかぁ…」
(なんてこと教えるんだエレナ……GJと言わざるを得ない)
リゼは少し笑う。
「……んっ……ダイチ気持ちいぃ?」
「……あ、あぁ…気持ちいいよ」
ごし、ごし。
「……」
大地は黙る。
「……前も洗う」
「……うーん…前かぁ」
大地は少し悩む。
大地の大地は天を目指して屹立しているからである。
「こっち向いて」
「わかった」
意を決した大地がリゼの方へ振り向く。
「………」
「………!」
諦めたように冷静な大地と大地の下腹部を凝視し、驚き言葉をなくすリゼ。
「……ダイチ…これ…痛い?…はち切れそう」
「……リゼのせいだよ」
リゼの吐息が荒くなり、熱っぽい視線を向けてくる。
「ダイチのこれ……つらいの?」
「……楽にしてくれるか?」
「……うん…どうしたらいい?」
リゼの指が大地の下腹部に優しく触れる。
「ーーーーーッ!」
「……ダイチのためならなんでもする」
リゼの大地を見る目は酩酊状態のように艶っぽく、精を貪る淫魔のようだ。
「それじゃあーーーー」
それから、理性を失った大地は従順で無垢なリゼを自分勝手に穢し、リゼの中に白濁とした印を叩きつけ、自分のものにした。
二人は数刻の間、作業を忘れて何度も何度も交じり合った。
◇
二人は息絶え絶えの状態で男湯に寝転んでいる。
「ダイチ」
「ん?」
「これからも……好きでいていい?」
「もちろん」
大地は即答した。
「ずっとここにいて欲しい」
「……うん」
「リゼの料理もすごく美味しかったからな」
「……ありがとう」
リゼの声が、少しだけ弾んだ。
二人はベトベトになった体を流し終え、もう一度温泉に浸かる。
大地は湯船の中でリゼを後ろから抱きしめる。
「好きになってくれてありがとう」
「………うん」
リゼが振り返る。
目が合う。
「……」
「……」
二人の間に、短い沈黙が流れた。
リゼは少しだけ頬を赤くする。
そして――。
もう一度唇を重ね合わせた。
「……これから、もっと頑張る」
「料理を?」
「料理も」
「……も?」
リゼは微笑んだ。
「……秘密」
「またそれかよ」
大地は苦笑する。
けれど。
その表情は、どこか嬉しそうだった。
朝の温泉宿に、静かな時間が流れていく。
新しく始まった温泉宿の生活。
そして――。
大地の故郷、日本の料理。
これから少しずつ。
この異世界の温泉宿に、日本の味が加わっていくことになる。
その最初の一歩は――。
意外にも、リゼとの距離を縮めることから始まったのだった。




