↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界温泉宿経営♨️ 〜「戦闘スキルをください!とお願いした女神がくれたのは、まさかの“銭湯スキル”でした〜  作者: 回胴めぐり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/132

【第64話】女たちの夜


温泉宿が見えてきた頃には、夜もすっかり深くなっていた。


森の中に佇む宿からは、暖かな明かりが漏れている。


その光を見つけた大地は、隣を歩くリゼへ視線を向けた。


「もう少しだ」


「……うん」


リゼは小さく頷く。


その手は、まだ大地の手と繋がったままだった。


けれど――。


リゼは、それを離そうとはしなかった。


大地も、何も言わない。


二人はそのまま、並んで歩き続ける。


やがて。


「ダイチ!」


「遅いです!」


宿の前から、二つの声が飛んできた。


「……エレナ?」


「ミレッタ?」


大地が顔を上げる。


そこには、エレナとミレッタが立っていた。


二人とも、明らかに心配そうな表情を浮かべている。


「いったい何時までクレーベルにいるつもりだったんですか!」


エレナが駆け寄ってくる。


「何かあったのではないかと、ずっと心配していたんですよ?」


「悪かった。ちょっと色々あって――」


「ちょっとじゃないだろ!」


ミレッタも続けて歩いてくる。


「こっちは宿が完成したっていうのに、いつまで経っても帰ってこないし! エレナと二人で何度街まで見に行こうかと思ったか!」


「宿、完成したのか?」


大地の顔が一気に明るくなる。


「ああ、完成したぞ!」


ミレッタが胸を張る。


「今日、最後の確認まで終わったんだ。あとはダイチに見てもらうだけだな」


「そっか……!」


大地が嬉しそうに笑う。


「それは楽しみだな」


その瞬間だった。


エレナとミレッタの視線が、ゆっくりと下へ落ちる。


大地とリゼ。


そして――。


二人の繋がれた手。


「……」


「……」


エレナとミレッタが顔を見合わせる。


そして、もう一度大地を見る。


「……ダイチさん?」


エレナの笑顔が、妙に優しい。


「ん?」


「これは……どういうことでしょう?」


「いや、これは……」


大地は慌てて説明しようとする。


しかし、その前にミレッタが口を開いた。


「ダイチ」


「はい」


「また女連れて帰ってきたな?」


「いや、語弊がある!」


「しかも手まで繋いでるじゃん」


「これは色々事情があってだな!」


大地が必死に弁明する。


すると、隣にいたリゼが申し訳なさそうに口を開いた。


「……ごめん」


「リゼさんが謝る必要はありません」


エレナはすぐにリゼへ向き直った。


「何か事情があったのでしょう?」


「そうなんだけど……」


エレナは一度リゼを見て、それから大地を見る。


「ただ――」


にっこり。


「大地さん?」


「はい」


「後で、ちゃんと説明してくださいね?」


「もちろん」


「……それと」


ミレッタが拳を握る。


「私たちを心配させた分は?」


「え?」


「お仕置き」


「……え?」


次の瞬間。


ゴンッ!


「ぐはっ!」


ミレッタの拳が、大地の腹へめり込んだ。


「大地さんは、ちょっと反省してください」


「エレナさん!?」


腹を押さえてよろめく大地。


助けを求めるようにエレナを見るが――。


「どれだけ女性を増やせば気が済むんですか?」


「いや、だから待っ――」


「そうだぞ!」


「ミレッタまで!?」


「人の心配ばっかりさせやがって!」


「だから事情が――」


バタン。


大地は、その場に倒れた。


「……」


「……」


リゼが目を丸くする。


「……大丈夫?」


ミレッタは腕を組んだ。


「大丈夫だろ」


エレナも倒れた大地を見下ろし、静かに頷く。


「温泉効果もありますし」


「便利だな、温泉」


「本当に……」


二人は納得したように頷いた。


リゼだけが、地面に倒れた大地を心配そうに見つめている。


「……」


やがて。


ミレッタがリゼへ視線を向けた。


「さて」


「……?」


「リゼ」


「……うん」


「みんなで女湯、行こうか」


「え?」


エレナも柔らかく微笑む。


「私たちも、ゆっくりお話を聞きたいです」


「……」


リゼは少し戸惑った。


けれど――。


やがて小さく頷く。


「うん」


三人は、倒れた大地をその場に残し、宿の中へ入っていった。


◇


温泉の湯気が、静かに浴場を包んでいた。


木造の浴槽には柔らかな明かりが映り込み、湯面がゆっくりと揺れている。


森の夜は静かだった。


聞こえるのは、湯の流れる音と、時折木々の葉が揺れる音だけ。


三人は身体を洗い、ゆっくりと露天風呂へ向かった。


そして――。


「……」


「……」


「……?」


リゼが二人の視線に気づく。


エレナとミレッタは、思わず顔を見合わせていた。


「……リゼさん」


「……何?」


「その……」


エレナが言葉を濁す。


ミレッタも困ったように頬を掻いた。


「いや……なんつーか……」


「……?」


リゼは首を傾げる。


「……すごいな」


「……そう?」


「いや、別に悪い意味じゃなくて!」


ミレッタが慌てて付け加える。


エレナも少し頬を赤くした。


「私たちとは……その……少し違いますね」


「……大きすぎるのも大変」


リゼは淡々と呟く。


「二人の方が羨ましい」


「「え?」」


今度はエレナとミレッタが同時に声を上げた。


「……何で?」


リゼは本気で不思議そうだった。


三人は顔を見合わせる。


そして――。


「……まあ、いいか」


ミレッタが諦めたように肩をすくめた。


三人は湯船へ身体を沈める。


右にはエレナ。


左にはミレッタ。


そして中央にリゼ。


温かな湯に包まれ、三人の表情から少しずつ緊張が抜けていった。


しばらくの沈黙の後。


「それで?」


ミレッタが口を開く。


「何があったんだ?」


リゼは、しばらく黙っていた。


湯面へ視線を落とす。


そして――。


ゆっくりと話し始めた。


店が火事になったこと。


カイルたちが火を放ったこと。


大地が自分を助けてくれたこと。


炎の中へ飛び込み、大切な包丁を取り戻してくれたこと。


そして――。


「……大地が、カイルたちを殴った」


「まあ……」


エレナが胸元へ手を当てる。


「大地さんらしいですね」


「私のために……怒ってくれた」


リゼは湯面を見つめた。


「ずっと……一人で、どうしたらいいかわからなかったから……」


「……」


エレナの表情が変わる。


「店も……家もなくなって……」


リゼの声が、少しだけ震えた。


「全部なくなったと思った」


「……リゼさん」


「でも――」


リゼは顔を上げた。


「大地がいてくれた」


その言葉を聞いた瞬間。


エレナの瞳から、ぽろりと涙が落ちた。


「エレナ?」


「……すみません」


エレナは涙を拭うこともせず、リゼへ身体を寄せる。


そして――。


そっと、リゼを抱きしめた。


「……よかったです」


「……」


「本当に……よかったです」


リゼは驚いたように目を見開いた。


けれど、その腕の温もりを拒むことはしなかった。


やがて、ゆっくりと自分の手をエレナの背中へ回す。


「……ありがとう」


エレナはリゼを抱きしめたまま、何度も頷いた。


その隣で、ミレッタも静かに二人を見つめていた。


やがて。


リゼが、意を決したように口を開く。


「……エレナ」


「はい」


「謝りたいことがある」


「……?」


リゼは俯いた。


「私……」


一度、言葉を飲み込む。


「大地のことが好きになった」


湯気の向こうで、静かな沈黙が落ちた。


リゼは続ける。


「今日、大地に伝えた」


「……そうだったんですね」


エレナは驚いた様子を見せた。


けれど、怒ることはなかった。


「ごめん」


「どうして謝るんですか?」


「だって……エレナはダイチの恋人だから」


「はい」


「だから……」


リゼは言葉を詰まらせる。


するとエレナは、柔らかく微笑んだ。


「リゼさん」


「……うん」


「私は、怒っていませんよ」


「……え?」


リゼが顔を上げる。


エレナは少し照れたように笑いながら続けた。


「実は……ダイチさんには、私だけではないんです」


「……?」


「ミレッタさんとも、恋人同士です」


「……え?」


リゼの視線が、ゆっくりとミレッタへ向く。


「……本当?」


ミレッタは少し恥ずかしそうに頬を掻いた。


「まあ……そういうことになってる」


「……」


リゼは目を丸くする。


エレナが小さく笑った。


「ですから、リゼさんだけが特別に悪いわけではありません」


「でも……」


「もしリゼさんが、本当にダイチさんを好きなのであれば」


エレナは、まっすぐリゼを見る。


「私は応援します」


「……エレナ」


「もちろん、少しだけ嫉妬はすると思います」


エレナは苦笑する。


「ダイチさんに一番に愛されるための努力も、惜しむつもりはありません」


「……」


「それでも――」


エレナは優しく微笑んだ。


「ダイチさんを好きになったリゼさんを、責めるつもりはありません」


ミレッタも頷く。


「あたしも同じだよ」


「ミレッタ……」


「リゼがダイチを好きなら、ちゃんと自分の気持ちを大事にしろよ」


「……」


「好きになることまで、誰かに止められる筋合いなんてないだろ」


リゼの瞳に、再び涙が浮かんだ。


けれど――。


今度は泣かなかった。


唇をきゅっと結んで、涙を堪える。


そして。


「……ありがとう」


小さく笑った。


「どういたしまして」


エレナが微笑む。


「私も……ありがとう」


「こちらこそ」


ミレッタも笑った。


三人の間にあった緊張が、ゆっくりとほどけていく。


しばらくして。


「……なんだか、不思議ですね」


エレナが呟いた。


「何が?」


ミレッタが尋ねる。


「ついさっきまで、ダイチさんを取り合うような話をしていたはずなのに」


「……確かにな」


「でも……」


エレナは湯気の向こうへ視線を向ける。


「こうして三人で温泉に入っていると、昔からの友達みたいです」


リゼは少し考えてから、頷いた。


「……うん」


ミレッタが湯船の中で伸びをする。


「じゃあ、今日から仲間ってことでいいんじゃない?」


「……仲間」


その言葉を聞いたリゼの胸が、じんわりと温かくなる。


仲間。


それは、かつて自分が失ったものだった。


仲間を失い。


居場所を失い。


そして、一人で生きていくしかないと思っていた。


けれど――。


今、自分の目の前には、新しい仲間がいる。


「……うん」


リゼは笑った。


「よろしく」


「こちらこそ」


エレナが微笑む。


「よろしくな」


ミレッタも笑った。


その後。


三人は大地への想いや、これまでの出来事について話し始めた。


時には真剣に。


時には笑いながら。


そして――。


「リゼさん」


「……うん?」


「ダイチさんを振り向かせるなら、もう少し積極的になってもいいと思いますよ?」


「そうだな」


ミレッタも頷く。


「ダイチのやつ、鈍いからな」


「……どうすればいい?」


「それはですね――」


「待って。エレナ、私も聞きたい」


「ミレッタさんまでですか?」


「こういうのは情報共有が大事だろ」


「確かに……」


三人は顔を見合わせる。


そして――。


「ふふっ」


「ははっ」


「……ふふ」


女たちの笑い声が、夜の温泉に響いた。


傷心のリゼを受け入れた二人。


そして、新しい居場所を見つけたリゼ。


その夜。


三人の距離は、少しだけ縮まった。


◇


その頃。


温泉宿の外。


「……」


大地は、まだ地面に倒れていた。


夜風が吹く。


木々の葉が揺れる。


月明かりが、倒れた大地を静かに照らしている。


「……寒い」


大地が、かすかに呟いた。


しかし――。


誰も助けに来ない。


宿の中から聞こえてくるのは。


楽しそうな女性たちの笑い声だった。


「……俺、何で外に置いていかれたんだ?」


大地は薄れゆく意識の中で、ぼんやりと思った。


その直後。


「……そういえば……」


大地は、ふと気づく。


「宿……完成したんだった……」


本来なら、一番に見たかったはずの新しい宿。


なのに――。


「……なんで俺だけ……外……?」


誰にも答えてもらえない。


そして。


「……温泉……入りたい……」


最後の力を振り絞るように呟くと――。


大地は、そのまま再び意識を失った。


夜の温泉宿には。


三人の女性たちの楽しそうな笑い声と――。


宿の外で静かに倒れている男、一人。


そんな奇妙な夜が、静かに更けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。