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異世界温泉宿経営♨️ 〜「戦闘スキルをください!とお願いした女神がくれたのは、まさかの“銭湯スキル”でした〜  作者: 回胴めぐり


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【第62話】過去との決別


火事が収まる頃には、すっかり夜になっていた。


店だった建物は、もう見る影もない。


黒く焼け焦げた柱。


崩れ落ちた屋根。


水を浴びて濡れた瓦礫。


そこにあったはずの厨房も、客席も、リゼが毎日使っていた道具も、そのほとんどが失われていた。


リゼは、ただ黙って立っていた。


胸元には、一本の包丁を抱えている。


それだけが、炎の中から取り戻されたものだった。


「……リゼ」


大地が声をかける。


「……」


返事はない。


大地は少し迷ったあと、静かに口を開いた。


「今日は、俺の家に来い」


「……え?」


リゼが顔を上げる。


「しばらく、うちで暮らせばいい」


「……でも」


「店も家もなくなったんだろ?」


「……」


リゼは答えられなかった。


「だったら、帰る場所が必要だ」


「……大丈夫」


「何が?」


「私は……一人でも」


「無理だ」


大地は即座に言った。


リゼが目を瞬かせる。


大地は、真っ直ぐ彼女を見る。


「今のお前を、一人にできない」


「……」


「無理に元気になれなんて言わない」


大地は続ける。


「何も話したくないなら、それでもいい。泣きたいなら泣けばいい」


そして。


「でも、一人で抱え込むのだけはやめろ」


リゼは視線を落とした。


「……迷惑」


「迷惑じゃない」


「でも……」


「リゼ」


大地は、彼女の手を取った。


「行くぞ」


「……え?」


「俺の家に」


「ちょっと……」


リゼが戸惑う。


けれど大地は、そのまま手を引いた。


「ほら」


「……ダイチ」


「今日は言い合いする気ないからな」


「……」


リゼはしばらく抵抗していた。


しかし――。


やがて、諦めたように歩き始める。


大地の手を振りほどくことはなかった。


◇


二人が街の通りを歩いていると――。


「ははは!」


聞き覚えのある笑い声が聞こえてきた。


大地の足が止まる。


「……」


前方。


酒場の近くで、三人の冒険者が酒を飲みながら笑っていた。


「カイル……」


リゼが小さく呟く。


大地の目が細くなる。


そこにいたのは――。


以前、リゼを追い詰めた冒険者たち。


そして。


今日、リゼの店へ火を放った男たちだった。


カイルたちは、まだこちらに気づいていない。


「……あいつら」


大地の手に力が入る。


「ダイチ……」


「ここで待ってろ」


大地が歩き出す。


「……え?」


次の瞬間。


「おい」


低い声が響いた。


カイルたちが振り返る。


「……誰だ?」


「お前ら」


大地は三人の前で足を止める。


「今日、リゼの店に火をつけただろ」


「……」


カイルの顔から笑みが消える。


「だったらなんだ?」


その言葉を聞いた瞬間――。


大地の拳が飛んだ。


「ぐぁっ!」


カイルの身体が吹き飛ぶ。


「カイル!」


仲間の一人が叫ぶ。


だが、大地は止まらなかった。


「お前ら……冒険者として恥ずかしくないのか?」


一人の胸倉を掴み、地面へ叩きつける。


「ぐっ!」


「人の店に火をつけて、それで笑っていられるのか?」


「ま、待て!」


「待たない」


大地の声は低かった。


怒鳴っているわけではない。


それなのに。


三人は、本能的に理解していた。


――こいつは、本気だ。


「リゼを守って死んだ兄弟は――」


大地の拳が、男の頬を打つ。


「そんなことを望んでるのか?」


「ぐっ……!」


「お前たちの兄弟への贖罪で、リゼはずっと店をやってるのだって本当は気づいてるんだろ?」


二人目の男が殴り飛ばされる。


「だったら――」


大地がカイルを睨みつける。


「お前たちには、リゼに言うことがあるんじゃないのか!」


「……っ」


カイルの顔が歪む。


「俺たちは……」


「何だ?」


「……」


言葉が続かない。


そのときだった。


「――もうやめて!」


リゼの声が響いた。


大地の動きが止まる。


振り返ると、リゼがそこに立っていた。


「リゼ……」


「もう……やめて」


リゼは大地へ歩み寄る。


「カイルたちは……悪くない」


「……何言ってるんだ」


大地の声に怒気が滲む。


「お前の大切な店を燃やしたんだぞ」


「分かってる」


「じゃあ――」


「私が……もっと上手くやれなかっただけ」


「リゼ!」


「私が……」


リゼは胸の前で包丁を抱きしめる。


「もっとちゃんとみんなと話せていたら」


声が震える。


「もっと、みんなのことを考えられていたら……」


「それは違う」


大地が言う。


しかしリゼは首を横に振った。


「ううん」


そして。


カイルたちを見る。


「私には……ずっと分からなかった」


「……」


「みんなが死んだことを受け入れられなくて」


リゼはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「だから、みんなのために料理を作って……店を続けて」


「……」


「それを見て、カイルたちが怒っていたことも……分かってた」


カイルが唇を噛む。


「でも……」


リゼは小さく笑った。


「私も、どうすればいいのか分からなかった」


しばらくの沈黙。


やがて――。


「……違う」


カイルの声が震えた。


「俺たちが……間違ってた」


「……」


カイルは俯く。


「兄貴たちが死んだあと……俺たちは、お前を責めることしかできなかった」


拳を握り締める。


「兄貴たちが死んだ現実を、認めたくなかったんだ」


「……カイル」


「だから……お前が生きてるのが許せなかった」


カイルの目から、涙が落ちた。


「でも……」


震える声。


「お前が店を続けてたのも知ってた」


「……」


「兄貴たちが好きだった料理を作って……ずっと忘れないでいてくれたことも」


もう一人の男も、涙を拭った。


「俺たちは……それを知ってた」


「……」


「なのに……お前に当たり散らしてた」


三人は顔を見合わせる。


そして。


カイルが深く頭を下げた。


「……すまなかった」


「……」


「本当に……すまなかった」


隣の二人も頭を下げる。


「悪かった」


「……ごめん」


三人の声は震えていた。


リゼは黙って、その姿を見つめている。


大地も何も言わなかった。


やがて――。


リゼの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


「……うん」


三人が顔を上げる。


リゼは、微笑んでいた。


「もう……いいよ」


「……リゼ」


「私も……ずっと、みんなを忘れたくなかった」


胸に抱いた包丁へ視線を落とす。


「だから、店を続けてた」


そして。


「でも……」


リゼは涙の跡が残る頬を拭った。


「これからは、みんなとの思い出を抱えたままでも……前に進んでみようと思う」


カイルは何も言えなかった。


ただ、何度も頷く。


「……ありがとう」


その声は、涙で震えていた。


リゼは小さく笑う。


「こちらこそ」


大地は、その光景を黙って見つめていた。


胸の奥にあった怒りは、まだ完全には消えていない。


それでも。


リゼが自分の意志で過去と向き合い、そして彼らを許したのなら――。


自分が口を挟むことではない。


大地は静かに息を吐いた。


「……帰るぞ、リゼ」


「……うん」


今度は。


大地が手を差し出す。


リゼは少しだけ驚いたあと――。


その手を、そっと握った。


二人は並んで歩き始める。


背後からは、カイルたちのすすり泣く声が聞こえていた。


リゼは一度だけ振り返る。


そして――。


小さく笑った。


燃え落ちた店。


失われた場所。


取り戻せない仲間たち。


それでも。


彼女の手には、一本の包丁が残っている。


それは過去に縛りつけるためのものではない。


これからも前へ進んでいくための――。


大切な思い出だった。

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