【第60話】アーベル商会の申し出
数日後。
朝食を終えた大地は、一人でクレーベルの街へ向かっていた。
向かう先は――商人ギルド。
昨日、ミレッタとエレナと話し合った結果、まずは人材の確保を急ぐことになった。
温泉宿で働く従業員。
これから建設する店の店主や従業員。
そして、街を作るための職人たち。
必要な人材は、考えれば考えるほど増えていく。
「……まずは、今出している求人がどうなっているかだな」
大地は一人、街道を歩きながら呟いた。
温泉宿を出発するとき、エレナからは同行すると言われた。
しかし――。
「すみません。大地さん……職人の方々から土魔法での整地をお願いされまして」
そう言われた。
理由は、ミレッタと今後の宿について、もう一度話し合った所、温泉宿付近の土地も整地する必要性ができたからだ。
「まあ、エレナたちに任せておけば大丈夫だろ」
大地はそう考え、一人で街へ向かうことにした。
◇
クレーベルの商人ギルド。
中へ入ると、以前と変わらない活気のある光景が広がっていた。
商人たちが行き交い、受付では職員たちが忙しそうに書類を整理している。
大地は受付へ向かった。
「すみません。以前、求人を出したんですが……」
「あ、ダイチ様ですね」
受付の職員が顔を上げる。
「少々お待ちください」
職員が資料を確認する。
やがて――。
「マルクをお呼びしますね」
しばらくすると。
「お待たせしました!」
以前も対応してくれた男――マルクが姿を現した。
「ダイチ様、お久しぶりです」
「ああ、久しぶり」
「求人の件ですよね?」
「そうなんだ。今の状況を確認したくて」
「はい」
マルクは少しだけ困ったような表情を浮かべた。
「実は……」
「……?」
「思ったより、応募が集まっていません」
「やっぱりか……」
大地は肩を落とす。
「どのくらい?」
「温泉宿の従業員については、何人か問い合わせは来ています。ただ、実際に働きたいというところまで話が進んでいる方は、まだ少ないですね」
「そうか……」
「特に問題なのが――」
マルクが資料をめくる。
「建設関係の職人です」
「職人?」
「はい」
マルクが頷く。
「現在、クレーベル周辺では建築関係の仕事がかなり多く、腕のいい職人はすでに別の仕事を抱えている場合が多いんです」
「なるほど……」
「それに、大地様の土地は街から離れていますから」
マルクは慎重に言葉を選ぶ。
「そこで長期間働くとなると、住居や食事などの問題も出てきます」
「……確かに」
求人を出せば、人が簡単に集まる。
そんな甘い話ではなかった。
これから街を作ろうとしている。
だが――。
そのための人間がいない。
「分かった。引き続き募集は頼めるか?」
「もちろんです」
マルクが頷く。
「こちらでもできる限り声をかけてみます」
「助かる」
大地は頭を下げた。
そのときだった。
「――あら?」
背後から、聞き覚えのある声がした。
大地が振り返る。
そこに立っていたのは――。
「セリーナさん?」
「まあ、ダイチ様」
セリーナ・ロア・アーベル。
大陸でも有数の商会――アーベル商会の令嬢だった。
セリーナは上品な笑みを浮かべながら、洗練された身のこなしは大人の色香を放っており、ゆっくりと大地へ歩み寄ってくる。
「お久しぶりですね」
「はい。お久しぶりです」
「こちらへいらしていたのですね」
「ちょうど求人の件で」
「求人……?」
セリーナが首を傾げる。
大地は少し迷った。
しかし。
今の状況を考えれば、商人であるセリーナに相談するのも悪くない。
「実は――」
大地は、昨日の鉱山で起きたことを説明した。
鉱山の奥で見つかったダンジョン。
そこから漏れ出す魔力と瘴気。
周囲の魔鉱石や魔物への影響。
そして――。
これからダンジョンへ挑む冒険者が増える可能性が高いこと。
「……なるほど」
セリーナは真剣な表情で聞いていた。
「それで、急いで人材を集めているのですね」
「そうなんです」
大地は頷く。
「温泉宿を運営する人も必要だし、ダンジョンに人が集まるなら、周囲に店も増やしたい」
「店、ですか?」
「食堂、酒場、武器屋、防具屋、薬屋、道具屋……」
大地は指折り数える。
「冒険者が活動するために必要なものを揃えたいと思っています」
セリーナの目が、わずかに細くなった。
「そして、それだけではありません」
「え?」
「大地様は、その土地に街を作るおつもりなのですね?」
大地は少し驚いた。
「……そうです」
「なるほど」
セリーナは静かに頷いた。
「温泉宿を中心に人を集め、商業施設を整え、冒険者を受け入れる。そして、最終的には人が暮らせる場所へ発展させる」
「まだ、そこまで具体的に決めたわけじゃないですけど」
「ですが、方向性としては間違っていません」
セリーナは微笑んだ。
そして――。
ほんの少しだけ、大地との距離を縮める。
「とても興味深い計画です」
「そうですか?」
「はい」
セリーナは大地の目を見つめた。
「ダイチ様は、思っていた以上に大きなことを考えていらっしゃるのですね」
「いや、俺はただ……」
「ただ?」
「温泉宿を作りたかっただけなんですけど」
「ふふっ」
セリーナが小さく笑う。
「それが今では街づくりですか」
「……そう言われると、確かにすごい話ですよね」
「ええ」
セリーナは楽しそうに大地を見つめる。
「でも――」
その声が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
「そういう男性、私は嫌いではありませんよ」
「……え?」
大地の動きが止まる。
セリーナは何事もなかったかのように微笑んでいた。
「大きな夢を持って、それを実現しようと勢力的に動いている方は魅力的ですから」
「そ、そうですか……」
「はい」
セリーナは一歩だけ近づく。
大地は思わず目を逸らした。
――近い。
エレナとは違う。
ミレッタとも違う。
どこか余裕のある、大人の女性特有の雰囲気。
「ダイチ様?」
「はい?」
「お顔が少し赤いようですが?」
「……気のせいです」
「そうでしょうか?」
セリーナは口元に手を添えて、くすりと笑う。
「もしかして、緊張されています?」
「いや、まあ……」
大地は言葉を濁した。
セリーナはそんな大地の反応を楽しむように目を細め、ダイチの腕に自身の胸を押し付ける。
「ふふっ」
「……セリーナさん、絶対わざとですよね?」
「何のことでしょう?」
「いや、その……」
「私はただ、ダイチ様とお話ししているだけですよ?」
「……」
大地は完全に言葉に詰まった。
――この人、絶対分かってやってる。
そう思う。
だが、セリーナはそんな大地を見て、さらに柔らかな笑みを浮かべた。
「ダイチ様は、分かりやすい方ですね」
「セリーナさんみたいな力的な女性に腕組みされて、こうならない男がいるなら連れてきて欲しいものですね」
「まぁ」
セリーナはくるんと回って、少しだけ距離を戻す。
「そういうところも、可愛らしいと思いますよ」
「……っ」
大地の顔がさらに熱くなる。
セリーナは満足そうに微笑んだ。
しかし――。
次の瞬間には、商人としての真剣な表情へ戻る。
「それでは、改めて申し上げます」
「はい?」
「アーベル商会として、ぜひ協力させていただけませんか?」
「……え?」
大地が目を瞬かせる。
「協力って……?」
「街づくりです」
セリーナは迷いなく答えた。
「人材の確保。
物資の調達。
商人の紹介。
店舗の誘致。
そして――」
セリーナは大地をまっすぐ見つめる。
「必要であれば、資金面でも支援いたします」
「資金……」
「はい」
セリーナの口調は穏やかだった。
しかし、その言葉には商人としての確かな意志が込められている。
「アーベル商会は、大地様の計画に対して必要な投資を惜しむつもりはありません」
大地は言葉を失った。
アーベル商会。
大陸でも有数の商会が――。
自分の街づくりに投資すると言っている。
「どうして、そこまで?」
大地が尋ねる。
セリーナは少しだけ笑った。
「以前も申し上げましたが、ダイチ様の温泉には大きな可能性があります」
「……」
「そして今、そこへダンジョンという新たな要素が加わりました」
セリーナは地図を思い浮かべるように、目を伏せる。
冒険者。
商人。
職人。
宿泊客。
様々な人間が集まる理由が、すでに生まれているのです」
そして。
「ならば、商人として見過ごすわけにはいきません」
「なるほど……」
大地は苦笑した。
「やっぱり商人なんですね」
「ふふ。もちろんです」
セリーナも笑う。
「ただ――」
その表情が少しだけ柔らかくなる。
「それだけではありません」
「?」
「ダイチ様が本気で街を作ろうとしているのであれば、私もそのお手伝いをしたいと思っています」
「……」
大地はセリーナを見る。
冗談ではない。
本気で言っている。
「ありがとうございます」
大地は深く頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
セリーナは微笑んだ。
「それでは、一つお願いがございます」
「なんでしょう?」
「アーベル商会の支店を、そちらに建設させていただけませんか?」
「支店?」
「はい」
セリーナは頷く。
「街が発展するのであれば、商会の拠点が必要になります」
「確かに……」
「物資の搬入や商品の販売だけではありません。商人同士の取引、人材の紹介、情報の収集など、現地に拠点があれば様々なことが円滑になります」
「それは助かります」
大地は少し考えた。
自分一人で全てを進めるには限界がある。
商会の支店があれば、物資の調達も人材の確保も大きく変わるだろう。
「分かりました」
大地は頷いた。
「アーベル商会の支店、作ってもらって構いません」
「ありがとうございます」
セリーナが嬉しそうに微笑む。
「では、さっそく準備を進めさせていただきます」
「え、もう?」
「商機というものは、待ってくれませんから」
「……」
大地は思わず苦笑した。
さすが、大商会の人間だ。
行動が早い。
「それと――」
セリーナが続ける。
「人材についても、こちらで探してみましょう」
「本当ですか?」
「はい」
セリーナは胸元へ手を添える。
「アーベル商会には、各地との繋がりがあります。商人だけではなく、職人や料理人、店舗経営の経験者なども紹介できるかもしれません」
「それは……ものすごく助かります」
大地の表情が明るくなる。
セリーナはそんな大地を見つめ、ふっと微笑んだ。
「そんなに喜んでいただけると、私も頑張りたくなってしまいますね」
「え?」
「ダイチ様のお役に立てるのであれば――」
セリーナは大地の目を見つめる。
「いくらでもお力をお貸ししますよ?」
「……」
まただ。
大地は思わず視線を逸らした。
セリーナはそんな大地の反応を楽しむように、くすりと笑った。
「ふふっ」
「……セリーナさん」
「はい?」
「俺をからかってません?」
「さて、どうでしょう?」
「……」
やっぱり、この人には敵わない。
そう思いながらも。
大地は、不思議と嫌な気分にはならなかった。
「よろしくお願いします、セリーナさん」
「こちらこそ」
セリーナは優雅に一礼する。
「これから、忙しくなりますね」
「……ですね」
大地は苦笑する。
温泉宿を作る。
それだけだったはずなのに。
いつの間にか――。
店を作り。
人を集め。
街を作ろうとしている。
そして、その計画に――。
大陸有数の商会まで加わった。
「……本当に、街ができるかもしれないな」
大地が呟く。
その言葉を聞いたセリーナは、静かに微笑んだ。
「ええ」
そして――。
「私も、その街がどんな場所になるのか……とても楽しみです」
新たな街づくりは。
この日から、本格的に動き始めることになった。




