【第58話】鉱山の奥に眠るもの
森の中を進むこと、しばらく。
木々の隙間から、巨大な岩山が姿を現した。
「あれか……」
大地が足を止める。
以前訪れたときにも見た、あの鉱山。
しかし――。
以前とは、明らかに様子が違っていた。
鉱山の入口には木製の柵が設けられ、その中央には大きな看板が立てられている。
『立入禁止』
その文字を見て、バルガスが腕を組んだ。
「一応、クレーベル支部の判断で封鎖してある」
「まあ、当然だな」
大地は看板を見上げる。
「ここでSランクの魔物が出たんだから」
「ああ」
バルガスが頷く。
「それだけじゃねぇ。あれ以来、周辺でも魔物の動きが変わってる」
エレナが静かに鉱山を見上げた。
「……確かに」
「何か分かるのか?」
大地が尋ねる。
エレナは目を閉じ、周囲の魔力を探る。
「鉱山の奥から……微かに魔力が流れてきています」
「魔力が?」
「はい。ただ、普通の魔力とは少し違います」
エレナが眉を寄せる。
「どこか淀んでいるというか……」
その言葉に、ガレスが反応した。
「淀んでいる?」
「ええ。私は精霊を介した魔法を使うことが多いので、魔力の流れにはある程度敏感なんです」
ガレスは興味深そうに頷いた。
「それは重要な情報です。記録しておきましょう」
「頼む」
大地は鉱山入口へ視線を戻した。
「行こう」
一行は鉱山内部へ足を踏み入れた。
◇
鉱山内部は、以前と同じように薄暗くなっており、壁面には無数の魔鉱石が埋まっている。
だが――。
「……前より多くないか?」
大地が壁を見る。
「はい」
リディアが頷いた。
「報告書に記載されていた量より、明らかに増えています」
ガレスが魔鉱石へ近づき、慎重に観察する。
「鉱床そのものが成長している……?」
「そんなことあるのか?」
バルガスが尋ねる。
「通常の鉱脈では考えにくいです」
ガレスは首を横に振った。
「何か別の要因があると考えるべきでしょう」
エレナが壁へ手を近づける。
「……待ってください」
「どうした?」
大地が振り返る。
「この辺り……魔力の流れが、少しおかしいです」
エレナは壁面に目を向ける。
「魔鉱石から魔力が出ているというより――」
指先を少し動かす。
「奥から流れてきた魔力が、この鉱石に集まっているように感じます」
「奥から?」
「はい」
大地が前方を見る。
「じゃあ、原因はもっと奥ってことか」
「その可能性があります」
エレナが頷く。
「少なくとも、この鉱山の魔鉱石だけが原因とは思えません」
「なるほど」
大地は前を向いた。
「だったら、もっと奥まで行こう」
そのとき――。
「……来るぞ」
大地が足を止めた。
「何かいるのか?」
バルガスが身構える。
エレナも杖を構えた。
暗闇の向こうから――。
金属を擦り合わせるような音が響く。
「グルルル……」
「魔物です!」
リディアが声を上げる。
次の瞬間。
暗闇から数匹の魔物が飛び出してきた。
「魔鉱狼!」
大地が叫ぶ。
全身を覆う毛の一部が鉱石のように硬質化した狼型魔物。
その牙には、魔鉱石のような輝きが宿っている。
「来るぞ!」
バルガスが剣を抜いた。
魔鉱狼の一匹が、真っ直ぐバルガスへ飛びかかる。
「――ふっ!」
バルガスが剣を振る。
ドンッ!
一撃。
魔鉱狼の身体が吹き飛び、壁へ叩きつけられた。
「……!」
リディアが目を見開く。
「すごい……」
「これくらいならな!これでも昔は冒険者として、鳴らしたもんだぜ!」
バルガスが剣を構え直す。
構えを見ただけで、一切の隙がなく、熟練ほ冒険者と言っても過言ではない。
だが――。
「大地さん!」
エレナの声が飛ぶ。
「右です!」
「分かってる!」
大地が振り返る。
死角から飛びかかってきた魔鉱狼を、拳で迎え撃つ。
「――せいっ!」
ドゴンッ!
魔鉱狼が吹き飛んで壁にめり込む。
そのまま大地は群れへと踏み込んだ。
「はっ!」
拳を振り抜く。
「おらっ!」
鋭い回し蹴り。
「そこ!」
身体を捻って攻撃をかわし、そのまま裏拳を叩き込む。
魔鉱狼が次々と地面へ転がっていく。
「……」
バルガスが固まる。
「……おい」
大地は最後の一匹を叩き伏せると、手を払った。
「終わったな」
「……ダイチ」
「ん?」
「お前……」
バルガスの額に汗が浮かぶ。
「本当にランクEだったんだよな?」
「……まあ、一応」
「一応じゃねぇ!」
バルガスが叫ぶ。
「なんだ今の動き!しかも素手でとか正気じゃねぇだろ!」
「温泉の効果だよ」
「温泉ってそんな効果まであんのかよ!」
「俺の場合は特殊なんだ」
「特殊ってレベルじゃねぇだろ!」
リディアが思わず笑う。
「ふふっ」
「笑うな!」
その横でエレナが小さく微笑んでいた。
「大地さん」
「ん?」
「今の動き、とても格好良かったです」
「……そうか?」
「はい」
エレナが頷く。
「以前より、さらに身体の使い方が上手くなっています」
「そ、そう?」
大地が少し照れる。
「……お前ら、戦闘中に二人の世界に入ってるんじゃねぇよ」
バルガスが呆れた声を出す。
「邪魔するんじゃねぇよ」
「ふふ」
エレナは楽しそうに笑った。
◇
さらに奥へ進む。
すると今度は――。
「ガガガ……」
岩陰から、金属質な身体を持つ大型の魔物が姿を現した。
「メタルリザードです!Bランクの強力な魔物です!」
ガレスが叫ぶ。
「硬いぞ!」
バルガスが剣を構える。
メタルリザードが口を開き、鋭い牙を剥き出しにする。
「俺が行く!」
バルガスが踏み込む。
ガキィン!
剣がメタルリザードの鱗に弾かれた。
「硬ぇ!」
「バルガスさん、左!」
エレナが叫ぶ。
「分かってる!」
メタルリザードが尻尾を振り抜く。
バルガスが咄嗟に身を屈め、その攻撃をかわした。
「大地さん!」
「任せろ!」
大地が横から飛び込む。
拳を握り――。
「――おらぁっ!」
ドゴォン!
拳がメタルリザードの頭部へ直撃する。
「ギィィィッ!」
巨体が地面を転がり、ひっくり返った。
「……」
バルガスが剣を下ろす。
「……俺、必要か?」
「もちろん」
大地は真顔で答えた。
「いざって時に頼りにしてる」
「……」
バルガスは複雑そうな顔をした。
「その言葉、もう少し別のタイミングで言ってくれ」
リディアが吹き出す。
「ふふっ」
「笑うな!」
エレナまで口元を押さえている。
「エレナまで!」
「す、すみません……」
緊張していた一行の空気が、少しだけ和らいだ。
だが――。
その先へ進むにつれて、誰も笑わなくなっていった。
魔物の数が増えている。
魔鉱石の量も異常なほど増えている。
そして何より――。
空気そのものが、重くなっていた。
「……この先です」
ガレスが測定器を確認する。
「魔力濃度が、さらに上昇しています」
エレナも足を止める。
「……感じます」
「どんな感じだ?」
大地が尋ねる。
「先ほどより、ずっと濃いです」
エレナは鉱山の奥を見る。
「それに……」
「それに?」
「この魔力には、少し瘴気が混ざっています」
その言葉に、バルガスの表情が変わった。
「瘴気だと?」
「はい」
エレナが頷く。
「まだ濃度は低いですが、確かに感じます」
「それは危険なのか?」
リディアが尋ねる。
「濃度が高くなれば、身体への影響も考えられます」
エレナは真剣な顔で答えた。
「魔物が異常化しているのも、その影響かもしれません」
大地は黙って前を見た。
「……だったら、なおさら原因を見つけないとな」
「はい」
エレナが頷く。
一行は慎重に進んでいく。
そして――。
突然、視界が開けた。
「……!」
大地が足を止める。
そこは、巨大な空間だった。
以前、魔鉱巨獣と戦った場所。
だが――。
あのときとは、景色がまるで違っていた。
「……なんだ、これ」
バルガスが言葉を失う。
広大な空間の壁面。
地面。
天井。
そこら中に――。
様々な魔鉱石が群生していた。
青。
赤。
紫。
黒。
見たこともない色の鉱石まである。
さらに――。
「……ミスリル」
ガレスが呟いた。
「え?」
リディアも目を見開く。
「ミスリル……?」
ガレスは鉱石へ近づく。
「間違いありません」
「こんな量のミスリル……」
リディアが息を呑む。
「他にもあります」
ガレスが周囲を見回す。
「これは……アダマンタイトでは?」
「おいおい……」
バルガスが頭を抱える。
「なんでこんな場所に、そんなもんがゴロゴロしてんだよ……」
大地も言葉を失っていた。
そして――。
エレナがゆっくりと目を閉じる。
「……すごい」
「何か感じるか?」
大地が尋ねる。
「はい」
エレナは静かに答えた。
「この空間全体に、魔力が満ちています」
「鉱石から?」
「それだけではありません」
エレナが首を横に振る。
「魔力が……どこかへ流れ込んでいます」
「どこへ?」
「分かりません」
エレナは奥を見る。
「ですが、ここよりさらに奥から流れてきているように感じます」
ガレスも同時に測定器を確認していた。
「……エレナさんの感覚は正しいようです」
「本当か?」
「はい」
ガレスの表情が険しくなる。
「魔力の流入源が、この先にあります」
「だったら、行ってみよう」
大地が一歩踏み出す。
「待ってください」
ガレスが止める。
「この先は慎重に」
「何かあるのか?」
「まだ断定はできません」
ガレスが測定器を確認する。
「ですが――」
さらに奥へ進む。
そこには、巨大な岩壁があった。
しかし。
その岩壁の一部が、不自然に黒く変色している。
「……これ」
リディアが呟く。
「触らないでください」
ガレスが制止する。
「この向こうから――」
測定器の数値が跳ね上がった。
「異常な魔力反応が出ています」
エレナも岩壁へ近づく。
「……大地さん」
「ん?」
「この奥です」
「何が?」
「瘴気の流れが、ここから来ています」
エレナが岩壁を見つめる。
「しかも……先ほどよりずっと強い」
「向こうに何かあるのか?」
「はい」
ガレスも頷いた。
「私もそう考えます」
そして――。
ガレスが岩壁の一部を指差した。
「ここを見てください」
「……?」
よく見ると、岩壁には自然のものとは思えない亀裂が走っている。
その奥から――。
黒い霧のようなものが、僅かに漏れ出していた。
「瘴気……」
エレナが呟く。
「これは……」
リディアが息を呑む。
ガレスは測定器を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「ダンジョンです」
「……ダンジョン?」
バルガスが聞き返す。
「はい」
ガレスは頷く。
「この岩壁の向こうに、新たにダンジョンが発生しています」
一瞬。
誰も言葉を発しなかった。
「ダンジョンが……ここに?」
リディアが呟く。
「ですが、通常のダンジョンとは違います」
ガレスが続ける。
「このダンジョンから漏れ出している魔力と瘴気が、周囲の鉱脈へ流れ込んでいる」
「だから魔鉱石が……」
「ええ」
ガレスが周囲を見渡す。
「鉱山全体の魔力濃度が上昇し、魔鉱石が異常な成長を見せた。そして、その影響を受けて魔物まで変質したのでしょう」
大地の脳裏に、これまでの出来事が蘇る。
魔鉱狼。
メタルリザード。
そして――。
魔鉱巨獣。
「……全部、ここから繋がっていたのか」
「おそらく」
エレナが答える。
「少なくとも、この瘴気と魔力が原因の一つである可能性は高いと思います」
バルガスが険しい顔で岩壁を見る。
「じゃあ……」
低い声が響く。
「俺たちは今まで、鉱山そのものがおかしくなったと思っていたが……」
「ああ」
大地が頷く。
「原因は、この奥だ」
その瞬間――。
岩壁の向こうから。
ドン――。
低い音が響いた。
「……!」
全員が身構える。
もう一度。
ドン……。
まるで巨大な何かが、向こう側から岩壁を叩いたような音。
エレナが大地の隣へ並ぶ。
「大地さん……」
「ああ」
大地は岩壁を見据える。
その奥にあるものは、まだ分からない。
だが――。
この鉱山で起きていた異常の正体が、ようやく見え始めた。
そして同時に。
彼らはまだ、ダンジョンの入口にすら立っていない。
「……一度、戻って報告する。ギルド本部の指示を待って、随時公表する形になるだろう。」
バルガスが呟く。
その背後で、ガレスが測定器を握り直す。
リディアも表情を引き締める。
「……恐らく、漏れ出す魔力値や周囲の魔物の状況を加味すると、高難度のダンジョンでしょう。推定Sランクです。」
ガレスは大きく息を吐いた。
「また、とんでもないもんを見つけちまったな」
誰も答えなかった。
ただ、岩壁の向こうから漏れ出す瘴気だけが――。
静かに、鉱山の奥へと流れ続けていた。




