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異世界温泉宿経営♨️ 〜「戦闘スキルをください!とお願いした女神がくれたのは、まさかの“銭湯スキル”でした〜  作者: 回胴めぐり


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【第54話】日本の暮らし


それから、数日が経った。


温泉宿の建設は、着実に進んでいた。


宿泊棟の外壁はほぼ完成し、瓦葺きの屋根もその姿を整え始めている。


従業員用の居住スペースも形になり、温泉設備についても、ミレッタが設置した魔道具の調整を進めていた。


そして――。


宿そのものだけではない。


大地が以前から職人たちに依頼していたものも、少しずつ完成し始めていた。


その日の午後。


作業をしていた大地のもとへ、一人の職人がやってきた。


「旦那、お待たせしました」


「ん?」


振り返ると、職人の手には何着かの衣服が抱えられていた。


「頼まれていたものが完成しました」


「もしかして……!」


大地の目が輝く。


「はい。こちらです」


職人が布を広げる。


そこに現れたのは――。


「浴衣だ!」


大地は思わず声を上げた。


日本の浴衣に似せて作られた衣服。


異世界の織物を使っているため、細かな質感こそ違うものの、形状は大地の記憶にある浴衣そのものだった。


「本当に完成したのか!」


「はい。ダイチさんからいただいた絵を参考に、何度か試作品を作りまして」


「すごい……」


大地は手に取った浴衣を広げる。


懐かしい。


日本にいた頃、夏祭りなどで見かけた浴衣。


それが、この異世界で形になっている。


「着てみてもいいか?」


「もちろんです」


「よし!」


大地はさっそく着替えることにした。


そして――。


「どうだ?」


浴衣姿になった大地が姿を現す。


「……」


エレナが目を丸くした。


「……とても似合っています」


「本当か?」


「はい。なんだか、温泉宿の雰囲気とすごく合っていますね」


「それなら成功だな」


大地は満足そうに頷いた。


続いて――。


エレナも浴衣を身につける。


白を基調とした生地に、淡い色の模様が入った浴衣。


長い白髪との相性も良く、普段のドレス姿とはまったく違う雰囲気になっていた。


「……どうでしょう?」


少し恥ずかしそうに、エレナが尋ねる。


大地は一瞬、言葉を失った。


「……似合ってる」


「本当ですか?」


「ああ。すごく似合ってる」


エレナの頬が、ほんのり赤くなる。


近づいて、エレナを抱き寄せてサラサラの白銀髪を香りを堪能する。


「ありがとうございます」


そして最後に――。


ミレッタも浴衣を身につけて姿を現した。


「どう?」


普段の作業着とは違う姿。


小柄な身体に浴衣がよく似合っている。


「ミレッタも似合ってるな」


「……そう?」


「うん。かなり似合ってる」


「ふーん…それだけか?」


大地は少し屈んでミレッタを抱きしめる。


ミレッタは少しだけ嬉しそうに口元を緩めた。


「まあ、あたしは何着ても似合うけどね」


「自分で言うか、それ」


「事実だから」


「はいはい」


そんな二人を眺めながら、大地は改めて満足そうに頷いた。


「やっぱり浴衣はいいな」


「ダイチさんは、本当に浴衣がお好きなんですね」


エレナが微笑む。


「ああ。温泉宿といえば浴衣だからな」


「なるほど」


「ただし――!」


大地は突然、真剣な顔になった。


「浴衣っていうのは、本来な――」


「……?」


エレナとミレッタが大地を見る。


「下着をつけないのが正式なんだ!」


「…………」


「…………」


二人の動きが止まった。


「いや、浴衣っていうのは昔からそういうものでな!」


大地は妙に熱が入っていた。


「風通しが良くて、風呂上がりにも涼しくて――」


「ダイチ」


ミレッタが冷たい目を向ける。


「……何?」


「何を力説してんの?」


「いや、だから浴衣の文化についてだな」


「文化ねぇ……」


ミレッタがじとっと大地を見る。


エレナも困ったように笑っている。


「ダイチさん……」


「はい」


「そのお話は、もう少し慎重にされたほうがよろしいかと……」


「……はい」


大地は素直に口を閉じた。


異世界で浴衣文化を説明する。


それは思っていた以上に難しいらしい。


◇


浴衣のお披露目を終えた頃。


「そういえば、二人の家も完成したんだったな」


大地が思い出したように言った。


「うん」


ミレッタが頷く。


「ダイチとエレナの家も、あたしの工房も完成したよ」


「ついにか!」


大地の顔が明るくなる。


「じゃあ、見に行こう!」


「はい!」


エレナも嬉しそうに頷いた。


三人は完成した建物へ向かって歩き始めた。


まず向かったのは――。


大地とエレナが暮らす離れだった。


「……おお」


大地は建物を見上げた。


外観は、完全に日本風だった。


漆喰のような物で塗った外壁。


瓦屋根。


深い軒。


玄関へ続く小さな石畳。


異世界の森の中に、日本の家がそのまま移築されたような姿だった。


「すごい……」


エレナも目を輝かせる。


「本当に異国の建物みたいです」


「だろ?」


大地も嬉しそうだった。


「ここは俺のこだわりをかなり入れてもらったんだ」


玄関を開ける。


「まずは玄関」


「靴はここで脱ぐんですね」


「ああ」


エレナが靴を脱ぎ、揃えて置く。


「こういうところまでダイチさんの故郷の様式なのですね」


「そうそう!温泉宿の方も同じような様式になる予定なんだ」


玄関を上がると、そこには畳が敷かれた部屋が広がっていた。


「畳……」


エレナがそっと足を乗せる。


「なんだか不思議な感触です」


「これも故郷の文化だな」


「落ち着きますね」


「だろ?」


畳の香り。


木の匂い。


障子。


襖。


低い位置に設けられた机。


窓から差し込む森の光。


大地にとっては懐かしく、エレナにとっては新鮮な空間だった。


「こっちは居間」


襖を開ける。


続いて隣の部屋へ。


「こっちは客間にする予定」


「客間まであるのですね」


「ああ。誰かが泊まりに来るかもしれないからな」


さらに奥へ進む。


「そして、ここが寝室」


大地が襖を開ける。


エレナが少しだけ頬を赤くした。


「……寝室」


「うん」


「……私とダイチさんの」


「そうだな」


「……」


エレナは少し視線を逸らした。


大地は気づかないまま先へ進む。


「で、最後が――」


扉を開ける。


「風呂!」


「……温泉ですね」


「そう!」


そこには、小さな浴場が作られていた。


木の浴槽。


石造りの洗い場。


小さな窓から森が見える。


もちろん、ミレッタが設置した温泉設備も組み込まれている。


「宿だけじゃなく、家でも温泉に入れるようにしたんだ」


「贅沢ですね……」


エレナが湯船を眺める。


「毎日、好きな時に温泉へ入れるなんて」


「これが俺の理想の生活だ」


大地は満足そうに頷いた。


「仕事が終わったら温泉」


「ふふっ」


エレナが笑う。


「ダイチさんらしいですね」


◇


続いて、三人はミレッタの工房へ向かった。


「こっちも凄いな……」


大地は思わず声を上げた。


外観は、大地とエレナの離れと統一感のある日本風建築。


瓦屋根に木造の外壁。


玄関の造りまで似ている。


ただし――。


「中は完全に工房だな」


扉を開けた瞬間、その雰囲気は一変した。


床には石畳。


中央には大きな作業スペース。


そして奥には――。


「これがミレッタの炉か」


「そう」


ミレッタが胸を張る。


「魔道具を作る時は、ここを使う」


大きな釜戸のような炉。


周囲には工具や金属素材、魔石などが整然と並べられている。


「熱が出るから、床は石にしてもらったんだ」


「なるほど」


「木造部分も熱がこもらないようにしてある」


「さすがだな」


大地は感心する。


「工房としてかなり本格的だ」


「当然だろ」


ミレッタは得意げだ。


「ここはあたしの仕事場なんだから」


作業スペースの奥には、生活空間も用意されていた。


「ここが寝室」


「ここはベッドなんだな」


「……寝室は防音の魔道具使ってるから、大きな声出しても平気」


「………!」


ミレッタは顔を赤らめて俯いている。


そして――。


「風呂もあるよ」


「やっぱりか!」


大地が笑う。


ミレッタの工房にも、小さな温泉が設けられていた。


「仕事終わりに温泉に入れるようにした」


ミレッタが当然のように言う。


「最高だな」


大地は満足そうに頷いた。


完成した二つの建物。


一つは、大地とエレナが暮らす離れ。


もう一つは、ミレッタの工房。


外観は日本風。


内部には、それぞれの生活と仕事に合わせた設備が整えられている。


そして、どちらにも――。


温泉がある。


大地は二つの建物を眺めながら、静かに息を吐いた。


数週間前まで、ここには何もなかった。


ただの森だった。


それが今では、自分たちが暮らす家までできている。


「……なんか、すごいな」


「何がですか?」


エレナが隣に立つ。


「ここが、俺たちの暮らす場所になるんだなって」


「はい」


エレナは優しく微笑んだ。


「私も、とても嬉しいです」


ミレッタも二人の横に並ぶ。


「これからもっと忙しくなるけどね」


「それはそうだな」


大地は笑った。


温泉宿の完成には、まだ時間がかかる。


やるべきことも山ほどある。


それでも――。


暮らす場所ができた。


帰る場所ができた。


そして、その先には。


人が集まり、笑い合い、温泉に浸かる場所が待っている。


「よし」


大地は拳を握った。


「温泉宿の完成まで、もうひと頑張りだな」


「はい!」


「うん」


三人の声が、静かな森へ響いた。


その日。


森の中には、新しい三人の暮らしが始まるための家が、確かに完成していた。

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