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異世界温泉宿経営♨️ 〜「戦闘スキルをください!とお願いした女神がくれたのは、まさかの“銭湯スキル”でした〜  作者: 回胴めぐり


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【第52話】勘違い


商人ギルドを出た大地は、そのまま温泉宿へ戻ろうとしていた。


だが、ふと足を止める。


「……そういえば」


クレーベルを出る前に、もう一ヶ所だけ寄っておきたい場所があった。


大地が向かったのは――金竜王の羽。


今はまだ開店前だが、ふとリゼの顔が見たくなった。


店の前まで来ると、中から物音が聞こえてきた。


「……仕込み中か」


大地は扉を軽く叩いた。


コン、コン。


「……誰?」


中から、聞き慣れた声が返ってくる。


「俺」


少しの沈黙。


やがて、扉が開いた。


「……ダイチ?」


顔を出したのはリゼだった。


いつものように無表情に近い顔。


ただ、髪を後ろでまとめ、料理の仕込みをしていたらしく、普段より少しだけラフな格好をしている。


「まだ開店前だよ」


「分かってる」


「……何?」


「ちょっと寄っただけ」


「……そう」


リゼは大地を見つめる。


そして、少しだけ身体を横へずらした。


「……入る?」


「ああ。悪いな」


大地は店の中へ入った。


店内には、まだ客の姿はない。


厨房からは、野菜を刻む音が聞こえている。


リゼは大地が入ってきても、特に気にする様子もなく、再び包丁を手に取った。


トントン、トントン。


一定のリズムで、野菜を切っていく。


「相変わらず早いな」


「普通」


「いや、俺にはできない」


「……料理する気ないでしょ」


「まあな」


そんな何気ない会話をしながら、大地はカウンター席に腰を下ろした。


「今日はクレーベルに用事があってな」


「……うん」


「温泉宿の宣伝に行ってた」


リゼの手が、ほんの一瞬だけ止まった。


「……もう宣伝?」


「完成してからじゃ遅いからな」


「……なるほど」


リゼは再び包丁を動かし始める。


「冒険者ギルドと商人ギルドに話をしてきた」


「……従業員?」


「そう。それも募集してきた」


「……そう」


リゼは短く返事をする。


だが、少しだけ興味があるのか、包丁を動かしながら尋ねた。


「……どんな宿?」


「どんなって?」


「……料理」


「ああ」


大地は少し考えた。


「料理もかなり重要だと思ってる。俺の故郷の料理を再現しようと思ってるんだ」


「……なら、料理人が必要」


「そうなんだよ」


リゼはそこでようやく大地を見る。


「……見つかった?」


「まだ」


「……そう」


それだけ言うと、また仕込みに戻る。


トントン、トントン。


大地はそんなリゼの姿を、しばらく眺めていた。


無駄のない動き。


包丁を握る手。


食材を扱う姿勢。


普段は無口で淡々としているのに、料理をしている時だけは、どこか職人らしい雰囲気がある。


「……」


そして――。


開店前だからなのか、リゼの衣服はラフなワンピースで、胸元が大きく開いている。


大地の視線が、ふとリゼの胸元へ向いた。


本人にそのつもりはなかった。


……いや。


正確に言えば、少しだけあった。


視線を戻す。


しかし、また見てしまう。


「……」


(デカい…もう少しで見えそう)


もう一度、ちらり。


「……」


(あとちょっとで、チョモランマの山頂が…!)


リゼの手が止まった。


「……ダイチ」


「ん?」


「……何?」


「何が?」


「……さっきから」


リゼが大地を見る。


胸元を押さえながら、ほんのりと頬が赤くなっていた。


「……私のこと、見てる」


「いや、料理してるのを見てただけだよ」


「……そう?」


「そうそう」


「……ふうん」


リゼは納得したのかしていないのか分からない顔で、再び仕込みを始めた。


ただし――。


今度は少しだけ身体の向きを変えている。


大地はそれに気づき、苦笑した。


「悪い」


「……別に」


「それでさ」


「……うん」


「リゼ」


「何?」


大地は少しだけ姿勢を正した。


「……あのさ」


「……うん」


「俺のために、飯作ってくれないか?」


――ピタッ。


リゼの手が止まった。


包丁を持ったまま、完全に固まっている。


「……え?」


「だから、俺のために飯を――」


「……私が?」


「うん」


リゼの顔が、見る見るうちに赤くなっていく。


「……私に?」


「そう」


「……ダイチが?」


「俺が」


「……」


リゼは黙り込んだ。


そして――。


恐る恐る、大地を見る。


「……エレナは?」


「エレナ?」


「……いいの?」


「何が?」


「……私に、そんなこと言って」


大地は首を傾げる。


「別にいいだろ?」


その瞬間。


リゼの顔がさらに赤くなった。


「……そう」


小さな声。


そして、ほんの少しだけ視線を逸らす。


「……いいよ」


「本当か?」


「……うん」


「助かる!」


大地が嬉しそうに笑う。


リゼはその笑顔を見て、胸元に手を当てた。


心臓が妙に速い。


これは――。


もしかして。


「……ダイチ」


「ん?」


「……私で、いいの?」


「え?」


「……エレナじゃなくて」


「だから、料理を――」


「……分かった」


リゼは小さく頷いた。


「……作る」


「ありがとう!」


大地は満面の笑みを浮かべた。


リゼもほんの少しだけ微笑む。


……その時だった。


大地が、何気なく言った。


「温泉宿の料理人として」


「…………」


リゼの笑顔が消えた。


「……何?」


「だから、温泉宿の料理人として働いてくれないかなって」


「…………」


沈黙。


厨房に、妙に重たい空気が流れた。


「……料理人?」


「うん」


「……私が?」


「そう。リゼなら料理の腕も確かだし、店をやってる経験もある。宿の料理を任せられると思って」


「…………」


リゼは無表情のまま大地を見る。


数秒。


十秒。


「……ダイチ」


「ん?」


「……さっきの」


「さっき?」


「『俺のために飯作ってくれないか』って」


「ああ」


「……あれ、仕事の話?」


「そうだけど?」


リゼの眉が、ピクリと動いた。


「…………」


大地はまだ気づいていない。


「料理人がまだ見つかってなくてさ。リゼが働いてくれたら助かると思って――」


「……もういい」


「え?」


リゼは包丁をまな板の上に置いた。


「仕事の邪魔」


「いや、でも――」


「帰って」


「え?」


「仕込み中だから」


「……はい」


大地は素直に立ち上がった。


「悪かったな。急に来て」


「……別に」


「じゃあ、また来るよ」


「……うん」


大地が店の出口へ向かう。


扉に手をかけたところで――。


「……ダイチ」


「ん?」


リゼが呼び止めた。


振り返る。


リゼは少しだけ視線を逸らしていた。


「……料理人の話」


「うん」


「……ちょっと考えさせて」


大地は笑った。


「分かった。よろしく頼む」


「……うん」


大地が店を出ていく。


扉が閉まる。


店内に静寂が戻った。


リゼはしばらく、その扉を見つめていた。


そして――。


「……ばか」


小さく呟く。


それから、真っ赤になった顔を両手で覆った。


「……勘違いした……」


誰もいない厨房に、リゼの小さな声だけが響いた。

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