【エレナside】エレナの計画
ミレッタとの女子会の後しばらくすると、拠点にて温泉完成を祝う二次会が始まった。
職人たちは昼間以上に盛り上がり、大地も酒を勧められるままに盃を重ねている。
「大地さん、飲みすぎではありませんか?」
「大丈夫、大丈夫」
「その言葉を言う人ほど、大丈夫ではないんですよ?」
「いや、本当に平気だって」
笑いながら答える大地。
その様子を、エレナは少し離れた場所から見ていた。
そして――。
隣を見る。
ミレッタは職人たちと話しているふりをしながら、ちらちらと大地を見ていた。
その視線だけで、エレナには分かる。
今夜。
ミレッタは決意している。
けれど――。
決意しているのは、ミレッタだけではなかった。
「……大地さん」
宴会の途中。
エレナは大地の隣へ腰を下ろした。
「ん?」
「少しだけ、お話してもいいですか?」
「もちろん」
大地は盃を置いた。
「どうした?」
エレナは少し迷った。
けれど、すぐに決心する。
「……ミレッタのことです」
「ミレッタ?」
大地が首を傾げる。
「はい」
「何かあった?」
「いえ」
エレナは微笑む。
「ただ……大地さんに一つ、お願いがあります」
「お願い?」
「もし今夜、ミレッタがあなたに何かを伝えようとしたら――」
エレナは大地の目を見る。
「どうか、彼女の気持ちを拒まないであげてください」
「……」
大地は黙った。
「それって……」
「はい」
エレナは頷く。
「ミレッタは、大地さんのことが好きです」
大地は驚いたように目を見開いた。
「………ああ」
大地は苦笑した。
「でも、エレナがいるから……俺から踏み込むのは違うと思ってた」
「……そうでしょうね」
エレナは少しだけ笑った。
「だからこそ、私から伝えておきます」
そして――。
大地の手をそっと握った。
「私は、大地さんに愛されていると実感できるなら、それで十分です」
「エレナ……」
「私は、大地さんの一番でいたい」
その言葉だけは、はっきりと伝える。
「それだけは、譲りません」
「……ああ」
大地は真剣な顔で頷いた。
「約束する」
「……ありがとうございます」
エレナは笑った。
その笑顔の奥に、ほんの少しだけ寂しさがあったことを――大地は気づかなかった。
けれど、それでいい。
これは自分が選んだことなのだから。
◇
宴会も終盤に差しかかった頃。
職人たちは酒に酔い、次々と寝床へ向かい始めていた。
大地もかなり酔っている。
「……眠い」
「ふふっ。かなり飲みましたからね」
「……私は先にテントに戻りますが、ダイチさんはどうされますか?」
「もうちょっと飲んでから、温泉に入ろうかなと」
エレナは微笑んだ。
来た。
計画通りだ。
「夜の温泉も綺麗だと思いますよ」
「だよな」
大地は手に持っている酒を煽り、職人たちと共に飲み直しはじめた。
そして――。
「ミレッタ」
少し離れたところにいたミレッタへ声をかけた。
「……来たか」
「はい」
エレナはミレッタの手を取る。
「行きましょう」
「……お、おう」
二人は人目につかない場所を通り、温泉施設へ向かった。
◇
「これで……いいんだよな?」
ミレッタが暖簾を見る。
男湯と女湯。
それぞれの暖簾を、エレナは一度外して交換した。
「はい」
「本当に成功するのか?」
「大丈夫です」
エレナは自信を持って答える。
「大地さんは酔っています。それに、さっきも『男湯はこちらだった』と確認していました」
「……なるほど」
「ですから、暖簾が入れ替わっていることには気づかないでしょう」
「……すげぇな、お前」
「褒めているんですか?」
「半分はな」
ミレッタは苦笑した。
「もう半分は……ちょっと怖い」
「失礼ですね」
二人は小さく笑う。
「では、ミレッタ…大地さんが暖簾をくぐったら、時間を置いて貴女も入るんですよ」
「……う、うん」
エレナはミレッタを残してその場を離れた。
やがて――。
遠くから足音が聞こえてきた。
大地が千鳥足で温泉の暖簾をくぐってゆく。
それを息を飲んで見送るミレッタ。
少ししたら、ミレッタは緊張した面持ちで歩き出した。
その背中を、エレナは見つめる。
そして――。
ミレッタが暖簾をくぐった瞬間。
エレナはすぐに暖簾を元の位置へ戻した。
これで外から見れば、何もおかしくない。
ただ、二人が同じ浴場にいるだけ。
「……これで、私の役目は終わりですね」
そう呟いた。
けれど――。
エレナは、その場を離れなかった。
「…………」
「……計画どおり」
すると、エレナは周りに人気がないことを確認して、物陰へ身を隠しながら女湯の中へといそいそと入っていった。
◇
浴場の中からは、かすかな話し声が聞こえてくる。
エレナは顔を赤らめながらも、目が爛々と輝いている。
「……ミレッタ」
大地の声。
「……ダイチ」
ミレッタの声。
途切れ途切れに聞こえてきた二人の会話が止まり、変わりにミレッタの悩ましい声が聞こえてくる。
湯気が邪魔して見えにくいが、二人が重なり合い、情事に耽り始めたことが確認できる。
エレナは潤んだ目を向ける。
二人から視線を外すことができない。
「……ぁ…はぁ…はぁ…はぁ」
そして――。
胸元へとゆっくりと手を伸ばし、その先端に触れる。
ーー興奮している。
はじめは嫉妬だと思っていた。
いや嫉妬もしているのだろう。
それでも――。
「……ぁ…ん…手……止まらない」
目の前には獣のようになった二人が絡み合っており、エレナのもう片方の手は下腹部に伸びてゆく。
「……ん…ぁ…ダイチさん……すごい…」
「……ミ、ミレッタも…ぁ…あんな……」
ーーこんなの知らなかった。
どうも自分は人と違った性癖があるようだ。
エルフの国の姫という立場から想像もできない自分自身の姿と重ね合わせて逡巡するも、頭が上手く回らない。
「……ぁ……ん…ーーーーーーーーーーーーッ!」
エレナ自身から聞こえる淫靡な音は温泉の水音にかき消されながら、吐息は息絶え絶え、体をビクビクと痙攣させる。
「……ん…ぁ…はぁ…はぁ…はぁ」
ーー目の前には幸せそうなミレッタ。
心地よい余韻に身を任せたい気持ちを押し殺して、弛緩した肢体をゆっくりと起き上がらせる。
「……よかったですね……ミレッタ」
満足したエレナは、二人の邪魔をしないように、温泉を後にする。
◇
夜の森へ、冷たい風が吹き抜ける。
「ダイチさん」
誰もいない場所で、エレナは小さく呟く。
「あなたが幸せなら……私は、それで――」
そこまで言って、エレナは言葉を止めた。
「……いえ」
少しだけ頬を膨らませる。
「やっぱり、それだけではありませんね」
エレナは苦笑した。
「私が一番ですからね、ダイチさん」
そう言って、温泉を振り返る。
その表情には、寂しさと、それ以上の優しさがあった。
――この夜。
ミレッタは大地へ想いを伝えた。
そしてエレナは、自分の愛を貫くために、もう一人の女性を受け入れる道を選んだ。
それは決して、簡単なことではない。
けれど――。
大地を愛しているからこそ。
ミレッタの想いも、否定したくなかった。
「……さて」
エレナは小さく伸びをする。
「明日の朝、ダイチさんがどんな顔をしているのか……楽しみですね」
そして――。
何事もなかったかのような顔で、エレナは自分の寝床へ戻っていった。
夜の温泉には、二人の気配だけが残されていた。




