【第4話】異世界で生きる
大地はエレナに連れられて、一際賑わう街中を横切り、少し寂れた路地裏へと入った。
「……こっちで合ってるんですか?」
「はい。もう少しです」
やがて、古びた木造の建物が見えてきた。
入口の上に掲げられた木製の看板。
そこには――
【金竜王の羽】
と書かれていた。
質素な佇まいながらも、店の外にまで食欲をそそる香りが漂っている。
「……いい匂い」
大地の腹が、再び鳴った。
グゥゥゥ。
「ふふ」
「……すみません」
「謝ることではありませんよ」
エレナは小さく笑いながら扉を開けた。
カラン――。
店の中へ入る。
「……いらっしゃ――」
店員が声をかけようとしたが、エレナの姿を確認すると、そのまま軽く手を上げた。
「……いつもの?」
「はい。今日は二人分お願いします」
「……了解」
どうやら、エレナの行きつけの店らしい。
店員の案内を待つこともなく、エレナは店の奥側にある席へ向かう。
大地もその後についていった。
周囲を見渡す。
他の客は見当たらない。
店の奥にある、この席だけが妙に静かだった。
「ここ、いつも使ってるんですか?」
「はい」
エレナは椅子に腰を下ろす。
「私って、少し目立つでしょう?」
そう言って、白銀の髪を隠すようにフードへ手を添える。
「こういったお店の方が、落ち着いて食事ができるんです」
「なるほど……」
大地は少しだけ眉をひそめた。
街を歩いていた時のことを思い出す。
確かに、エレナに向けられる視線は決して好意的なものばかりではなかった。
「……あっ」
エレナが顔を上げる。
「味はご心配なく」
「え?」
「どれを食べても美味しいですので」
「そこは心配してませんよ」
大地は笑った。
「むしろ、今すぐ食べたいです」
「それならよかったです」
注文を済ませる。
しばらくすると、店の奥から料理が次々と運ばれてきた。
何種類もの野菜が入った、栄養価の高そうな温かいスープ。
表面をカリカリになるまで焼いた肉の塊。
そして、焼きたてのライ麦パン。
「…………」
大地は目の前に並べられた料理を見つめる。
「…………」
「ダイチさん?」
「……うまそう」
思わず呟いた。
「どうぞ」
エレナに促される。
大地は肉を一切れ口へ運んだ。
「…………」
噛む。
肉汁が口いっぱいに広がる。
「……うまい」
大地は目を閉じた。
決して豪華な料理ではない。
しかし――。
「……これは、うまい」
もう一度呟く。
「そんなに気に入っていただけましたか?」
向かいに座るエレナが、少し嬉しそうに尋ねる。
「はい!」
大地はパンをちぎりながら頷いた。
「肉の焼き加減も完璧ですね。表面はしっかり焼いているのに、中は柔らかい。素材の味もしっかり残ってる」
「そんなに細かく感想を言われたのは初めてです」
「いやぁ……」
大地は笑う。
「異世界に来て最初の飯がこれって、なんか感慨深いですよ」
「異世界……?」
「……あ」
大地の動きが止まる。
「いえ、その……」
「…………」
エレナがじっと見る。
「……遠いところから来た、という意味です」
「そうですか」
エレナは、それ以上追及しなかった。
「では、どうぞ続きを食べてください」
「……はい!」
大地は再び肉へかぶりつく。
スープを飲む。
パンを食べる。
「……生きてるって感じがする」
その言葉に。
エレナの表情が、少しだけ柔らかくなった。
「ところで……」
エレナが尋ねる。
「本当に、この街へ来たばかりなのですか?」
「はい」
「どちらから?」
「…………」
大地は一瞬考える。
異世界から来ました。
そんなことを言っても、信じてもらえるとは思えない。
「……ものすごく遠いところからです」
「そうですか」
エレナはそれ以上追及しなかった。
「では、ダイチさんは、この世界のことをあまり知らないのですね?」
「恥ずかしながら、ほとんど何も」
「それなら、簡単に説明しましょう」
「お願いします!」
大地は身を乗り出した。
◇
「まず、この大陸にはいくつもの国があります」
エレナは指を一本立てた。
「アルディア王国という人間の国」
「はい」
「ハイデンベルクというエルフの国」
「ほう」
「マウレシコという獣人の国」
「なるほど」
「カデンツというドワーフの国」
「この4つの国に住まう種族である人間、エルフ、獣人、ドワーフ……この4つの種族を総じて人間族と呼んでいます」
「ふむふむ」
「そして――魔族領」
「魔族……」
大地の表情が少しだけ変わる。
「魔族って、やっぱり人間とは敵対しているんですか?」
「……一概には言えません」
エレナは少し考えてから答えた。
「長い歴史の中で、争いが起きることはあります。ただ、すべての魔族が人間族を敵視しているわけではありません」
「なるほど……」
大地は頷く。
異世界だからといって、単純に「人間族対魔族」という構図ではないらしい。
「異種族間の小競り合いも近年では多いです。エルフとドワーフも種族間では仲が悪く、獣人族は人間国では奴隷として扱っていることも多いです。」
「みんな仲良くとはいかないものなんですね……」
「そして、もう一つ」
エレナは窓の外を見る。
「この街、クレーベルです」
「クレーベル?」
「はい。どこの国にも属していない、中立都市です」
「だから色々な種族がいるんですね」
「そういうことです」
大地は街の風景を思い出した。
人間。
エルフ。
獣人。
ドワーフ。
様々な種族が同じ街を歩いている。
「……面白い街ですね」
「ええ」
エレナは微笑んだ。
「商人や冒険者も多いので、他の国から来る人も珍しくありません」
「エルフも普通にいるんですよね?」
「……はい」
「じゃあ、エレナさんも珍しい?」
「……私の場合は、少し事情が違います」
エレナは自分の髪に触れた。
「この髪色です」
「白銀の髪?」
「はい」
「すごく綺麗ですよね」
「…………」
エレナが少し驚いた顔をする。
「……ありがとうございます」
頬をわずかに赤らめながら、目を伏せる。
「でも、さっきからみんな避けてましたよね」
「……はい」
エレナは苦笑した。
「白銀の髪を持つエルフは、この世界ではあまり良い印象を持たれていません」
「なんで?」
「昔からの迷信です」
「迷信?」
「白銀の髪を持つエルフは、不吉を呼ぶ――」
エレナは少しだけ間を置いた。
「そう言われることがあります」
「…………」
大地は眉をひそめた。
「くだらないですね」
「え?」
「髪の色だけで人を判断するなんて」
エレナは目を丸くした。
「……そう思いますか?」
「だって、エレナさんが何か悪いことをしたわけじゃないでしょう?」
「…………」
「だったら関係ないじゃないですか」
大地はまっすぐエレナを見る。
「髪の色だけで、こんなに優しい人を避けるなんて、おかしいですよ」
「…………」
エレナはしばらく黙っていた。
そして――。
「……変な人ですね」
「またそれですか?」
「褒めています」
「なら、素直に喜んでおきます」
エレナは小さく笑った。
「……ありがとうございます」
その笑顔は、先ほどより少しだけ自然だった。




