【第3話】白銀のエルフ
それでも歩くしかなかった。
森の中を進む。
やがて川を見つけ、水を飲んだ。
そして川沿いを歩き続ける。
すると――
「……道?」
木々の向こうに、人が歩いているような道が見えた。
「…………!」
大地の顔が明るくなる。
「人がいる!」
そこからさらに歩く。
やがて遠くに大きな街が見えてきた。
石造りの城壁。
大きな門。
行き交う人々。
荷馬車と商人。
「…………」
大地は立ち止まった。
「……街だ」
胸が熱くなる。
人間のいる場所。
食料がある。
仕事があるかもしれない。
大地は急いで街へ向かった。
門番に軽く呼び止められたものの、特に身分証を確認されることもなく、そのまま街の中へ入ることができた。
「…………」
街の中を歩く。
人間だけでなく、エルフや獣人、ドワーフなど様々な人種が入り混じっている。
前世では見かけたことのない色々な店がある。
往来の人々で賑わう食堂がある。
冒険者らしい客がショーケースを覗きこんでいる武器屋らしき店もある。
「アニメやゲームでみた世界そのままだな」
大地は高鳴る胸を押さえつける。
「…………」
大地は財布を確認した。
もちろん空っぽ。
「…………」
「……金ないんだった。まぁあっても使えないか」
当たり前のことに気づく。
大地は食堂の前に立ち尽くした。
「…………」
腹が鳴る。
グゥゥゥ。
店から漂ってくる、いい匂い。
「…………」
大地は店の中を見る。
漫画でよく見る大きな骨付き肉。
小さく切り分けたライ麦パン。
ゴロゴロと具材が入った温かそうなスープ。
「…………」
涎が出る。
「…………」
しかし、入れない。
金がない。
「…………世知辛すぎる」
「どうしたらいいんだよ……」
異世界に来た。
街にも着いた。
しかしーー
「仕事もない」
「金もない」
「食料もない」
「知識もない」
「…………」
大地は街の中央で立ち尽くした。
「……誰か、仕事ください」
当然。
誰も答えてくれない。
⸻
「…………」
その時だった。
周囲の人々が、何かを避けるように道を開けた。
「……ん?」
大地はそちらを見る。
一人の女性が歩いてくる。
長い――
白髪。
いや。
白銀の髪。
フードを少し目深にかぶっていても、陽の光を受けて、美しく輝いている。
尖った耳。
白く透き通った肌。
細身の身体であるがゆえ、女性らしさの象徴である見事な双丘が際立っている。
「…………」
大地は目を見開いた。
「……すごい美人だ」
女性がこちらを見る。
その瞬間。
大地と目が合った。
しかし――
女性はすぐに目を逸らした。
周囲にいた人々も、彼女を見ると道を空ける。
中には露骨に顔をしかめる者もいた。
「…………」
大地は首を傾げた。
「なんでだ?」
女性が通り過ぎようとする。
「……あの!」
思わず声をかけた。
女性の足が止まる。
「…………私ですか?」
「はい!」
女性は警戒するように振り返った。
「何か……?」
「いや」
大地は彼女のサラッと風に揺れる髪を見る。
「めちゃくちゃ綺麗ですね」
「…………え?」
女性の目が丸くなる。
「こんなに素敵な女性を産まれて初めて見ました」
「…………」
「すごいな……」
大地は銀髪のエルフの美貌に見惚れている。
女性は困惑した。
「……怖くないんですか?」
「え?」
「この髪……」
「怖い?」
大地は首を傾げる。
「なんで?」
女性は答えなかった。
大地は周囲を見る。
人々が彼女を避けている。
「…………」
「もしかして、この髪って珍しいんですか?」
「……はい」
「それで避けられてる?」
女性は少し驚いた。
「……気づいていたんですか?」
「そりゃ、これだけ露骨なら……」
大地は苦笑する。
「でも、俺は別に気にしませんよ」
「…………」
女性が大地を見る。
「……変な人」
「よく言われます」
「ふふ……」
女性の口元が、ほんの少し緩んだ。
⸻
「ところで……」
女性が大地を見る。
「あなた、先ほどからずっと同じ場所に立っていますよね?」
「…………」
大地は苦笑した。
「……実は、どうしたらいいのか分からなくて」
「どうしたら?」
「この世界に来たばかりで」
「…………」
女性が目を瞬かせる。
「今日、この街に来たんですか?」
「はい」
「ご家族は?」
「いません」
「知り合いは?」
「いません」
「仕事は?」
「ありません」
「お金は?」
「ありません」
「…………」
女性の表情が変わった。
「……食事は?」
「食べてません」
「宿は?」
「ありません」
「…………」
女性は大きくため息をついた。
「あなた……」
「はい」
「どうやって生きてきたんですか?」
「……はい」
大地は苦笑する。
「自分でもびっくりしてます」
女性はしばらく考えた。
そして。
「……それなら、まず冒険者ギルドへ行くといいですよ」
「冒険者ギルド?」
「はい」
「何をする場所なんですか?」
「魔物の討伐や、素材の採取、護衛などの依頼を受ける場所です」
「…………!」
大地の目が輝く。
「それだ!」
「……?」
「魔物を倒して金を稼ぐ!」
「…………」
女性は大地を見る。
「魔物を倒したことは?」
「ありません!」
「武器は?」
「ありません!」
「…………」
女性は少し困ったような顔をした。
「……それなら、討伐依頼はやめた方がいいと思います」
「やっぱり?」
「はい」
「…………」
大地は肩を落とす。
「俺、スライムにも勝てなかったんですよ」
「……スライムに?」
「はい」
女性は少しだけ笑った。
「それなら、なおさらです」
「ですよね……」
「でも」
女性は続けた。
「冒険者ギルドには、戦わなくてもできる仕事があります」
「……戦わなくても?」
「薬草採取です」
「薬草?」
「森に生えている薬草を採取して、ギルドへ納品するんです」
「それなら俺にもできますか?」
「ええ」
女性は頷いた。
「薬草の種類さえ覚えれば、魔物と戦う必要はありません」
大地の顔が明るくなる。
「……それ、いいですね」
「もしよければ――」
女性は少し迷った。
「私がお教えしましょうか?」
「本当ですか!?」
「はい」
大地は勢いよく頭を下げた。
「お願いします!」
女性は少し驚いたあと、微笑んだ。
「……私はエレナです」
「俺はユモリ・ダイチです」
「お名前がダイチさんでよかったですか?」
「はい!」
「ではダイチさん」
グゥゥゥ。
腹の虫が先に返事をする。
「……まずは、ご飯を食べましょう」
「…………!」
大地の目が輝いた。
「……いいんですか?」
「もちろんです」
エレナは苦笑した。
「そのままでは倒れてしまいますよ」
「ありがとうございます!」
こうして異世界で何も持たなかった大地は――
銀髪のエルフ、エレナと出会った。
そして彼女との出会いが。
大地の異世界生活を、大きく変えていくことになる。




