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異世界温泉宿経営♨️ 〜「戦闘スキルをください!とお願いした女神がくれたのは、まさかの“銭湯スキル”でした〜  作者: 回胴めぐり


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【第35話】エレナの変化

【第35話】エレナの変化


金竜王の羽を出ると、夜の冷たい空気が二人を包んだ。


さっきまでいた店内の温かな空気とは対照的に、夜の街には人影も少なくなっている。昼間は賑やかだった大通りも、今は魔道具の明かりが石畳を淡く照らすばかりだった。


大地とエレナは、並んで歩き始める。


しばらくの間、二人とも何も話さなかった。


先ほどの騒ぎが、まだ頭の中に残っている。


やがて、大地がぽつりと口を開いた。


「……リゼさん、大丈夫かな」


「……私も、少し気になっています」


エレナも静かに答える。


「定期的に来る、とおっしゃっていましたよね」


「ああ」


大地は眉を寄せた。


「それに……あの冒険者たち、ただ店を馬鹿にしに来たって感じじゃなかったよな」


「はい」


エレナも頷く。


「最初から、リゼさんのことを知っているような口ぶりでした」


「人殺し……か」


大地が小さく呟く。


その言葉が、夜道の静寂へ溶けていく。


「リゼさん本人は、何も言いませんでしたけど……」


「何か事情があるのでしょうね」


「うん」


大地は歩きながら、一度だけ後ろを振り返った。


すでに金竜王の羽の姿は見えない。


それでも、あの店の中で見た光景が頭から離れなかった。


冒険者たちに何を言われても、感情を表に出さなかったリゼ。


食器を壊されても、怒鳴ることすらしなかった。


まるで――。


こういうことに慣れているかのようだった。


「……過去に、何かあったのかもしれないな」


「そうですね」


エレナも少しだけ表情を曇らせる。


「リゼさんは、何かを隠しているように見えました」


「ああ」


大地は、店を出る直前に見たリゼの瞳を思い出す。


普段と変わらない無表情。


淡々とした声。


それでも、ほんの一瞬だけ見えた瞳の揺らぎ。


あれは、ただの気のせいだったのだろうか。


「でも、本人が話したくないなら、無理に聞くことじゃないよな」


「はい」


「過去なんて、誰にだって話したくないことの一つや二つあるだろうし」


大地は前を向く。


「ただ……」


そこで、少しだけ間を置いた。


「もし本当に困ってるなら、助けたい」


エレナが隣から大地を見る。


「ダイチさん……」


「俺はリゼさんと知り合って、まだ数日しか経ってないけどさ」


大地は苦笑した。


「それでも、あの店には何度か飯を食べに行ってる。料理も美味しいし、落ち着く場所だ」


「はい。私も、あのお店は好きです」


「今日だって、俺たちが普通に食事できたのは、リゼさんがあの店を守ってるからだろ?」


「……そうですね」


「だったら、困ってる人を見て見ぬふりするのは、なんか違う気がするんだよ」


その言葉に、エレナはしばらく黙っていた。


やがて、柔らかく微笑む。


「……ダイチさんらしいですね」


「そうかな?」


「はい」


エレナは前を向いた。


「ダイチさんは、いつもそうです」


「?」


「ご自分では大したことではないと思っているのかもしれませんが……困っている人を見ると、放っておけないんですよね」


「まあ……昔からそうだったかもな」


大地は苦笑する。


「だから前の会社でも――」


そこまで言って、大地は言葉を止めた。


「……いや。今のは忘れてくれ」


エレナは大地の横顔を見る。


その一瞬だけ見えた表情に、前の世界での苦労が滲んでいた。


けれど、エレナは深く聞かなかった。


「ふふっ」


「……なんだよ」


「いえ」


エレナは小さく笑う。


「ダイチさんらしいと思っただけです」


「そっか」


二人の間に、少しだけ穏やかな空気が戻った。


けれど――。


エレナの胸の奥には、まだ小さな引っ掛かりが残っていた。


リゼ。


大地が心配している女性。


困っているなら助けたいとまで言った。


もちろん、それが悪いことだとは思わない。


リゼが困っているなら、自分だって助けたい。


何度も通ってきた店だ。


料理を作ってもらったことも、世話になったこともある。


それなのに。


大地が他の女性を気にかけている。


そのことが、ほんの少しだけ嫌だった。


――自分でも、困ってしまうくらいに。


「……エレナ?」


「はい?」


「どうした?」


「いえ」


「なんか考えてる?」


「……何でもありません」


エレナは微笑んだ。


けれど、その笑顔がどこかぎこちないことに、大地は気づいていた。


「そう?」


「はい」


「……ならいいけど」


大地は、それ以上は聞かなかった。


ただ、隣を歩くエレナを気にするように、少しだけ歩幅を合わせた。


◇


拠点へ戻る頃には、夜もかなり更けていた。


簡素なテントの中へ入り、荷物を置く。


今日一日だけでも、商人ギルドでの話し合いがあり、金竜王の羽では思わぬ騒ぎまで起きた。


「……疲れたな」


大地が椅子へ腰を下ろし、大きく息を吐く。


「はい」


エレナも向かいの椅子へ腰掛ける。


しばらく、二人とも何も言わなかった。


静かな夜だった。


外から聞こえるのは、風が木々を揺らす音くらいだ。


「今日は色々ありましたね」


エレナがぽつりと言う。


「本当にな」


大地が苦笑する。


「商人ギルドで宿の話をして、金竜王の羽で飯を食って……」


「そして、冒険者の方々が騒ぎを起こして」


「うん」


大地は天井を見上げる。


「明日はどうするかな……」


「ダイチさん」


「ん?」


エレナが少しだけ姿勢を正した。


「……リゼさんのことですが」


「うん?」


「本当に……助けるおつもりですか?」


「もちろん」


大地は迷うことなく答えた。


「困ってるならな」


「……そうですか」


エレナの声が、ほんの少しだけ小さくなる。


「…………」


大地はエレナを見る。


その表情。


視線。


そして、わずかに伏せられた瞳。


どこか覚えのある雰囲気だった。


「……エレナ」


「はい」


「もしかして」


大地の口元が、少しだけ緩む。


「また嫉妬してる?」


「――っ!」


エレナの肩が跳ねた。


「ち、違います!」


「いや、絶対そうだろ」


「違います!」


「じゃあ、なんでそんなに顔赤いの?」


「これは……その……」


エレナは慌てて頬へ手を当てる。


「夜だからです」


「夜だから顔が赤くなるの?」


「…………」


「へぇ……ふーん」


「…………」


エレナがじとっと大地を見る。


「……ダイチさん」


「はい」


「意地悪です」


「ごめんごめん」


大地は笑いながら謝った。


けれど、エレナの表情はまだ晴れない。


やがて、エレナは小さく息を吐いた。


「……嫉妬なんて、してはいけないと思っています」


「なんで?」


「だって……」


エレナは俯いた。


「リゼさんは、私にとっても大切な方です」


「うん」


「何度もお世話になりましたし、あのお店で過ごす時間も私は好きです」


「うん」


「それに、リゼさんが困っているのなら、私だって助けたいと思います」


「そうだな」


「だから……」


エレナの指先が、膝の上でぎゅっと握られる。


「ダイチさんがリゼさんを心配することを、嫌だと思うのは……おかしいですよね」


大地は少しだけ黙った。


そして、ゆっくりと立ち上がる。


エレナの隣へ移動すると、そのまま腰を下ろした。


「おかしくないよ」


「……え?」


「好きな人が他の女の人を心配してたら、そりゃ嫉妬することくらいあるだろ」


「…………」


エレナが目を瞬かせる。


「俺だって、エレナが他の男と仲良くしてたら、たぶん嫉妬すると思う」


「ダイチさんが……?」


「するよ」


大地は即答した。


「まずエレナが二度と視界に入らないように目を潰します。そして、少しずつ後悔させながら、嬲りますね」


大地はうんうんと頷く。


「……そ、それはちょっとやりすぎかと…でも、少し意外です」


「そう?」


「はい。ダイチさんは、もっと余裕がある方なのかと思っていました」


「そんなわけないだろ」


大地は苦笑する。


「好きな相手のことになると、俺だって普通に余裕なくなるよ」


その言葉に、エレナの頬がまた赤くなる。


「……好きな相手」


「うん」


「……私のことですか?」


「今さら聞く?」


「確認です」


エレナは少しだけ唇を尖らせた。


「最近、ダイチさんの周りには素敵な女性が増えてきていますから」


「……それ、本気で言ってる?」


「はい」


「俺が好きなのはエレナだよ」


「…………」


エレナは俯いた。


耳まで赤くなっている。


大地はそんな彼女を見て、思わず笑みを浮かべた。


「それにさ」


「はい」


「俺がリゼさんを心配してるのは、あくまで店のことで困ってるからだよ」


「……はい」


「エレナとは全然違う」


「…………」


「俺が一緒にいたいと思うのは、エレナだ」


エレナがゆっくり顔を上げる。


「……ダイチさん」


「一緒に冒険して、温泉に入って、飯を食って、魔物と戦って……色んなことを一緒に経験してきた」


「…………」


「そんな簡単に、俺の気持ちが変わると思う?」


エレナは小さく首を横に振った。


「……思いません」


「なら、大丈夫」


「……でも」


エレナが小さく呟く。


「ダイチさん、すごくえっちなんですもの……」


「…………」


大地が固まる。


「ダイチさん、リゼさんの胸ばかり見ていましたし……」


「いや、それは……」


「私では満足していただけていないのかと……リゼさんほどではないですが、私もそこそこ自信はあったので…」


「そんなことない!」


大地は思わず身を乗り出した。


「エレナ」


「はい……」


「それとこれとは別だ」


「……別?」


「いや、まあ……」


大地は一瞬言葉に詰まる。


「……確かにリゼさんの胸はすごかったけど」


「ダイチさん」


「ごめんなさい」


エレナの視線が冷たくなる。


大地は慌てて姿勢を正した。


「でも、俺が一番大事にしたいのはエレナだよ」


「…………」


エレナの瞳が揺れる。


「リゼさんのことを心配する気持ちと、エレナを好きだって気持ちは、そもそも別のものなんだ」


「……はい」


「だから、そんなに不安にならなくていい」


「……ずるいです」


「何が?」


「そんなことを言われたら……何も言えなくなります」


「じゃあ、言わなくていいよ」


大地はそう言って、エレナの頭へ手を伸ばした。


そして、優しく髪を撫でる。


「……よしよし」


「……子供扱いしないでください」


「でも、可愛いから」


「…………」


エレナは抵抗するように、ほんの少しだけ身体を離した。


けれど、本気で離れるつもりはないらしい。


背中を大地に預ける形で座っているエレナは、しばらくすると、今度は自分から大地の肩へ頭を預けた。


「……ダイチさん」


「ん?」


「もう少し、このままでいてもいいですか?」


「もちろん」


「ありがとうございます」


静かな夜。


二人だけの拠点に、穏やかな時間が流れていく。


エレナは大地の肩に頭を預けたまま、そっと目を閉じた。


「……私」


「うん?」


「少しだけ、嫉妬深くなってしまったのかもしれません」


「今さら?」


「今さら……?」


エレナが顔を上げる。


大地は少しだけ笑った。


「いや、なんでもない」


「……何か言いましたよね?」


「気のせい気のせい」


「…………」


エレナがじっと大地を見る。


「……ダイチさん」


「はい」


「意地悪です」


「すみません」


「本当に反省しているんですか?」


「し、しています!ただ嫉妬するエレナが可愛くて、意地悪したくなるんです!」


「…………」


エレナが無言で、耳を赤くしながら頬を膨らませる。


「もう……」


けれど、その表情には先ほどまでの不安はもう残っていなかった。


「……ごめんな」


赤くなった耳元で囁きながら、抱きしめる。


「………んっ…!」


エレナは体をビクンと震わせて、艶っぽい表情を浮かべてこちらを見る。最近はエレナの弱点が分かってきた。


「………嫉妬するエレナも可愛いよ」


耳元でもう一度囁く。


「……んっ…はぁ…ダイチさん…だめです…」


耳が弱点のエレナは物欲しそうな上目遣いでこちらを見つめる。

呼吸は途切れ途切れになり、美しく整った顔は桃色に上気し、淫靡さを増してゆく。


「………」


(いやいやちょっとエロすぎないかい?エレナさん!)


「………もっとしてくださぃ」


そんな乱れたエレナを見た大地もスイッチが入る。


「ちょっと優しくできないかも」


「……ぁ…はぁ…はい…もっと、ぃ、いじめてくださぃ」


(えっと…エレナさん…それはまずいですよ!)


エレナは普段はしっかりもののイメージがあるが、夜は従順でマゾ気質が見え隠れする。エルフのお姫様が自分の前だけ見せる表情に興奮を昂らせてゆく。


「自分で脱ぐんだ」


「……は、はい」


俯いて恥ずかしそうなエレナの目の焦点は合っておらず、大地の声にただ反応する愛らしい愛猫のようだ。


「……リゼさんよりも小さいですが、かわいがってください」


「……あぁ」


白く透き通った陶器のような肌を大地に曝け出し、大地の乱暴に伸ばす手に身を任せる。


窓のない狭苦しいテントの中には、淫気な空気が充満してゆき、理性という箍が外れた二人は、獣のようにお互いを何度も何度も求め合った。


◇


――ハイデンベルク皇国・某所


夜。


皇都の中心から離れた場所に建つ、重厚な石造りの屋敷。


その一室には、窓から差し込む月明かりさえ届かないほど濃密な沈黙が漂っていた。


部屋の中央に立つ男の前で、一人の騎士が跪いている。


「……それで?」


低く、押し殺した声だった。


「報告を続けろ」


「はっ……」


兵士は額に冷や汗を浮かべながら、震える声で答えた。


「エレノア殿下の暗殺は……失敗いたしました」


「…………」


男は何も言わない。


その沈黙が、かえって騎士を追い詰める。


「刺客は全員、消息を絶っております。現場には戦闘の痕跡がありましたが、詳しい状況までは――」


――ガシャンッ!


机の上に置かれていた杯が、壁へ叩きつけられた。


陶器が砕け、床に破片が散らばる。


「……また、失敗だと?」


男の声が震えていた。


怒り。


それを隠そうともしていない。


「何度、同じ報告を聞かせれば気が済む……!」


「も、申し訳ございません!」


「謝罪など聞いていない!」


男が立ち上がる。


その瞳には、明確な殺意が宿っていた。


「たった二人だったはずだ。」


「はい……」


「それが、なぜ殺せない?」


兵士は答えられなかった。


しばらくして、男は苛立たしげに息を吐く。


男の脳裏に、報告書に記されていたエレノアと共に行動する男が浮かぶ。


ーー素性不明。


冒険者としての記録もほとんどなく、皇国にも正式な登録がない。


それにもかかわらず、エレノアと行動を共にしている。


「その男について、分かっていることは?」


「現時点では、ほとんどありません。ただ……」


「ただ?」


「戦闘能力について、不自然な報告があります」


「不自然?」


「はい。通常の人間とは思えない身体能力を発揮したという証言が複数あります」


男は黙り込んだ。


これまで、エレノアだけを排除すれば済むと考えていた。


しかし――。


「……認識を改める必要があるな」


男の声から、先ほどまでの激情が消えていた。


代わりに残ったのは、冷たい思考だった。


「エレノアは単なる逃亡者ではない。そして、あの男も……ただの護衛ではない」


「では、次は――」


「急ぐな」


男は兵士の言葉を遮った。


「今までのような刺客を送り込むのはやめろ」


「……!」


「相手はこちらの動きを警戒している。ならば、正面から仕掛けても意味がない」


男は机の上に残された資料へ視線を落とした。


そこには、エレナの行動記録と、護衛の男に関する僅かな情報が並べられている。


「居場所を探れ」


「はい」


「行動範囲、協力者、金の流れ、冒険者ギルドとの関係……すべてだ」


そして――。


「二人が何を目的として動いているのかも調べろ」


男は資料を閉じた。


「次は、殺すことだけを目的にするな」


「…………」


「逃げ道をすべて塞いでから、確実に仕留める」


冷たい声が、静まり返った部屋に響く。


「エレノアも……護衛の男もだ」


月明かりの届かないその部屋で、男の冷たい声だけが不気味なほど長く残った。

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