【第33話】いざ商人ギルドへ
「……誰のせいだと思ってるんだ……」
バルガスの疲れ切った呟きが、執務室に響いた。
大地は首を傾げる。
「俺……ですか?」
「お前以外に誰がいる!」
「まあまあ」
エレナが苦笑しながら二人の間に入る。
「まずは素材の査定をお願いしましょう。金額が分からないことには、今後のことも決められませんから」
「……そうだな」
バルガスは深く息を吐いた。
「分かった。素材は一度こちらで預からせてもらう。専門の鑑定士にも確認させて、正式な買取金額を算出する」
「お願いします」
「ただし――」
バルガスが人差し指を立てる。
「金の受け渡しは今日には無理だ」
「やっぱりですか?」
「ああ」
バルガスは苦々しい顔をする。
「これだけの量になると、ギルド単独で全額を用意するのは難しい。商人ギルドや取引先とも調整する必要がある」
「なるほど」
「だから、正式な査定額が出たら連絡する。遅くとも3日以内には結果を出すつもりだ」
「分かりました」
大地は素直に頷いた。
すると、バルガスが少し怪訝そうな顔をする。
「……随分あっさりしてるな」
「何がですか?」
「いや……普通なら、もっと『今日払え』とか『いくらになるんだ』とか騒ぐだろ」
「ああ」
大地は少し考える。
「宿を建てるまでに必要なお金が集まればいいので、急いでないです」
「……そうか」
バルガスは妙に遠い目をした。
「本当にお前、変わってるな……」
「そうですか?」
「自覚がないところまで含めてな」
エレナが小さく笑う。
「ダイチさんらしいですね」
「俺ってそんなに変か?」
「……どうでしょう?」
「エレナまで……」
大地が苦笑する。
バルガスはそんな二人を見ながら、机の上の書類をまとめた。
「それと、鉱山の件だ」
「はい」
「こちらからも調査隊を出す。お前たちから聞いた内容だけでも、かなり危険な状態だったことが分かる」
「お願いします」
「採掘を再開させるかどうかも、調査が終わってから判断する。しばらくは炭鉱夫たちにも待機してもらうつもりだ」
「その方がいいと思います」
大地が頷く。
「魔鉱巨獣が倒れたからといって、安全になったとは限りませんから」
「その通りだ」
バルガスは真剣な表情で頷いた。
「今回の件は、ギルドとしてもかなり慎重に扱う必要がある」
そう言ったあと、バルガスは少し考えるように顎へ手を当てる。
「……ところで」
「はい?」
「お前たち、さっき宿屋を建てると言っていたな?」
「はい」
「どの辺りに建てるつもりなんだ?」
「鉱山の近くです」
「…………」
バルガスの眉が上がる。
「鉱山の近く?」
「はい。森を抜けた先に温泉が湧いている場所があって」
「温泉とはなんだ?」
「地下深くから温かい湯が湧き出る場所があって、その湯で湯浴みをすると、様々な効能があるんです」
「ほう……」
バルガスは少し興味を示した。
「それなら、商人ギルドにも相談してみた方がいいかもしれんな」
「商人ギルド?」
「土地の取得や商売の許可、宿の経営に必要な手続きについては、冒険者ギルドより商人ギルドの方が詳しい」
「なるほど」
大地は頷く。
「じゃあ、紹介してもらえますか?」
「それくらいなら構わん」
バルガスは一枚の紙を取り出した。
「俺から紹介状を書いてやる。商人ギルドへ持っていけば、土地や商業関係の話ができる担当者を紹介してもらえるだろう」
「ありがとうございます」
バルガスは机から書類を一枚出して、筆を走らせる。
「これを持っていけ」
大地は紹介状を受け取った。
「ありがとうございます。商人ギルドへ行ってきます」
「くれぐれも商人ギルドで変なことするなよ!私の責任になるんだからな!」
バルガスは二人に釘を刺して続ける。
「素材の査定が終わったら連絡する。三日後にまた来てくれ」
「はい」
「あと――」
バルガスが念を押す。
「今度来るときは、これ以上とんでもない素材を追加で持ち込まないでくれよ」
大地は少し考える。
「……分かりました」
「その間が怖いんだよ!」
エレナが思わず吹き出した。
「ふふっ……」
「エレナ、お前も笑ってないで止めてくれ」
「すみません」
そう言いながらも、エレナの口元には笑みが浮かんでいた。
◇
冒険者ギルドを出た二人は、そのまま商人ギルドへ向かった。
「商人ギルドって、どんなところなんだろうな」
「私も詳しくは知りません」
エレナが答える。
「ただ、商売に関することを扱う場所ですから、宿を経営するのであれば、これからお世話になる機会も増えると思います」
「食材の仕入れとかも?」
「恐らく」
「家具とか食器とかも?」
「はい」
「温泉宿って、思ったより必要なものが多いな」
「宿を経営するのですから、当然だと思います」
「……経営って大変だな」
「今さらですか?」
「今さらだな」
二人は顔を見合わせて笑った。
しばらく歩くと、商人ギルドの建物が見えてくる。
冒険者ギルドとは違い、建物の外観からしてどこか落ち着いた雰囲気があった。
大地は扉を開く。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
受付に座っていた職員が顔を上げる。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「冒険者ギルドのバルガスさんから紹介状をもらってきました」
大地が紹介状を差し出す。
「バルガス様から……?」
職員が封を確認する。
「……少々お待ちください」
「はい」
職員は奥へと向かっていった。
エレナが大地へ小声で話しかける。
「やはり、バルガスさんの紹介状は効果があると話が早そうですね」
「そうみたいだな」
やがて、一人の男性職員が現れた。
「お待たせしました」
「こんにちは」
「商人ギルドで土地関係を担当しております、マルクと申します」
「弓守大地です。こちらはエレナです」
「エレナと申します。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
マルクは二人を応接室へ案内した。
「それで、バルガス様からの紹介状には、土地の取得について相談したいと書かれておりますが」
「はい」
大地は頷く。
「温泉宿を建てたいんです」
「温泉宿、ですか」
「はい」
「それはまた……温泉とは珍しいですね」
「この近くに天然の温泉があるんです」
大地は簡単な地図を広げた。
「クレーベルから街道を外れて、森へ入ります。そこからさらに進んだところです」
「…………」
マルクが地図を覗き込む。
「この辺り……ですか?」
「そうです」
「なるほど……」
マルクは地図上の場所を指でなぞる。
「ここはクレーベルからかなり離れていますね」
「やっぱりそうですよね」
「それに、この一帯は以前から魔物の出現が多い地域です」
マルクは苦笑する。
「でしたら、土地そのものの価格は、そこまで高くない可能性があります」
「本当ですか?」
大地の目が輝く。
「はい」
マルクは説明を続ける。
「クレーベルから近い土地ほど、商業地としての価値が高くなります。逆に、街から離れていて、魔物の危険がある場所は、購入希望者そのものが少ない」
「つまり……」
「需要が低いので、比較的安く取得できる可能性があります」
「なるほど」
大地は嬉しそうに頷いた。
「それなら助かります」
「ただし」
マルクが人差し指を立てる。
「安い理由を考えれば、当然ですが問題もあります」
「魔物、ですよね?」
「はい」
マルクが頷く。
「宿を建てるのであれば、従業員や宿泊客の安全を確保する必要があります。街から離れている分、護衛や周辺の整備にも費用が掛かるでしょう」
「そこは……」
大地は少し考える。
「なんとかします」
「……随分と自信がありますね」
「温泉には、それだけの価値があると思っているので」
大地は真剣な表情で答えた。
「実際に入れば分かります」
「実際に入った経験はございませんが、それほどまでに価値があるものなのですな」
「ほう……」
マルクが興味深そうに二人を見る。
「それなら、正式な土地の所有者や取得条件を調べてみましょう」
「お願いします」
「場所が場所ですから、通常の土地よりは安く交渉できる可能性があります」
大地はエレナを見る。
「エレナ」
「はい?」
「もしかして、温泉宿……思ったより早く建てられるかもしれないな」
「そうですね」
エレナも嬉しそうに微笑む。
「ですが、土地を取得するだけでも手続きがありますし、建物の建設にも費用が必要です」
「……素材の買取金額次第か…」
大地は地図の上に描かれた小さな一点を見る。
そこには、まだ何もない。
ただ温泉が湧いているだけの土地。
けれど――。
そこに宿を建てる。
温泉を中心に、人が集まる場所を作る。
その夢は、少しずつ現実へ近づき始めていた。
「それでは、詳しい土地の調査と価格について確認してみます」
マルクが書類をまとめる。
「正式な金額が分かりましたら、改めてご相談いただければと思います」
「分かりました」
大地は立ち上がる。
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
商人ギルドを出ると、クレーベルの街を夕方の光が照らしていた。
大地は手元の地図を見る。
「どうしました?」
「いや」
大地は小さく笑った。
「本当に宿を作るんだなって」
エレナも隣で微笑む。
「はい」
二人は並んで歩き出す。
「まずは土地」
「次に建物」
「そして温泉宿の開業だな」
「ふふっ。まだまだやることはたくさんありますね」
「ああ」
大地は前を向く。
「でも――」
その先に待つ未来を思い描きながら、歩みを進めた。
「やりたいことに向かって、着実に進んでるんだ」
クレーベルの街に、二人の足音が静かに響いていた。




