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異世界温泉宿経営♨️ 〜「戦闘スキルをください!とお願いした女神がくれたのは、まさかの“銭湯スキル”でした〜  作者: 回胴めぐり


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【ミレッタside】ひとりぼっちの帰路

温泉建設構想の打ち合わせが終わり、大地とエレナと別れた直後のミレッタの心情

【ミレッタside】


二人と別れて、しばらく歩いた。


「…………」


ミレッタは一人、森の中を進んでいた。


先ほどまで聞こえていた二人の声は、もう届かない。


振り返っても、そこに大地とエレナの姿はない。


それなのに――。


「…………」


ミレッタの足が止まる。


胸の奥が、鋭く締めつけられた。


「……っ」


思わず胸元を押さえる。


痛い。


身体の傷は、もうどこにもない。


温泉の力で、完全に治った。


腕も動く。


指も動く。


握ることも、開くこともできる。


それなのに――。


どうしてか、胸だけが痛かった。


「……分かってたじゃねぇか」


ミレッタは、震える声で呟いた。


「最初から……分かってたはずだろ」


大地とエレナ。


二人が互いを大切に想っていることくらい、見ていれば分かった。


大地がエレナを見る目。


エレナが大地を見る目。


二人が言葉を交わすときの距離。


何気ない仕草。


どれも、自分が割って入れるようなものではなかった。


「……なのに」


ミレッタは唇を噛む。


「なんで、期待しちまったんだよ……」


あのとき。


大地が自分に手を差し伸べてくれた。


死にかけていた自分を助けてくれた。


「諦めるのは、まだ早い」


そう言ってくれた。


そして、自分が死のうとしたときには、真正面から向き合ってくれた。


あんなふうに真っ直ぐ自分を見てくれる人が、今までいただろうか。


いなかった。


だから――。


勘違いしてしまった。


大地が自分を必要としてくれているような気がした。


自分だけを見てくれているような気がした。


背中に乗せてもらったときなんて――。


「…………」


ミレッタの顔が赤くなる。


あの背中の温かさを思い出した。


大きくて。


頼もしくて。


歩くたびに身体が揺れて。


自分の頬が、その背中に触れていた。


あのまま、ずっと歩いていてほしいと思ってしまった。


「……あたし、馬鹿だな」


小さく笑う。


けれど、笑ったはずなのに涙がこぼれた。


「……あんなの、好きになるに決まってんだろ……」


命を救ってくれた。


生きる理由を取り戻させてくれた。


もう一度、職人として立ち上がる勇気までくれた。


そんな相手を好きになるなという方が無理だった。


いつからだったのか。


分からない。


温泉に入る前だったのか。


魔鉱巨獣から守ってもらったときだったのか。


それとも――。


背中に乗せてもらった、あの瞬間だったのか。


気づいたときには、もう遅かった。


「……好きだったんだな」


ミレッタは右手を見つめる。


「……あたし、ダイチのこと……好きになってたんだ」


口に出した途端、胸がまた痛んだ。


初めて知った感情だった。


会えると嬉しい。


声を聞くだけで安心する。


もっと話したい。


もっと一緒にいたい。


もっと自分のことを知ってほしい。


そして――。


いつか、自分のことも好きになってほしい。


そんな願いが、いつの間にか胸の奥に生まれていた。


「…………」


でも。


その願いは、叶わない。


大地が選んだのは、自分ではない。


エレナだった。


「……そりゃ、そうだよな」


ミレッタは目を伏せる。


「エレナは……いい奴だもんな」


優しい。


強い。


大地のことを誰よりも理解している。


それに――。


「……可愛いし」


思わず苦笑する。


「勝てるわけねぇだろ……」


「あたしは、背もちっちゃいし、体も貧相だし…」


そんな言葉を口にしてから、ミレッタはハッとした。


「……違ぇ」


勝ち負けじゃない。


エレナは何も悪くない。


大地も悪くない。


誰も悪くない。


ただ――。


自分が勝手に好きになって。


勝手に期待して。


勝手に傷ついただけだ。


「……だから、余計に苦しいんだよ」


エレナを嫌いになれない。


大地を恨むこともできない。


むしろ、二人が幸せになってほしいとさえ思ってしまう。


だからこそ、自分の居場所がない。


「……あたし、どうすりゃいいんだよ」


涙が次から次へと頬を伝う。


「笑って祝ってやればいいのか?」


答えは返ってこない。


「おめでとうって……言えばいいのか?」


自分の声が震えている。


「……そんなの、今のあたしには無理だろ……」


ミレッタは顔を伏せた。


「……悔しい」


ぽろり。


「……寂しい」


ぽろり。


「……好きなのに……」


その言葉だけは、どうしても止められなかった。


「……好きなのに、あたしじゃねぇんだな……」


胸の奥が、ぐしゃりと潰れたような気がした。


しばらく、ミレッタはその場から動けなかった。


泣いて。


泣いて。


何度も涙を拭って。


それでも、涙は止まらなかった。


やがて――。


「……でも」


ミレッタは右手を握った。


「……あたしには、やることがある」


大地が話してくれた温泉宿。


その構想を思い出す。


温泉を中心とした宿。


木造の建物。


広い客室。


食事処。


休憩所。


そして――。


露天風呂。


「……露天風呂、だったか」


屋根のない場所で温泉に入る。


初めて聞いたときは、そんなものがあるのかと驚いた。


けれど、大地の話を聞いているうちに――。


胸が熱くなった。


職人としての血が、騒いだ。


「……あれは、面白ぇ」


涙で濡れた顔に、ほんの少し笑みが浮かぶ。


客室の配置。


浴場までの動線。


木材の選び方。


柱の太さ。


湯気がこもらない造り。


水場の位置。


建物全体をどう温泉と調和させるか。


考えれば考えるほど、頭の中に新しい形が浮かんでくる。


「……いや」


ミレッタの目が少しずつ輝いていく。


「面白ぇなんてもんじゃねぇ」


胸の奥に、別の熱が灯る。


「こんな宿……作ったことねぇぞ」


恋の痛みとは違う。


もっと純粋な、職人としての興奮。


「……作りてぇ」


ミレッタは自分の右手を見る。


完全に動く。


指を開く。


握る。


何度でも動かせる。


「……この手で」


あの日、失うと思った手で。


「……作ってやる」


大地の夢を。


自分の手で。


「……ダイチ」


ミレッタは小さく呟いた。


「お前が、あたしの夢を救ってくれたんだ」


命だけじゃない。


職人としての未来まで。


だから――。


「今度は、あたしがお前の夢を形にしてやる」


涙の跡を残したまま、ミレッタは笑った。


「……絶対に、すげぇ宿にしてやる」


大地が思い描いている以上の宿を。


客が来て。


温泉に浸かって。


美味い飯を食って。


笑って帰っていける場所を。


「……あたし、ちゃんと笑えるかな」


しばらく考えて。


ミレッタは首を横に振った。


「……いや」


まだ無理だ。


たぶん、その日はきっと痛い。


胸が締めつけられるだろう。


また泣いてしまうかもしれない。


それでも――。


「……それでも、作る」


自分の恋が叶わなくても。


自分がその隣に立てなくても。


この手で作る。


それだけは、誰にも奪わせない。


「……これが、あたしの仕事だ」


ミレッタは涙を拭った。


「恋は……叶わなかったけどよ」


少しだけ寂しそうに笑う。


「職人まで、終わったわけじゃねぇ」


一歩。


また一歩。


ミレッタは森の中を歩き出す。


「まずは国に戻る」


必要な材料を集める。


工具を揃える。


設計図を引く。


腕のいい職人を探す。


そして――。


もう一度、この場所へ戻ってくる。


「待ってろよ、ダイチ」


ミレッタは前を向いた。


「お前の温泉宿……あたしが最高の形にしてやる」


その胸には、まだ恋の痛みが残っている。


簡単には消えない。


たぶん、しばらくは消えてくれない。


それでも。


その痛みを抱えたままでも、前へ進むことはできる。


失恋したからといって、すべてを失ったわけじゃない。


命はある。


手も動く。


職人としての夢もある。


そして――。


自分を救ってくれた人の夢を、形にする仕事がある。


「……だから、今はこれでいい」


ミレッタは空を見上げる。


目元にはまだ涙が残っていた。


それを乱暴に拭って――。


「……さよなら、あたしの初恋」


小さく呟いた。


けれど、その言葉を口にした瞬間。


胸がまた、ひどく痛んだ。


「…………っ」


思わず胸元を押さえる。


「……くそっ」


涙が一粒だけ落ちる。


それでも、ミレッタは歩き続けた。


いつか、この痛みさえ笑って話せる日が来ることを――。


今はまだ知らない。


ただ一つだけ分かっている。


「……絶対、いい宿にしてやる」


その右手は、もう震えていなかった。

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