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異世界温泉宿経営♨️ 〜「戦闘スキルをください!とお願いした女神がくれたのは、まさかの“銭湯スキル”でした〜  作者: 回胴めぐり


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【第31話】エレナの嫉妬


「……行っちゃいましたね」


森の奥へ消えていったミレッタの姿を見送りながら、エレナがぽつりと呟いた。


「ああ」


大地もまた、ミレッタが去っていった方向を眺めていた。


やがて小さな背中が完全に見えなくなると、辺りには再び静寂が戻ってくる。


先ほどまで三人で話していた拠点には、森を抜ける風の音だけが静かに響いていた。


「これで……また二人ですね」


エレナが振り返り、微笑む。


「ああ」


大地も頷いた。


けれど――。


その笑顔には、ほんの僅かな陰りがあった。


「…………」


大地は、その変化を見逃さなかった。


「エレナ」


「はい?」


「どうした?」


「……何がでしょう?」


エレナは首を傾げる。


「さっきから、少し元気がないように見える」


「…………」


一瞬だけ、エレナの笑顔が止まった。


そして、困ったように目を伏せる。


「……やっぱり、分かってしまいますか?」


「そりゃな」


大地はエレナの前まで歩み寄る。


「もしかして……ミレッタのこと?」


「……はい」


エレナは小さく頷いた。


「…………」


大地は少し驚いた。


(エレナが……嫉妬してる……)


胸の奥が、妙にくすぐったくなる。


(……反則級に可愛すぎるだろ)


思わず顔が緩みそうになるが、今は茶化してはいけない。


そう思って、大地は表情を引き締めた。


「ミレッタさんは、ダイチさんに命を救ってもらったばかりです」


エレナはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「ですから、私が何かを言うつもりはありません」


「エレナ……」


「ダイチさんが、困っている人を放っておけない方なのも知っています」


エレナは微笑もうとした。


しかし、その笑顔はどこかぎこちない。


「危険な場所で誰かが傷ついていたら、自分が傷つくことも恐れずに助けようとする……そういう方ですから」


「…………」


「だから、ミレッタさんを助けたことを責めたいわけではありません」


エレナは胸元へそっと手を添えた。


「ただ……」


そこで、少しだけ言葉に詰まる。


「ミレッタさんがダイチさんに抱きついたとき……胸が、少し痛くなりました」


「…………」


「ズキッ、と……」


エレナは自分の胸元を見つめる。


「自分でも、どうしてこんな気持ちになるのか分からなかったんです。でも……今なら分かります」


ゆっくりと顔を上げる。


「私、嫉妬してしまったんですね」


「……エレナ」


「こんなことを言ってしまって……すみません」


エレナは小さく笑った。


「私、もっと大人にならないといけませんね」


「そんなことない」


大地は即座に否定した。


「え?」


「嫉妬するくらい、普通だろ」


「…………」


「俺だって、エレナが他の男に抱きついたりしたら、たぶん嫌だ」


「……ふふ」


エレナが少しだけ笑う。


「ダイチさんでも、嫉妬するんですか?」


「そりゃするさ」


「……少し安心しました」


その笑顔を見た瞬間――。


大地は、もう我慢できなかった。


そっと手を伸ばし、エレナの身体を抱き寄せる。


「……ダイチさん?」


突然抱きしめられ、エレナの身体が僅かに強張る。


大地は、そのまま静かに言った。


「ごめん」


「……え?」


「俺が、ちゃんと言わなかったから」


腕の中にいるエレナを見つめる。


「俺が大切に思ってるのは、エレナだ」


「…………」


「ミレッタを助けたいと思ったのは、目の前で死にかけてる人を見捨てられなかったからだ」


「……はい」


「ミレッタには生きてほしい。職人として、もう一度、自分の手で何かを作ってほしい。それは本当にそう思ってる」


「…………」


「でも――」


大地はエレナの瞳を真っ直ぐに見つめた。


「俺が一緒にいたいと思うのは、エレナだ」


エレナの瞳が僅かに揺れる。


「俺が帰りたいと思う場所も、これから一緒に作っていきたい未来も……エレナと一緒がいい」


「…………」


エレナの頬が、少しずつ赤く染まっていく。


「……そんなことを言われたら」


「ん?」


「余計に……離れられなくなってしまいます」


「離れるつもりなんてないけど?」


「…………もう」


エレナは恥ずかしそうに俯いた。


それでも、大地の胸元へ添えた手は離さない。


「……分かっています」


小さな声が響く。


「ダイチさんが、私を大切にしてくださっていること」


「…………」


「それでも……」


エレナは少しだけ顔を上げる。


「好きな人が他の女性と仲良くしていたら、やっぱり気になってしまいます」


「……そうだよな」


「はい」


「なら、ちゃんと伝えるよ」


大地はエレナの頬へ手を添える。


「俺はエレナが好きだ」


「…………」


エレナの瞳が潤む。


「私も……ダイチさんが大好きです」


二人の視線が重なった。


そして――。


大地はエレナの頬を優しく撫でながら、ゆっくりと顔を近づける。


エレナも目を閉じた。


唇が、そっと重なる。


ほんの短い口づけだった。


けれど――。


それだけで、エレナの胸に残っていた小さな不安が、ゆっくりと溶けていく。


唇が離れる。


「……これで、少しは安心した?」


「…………はい」


エレナは恥ずかしそうに微笑んだ。


「とても」


「なら、よかった」


「……ありがとうございます」


エレナは大地の胸へ身体を預ける。


しばらくすると、先ほどまでの強張った表情も消えていた。


大地はそんなエレナの頭を優しく撫でる。


「……嫉妬するエレナも可愛いな」


「……っ!」


エレナの顔が一気に赤くなる。


「もう……!」


「本当のことだろ?」


「そういうことを、さらっと言うのはずるいです!」


「ははっ」


「……いじわるです」


エレナは頬を膨らませる。


その姿がまた可愛らしくて、大地は思わず笑ってしまった。


「でも――」


エレナは小さく息を吐く。


そして、少しだけ真剣な表情になった。


「……私、分かっているんです」


「何を?」


「ダイチさんが、これからも色々な人を助けていくことを」


「…………」


「そして……ダイチさんの周りには、きっとこれからも素敵な女性が集まってくるんだと思います」


「そんなことないって」


「ふふ……どうでしょう?」


エレナは少し悪戯っぽく笑った。


「ダイチさんは優しいですし、困っている女性がいたら放っておけないでしょう?」


「いや、それは……」


「やっぱり」


「…………」


大地は言葉に詰まる。


エレナはそんな大地を見て、くすりと笑った。


「それに……ダイチさんは、少しえっちですから」


「……そんなことない」


「あります」


「即答かよ」


「ふふっ」


エレナの表情が柔らかくなる。


そして――。


大地の胸元へ再び身体を預けた。


「……もし、これから先、私以外の誰かを大切に思うことがあったとしても……」


「エレナ……」


「そのときは……」


エレナは少しだけ顔を上げる。


潤んだ瞳で、大地を見つめた。


「今まで以上に、私のことを愛してくださいね」


「…………」


大地はエレナの言葉を聞き、少しだけ驚いた。


それから、優しく笑う。


「心配しなくても、エレナと同じくらい好きになる人ができるとは思わないけどな」


「……本当ですか?」


「ああ」


「……約束ですよ?」


「約束する」


エレナは安心したように微笑んだ。


「……ありがとうございます」


そして――。


少しだけ恥ずかしそうに、大地の胸へ頬を寄せる。


「……せめて、今だけは」


「ん?」


「今だけは……私だけのダイチさんでいてください」


「ああ」


大地はエレナを抱きしめる。


「今だけじゃなくて、これからもな」


「…………」


エレナは目を閉じた。


「……はい」


二人はしばらく、そのまま寄り添っていた。


森を抜ける風が、二人の間を静かに吹き抜けていく。


やがて――。


大地が空を見上げた。


「……そろそろ行くか」


「はい」


エレナも身体を離す。


「まずはギルドに報告しないとな」


大地は拠点を見渡した。


今回の鉱山で起きたことは、決して小さな問題ではない。


魔鉱巨獣の討伐。


異常なほど強化されていた魔物たち。


そして、鉱山最深部にまで広がっていた魔鉱石の異常。


早急に報告し、専門家による調査をしてもらう必要がある。


「それに、今回は素材もかなり手に入ったしな」


「そうですね」


「魔鉱石も大量にある。魔鉱巨獣の素材も、ギルドで買い取ってもらえるかもしれない」


「かなりの収入になりそうですね」


「ああ」


大地は頷いた。


「宿を建てるには、まだまだ金が必要だからな」


ミレッタと話した温泉宿の構想が頭に浮かぶ。


木造の建物。


客室。


食事処。


休憩所。


そして、この温泉を中心とした大浴場と露天風呂。


まだ何もない土地だ。


それでも――。


少しずつ、形が見え始めている。


「それと――」


大地は思い出したように続ける。


「土地の件も確認したい」


「土地……ですか?」


「ああ。正式に宿を建てるなら、この土地をどういう扱いにするのか確認しておかないとな」


「確かに」


「冒険者ギルドだけじゃなくて、商人ギルドにも顔を出してみようと思う」


「商人ギルドですか?」


「宿を経営するなら、食材や備品の仕入れも必要になるだろ?」


大地は苦笑した。


「考え始めると、やることが多すぎるな」


「ですが――」


エレナが微笑む。


「楽しそうです」


「ああ」


大地も笑った。


「確かにな」


二人は必要な荷物をまとめ始める。


その途中、大地はふと手を止めた。


そして、完成したばかりの温泉へ視線を向ける。


白い湯気が、静かに立ち上っていた。


ここから始まる。


まだ小さな拠点。


まだ何もない場所。


それでも――。


一人ではない。


隣には、エレナがいる。


そして、ミレッタもきっと戻ってくる。


少しずつだが、この場所に人が集まり始めている。


温泉を中心に、何かが生まれようとしていた。


「……よし」


大地は荷物を背負う。


「行こう、エレナ」


「はい、ダイチさん」


二人は並んで歩き出した。


向かう先は、クレーベル。


冒険者ギルドへの鉱山討伐の報告。


そして、これから始まる温泉宿経営のための、新たな準備へ。


二人の背後では、誰もいない拠点に湯気だけが静かに立ち上っていた。

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