【第21話】市場調査と街中デート
【第21話】市場調査と街中デート
朝の光が、クレーベルの街を照らしていた。
大通り沿いには朝の市場が広がり、早い時間だというのに多くの人々が行き交っている。
露店の商人たちの呼び込み。
買い物客の話し声。
荷馬車の車輪が石畳を叩く音。
焼き立てのパンや肉を焼く香ばしい匂い。
様々なものが混ざり合い、街全体が活気に満ちていた。
「すごい人ですね」
隣を歩くエレナが、周囲を見渡しながら言う。
「朝の市場って、こんなに人が多いんだな」
「クレーベルは周辺の町や村からも商人が集まりますから。朝市は特に賑わいます」
「なるほど」
大地は市場を見渡した。
野菜。
肉。
魚。
衣服。
日用品。
そして――飲食店や宿屋。
「……まずは市場調査かな」
「市場調査、ですか?」
「うん」
大地は頷いた。
「宿を経営するなら、この街で何が売れているのか知っておいたほうがいいだろ?」
「確かに、その通りですね」
「食材の値段も知りたいし、調味料も見ておきたい」
「料理も宿には重要ですからね」
「そういうこと」
二人は市場の中へ入っていった。
◇
「まずは……調味料を見てみよう」
大地が足を止めたのは、食料品を扱っている露店だった。
「塩は……普通にあるな」
「はい」
「胡椒みたいな香辛料もある」
小さな袋に入った香辛料を手に取り、香りを確認する。
「……やっぱり香辛料は高いな」
「この辺りでは採れないものが多いですから」
「なるほど」
大地は値札を確認しながら、いくつかの調味料を見ていく。
そのときだった。
「……ん?」
大地の目に、一つの瓶が入った。
黒褐色の液体が入っている。
「これ、何ですか?」
大地が店主に尋ねる。
「それか? 豆を発酵させて作った調味料だよ」
「豆を?」
「ああ。潰した豆に塩を混ぜて、しばらく寝かせるんだ」
大地の表情が変わった。
「……ちょっと、匂いを嗅いでもいいですか?」
「おう」
店主から瓶を受け取る。
大地は蓋を開け、そっと鼻を近づけた。
「…………」
独特の香り。
大豆を思わせる香り。
発酵したような香り。
そして、ほんのりとした香ばしさ。
「…………え?」
大地の動きが止まった。
「どうしました?」
エレナが不思議そうに覗き込む。
「いや……」
大地はもう一度、匂いを確かめる。
まさか。
そんなはずはない。
ここは異世界だ。
日本とは何の関係もない世界。
それなのに――。
「これ、味見してもいいですか?」
「もちろんだ」
店主が小さな匙に液体を垂らしてくれる。
大地は恐る恐る舐めた。
「…………」
舌に広がる塩味。
そのあとに感じる、濃厚な旨味。
「…………」
大地はしばらく何も言えなかった。
「……醤油だ」
「しょうゆ?」
エレナが首を傾げる。
「あ、いや」
大地は慌てて言い直した。
「俺の故郷に、これと似た調味料があったんだ」
「そうなのですか?」
「うん。完全に同じじゃないけど……かなり近い」
大地は瓶を見つめる。
日本の醤油より少し濃い。
香りも微妙に違う。
けれど――。
大地には懐かしい味だった。
「これ、買えます?」
「一本、銀貨一枚だ」
「買います」
即答だった。
「そんなに気に入ったんですか?」
「うん」
大地は笑った。
「これは絶対、料理に使える」
すると店主が、今度は別の壺を取り出した。
「だったら、こっちも試してみるか?」
「これは?」
「同じ豆から作った発酵調味料だ。汁物に入れたり、肉や野菜に塗ったりする」
蓋を開ける。
中に入っていたのは、赤茶色をしたペースト状のものだった。
大地は少しだけ匙に取る。
そして――。
「…………」
口に入れた瞬間。
「……味噌だ」
「またですか?」
エレナが苦笑する。
「いや、これも俺の故郷の味に似てるんだ」
塩気。
豆の旨味。
発酵による独特のコク。
日本の味噌とは少し違う。
けれど、大地には味噌を連想させる味だった。
「これも買います」
「二つともか?」
「はい」
大地は迷わなかった。
「料理を作るなら、絶対にあったほうがいい」
「ふふっ」
エレナが笑う。
「ダイチさん、ずいぶん嬉しそうですね」
「だって、異世界で醤油と味噌に近いものが見つかるとは思わないだろ?」
「そんなに大切なものなのですか?」
「俺にとっては、かなり大切」
大地は二つの商品を見つめた。
すると――。
「……あ」
今度は隣に並んでいた小瓶に目が止まる。
淡い琥珀色の液体が入っている。
「これは?」
「それか?」
店主が瓶を手に取る。
「豆と穀物を発酵させて作った調味液だ。少し甘みがあってな。肉料理や煮込み料理なんかに使う」
「甘い調味料……?」
「味見してみるか?」
「お願いします」
大地は小さな匙に液体を取る。
そして――。
舐めた。
「…………」
甘い。
しかし、砂糖のような単純な甘さではない。
ほんのりとした酒のような香り。
そして、独特のコク。
「…………」
大地は固まった。
「……みりん?」
「みりん?」
エレナが首を傾げる。
「あ、いや……」
大地は瓶を見つめる。
「これも、俺の故郷に似た調味料があった」
「そんなに似たものが多いのですね」
「俺も驚いてるよ」
大地は思わず笑った。
醤油。
味噌。
そして――みりん。
日本の家庭料理を支えていた調味料が、異世界の市場に存在している。
完全に同じものではない。
けれど、大地にはそれだけで少し懐かしく感じられた。
「これも買います」
「三つともか?」
「もちろん」
大地は即答した。
「醤油とみりんを合わせれば、甘辛い味付けができる」
「甘辛い……?」
「肉を焼いて、それを絡めるだけでも美味い」
「それは楽しみですね」
エレナの目が少し輝く。
「それに味噌があれば、温かい汁物も作れる」
「温泉宿にはぴったりですね」
「そうなんだよ!」
大地のテンションが一気に上がる。
「温泉に入ったあとに、温かい味噌汁!」
「……とても美味しそうです」
エレナが微笑む。
「だったら、料理の研究もしてみないとな」
大地は三つの調味料を眺める。
「宿を作るなら、温泉だけじゃなくて食事も楽しみにしてもらいたい」
「はい」
「『温泉に入るために来たら、料理まで美味しかった』って思ってもらえる宿にしたい」
「素敵ですね」
エレナが嬉しそうに笑った。
「では、料理担当はダイチさんですね」
「え?」
「だって、こんなに嬉しそうにしているではありませんか」
「いやいや、俺だけじゃ無理だって」
「では、私もお手伝いします」
「……それなら心強いな」
二人は顔を見合わせて笑った。
「よし」
大地は財布を取り出す。
「買えるうちに買っておこう」
「……ふふっ」
エレナが笑う。
「先ほどまで資金の心配をしていた人とは思えませんね」
「いや、これは必要経費!」
「本当ですか?」
「……たぶん」
大地は苦笑した。
◇
調味料を購入した二人は、さらに市場を歩いた。
野菜。
肉。
魚。
穀物。
果物。
それぞれの値段を確認していく。
「この野菜は安いな」
「今が旬だからでしょう」
「なるほど」
「こちらの肉は少し高めですね」
「魔物の肉か?」
「はい。一般的な家畜の肉よりも高価です」
「じゃあ、宿で出す料理は普通の肉を基本にして、特別料理として魔物肉を使うのもありだな」
「もう宿のメニューまで考えているのですか?」
「経営者だからな」
「ふふっ」
エレナが楽しそうに笑う。
大地も笑い返した。
市場を歩きながら、二人は自然と手をつないでいた。
以前なら少し照れていた大地も、今ではその温もりが心地よく感じられる。
「……こういうのも、いいな」
「何かおっしゃいましたか?」
「いや」
大地は少し照れながら笑った。
「何でもない」
◇
市場を一通り見て回ったところで――。
「次は大工道具かな」
大地が足を止めたのは、木工道具を扱う店だった。
店内には、ノコギリや金槌、ノミ、カンナ、手斧など、様々な道具が並んでいる。
「おお……」
大地の目が輝く。
「こういうのを見ると、いよいよって感じがするな」
「いよいよ、何が始まるのでしょう?」
「温泉宿作り」
大地はノコギリを手に取った。
「建物を作るなら、まずこういう道具が必要になる」
「なるほど」
エレナも興味深そうに道具を眺める。
「これは?」
「カンナ。木を削って表面を整える道具」
「こちらは?」
「ノミ。木材を加工するときに使う」
「では、これは?」
「金槌だな」
「……名前くらいは私も知っています」
「そりゃそうか」
二人で笑う。
必要な道具を一つずつ確認していく。
そして――。
「……これくらいなら買えそうだな」
大地が選んだのは、ナイフ、ノコギリ、金槌、ノミ、簡単なカンナ、巻き尺など。
どれも高級品ではない。
あくまで最低限の道具だけだ。
店主に値段を聞いてみる。
「全部で大銀貨一枚と銀貨数枚ってところだな」
「…………」
大地は財布を見る。
「買える」
現在の所持金を考えれば、購入できない金額ではない。
ただし――。
「……でも、これだけか」
「ダイチさん?」
「いや」
大地は道具を見ながら考える。
「宿を作るなら、こんなもんじゃ済まないよな」
「そうですね」
エレナも頷く。
「木材も必要でしょうし、人手も必要です」
「釘とか金具もいる」
「温泉を引くための設備も必要ですね」
「浴槽もいるし……」
「客室のベッドや家具も必要です」
「厨房も作らないと」
「食器も必要ですね」
「照明の魔道具も……」
二人は顔を見合わせる。
「…………」
「…………」
そして――。
「……結構かかりそうですね」
エレナが言った。
「うん」
大地も頷いた。
「思った以上に」
◇
大工道具を購入した二人は、次に調理器具の店へ向かった。
「厨房用品か……」
大地は店内を見回す。
鍋。
フライパン。
包丁。
まな板。
皿。
木製の器。
様々な道具が並んでいる。
「最低限なら、このくらいかな」
大地が選んだのは、大きめの鍋と包丁、まな板、簡単な調理器具。
エレナも食器をいくつか選ぶ。
「これくらいなら、今の資金でも何とかなりますね。野営でも使えそうですし」
「うん」
大地は購入した道具を見つめる。
「でも……」
「はい」
「宿を作るための金は、全然足りない」
その言葉に、エレナも静かに頷いた。
「私も、そう思います」
「……よし」
大地は腕を組んだ。
「一回、ちゃんと計算してみよう」
「計算?」
「うん」
二人は近くのベンチに腰掛けた。
大地は頭の中で必要なものを整理していく。
「建物本体」
「温泉設備」
「厨房」
「客室」
「家具」
「照明や水回りの魔道具」
「それから……」
大地は指を折っていく。
「人を雇うなら、その人たちへの給料」
「なるほど」
「材料を運ぶ費用もいる」
「そうですね」
「……土地は、どうしましょう?」
エレナが尋ねた。
「あ」
大地が固まる。
「土地……」
「昨日お話しした、あの温泉の場所です」
「うん」
「そこを使うのであれば、商業ギルドなどで所有者を確認し、許可を得る必要もあるのでは?」
「それも確認しないとな」
大地は頭を抱えた。
「考えれば考えるほど、金が必要になる……」
「…………」
「…………」
二人の間に沈黙が流れる。
そして大地は――。
「……これ、結構な大事業じゃない?」
「はい」
エレナは素直に頷いた。
「かなり大きな事業だと思います」
「だよなぁ……」
大地は空を見上げた。
「温泉があれば、すぐ宿ができると思ってた」
「私も少し、そう思っていました」
「でも、現実はそんなに甘くないか」
「はい」
エレナは微笑んだ。
「ですが……」
「ん?」
「だからこそ、楽しみなのではないでしょうか?」
「……え?」
「何もないところから、二人で作っていくのです」
エレナは大地の手を取った。
「少しずつでも構いません」
「…………」
「今日できることを、一つずつやっていけばいいと思います」
「エレナ……」
「私も頑張ります」
「……そうだな」
大地は笑った。
「焦る必要はないか」
「はい」
「まずは必要な金額を把握する」
「はい」
「そして――」
大地は拳を握った。
「稼ぐ方法を考えよう」
◇
その後、二人は魔道具を扱う店にも立ち寄った。
「へぇ……」
大地は店内の商品を眺める。
魔石を使った照明器具。
一定の温度を保つ魔道具。
簡単な送風機。
水を汲み上げるための魔道具。
「これ、便利そうだな」
大地が一つの商品を手に取る。
「温度を一定に保つ魔道具ですか」
エレナが説明する。
「はい。魔力を供給することで、一定の温度を維持できます」
「これなら厨房にも使えそうだ」
「ですが……」
エレナが値札を見る。
そこには――。
『金貨三枚』
と書かれていた。
「…………」
大地も値札を見る。
「…………高い」
「はい」
「これは今は無理だな」
大地は商品を棚へ戻した。
「まずは最低限のものだけでいい」
「はい」
「お金が貯まったら、便利な魔道具を少しずつ買おう」
「それがよいと思います」
二人は照明用の小型魔道具だけを購入することにした。
「これなら宿を作るときにも使えるし」
「はい」
「最初から全部揃える必要はない」
大地は自分に言い聞かせるように呟いた。
「少しずつでいいんだ」
◇
買い物を終えた二人は、街の中心にある広場のベンチに腰掛けた。
大地の隣にはエレナ。
二人の手は、相変わらずつながったままだ。
「今日だけで、結構歩きましたね」
「そうだな」
「ですが、楽しかったです」
「俺も」
大地は購入した道具の入った袋を見る。
ナイフ。
ノコギリ。
金槌。
ノミ。
カンナ。
簡単な調理器具。
小さな魔道具。
そして――。
醤油に似た調味料。
味噌に似た調味料。
みりんに似た調味料。
どれも高価なものではない。
けれど――。
「これが、最初の一歩だな」
「はい」
エレナが頷く。
「私たちの温泉宿の……最初の一歩です」
「……俺たちの宿か」
大地は、その言葉を噛みしめる。
そして、ふと広場の中央へ視線を向けた。
そこには、小さな泉がある。
その泉の中心には、一体の石像が立っていた。
「そういえば、あの石像って誰の石像なんだ?」
「あれは、『運命の女神・クレア』様の石像です」
「えぇ!?」
大地が目を見開く。
「クレア様!?」
「はい。大陸全土で最も信仰を集めている、人気の女神様ですね」
大地は石像を見上げる。
慈愛に満ちた表情。
聡明そうな立ち姿。
穏やかな微笑み。
どこからどう見ても――神々しい。
(……全然似てねぇ)
大地は心の中で呟いた。
(あのクソ女神……とか思ってたけど)
(今では感謝しかない)
(……大変、不敬でした!)
(ありがとうございます! クレア様!)
その瞬間――。
『――よろしい』
「…………」
頭の中に、声が響いた。
(……え?)
『信心深い信徒の気配がします』
大地は固まった。
(……まさか)
「……あの、クレア様ですか?」
『あら? あらあら?』
声の調子が一気に明るくなる。
『ダイチさんでしたか? どうですか? 新しい人生のほうは?』
「クレア様には感謝してもしきれないです!」
大地は思わず心の中で叫ぶ。
「送り出されたときは、挑発的な胸を揉みしだいてヒーヒー言わせてやると思っていましたが……今では本当に感謝しています!」
『……ダイチさん』
声が若干低くなる。
『……やっぱり不敬ですよ』
「だってしょうがないじゃないですか!」
大地は反論する。
「スキルも何の説明もなく送り出すんですもん!」
『そ、そうでしたね……』
クレアの声が少し弱くなる。
『その節は……申し訳ありませんでした』
「でも、意外に使えそうなスキルで安心しました!」
『意外にって……』
「温泉の近くじゃないと、あまり意味はなさそうですけど」
『……他にも、一般的なスキルはいくつか付与されているはずですよ?』
「えっ?」
『あれれ?』
クレアの声が、嫌な予感を抱かせる。
『説明してませんでしたか?』
「…………」
『月並みですが、【鑑定】や【アイテムボックス】、【言語理解】あたりはあるはずですよ?』
「…………」
『いわゆる、ステータス画面には表示されないシークレットスキルですね。女神の加護ってやつです』
「…………」
『あれ?』
少しの沈黙。
『……もしかして、言ってなかった?』
「…………」
『……ゆるしてにゃん♡』
大地のこめかみに青筋が浮かぶ。
「……こんのっ! クソ女神がぁぁぁぁぁあ!」
『……ご、ごめんなさーい!!』
頭の中に響き渡るクレアの声。
その声とともに、大地の意識が現実へと引き戻される。
◇
「……チさん!」
「…………」
「ダイチさん! しっかりしてください!」
「……エ、エレナ?」
気がつけば、目の前にエレナの顔があった。
「どうしたんですか?」
エレナは心配そうに大地を見つめている。
「石像の前で祈り始めたと思ったら、急に動かなくなってしまって……びっくりしました!」
「……い、いやぁ」
大地は乾いた笑いを漏らす。
「俺としたことが……クレア様に祈りを捧げることに集中してしまいました」
「そうだったんですか?」
「うん」
「大丈夫ならいいんですけど……」
エレナは少し不思議そうな顔をしながらも、それ以上は追及しなかった。
なんとか誤魔化すことに成功した大地は、話の路線を元へ戻す。
「よし! 気を取り直して、まずは資金調達だ!」
「資金調達、ですか?」
「うん!」
大地は拳を握る。
「実現までのロードマップを作って、一つずつクリアしていこう」
「……ふふっ」
エレナが笑う。
「本当に前向きですね」
「だって、本当にお金がないんだから」
「それは……そうですね」
二人は顔を見合わせて笑った。
けれど、大地はすぐに真剣な表情へ戻る。
「でも、必要なものと、大体の費用は分かった」
「はい」
「問題は、どうやって稼ぐかだ」
「冒険者ギルドの依頼でしょうか?」
「それが一番現実的かな」
大地は考える。
薬草採取。
魔物討伐。
素材採集。
これまでにも依頼をこなしてきた。
「魔物を倒せば素材が手に入る」
「はい」
「採取依頼なら、そのまま報酬になる」
「では、しばらく依頼をこなして資金を貯めるのですか?」
「うん」
大地は頷く。
「ただ、もっと効率のいい依頼がないか探したい」
「効率のいい依頼……」
「俺たちがこれから住む場所は、あの温泉の近くだろ?」
「はい」
「だったら――」
大地は頭の中で地図を思い浮かべる。
温泉の周辺。
森。
そして、その先にある山々。
「……あの辺りに、何か仕事がないかな」
「明日、ギルドで聞いてみましょう」
「そうしよう」
大地は立ち上がった。
「宿を作るために、宿を作る前から働かないとな」
「ふふっ」
エレナも立ち上がる。
「では、明日から金策ですね」
「うん」
「私もお手伝いします」
「もちろん」
二人は再び手をつないだ。
夕暮れへと変わり始めた街を、並んで歩いていく。
まだ温泉宿はない。
建物すらない。
けれど――。
その日、二人は確かに最初の一歩を踏み出した。
小さな大工道具。
最低限の調理器具。
一つの魔道具。
日本を思い出させてくれた、三つの調味料。
そして――。
これから必要になる、大きな資金。
「絶対、いい宿を作ろうな」
大地が言う。
「はい」
エレナは笑顔で答える。
「二人で作りましょう」
その言葉とともに。
二人の温泉宿作りは、建設ではなく――。
まずは「資金集め」という、現実的な第一歩から始まることになった。




