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異世界温泉宿経営♨️ 〜「戦闘スキルをください!とお願いした女神がくれたのは、まさかの“銭湯スキル”でした〜  作者: 回胴めぐり


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【第20話】迎えた朝


朝の光が、部屋の中を少しずつ満たしていく。


大地はベッドの上で、ぼんやりと天井を見つめていた。


隣には、エレナがいる。


ただ、それだけのことなのに――。


「…………」


どうにも落ち着かない。


大地は昨夜のことを思い出していた。


互いの気持ちを伝え合って。


呼び方を変えて。


そして――。


「…………」


大地は思わず両手で顔を覆った。


「ダイチさん?」


隣から声がする。


「……はい」


「どうかされましたか?」


「いや……」


大地は少しだけ間を置いて答える。


「なんというか……夢じゃないんだなって」


「……?」


エレナが首を傾げる。


「昨日のこととか……」


「…………」


エレナもその意味を理解したのか、みるみる頬を赤くしていく。


「……そうですね」


小さな声だった。


「夢では……ありませんね」


「…………」


「…………」


二人の間に、沈黙が落ちる。


昨日までは何とも思わなかった沈黙なのに。


今は妙に意識してしまう。


大地は隣を見ようとして――結局見ることができず、視線を天井へ戻した。


エレナも同じように大地へ視線を向けかけたものの、慌てて布団の端へ目を落とす。


「なんか……昨日までより緊張するな」


「私もです」


「エレナも?」


「はい」


エレナは布団を胸元まで引き上げながら、小さく頷いた。


「昨日までは、ダイチさんの隣にいることが当たり前になりつつあると思っていたのですが……」


「うん」


「今朝は……その……」


エレナは言葉を探すように視線を彷徨わせる。


そして、少しだけ頬を緩めた。


「隣にいることが、とても嬉しいです」


「…………」


大地の胸が、また熱くなる。


「俺もだよ」


「……はい」


エレナは恥ずかしそうに笑った。


その笑顔を見ていると、もっと近くで見たいと思う。


けれど、意識すればするほど、どうしていいのか分からなくなる。


大地がそっと手を動かす。


そして――布団の上で、エレナの指先に触れた。


ほんの一瞬の接触だった。


「……っ」


エレナの肩が小さく跳ねる。


大地も慌てて手を引っ込めた。


「ご、ごめん」


「いえ……」


エレナは首を横に振る。


「嫌では、ありません」


「……本当?」


「はい」


そう答えたものの、エレナの耳まで真っ赤になっている。


大地はもう一度手を伸ばす勇気が出ず、代わりに自分の拳を握った。


すると――。


エレナが、ためらいがちにその拳へ自分の指を重ねる。


「エレナ?」


「……私からなら、よいでしょうか?」


「もちろん」


大地が答えると、エレナはほっとしたように微笑んだ。


二人の手が、布団の上でそっと重なる。


強く握るわけでもない。


ただ触れているだけ。


それなのに、昨夜までとはまったく違う意味を持っているような気がした。


「……恋人って、こういう感じなのかな」


大地が呟く。


「分かりません」


エレナは小さく首を振った。


「私も、恋人になったのは初めてですから」


「俺も初めてだよ」


「そうなのですか?」


「うん。だから、たぶん二人とも手探りだ」


「手探り……」


エレナはその言葉を口の中で転がすように呟き、少しだけ笑った。


「では、ゆっくり慣れていきましょう」


「そうだな」


「はい。急がなくても……これからは、ずっと一緒ですから」


その言葉に、大地の心臓が大きく跳ねた。


「……ずっと?」


「……違いましたか?」


エレナが不安そうに尋ねる。


「いや、違わない。違わないけど……」


大地は照れ隠しに頬を掻いた。


「改めて言われると、すごく嬉しくて」


「私も……言ってから、少し恥ずかしくなりました」


エレナは俯きながらも、重ねた手を離さなかった。


◇


しばらくして、大地はベッドから起き上がった。


「さて……そろそろ朝食に行こうか」


「はい」


二人は身支度を整え始める。


その途中――。


「…………」


大地は、ふとエレナを見る。


白銀の髪。


整った顔立ち。


いつも通りのエレナ。


けれど――。


昨日までとは、少し違って見える。


「……どうかしましたか?」


「いや」


「?」


「なんでもない」


「そうですか?」


「うん」


大地は笑う。


「ただ……可愛いなと思って」


「…………っ」


エレナの動きが止まった。


「ダ、ダイチさん……」


「ごめん。思ったことを言っただけ」


「そういうところです……」


「え?」


「そういうところが……ずるいんです」


エレナは顔を真っ赤にして俯いた。


大地は苦笑する。


「でも、本当にそう思ったから」


「…………」


エレナはしばらく黙っていたが――。


「……ありがとうございます」


小さく笑った。


「嬉しいです」


「じゃあ、もう一回言ってもいい?」


「えっ?」


「可愛い」


「だ、ダイチさん!」


エレナは慌てて両手で頬を覆った。


「一度で十分です!」


「でも、何度でも言いたいんだけど」


「……本当に、ずるい方です」


そう言いながらも、エレナの口元には嬉しそうな笑みが浮かんでいる。


大地はその表情に見とれ――今度は自分の方が恥ずかしくなって視線を逸らした。


すると――。


「……ダイチさんも」


「ん?」


「今、とても嬉しそうなお顔をされています」


「えっ」


「可愛いです」


「…………」


今度は大地が固まる番だった。


エレナは言ってから、自分でも驚いたように目を見開く。


「……あ」


「エレナ?」


「い、いえ。その……思ったことを言っただけです」


「それ、俺の真似?」


「……少しだけ」


二人は顔を見合わせる。


そして、どちらからともなく笑い出した。


笑い声が落ち着くと、エレナはそっと大地の袖をつまんだ。


「……あの」


「うん?」


「今日は、手をつないで歩いてもよいでしょうか?」


大地は一瞬、言葉を失った。


「もちろん」


「では……」


エレナはおずおずと手を差し出す。


大地がその手を取ると、エレナの指がそっと絡んだ。


「……こうするのですね」


「たぶん」


「少し、緊張します」


「俺も」


「ですが……嬉しいです」


「俺もだよ」


二人は手をつないだまま、部屋を出た。


◇


階段を下りると、昨日と同じ宿の店主が二人を見つけた。


「「おはようございます」」


大地とエレナが声を揃えて挨拶する。


「おはようございます」


店主も笑顔で頭を下げた。


そして、その視線が二人のつないだ手へ一瞬向けられる。


「……昨日は、ずいぶんとお楽しみでしたね」


「……え?」


大地が固まる。


店主は大地の耳元へ顔を近づけ、声を潜めた。


「うちは安宿ですのでね。壁が薄いんですよ。……お気を付けください」


「…………」


「ふぉっふぉ。若いというのは、良いことですな」


店主は満足そうに笑うと、そのまま店の奥へ戻っていった。


「…………」


大地は、その場に立ち尽くす。


そして――。


(……え?)


(昨夜の俺たちのこと、全部筒抜けだったってことか?)


顔から火が出そうになる。


(俺のエレナの可愛い声を聞かれたとあらば……)


(いや、待て。落ち着け、俺)


(今ここで暴れたら、完全に変な客だ)


大地が悶々としていると――。


「……どうかしましたか?」


エレナの指が、きゅっと絡んでくる。


「エレナ?」


「……手、離さないでください」


エレナは前を向いたまま、小さな声で言った。


「その……今は、離したくありません」


大地の胸が熱くなる。


「うん」


大地も、優しく握り返した。


「俺も離したくない」


エレナの頬が赤く染まる。


店主は何も言わず、微笑ましそうに二人を見送った。


その瞬間――。


大地は気づいた。


昨日と同じ宿。


昨日と同じ店主。


昨日と同じ朝。


なのに――。


自分の中では、世界が少しだけ変わっている。


隣を歩くエレナの手の温もりが、その変化を何度も教えてくれる。


「……ふっ……非童貞の余裕って、こういうことなんだな」


「何がですか?」


隣のエレナが尋ねる。


「いや、なんでもない」


大地は笑った。


「ただ、こうして手をつないで歩くのが嬉しくて」


「……私もです」


エレナは俯きながら答える。


「ですが、まだ少し慣れません」


「無理に慣れなくてもいいんじゃないか?」


「え?」


「そのたびに、今みたいに照れてくれるなら」


「もう……」


エレナは困ったように大地の腕を軽く叩いた。


けれど、つないだ手は離さない。


二人はそのまま食堂へ向かった。


◇


朝食を終えた二人は、宿を出た。


クレーベルの街は、朝から多くの人で賑わっている。


商店の前では店員たちが商品を並べ、通りには荷物を積んだ荷馬車が行き交っている。


そんな街の中を――。


大地とエレナは、手をつないで歩いていた。


「…………」


大地は、つないだ手を見る。


「…………」


エレナも同じように、自分たちの手を見ていた。


昨日までは、こんなふうに街中で手をつなぐことなんてなかった。


けれど今は――。


「……なんだか、まだ不思議な感じがします」


エレナが小さく呟いた。


「俺も」


「ですが……」


エレナは大地の手を、ほんの少しだけ握り直す。


「嫌ではありません」


「うん」


大地も握り返す。


「俺も、嬉しいよ」


エレナは頬を赤くしながら微笑んだ。


「……では、今日は何をするんですか?」


「……そうだな」


大地は少し考える。


「今日は温泉宿に必要な物を、街で探してみようと思う」


「必要な物、ですか?」


「この街、まだちゃんと見て回ってないからな」


大地は苦笑する。


「デートしながら、宿の買い出しって感じかな」


「ふふっ」


「何?」


「いえ。ダイチさんらしいと思いまして」


「そうかな?」


「はい」


二人は笑いながら、大通りを歩いていった。


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