↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界温泉宿経営♨️ 〜「戦闘スキルをください!とお願いした女神がくれたのは、まさかの“銭湯スキル”でした〜  作者: 回胴めぐり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/133

【第19話】二人だけの夜


クレーベルの街へ戻る頃には、夜もすっかり更けていた。


昼間は多くの人で賑わっていた大通りも、今では人影がほとんどない。


店先の明かりも一つ、また一つと消えていき、街は静かな夜へと変わっていた。


大地とエレナは、並んで石畳の道を歩いている。


「…………」


「…………」


二人とも、先ほどからあまり言葉を交わしていなかった。


それも当然だった。


今日一日で、あまりにも多くのことが起きた。


温泉の検証。


刺客との戦い。


大地がエレナを庇って矢を受けたこと。


そして――。


互いの想いを伝え合ったこと。


特に最後の出来事を思い出すと、大地はどうしても落ち着かなくなる。


そんな大地の隣で、エレナもまた頬を赤くしていた。


やがて――。


「……ダイチさん」


エレナが小さな声で呼ぶ。


「はい?」


「今日は……本当に大変な一日でしたね」


「そうですね」


大地は苦笑した。


「朝は普通に温泉の検証をするだけだと思ってたんですけどね」


「私もです」


エレナも小さく笑う。


「まさか、あのようなことになるとは思っていませんでした」


「俺もです」


二人の間に、穏やかな沈黙が流れる。


けれど、それは気まずいものではなかった。


むしろ――心地よかった。


しばらく歩くと、二人は泊まっている宿の前へとたどり着いた。


「……着きましたね」


「はい」


大地が扉を開ける。


「お帰りなさいませ」


受付の店員が小さく頭を下げる。


「ただいま戻りました」


大地も軽く頭を下げる。


エレナも同じように会釈した。


「ただいま戻りました」


二人はそのまま部屋へ向かう。


廊下には二人の足音だけが響いていた。


そして――。


ダイチの部屋の前で、エレナがふと足を止めた。


「…………」


「エレナさん?」


「……いえ」


エレナは小さく首を振る。


「もう少しダイチさんの側にいたくて…」


「………部屋で少し話しますか?」


エレナは頬を赤くする。


「今日……色々なことが変わってしまいましたから」


「…………」


大地も、その意味を理解する。


「……そうですね」


二人は部屋へ入った。


扉が閉まる。


カチャリ――。


その瞬間、外の世界から切り離されたような静けさが訪れた。


「…………」


「…………」


二人きり。


大地は荷物を置いた。


「少しだけ……緊張してしまいます」


「緊張?」


「はい」


エレナはそう答えた。


「…………」


「エレナさん?」


「……ダイチさん」


エレナが、大地を見る。


「少し……お話ししてもいいですか?」


「もちろんです」


エレナはゆっくりと大地へ近づいた。


「先ほど……温泉でお話ししたことですが」


「……はい」


「私は、きちんと伝えられていたでしょうか?」


「え?」


「自分の気持ちを……」


エレナは胸元で手を握る。


「私はこれまで、自分の気持ちを誰かに伝えることが……あまり得意ではありませんでした」


「…………」


「皇女として、常に正しく振る舞わなければいけませんでしたから」


エレナは少し寂しそうに笑った。


「泣きたいときも、笑いたいときも……自分より周囲を優先することが当たり前でした」


そして、大地を見つめる。


「でも……ダイチさんの前では、なぜか隠せないんです」


「エレナさん……」


「怖かったときも」


「…………」


「嬉しかったときも」


エレナは少しだけ微笑む。


「そして……好きだという気持ちも」


大地の胸が熱くなる。


「俺も同じです」


「……本当ですか?」


「はい」


大地は、まっすぐエレナを見つめた。


「俺も、エレナさんが好きです」


エレナの瞳が潤む。


「……ありがとうございます」


「エレナさんも……?」


「はい」


エレナは小さく頷いた。


「私も……ダイチさんが好きです」


二人の距離が、少しずつ近づいていく。


そして――。


唇が重なった。


短い口づけ。


一度離れる。


けれど、エレナは大地の手を離さなかった。


「……ダイチさん」


「はい」


「もう……敬語も必要ないです」


「え?」


大地が目を瞬かせる。


エレナは恥ずかしそうに俯いた。


「その……私たちは、もうただの旅の仲間ではありませんよね?」


「……そうですね」


「でしたら……」


エレナは少しだけ迷ってから、顔を上げる。


「私のことを、『エレナさん』ではなく……名前で呼んでくれませんか?」


「名前……?」


「はい」


大地は少し考えた。


「じゃあ……エレノアって呼んだ方がいいのかな?」


「…………」


エレナは静かに首を横に振った。


「いえ」


「違いますか?」


「はい」


エレナは大地の手を両手で包み込む。


「私は……ただの、あなたを愛しているエルフのエレナです」


「…………」


「皇位継承者でもありません」


エレナは優しく微笑む。


「ハイデンベルクの第一皇女でもありません」


そして――。


「今この瞬間の私は……ただ、ダイチさんを大切に思っているエレナです」


大地は、しばらくエレナを見つめた。


そして――。


「……エレナ」


初めて敬称を外して呼んだ。


「…………」


エレナの瞳が少しだけ見開かれる。


「……はい」


「これからは、エレナって呼んでもいい?」


「もちろんです」


エレナは嬉しそうに微笑んだ。


「その代わり……私はこれからも、ダイチさんとお呼びしますね」


「うん。それでいい」


「ありがとうございます」


大地は笑った。


「無理に変わる必要なんてないよ」


「…………」


「俺は、今のエレナが好きだから」


エレナの頬が赤くなる。


「……そのようなことを、さらっと言わないでください」


「ごめん」


「謝らなくてもいいです」


エレナは大地の胸へそっと身体を寄せる。


「……嬉しいですから」


大地は、その身体を優しく抱きしめた。


「エレナ……」


「はい」


今度は、呼び方に迷いがなかった。


その声を聞いたエレナが、嬉しそうに目を細める。


「……もう一度、呼んでください」


「エレナ」


「……はい」


「エレナ」


「ふふ……」


エレナは小さく笑った。


「なんだか、不思議な感じがします」


「俺も」


「でも……嬉しいです」


「俺も嬉しいよ」


二人は再び見つめ合った。


そして、自然と唇が重なる。


今度は、さっきよりも長く。


互いの想いを確かめるように、何度も抱きしめ合った。


「……ダイチさん」


「ん?」


「今夜は……」


エレナが少しだけ躊躇する。


「もう少しだけ……私のそばにいてください」


「もちろん」


「朝まで……」


「朝まで一緒にいるよ」


エレナは安心したように微笑んだ。


「……ありがとうございます」


二人はゆっくりとベッドへ腰を下ろした。


エレナの手が、大地の手を探す。


大地はその手を優しく握り返した。


「……怖くない?」


「少しだけ……」


エレナは正直に答える。


「でも……ダイチさんなら、大丈夫です」


「無理はしなくていいからね」


「はい」


エレナは大地を見つめる。


「私も……ダイチさんと同じ気持ちです」


その言葉に、大地はエレナをそっと抱きしめた。


二人は何度も唇を重ねる。


互いの温もりを確かめるように。


ゆっくりと。


大切に。


やがて――。


二人は静かに身体を寄せ合った。


エレナは大地の胸へ頬を寄せる。


大地もまた、その身体を優しく包み込む。


もう、そこには皇位継承者も異世界から来た青年もいなかった。


ただ――。


互いを愛する、一人の女性と一人の男性がいるだけだった。


「……ダイチさん」


「うん」


「これからも……私のそばにいてください」


「約束する」


「……はい」


二人は再び抱きしめ合った。


そしてその夜――。


二人は恋人として、初めて心と身体を重ねた。


長い一日の終わり。


月明かりだけが差し込む部屋の中で、二人は互いの存在を確かめるように寄り添い続けた。


◇


翌朝。


カーテンの隙間から、柔らかな朝日が差し込んでいた。


大地がゆっくりと目を覚ます。


「…………」


すぐ隣には、エレナが眠っていた。


白銀の髪が枕の上に広がっている。


その寝顔は穏やかで、昨日まで抱えていた不安など、すべて忘れてしまったかのようだった。


大地はしばらく、その寝顔を見つめる。


昨日までとは、何かが違う。


隣にいることが、当たり前のように感じられる。


「……エレナ」


小さく名前を呼ぶ。


すると――。


「……ダイチさん?」


エレナがゆっくりと目を開けた。


「起こしちゃった?」


「いえ……今、目が覚めました」


エレナは眠そうに微笑む。


「おはようございます」


「おはよう、エレナ」


「…………」


エレナの頬が、ほんのり赤くなる。


それでも、嬉しそうに笑った。


「……おはようございます、ダイチさん」


二人は顔を見合わせる。


そして――。


どちらからともなく笑った。


昨日までよりも、ずっと近い距離で。


二人の新しい朝が始まった。

お読みいただきありがとうございます!

励みになりますので、ブックマークやご評価・レビューよろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。