【第17話】本当の気持ち
【第17話】本当の気持ち
大地は反射的に身体を動かした。
「………!」
エレナの前へ飛び出し、両手を広げてその身体を庇う。
――ドスッ!
鈍い衝撃。
「…………」
大地の胸に、矢が突き刺さった。
「ダイチさん!?」
エレナの顔が青ざめる。
「そんな……どうして……!」
大地は膝から崩れ落ちた。
「……怪我は、ないですか?」
「私は大丈夫です!」
エレナは慌てて駆け寄る。
「でも、ダイチさんが……!」
「……いやぁ」
大地は苦しそうに笑う。
「身を挺して、好きな女性を守るの……ちょっと憧れてたんです」
「こんな時まで、ふざけないでください!」
大地の顔から、みるみる血の気が引いていく。
傷口から血が流れ、呼吸も次第に浅くなる。
「いけない……!」
エレナは矢を抜いて、大地の傷口へ手を向ける。
「生命を司る精霊よ、その慈愛を分け与え給え――ヒール!」
淡い光が傷口を包み込む。
傷は少しずつ塞がっていく。
だが――。
「……そんな」
エレナの顔が絶望に染まる。
「傷が……治りきらない……!」
矢は深く突き刺さっていた。
どうやら肺にまで達しているらしい。
「ダイチさん……!」
エレナの目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
「しっかりしてください!」
大地は重い瞼をゆっくりと開いた。
そして、力を振り絞ってエレナを見る。
「エレナさん……」
「はい!」
「……気にしないでください」
「そんなこと言わないでください!」
「前世からずっと……こういう役回りなんです……」
「そんなこと、どうでもいいです!」
エレナの声が震える。
「何か……何か方法は……!」
「…………」
「ダイチさん! もうちょっと頑張ってください!」
必死に考える。
何かある。
何か――。
その瞬間。
エレナの頭に、一つの考えが浮かんだ。
「……そうだ」
エレナは大地の腕を自分の肩に回す。
「ダイチさん!」
「……?」
「温泉です!」
「……温泉?」
「はい!」
エレナは大地を支えながら、温泉へ向かって歩き出す。
「まだ、検証していない効果があります!」
「……?」
「泉質効能調整です!」
エレナは大地を引きずるようにして、なんとか温泉まで連れていく。
そして、ゆっくりと身体を湯へ沈めた。
「……はぁ」
大地は温泉に浸かる。
「最期に……混浴ですか……?」
「ダイチさん!」
「いいですね……でも、どうせ入るなら……裸同士が……」
「そんなこと言ってる場合じゃありません!」
エレナは大地の肩を掴む。
「『泉質効能調整』で、生命力回復にしてみてください!」
「…………」
「お願いです!」
エレナの目から、再び涙がこぼれる。
「混浴でもなんでもします!」
「……え?」
「ダイチさんが望むことなら、なんでもしますから!」
「…………」
大地の目が、ほんの少しだけ開く。
「……本当ですか?」
「本当です!」
「……それは、頑張らないとですね」
大地は最後の力を振り絞る。
震える手でステータス画面を開く。
そして――。
ゆっくりと操作する。
――ピコン。
『泉質効能調整――生命力回復に設定しました』
続けて、もう一つの表示が浮かび上がる。
『温泉効能強化LV:EXにより、対象者ユモリ・ダイチの生命力を極大回復します』
「――!」
その瞬間。
大地の身体が、淡い光に包まれた。
温かな光が身体の内側へと染み込んでいく。
胸に刺さっていた矢の傷。
損傷していた肺。
そして、傷ついた内臓。
それらが、まるで時間を巻き戻すかのように修復されていく。
「こ、これは……!」
エレナは目を見開いた。
大地は自分の胸に手を当てる。
「…………」
痛みが消えていく。
呼吸が戻っていく。
そして――。
「……治った?」
ゆっくりと身体を起こす。
「……治りました!」
大地は胸元を確認する。
そこには、矢が刺さっていた痕跡すら残っていなかった。
「弓守大地、完全回復です!」
「…………」
エレナは何も言わなかった。
ただ、張り詰めていた糸が切れたように、その場に膝から崩れ落ちる。
そして――。
「……よかった……」
そのまま大地の胸へ飛び込んだ。
「本当に……よかった……!」
温泉なのか、涙なのか。
顔をぐちゃぐちゃに濡らしながら、エレナは大地の胸にしがみつく。
「……エレナさん」
「…………」
「無茶しないって約束しましたよね……」
「……はい」
エレナの声が震える。
「もう……私のために、こんなことしないでください……」
「…………」
大地は少しだけ考える。
「それは……無理です」
「……え?」
「さっきもそうでしたけど」
大地は苦笑する。
「考えるより先に、身体が動いちゃったんですよ」
「…………」
「たぶん、同じことが起きたら……また身体が動いちゃうと思います」
「……どうして……」
エレナが顔を上げる。
「どうして、そこまで……」
「さあ……」
大地は困ったように笑った。
「エレナさんのこと自分が思ってるより、好きになっちゃったんでしょうね」
辺りは、すでに日が沈んでいた。
夜の森には静寂が広がっている。
木々が風に揺れ、葉と葉が擦れ合う音がする。
そして、頭上には大きな月。
月明かりが温泉の水面に反射し、二人を淡い光で包み込んでいた。
エレナは、しばらく大地の胸から離れなかった。
そして大地もまた――。
何も言わず、その小さな身体を受け止めていた。




