↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界温泉宿経営♨️ 〜「戦闘スキルをください!とお願いした女神がくれたのは、まさかの“銭湯スキル”でした〜  作者: 回胴めぐり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

134/135

【第118話】盗賊ギルドのアジト


ハイデンベルク皇国、皇都。


皇宮の一室では、皇帝フェルキアの命令を受けた騎士たちが、エレナの行方を追うために動き始めていた。


その一方で、大地とランドルフもまた、独自に調査を進めていた。


「……ここが、ガルディ枢機卿の屋敷か」


大地は通りの向こうにそびえる大きな屋敷を見つめながら、小さく呟いた。


高い石壁に囲まれた敷地には、立派な正門が設けられている。門の両脇には武装した兵士が立ち、敷地内にも複数の警備兵が巡回していた。


皇族の別邸にも引けを取らない、豪奢な屋敷だった。


「はい。教皇派の中でも、ガルディ枢機卿は強大な権力を持つ人物です。皇都における彼の影響力は、決して侮れません」


隣に立つランドルフが、声を潜めて答えた。

今の二人は、旅人に扮していた。


大地は地味な外套を羽織り、ランドルフも普段の騎士服を脱ぎ捨て、ありふれた商人風の格好をしている。


周囲には、同じように変装した数名の騎士たちが散らばっていた。

皇帝から信頼を受けた者たちだけを選び、密かに調査を進めているのだ。


「それにしても、警備が厳重ですね……」


大地は屋敷の周囲を見回した。

正門には常時四人ほどの兵士が立ち、壁の上にも見張りがいる。さらに、一定の間隔で巡回する兵士の姿も確認できた。


「正面から乗り込むのは難しそうだな……」


「ええ。仮に潜入できたとしても、エレノア殿下の居場所が分からなければ意味がありません。まずは屋敷の構造や警備の交代時間、出入りする人間について調べる必要があります」


「そうですね。エレナが本当にここにいるのか、それも確かめないと……」


大地は拳を握り締めた。

皇都に到着してから、まだ十分な情報は得られていない。

皇帝の話では、エレナは騎士団を装った何者かに連れ去られた可能性が高いという。


そして、その背後にいると考えられるのが、教皇派の中枢を担うガルディ枢機卿だった。

もしエレナがこの屋敷に囚われているのなら、一刻も早く助け出さなければならない。

しかし、焦って行動すれば、かえって彼女を危険に晒すことになる。


「……まずは情報収集ですね」


大地は自分に言い聞かせるように呟いた。


「ええ。今は慎重に動きましょう」


ランドルフが頷いた、そのときだった。


「……あらぁ? そこのお兄さんたち」


背後から、妙に艶のある女性の声が聞こえてきた。


「ん?」


大地が振り返る。

そこには、赤みがかった髪を肩口で切り揃えた女性が立っていた。

年齢は二十代半ばほどだろうか。

身体にぴったりと合った革製の服を身に着け、腰には短剣を二本差している。身のこなしには隙がなく、こちらを見つめる瞳には、相手の懐を探るような鋭さがあった。

その一方で、口元には人懐っこい笑みを浮かべている。


「さっきから、ずいぶん熱心にあのお屋敷を眺めているじゃない?」


「……別に、眺めていたわけじゃありませんよ」

大地は警戒しながら答えた。

「へえ? じゃあ、あのお屋敷に興味があるわけでもない?」


「……」


「ふふっ。分かりやすいわねぇ」


女性は楽しそうに笑った。

ランドルフが、さりげなく大地の前に半歩出る。


「失礼ですが、あなたは?」


「あら、失礼。名乗るのが先だったわね」


女性は軽く肩をすくめた。


「私はマチュア。皇都の裏社会で、ちょっとした商売をしている者よ」


「裏社会……?」


「そう。盗賊ギルドって聞いたことくらいあるでしょう?」


大地は思わず目を見開いた。

盗賊ギルド。

異世界に来てから、冒険者ギルドや商業ギルドには何度も関わってきたが、盗賊ギルドの人間と直接顔を合わせるのは初めてだった。


「まさか……あなたが?」


「そう。今は私が頭を務めているの」


マチュアは、悪戯っぽく片目を閉じた。


「それで、お兄さんたちはガルディ枢機卿について調べているんでしょう?」


「……なぜ、それを?」


大地の表情が引き締まる。


「さあ、どうしてでしょうねぇ?」


マチュアは、わざとらしく首を傾げた。


「裏社会で生きているとね、表の人間が何を考えているのか、なんとなく分かるものなのよ」


「……」


「それに、あなたたち。変装しているつもりでしょうけど、バレバレの素人でしょ」


「なっ……!」


大地は思わず自分の服装を見下ろした。

一応、目立たない格好を選んだつもりだったのだが。


「安心して。別に、あなたたちを捕まえようってわけじゃないわ」


マチュアは声を潜めた。


「ガルディ枢機卿について、知りたいことがあるんでしょう? だったら、私の話を聞いてみない?」


「……情報を提供してくれるということですか?」


ランドルフが尋ねる。


「ええ。ただし、こんな往来で話せる内容じゃないわ」


マチュアは屋敷へと視線を向けた。


「枢機卿の屋敷に忍び込もうなんて考えているなら、なおさらね」


大地とランドルフは顔を見合わせた。

罠の可能性もある。

しかし、今は一つでも多くの情報が欲しかった。


「……分かった。話を聞かせてくれ」


大地が答えると、マチュアは満足そうに笑った。


「決まりね。じゃあ、こっちへ来て」


そう言って、彼女は路地裏へと歩き始めた。

大地たちは周囲を警戒しながら、その後を追った。


◇


マチュアに案内されたのは、皇都の外れにある古びた建物だった。

周囲には人気がなく、建物の壁には長年の風雨による汚れが目立っている。

一見すると、誰も使っていない倉庫のようだった。


「……ここですか?」


「そう。私たちの隠れ家よ」


マチュアは周囲を確認してから、建物の扉を開いた。


中へ入ると、外観からは想像できないほど広い空間が広がっていた。


壁際には木箱や樽が積まれ、奥には複数の机が並んでいる。数人の男女が地図を広げたり、書類を整理したりしていた。


その中には、短剣を腰に差した者や、身軽そうな服装の者もいる。

彼らが盗賊ギルドの構成員なのだろう。


「おかえりなさい、頭!」


「お客さんか?」


「そっちの男、見ない顔だな」


構成員たちが、次々と声をかけてくる。

マチュアは片手を上げて応じた。


「はいはい、仕事に戻りなさい。大事なお客様なんだから、変なちょっかいを出さないこと!」


「へいへい」


軽い返事が返ってくる。

大地は、どこか拍子抜けした気分になった。

もっと物騒な連中ばかりなのかと思っていたが、意外にも活気がある。


「さあ、こちらよ」


マチュアは建物の奥へと進んでいった。

そこには、小さなテーブルを挟んで椅子が置かれた一角があった。


そして、その椅子の一つに――。

一人の少年が腰掛けていた。

年齢は、十歳前後だろうか。

華奢な身体に、上質な布地で仕立てられた服を着ている。整った顔立ちに、透き通るような肌。淡い金色の髪が、柔らかな灯りを受けて輝いていた。


しかし、何よりも目を引いたのは、その瞳だった。


幼い容姿には似つかわしくないほど、深く、静かな眼差し。


まるで、目の前にいる人間のすべてを見透かしているかのようだった。


「……子供?」


大地が思わず呟く。


すると、少年は椅子から立ち上がり、優雅な仕草で一礼した。


「初めまして。お会いできて光栄です、大地殿」


「……え?」


大地は目を瞬かせた。

なぜ、自分の名前を知っているのだろう。

隣にいたランドルフは、そんなはずはないという表情で、少年を見つめている。


「……まさか…あなた様は…⁉︎」


ランドルフが尋ねると、少年は静かに微笑んだ。


「失礼しました。まだ名乗っておりませんでしたね」


そして、その口から告げられた名前に、大地とランドルフは凍りついた。


「私は、ルードリィ・インフィニティス」


少年は、まっすぐに大地を見つめた。


「このハイデンベルク皇国で教皇を務めております」


「…………は?」


大地の口から、間の抜けた声が漏れた。


「きょ、教皇……?」


思わず、少年の顔を見つめ直す。

どう見ても、まだ子供だ。

それが、教皇?

皇国の宗教界において、絶大な影響力を持つはずの人物が?


「ちょ、ちょっと待ってください。教皇って……あの、教皇ですよね?」


「はい。おそらく、大地殿が想像されている人物と相違ないかと」


少年――ルードリィは、穏やかに答えた。


「そして、今回の件について、あなた方にお伝えしたいことがあるのです」


◇


「……正直、まだ信じられません」


席についた大地は、目の前の少年を見つめながら呟いた。

教皇ルードリィ・インフィニティス。

教皇派の頂点に立つ人物。

そして、エレナを追い詰めたガルディ枢機卿とも、懇意にしていると聞いていた相手だった。

その教皇が、なぜ盗賊ギルドの隠れ家にいるのか。

どうして自分たちを待っていたのか。

疑問は尽きなかった。


「当然でしょうね」


ルードリィは小さく頷いた。


「私自身、表向きはガルディ枢機卿と親しく付き合っています。教会の会議でも彼の意見を尊重し、重要な案件についても、ある程度は任せてきました」


「それなら、どうして……」


「しかし、それはあくまでも表向きの話です」


ルードリィの表情から、微笑みが消えた。


「ガルディは、教皇の名を利用して、自らの権力を拡大しようとしている。私が彼に操られるだけの存在だと、油断していることでしょう。私が彼を信頼していると思い込ませることで、教会内部の人間たちを従わせているのです」


大地は眉をひそめた。


「……つまり、あなたはガルディ枢機卿を信用していない?」


「ええ。むしろ、彼こそが現在の皇国における最大の癌だと考えています」


ルードリィは、机の上に置かれていた数枚の書類を手に取った。


「こちらをご覧ください」


差し出された書類を、ランドルフが受け取る。

そこには、複数の人物の名前や、金銭の流れ、騎士団への不自然な命令などが記されていた。


「これは……!」


ランドルフの表情が険しくなる。


「教会から流れた資金の記録です。ガルディ枢機卿の息がかかった貴族や騎士たちに、多額の金銭が渡っていることが分かっています」


「こんなものまで……」


「ほかにも、教会の名を利用した不正な人事、皇帝陛下の権限を弱めるための工作、そして……」


ルードリィは、一瞬だけ言葉を切った。


「エレノア殿下に関する情報もあります」


大地の表情が変わった。


「エレナの……?」


「はい」


ルードリィは静かに頷いた。


「エレノア殿下が皇国を出られてから、どこで何をしていたのか。誰と行動をともにしていたのか。ガルディは、継続的に情報を集めていました」


「……そんな前から?」


「ええ。殿下がクレーベル近郊に滞在されていたことも、温泉宿を営む大地殿と行動をともにしていたことも、把握していました。二度失敗しましたがね」


大地は唇を噛んだ。

自分たちが温泉宿で過ごしていた間にも、遠く離れた皇都では、エレナを巡る陰謀が進んでいたのだ。


「では、あなたは……その情報を知っていたのですか?」


「知っていました。そして、可能な限り、皇帝陛下へ情報を流してきました」


「……えっ?」


大地は、思わず身を乗り出した。


「皇帝陛下に?」


「はい。マチュア殿が率いる盗賊ギルドには、皇都だけでなく、各地に情報網があります。その力を借り、ガルディの動向や、エレノア殿下の周辺で起きていることを調べていたのです」


マチュアが、横から口を挟んだ。


「うちの連中は、表の人間が見逃すような情報を拾うのが得意なのよ。誰がどこで誰と会ったとか、どんな荷物が運び込まれたとかね」


「……なるほど」


「もちろん、何もかも分かるわけじゃないわ。でも、教会の人間が堂々と動けない場所でも、私たちなら入り込めることがある」


マチュアは腕を組んだ。


「そうやって集めた情報を、教皇様を通じて皇帝陛下に届けていたの」


大地は、ようやく少しずつ事情を理解し始めていた。


教皇は、教皇派の頂点に立つ存在。


そのため、ガルディ枢機卿と対立していることを公にすれば、教会そのものが分裂しかねない。


だからこそ、表向きは協調する姿勢を見せながら、裏では皇帝と協力し、ガルディの権力を削ぐための証拠を集めていたのだ。


「……では、レイシス殿下とも?」


ランドルフが尋ねた。

ルードリィは頷いた。


「ええ。レイシス殿下とも協力関係にありました」


その言葉に、大地は息を呑んだ。


「レイシスが……」


「レイシス殿下は、教皇派の内部にいながら、ガルディの動向を探っておられました。私たちは彼女からも情報を受け取り、少しずつ包囲網を狭めていたのです」


「それじゃあ、レイシス殿下は……」


「エレノア殿下を救うために、危険を承知で動いておられました」


ルードリィの声は、静かだった。


「彼女は、決してエレノア殿下を裏切っていたわけではありません」


大地は、強く拳を握った。

レイシスが教皇派に協力している。

その話を聞いたとき、エレナはどれほど苦しんだだろう。


だが、実際には違ったのだ。

レイシスは、妹として、姉を守ろうとしていた。

そのために、自ら危険な立場へ身を置いていたのである。


「……そうだったのか」


大地は、胸の奥が熱くなるのを感じた。

エレナが皇国へ戻ることを決めたとき、彼女は自分の過去と向き合う覚悟をしていた。

そして、レイシスもまた、姉を救うために戦っていた。

二人とも、自分なりのやり方で、未来を変えようとしていたのだ。


「……それなのに、俺たちは……」


大地は言葉を詰まらせた。

エレナが故郷へ戻れば、すべてが少しずつ良い方向へ進むかもしれない。

そう思っていた。

だが、現実は違った。

彼女は皇都へ到着した直後に連れ去られ、助けようとしていた妹まで捕らえられてしまった。


「……教皇様。エレナとレイシス殿下は、今どこにいるんですか?」


大地は、ルードリィをまっすぐに見つめた。


「ガルディ枢機卿の屋敷に向かう馬車を盗賊団を使って襲撃し、レイシス殿下の別邸にエレノア殿下を護送したのです……」


ルードリィは、苦しげに目を伏せた。


「ですが、先ほど新たな報告が入りました」


「新たな報告……?」


「はい。レイシス殿下の別邸に、ガルディ枢機卿とスレイル・フィン・シーレン、そして黒い外套を被った物が入ったこと。そして、その後、別邸の周辺で不自然な人の出入りが確認されたことです」


大地の顔が強張る。


「まさか……」


「さらに、別邸にいた侍女の一人と連絡が取れなくなっています。詳しい状況は分かりませんが……」


ルードリィは、言葉を選ぶように続けた。


「エレノア殿下とレイシス殿下が、ガルディの手に落ちた可能性は極めて高いでしょう」


「……っ!」


大地は椅子から立ち上がりかけた。

やはり、エレナは危険な状況に置かれている。

そして、レイシスもまた。


「すぐに助けに行きましょう!」


思わず声が大きくなる。


「屋敷の場所は分かっています。だったら、今すぐ乗り込めば――」


「お待ちください、大地殿」


ランドルフが、落ち着いた声で制した。


「お気持ちは分かります。しかし、先ほどご覧になったとおり、ガルディの屋敷は厳重に警備されています。相手の戦力も分からないまま突入すれば、殿下たちを危険に晒すことになります」


「……でも!」


「ランドルフ殿の言うとおりです」


ルードリィも静かに頷いた。


「ガルディは、今回の計画をかなり前から進めていました。彼の配下には、教会の騎士だけでなく、通常の魔法では対処できない力を持つ者もいるようです」


大地の脳裏に、黒い外套をまとった人物の姿が浮かんだ。


街を襲撃した魔物の群れ。

その背後にいた教皇派の人間たち。

そして、魔王軍十柱の一人、ライオネル。

ガルディが魔族と繋がっているという情報は、すでに皇帝へ伝えている。

だが、その全貌はまだ明らかになっていない。


「……あの黒い外套の人物も、ガルディの仲間なんですか?」


大地が尋ねると、ルードリィは表情を曇らせた。


「その可能性は高いでしょう。ですが、正体も能力も、ほとんど分かっていません」


「……そうですか」


大地は拳を握り締めた。

分からないことばかりだった。

敵の人数も、戦力も、エレナたちが囚われている場所も。

しかし、一つだけ確かなことがある。

時間がないのだ。


「……教皇様」


大地は、改めてルードリィを見つめた。


「エレナたちは、どれくらい危険な状況にあるんですか?」


ルードリィは、すぐには答えなかった。

幼い顔立ちに、年齢に似つかわしくない苦悩が浮かぶ。

やがて、彼は静かに口を開いた。


「ガルディは、エレノア殿下を利用するつもりでしょう」


「利用……?」


「はい。殿下は皇帝陛下の長女であり、次期皇帝の有力候補でもあります。その存在を利用すれば、皇帝陛下の権威を揺るがすことができる」


ルードリィは、机の上に置かれた書類へと目を落とした。


「そして、レイシス殿下も捕らえたとなれば、皇族の身柄を二人とも押さえたことになります。ガルディにとって、これほど都合のよい状況はありません」


「……っ」


「彼が何を企んでいるのか、正確には分かりません。しかし、これまでの動きを考えれば、皇帝陛下を追い落とし、皇国の実権を握ろうとしている可能性が高い」


大地は唇を噛んだ。

エレナが、また政治の道具にされようとしている。

ようやく自分の意思で生きようと決めた彼女が。

ようやく、自分の居場所を見つけた彼女が。


「……そんなこと、絶対にさせません」


大地の声は低かった。


「エレナは、誰かの野望を叶えるための道具なんかじゃない。彼女には、彼女自身の人生があるんです」


その言葉に、ルードリィは静かに目を細めた。


「……大地殿」


「俺は、彼女を助けに行きます。何があっても」


大地は一歩前に出た。


「でも、無謀に突っ込むつもりはありません。必要な情報を集めて、必ず助け出します」


その瞳には、確かな決意が宿っていた。

ルードリィは、しばらく大地を見つめていた。

そして、ゆっくりと頷いた。


「分かりました。私たちも、持てる力をすべて使いましょう」


「……ありがとうございます」


「マチュア殿」


「はいはい、分かってるわよ」


マチュアは、すでに真剣な表情へと変わっていた。


「うちの連中を総動員して、ガルディの屋敷周辺を洗い直すわ。裏門、地下通路、物資の搬入経路……使えそうなものは全部調べる」


「お願いします」


「ただし、ひとつだけ覚えておいて」


マチュアは大地を見つめた。


「ガルディは、私たちが思っている以上に用心深い狡猾な男よ。屋敷の中に何があるのか、誰がいるのか、簡単には掴ませてくれない。下手に動けば、こちらの存在を察知される可能性もあるわ」


「……分かったよ。ありがとうマチュア」


大地は頷いた。


「慎重に進めましょう」


ランドルフも同意するように頷いた。


「皇宮にも連絡を入れ、陛下と情報を共有します。ただし、連絡経路には十分注意しなければなりません」


「ええ。ガルディの息がかかった者が、どこに潜んでいるか分かりませんからね」


ルードリィは、静かに立ち上がった。

その小さな身体からは、先ほどまでの穏やかな少年らしさが消えていた。


「これ以上、彼の好きにはさせません」


教皇として。

そして、皇国の未来を憂う一人の人間として。

ルードリィの瞳には、強い意志が宿っていた。


「私はこれまで、教会内部の腐敗を正すために、できる限りの準備を進めてきました。ガルディを失脚させるための証拠も、少しずつ集まっています」


「それなら……」


大地は、わずかな希望を感じた。

しかし、ルードリィは首を横に振った。


「ですが、まだ足りないのです。彼を確実に追い詰めるには、決定的な証拠が必要になる。そして、そのために時間をかけている間に、エレノア殿下たちが何をされるか分かりません」


その言葉に、再び重い沈黙が落ちた。

これまで、教皇とレイシスは、エレナを暗殺や排除の対象にされないよう、慎重に立ち回ってきた。

ガルディの動きを探りながら、証拠を集め、権力を削ぎ、失脚へと追い込む。

それが、二人の描いていた計画だった。

だが、今やその計画は大きく崩れかけている。

エレナも、レイシスも、敵の手に落ちた可能性が高い。

ガルディが次の一手を打つまで、どれだけの時間が残されているのか。

誰にも分からなかった。


「……急がないと」


大地は、静かに呟いた。

脳裏に浮かぶのは、温泉宿で見せてくれたエレナの笑顔だった。

朝食の準備を手伝ってくれたときの、少し照れた表情。

仲間たちと笑い合っていたときの、穏やかな眼差し。

そして、夜に二人きりで過ごした時間。

そのすべてが、大地にとって何よりも大切なものだった。


「必ず、助け出します」


大地は顔を上げた。


「エレナも、レイシス殿下も。絶対に、二人とも無事に連れ戻します」


その言葉に、ランドルフは力強く頷いた。


「私も全力を尽くします、大地殿」


マチュアも、いつもの軽い笑みを消したまま答えた。


「任せて。盗賊ギルドの情報網を甘く見ないでちょうだい」


そして、ルードリィは静かに告げた。


「それでは、行動を開始しましょう」


◇


盗賊ギルドの隠れ家を出ると、皇都の空はすっかり冬の夕暮れに染まっていた。

通りを行き交う人々は、これから訪れる危機など知る由もなく、いつもと変わらない日常を過ごしている。


大地は、遠くに見えるガルディ枢機卿の屋敷へと視線を向けた。

あの場所に、エレナがいるかもしれない。

そして、レイシスも。


「……待ってろよ、エレナ」


誰にも聞こえないほど小さな声で、大地は呟いた。


「今、助けに行くからな」


冬の風が、頬を冷たく撫でていく。

しかし、大地の胸に燃える決意が揺らぐことはなかった。


教皇ルードリィ。

盗賊ギルドの頭、マチュア。

そして、皇帝フェルキアとランドルフ。

これまで別々に動いていた者たちが、今、一つの目的のために手を組もうとしていた。

ガルディ枢機卿を追い詰め、教皇派の陰謀を暴く。


そして、囚われた二人の皇女を救い出す。

残された時間は、決して多くない。

大地たちは、迫り来る決戦に向けて動き始めた。


その先に待ち受けるものが、どれほど過酷なものであろうとも――。

大地は、決して退くつもりはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。