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異世界温泉宿経営♨️ 〜「戦闘スキルをください!とお願いした女神がくれたのは、まさかの“銭湯スキル”でした〜  作者: 回胴めぐり


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【第114話】皇宮への道


ハイデンベルク皇国、皇都の正門前。


「第一皇女殿下がお戻りになったぞ!」


門兵の声が響き渡る。


エレナが自らの身分を明かしてから、門の周囲は慌ただしい空気に包まれていた。


衛兵たちは一斉に姿勢を正し、彼女の前に膝をつく。


「殿下! ご無事のお帰り、心よりお喜び申し上げます!」


「ありがとうございます。皆さんも、どうか顔を上げてください」


エレナは穏やかな声で応じた。


ようやく、帰ってきた。


懐かしい皇都。


そして、この国の中心にそびえる皇宮。


長い旅路の果てに、ようやく父のもとへ帰ることができたのだ。


もちろん、これから先に待ち受けている問題が簡単に解決するとは思っていない。


教皇派との対立も、白銀の髪を持つ者への偏見も、何一つ解決してはいないのだから。


それでも、まずは父と話し合いたかった。


自分がこれまで何を考え、何のために戻ってきたのか。


そして、皇国をどのような国にしたいのか。


それを伝えなければ、何も始まらない。


「殿下。騎士団が到着いたしました」


門兵の一人が告げると、正門の奥から数人の騎士が姿を現した。


先頭を歩くのは、銀色の鎧に身を包んだ騎士だった。


彼はエレナの姿を認めると、すぐさま片膝をついた。


「エレノア・フォン・ハイデンベルク殿下。お迎えに上がりました」


「ご苦労様です。皇宮まで案内していただけますか?」


「もちろんでございます。陛下も、殿下のお帰りをお待ちになっていることでしょう」


その言葉に、エレナの表情がわずかに和らいだ。


「……そうだと嬉しいです」


父に会うのは、いつ以来だろう。


最後に顔を合わせたときのことを思い出し、エレナはそっと目を伏せた。


父は、厳しかったが、いつも自分のことを気にかけてくれていた。


白銀の髪を理由に周囲から忌み嫌われていた幼い頃も、父だけは彼女を娘として愛してくれた。


だからこそ、今回の帰還を喜んでくれると信じたかった。


「では、こちらへ。馬車をご用意しております」


騎士が手を差し向ける。


そこには、皇族の紋章が刻まれた立派な馬車が停められていた。


エレナが旅に使っていた馬車とは比べものにならないほど上等な造りで、扉には精緻な装飾が施されている。


「わざわざ、ありがとうございます」


「滅相もございません。殿下をお迎えするのは、我ら騎士団の務めでございます」


騎士は恭しく頭を下げた。


その姿を見て、エレナはようやく胸の奥に張り詰めていたものが緩んでいくのを感じた。


皇都に戻れば、少なくとも皇族としての立場は守られる。


そして、父と直接話すことができれば、教皇派の好き勝手な振る舞いにも歯止めをかけられるかもしれない。


「……よろしくお願いします」


エレナは馬車へ乗り込んだ。


扉が閉じられる直前、先頭の騎士が門兵へ目を向けた。


ほんの一瞬。


互いの視線が交わる。


門兵は周囲に気づかれないほど小さく頷いた。


「……予定どおり、進めろ」


騎士が声を潜めて呟く。


「承知しております。間もなく到着するとお伝えください」


門兵もまた、口元をほとんど動かさずに答えた。


そのやり取りは、馬車の扉が閉じる音にかき消された。


車内にいるエレナは、馬車に漂う重苦しい雰囲気に、何も気づいていなかった。


馬車がゆっくりと動き始める。


窓の外には、懐かしい皇都の街並みが流れていった。


石畳の道。


立ち並ぶ商店。


行き交う人々の姿。


幼い頃に見慣れていた景色が、少しずつ目の前を通り過ぎていく。


「……変わっていませんね」


思わず、そんな言葉が漏れた。


もちろん、細かなところは変わっている。


知らない店も増えているし、建物の外観も以前とは違うものがあった。


それでも、この街に流れる空気は懐かしかった。


エレナは窓の外を眺めながら、静かに息を吐いた。


「……変わらない街並み。この景色を守らないといけない。例え命を賭しても…」


そして、次に思い浮かんだのは、遠く離れた場所にいる大地の顔だった。


温泉宿で過ごした日々。


皆と食卓を囲んだ時間。


何気ない会話の中で、何度も笑わせてくれたこと。


そして、月明かりの下で交わした約束。


『もう、一人で抱え込まなくていい』


その言葉を思い出すと、胸が少しだけ温かくなった。


「……ダイチさん」


今すぐ、会いたい。


そう思う気持ちは、今も変わらない。


けれど、今はまだ帰れない。


自分が皇国でやるべきことを果たさなければ、胸を張って彼のもとへ戻ることはできないのだから。


「もう少しだけ、待っていてくださいね」


エレナは小さく呟いた。


そのときだった。


馬車が、大きく揺れた。


「……っ?」


エレナは座席に手をついた。


続いて、車輪が石畳を踏みしめる音が弱まり、馬車の速度が落ちていく。


「……どうしたのでしょう?」


窓の外へ視線を向けたが、周囲の様子はよく見えなかった。


やがて、馬車が完全に停止する。


「……何かあったのですか?」


エレナが声をかけても、御者から返事はなかった。


代わりに聞こえてきたのは、荒々しい男たちの怒鳴り声だった。


「おい! 大人しくしろ!」


「抵抗するんじゃねえぞ!」


直後、馬の嘶きと激しい物音が響き渡った。


「何事ですか!」


エレナは扉に手をかけた。


だが、その瞬間。


――ガンッ!


外側から、扉が激しく叩かれた。


「殿下! ご安心ください! 盗賊の襲撃です!」


聞こえてきたのは、先ほどまで自分を案内していた騎士の声だった。


「盗賊……!?」


エレナは息を呑んだ。


皇都の中で、皇族の馬車が襲われるなど、普通なら考えられない。


いったい、何が起きているのだろう。


「殿下はそのまま馬車の中に! 我らが必ずお守りいたします!」


騎士の声が響いた直後、再び激しい金属音が鳴り響いた。


剣と剣がぶつかり合う音。


男たちの怒号。


そして、何かが地面に倒れる音。


エレナは唇を噛みしめた。


自分も魔法を使って戦うことはできる。


だが、馬車の中では思うように身動きが取れない。


外の状況がわからない以上、むやみに飛び出すわけにもいかなかった。


そのとき、馬車の扉が乱暴に開かれた。


「……っ!」


エレナは身構えた。


そこに立っていたのは、黒い外套をまとった女だった。


長い髪を後ろでまとめ、腰には短剣を差している。


その目は鋭く、口元には不敵な笑みが浮かんでいた。


「見つけた。あんたが第一皇女様だね?」


「……あなたは?」


「おっと、自己紹介してる暇はないんだ。悪いけど、ちょっと付き合ってもらうよ」


女が馬車の中へ手を伸ばす。


「待ちなさい! 私はハイデンベルク皇国の第一皇女です! このようなことをして、ただで済むと思っているのですか!」


エレナは毅然と告げた。


しかし、女はまるで気にした様子もなく、肩をすくめた。


「そりゃあ、ただじゃ済まないだろうね。でも、あんたをこのまま連れていかれるわけにはいかないんだよ」


「何を……!」


女がエレナの腕を掴もうとした瞬間、エレナは素早く身を引いた。


「――静かなる光よ。我が意に従い、彼の者を阻め!」


詠唱と同時に、エレナの周囲に魔力が集まる。


白い光が指先に宿り、馬車の狭い空間を照らした。


次の瞬間、光の奔流が女へ向かって放たれる。


「へえ……! さすがは第一皇女様。話に聞いていたとおりだね!」


女は驚いたように目を見開いたが、すぐに身を翻して魔法をかわした。


光が馬車の壁をかすめ、外壁に大きな焦げ跡を残す。


「でも、ちょっと遅い!」


女は一気に間合いを詰めた。


エレナはすぐさま次の魔法を放とうとしたが、女の動きは想像以上に速かった。


手首を押さえられ、詠唱を妨げられる。


「くっ……!」


「悪いね。あんたに大暴れされると、こっちも困るんだ」


女の声が近くで響く。


エレナは残った力を振り絞り、相手を振りほどこうとした。


しかし、女は体勢を崩すどころか、空いた手でエレナの首筋に素早く手を伸ばした。


「少し眠っててもらうよ」


「……っ、離……し……」


エレナの意識が急速に遠のいていく。


視界がぼやけ、身体から力が抜けていった。


最後に見えたのは、不敵な笑みを浮かべる女の顔だった。


「安心しな。命までは取らないさ」


その言葉を聞いたところで、エレナの意識は闇に沈んだ。


◇


「撤収だ! 目的は確保した!」


女の声を合図に、盗賊団が一斉に動き出した。


騎士たちとの交戦を切り上げ、次々とその場から離脱していく。


「待て! 皇女殿下をお返ししろ!」


背後から騎士の叫び声が聞こえる。


だが、女は振り返りもしなかった。


気を失ったエレナを抱きかかえ、あらかじめ用意していた馬へ飛び乗る。


「悪いね! また今度!」


馬が石畳を蹴り、勢いよく走り出した。


その後を、盗賊団の仲間たちが続いていく。


しばらくして、彼らは皇都の中心部から離れた貴族街へと入った。


高い塀に囲まれた屋敷が立ち並ぶ区画。


その一角に、女が目指していた場所があった。


「……よし、到着だ」


女は馬を止めた。


目の前にあるのは、立派な門構えの屋敷。


門の脇には、ハイデンベルク皇族の紋章が刻まれていた。


女は気を失ったエレナを抱えたまま、門の前へ歩み寄る。


「マチュアだよ。中へ入れておくれ」


門番が一瞬だけ目を見開き、すぐに門を開いた。


「お待ちしておりました」


「ご苦労さん。ちょっと急ぎなんだ。道を空けておくれ」


マチュアは慣れた様子で屋敷の中へ入っていった。


その姿を見送った門番は、誰にも聞こえないほど小さく呟いた。


「……これで、ひとまずは」


その言葉の意味を知る者は、まだ誰もいなかった。


◇


「……ん……」


どれほど時間が経ったのだろう。


エレナは、ゆっくりと目を開けた。


ぼんやりとした視界の中に、見慣れない天井が映る。


「……ここは……?」


身体を起こそうとすると、頭に鈍い痛みが走った。


「……っ」


エレナは額に手を当て、しばらく目を閉じた。


確か、皇宮へ向かう馬車に乗っていたはずだ。


突然、盗賊団に襲われて……。


そうだ。


黒い外套の女が馬車に乗り込んできた。


自分は魔法で迎撃しようとしたが、動きを封じられ、そのまま意識を失ったのだ。


「……盗賊は……?」


エレナは周囲を見渡した。


そこは、整えられた寝室だった。


柔らかな寝具。


窓辺に置かれた花瓶。


壁に掛けられた絵画。


盗賊の隠れ家とは思えないほど、上品で落ち着いた部屋だった。


そして、部屋の隅に置かれた小さな机を見た瞬間、エレナの表情が凍りついた。


「……え?」


机の上には、見覚えのある装飾品が置かれていた。


幼い頃、妹の誕生日に父が贈ったものだ。


それだけではない。


窓の外に見える庭の景色も、記憶の中にあるものと重なっていた。


エレナは慌ててベッドから降り、窓辺へ駆け寄った。


そこから見えたのは、広い庭園と、その奥にそびえる白亜の屋敷。


間違いない。


ここは――。


「……レイシスの、別宅……?」


思わず声が震えた。


なぜ、自分がここにいるのだろう。


あの盗賊の女は、いったい何者なのか。


そして、妹は自分がここに運ばれてきたことを知っているのだろうか。


考える間もなく、部屋の扉が開いた。


「……目が覚めたのですね」


そこに立っていたのは、淡い金色の髪をした女性だった。


エレナが、誰よりもよく知っている顔。


「……レイシス」


妹の名を呼ぶ。


だが、レイシスは姉の顔を見ても、微笑むことはなかった。


ただ、冷たい目でエレナを見つめていた。


まるで、目の前にいるのが姉ではなく、厄介な客人であるかのように。


「……どうして、あなたがここに?」


エレナは呆然としたまま、妹を見つめた。


レイシスは答えず、背後に控えていた侍女へ視線を向けた。


「この方を部屋から出さないように。食事と必要なものは届けて構いませんが、外へ出ることは許しません」


「かしこまりました」


「……待って、レイシス!」


エレナは慌てて妹へ歩み寄ろうとした。


「私は皇宮へ急いで戻らないといけないの! お父様に会わなければならないのです!」


レイシスは足を止めた。


しかし、振り返ろうとはしなかった。


「……レイシス、お願いだから行かせて!」


必死に訴えるエレナの声が、部屋に響く。


それでも、妹は何も答えなかった。


「……あのまま、姿を消していればよかったのに」


レイシスが、誰にともなく呟いた。


その声は小さく、エレナには聞き取れなかった。


「……何ですって?」


エレナが問い返す。


レイシスは、ゆっくりと振り返った。


その瞳に宿っていたのは、幼い頃の面影を感じさせないほど冷たい光だった。


「……お姉様。今は、何も聞かずにお部屋でお過ごしください」


「レイシス……」


「それが、お姉様のためです」


そう言い残し、レイシスは部屋を出ていった。


――ガチャリ。


扉が閉じ、鍵のかかる音が響く。


エレナは、その場に立ち尽くした。


盗賊に襲われ、意識を失い、目を覚ましたら妹の別宅にいた。


そして、妹は自分を部屋に閉じ込めた。


これでは、まるで――。


「……教皇派に、捕らえられてしまった……?」


エレナの胸に、冷たい不安が広がっていく。


レイシスは、教皇派に与している。


そう考える以外に、今のエレナには答えが見つからなかった。


窓の外では、夕暮れの光がゆっくりと薄れていく。


皇宮へ帰るはずだった道は、突然閉ざされてしまった。


そしてエレナはまだ知らない。


自分を襲った盗賊団が、なぜこの屋敷へ運んできたのか。


そのすべての裏側で、枢機卿の陰謀が静かに動き始めていることを。

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