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異世界温泉宿経営♨️ 〜「戦闘スキルをください!とお願いした女神がくれたのは、まさかの“銭湯スキル”でした〜  作者: 回胴めぐり


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【第112話】旅立ちの朝


『大地の湯宿』の自室。


大地は、ベッドの上に広げた荷物を前に、出立の準備を進めていた。


着替えに、食料。それから、道中で必要になりそうな道具をアイテムボックスへと収納していく。


ハイデンベルク皇国までの道のりは長い。


しかも、ランドルフの話によれば、エレナを狙う教皇派がどのような行動に出るかもわからないという。


何が起きても対応できるよう、できる限りの準備をしておく必要があった。


「……よし。こんなものか」


ひと通りの荷造りを終え、大地は小さく息を吐いた。


明日の早朝には出発する。


ようやくエレナのもとへ向かえるのだ。


それなのに、胸の奥には期待だけでなく、言いようのない不安も渦巻いていた。


彼女は今、何をしているのだろう。


無事でいてくれているだろうか。


もし、本当に自分の命を犠牲にするつもりなら――。


「……いや」


大地は、かぶりを振った。


悪い想像ばかりしていても仕方がない。


今は、一刻も早く彼女のもとへ向かうことだけを考えよう。


そう思ったときだった。


コンコン。


控えめなノックの音が響いた。


「……どうぞ」


「失礼します、ダイチ様」


扉を開けて入ってきたのは、セリーナだった。


いつものように整った身なりをしているが、その表情にはどこか張り詰めたものがある。


「セリーナ? どうしたんだ?」


「……明日、ハイデンベルクへ向かわれるのですよね?」


「ああ。そのつもりだよ」


大地が答えると、セリーナは一度だけ深呼吸をした。


そして、まっすぐに彼を見つめる。


「私も同行します」


「……え?」


「アーベル商会が持つ人脈も、資金も、各国に築いた商路も、使えるものはすべて使います。教皇派がどれほど強大な勢力であろうと、必ず解決してみせますわ」


その声には、商会の娘として培ってきた自信と、大地を想う強い気持ちが込められていた。


「私だって、何もできないわけではありません。情報を集めることも、交渉することも、資金を動かすこともできます。ダイチ様のお役に立てるはずです」


「……セリーナ」


「それに……」


セリーナは、ほんの少しだけ視線を落とした。


「ダイチ様まで、エレナ様のもとから帰ってこられなかったら……私、どうしたらいいのかわかりません」


その言葉に、大地の胸が締めつけられた。


彼女もまた、エレナを大切に思っている。


そして、大地のことも心から心配してくれているのだ。


だからこそ、一緒に来ようとしている。


大地はゆっくりとセリーナに近づくと、その身体をそっと抱き寄せた。


「……っ、ダイチ様?」


突然のことに、セリーナが小さく息を呑む。


大地は彼女を抱きしめたまま、静かに口を開いた。


「ありがとう。俺のために、そこまで考えてくれて」


「……でしたら」


「でも、今回は駄目だ」


セリーナの身体が、ぴくりと揺れた。


「……どうしてですか?」


「セリーナには、ここに残ってほしいんだ」


大地は、彼女の顔を見つめた。


「俺がいない間、この街と旅館を守ってほしい」


「……私が?」


「ああ」


大地は、はっきりと頷いた。


「ドーゴは、これからもっと大きな街になっていく。旅館だって、これから先、もっとたくさんのお客さんを迎えることになるだろう」


街の発展には、商人たちとのつながりが欠かせない。


物資の流通も、店の経営も、街の人々の暮らしも、すべてが密接につながっている。


そして、その中心で動いてくれていたのがセリーナだった。


「今のドーゴには、セリーナが必要なんだ。商会とのつながりを持っていて、街のことも旅館のこともよく知っている。俺が安心して任せられるのは、セリーナしかいない」


「……ダイチ様」


「街長として、みんなを守ってほしい」


その言葉に、セリーナは目を見開いた。


やがて、彼女の瞳にじわりと涙が浮かぶ。


「……そんなふうに言われたら、何も言い返せませんわ」


「ごめんな。でも、本当にそう思ってるんだ」


「……ずるいです」


セリーナは、大地の胸に顔を埋めた。


「そんな大切な役目を任されたら……ここに残るしかないではありませんか」


「うん。頼りにしてるよ」


しばらくの間、二人はそのまま抱き合っていた。


やがて、セリーナがゆっくりと顔を上げる。


「……必ず、戻ってきてくださいね」


「ああ。必ず戻る」


「約束ですよ?」


「約束する」


大地が微笑むと、セリーナも涙を拭いながら微笑んだ。


「……わかりました。では、私は私にできることをいたします」


「ああ。頼んだよ」


「ダイチ様が戻ってこられたとき、今よりもっと素晴らしい街にしておきますから」


「……楽しみにしてる」


最後にもう一度、二人は強く抱きしめ合った。


やがてセリーナは、大地の胸からそっと離れる。


「それでは、失礼します。明日は、皆でお見送りしますわ」


「ああ。ありがとう、セリーナ」


セリーナは扉の前で一度振り返り、名残惜しそうに大地を見つめた。


けれど、何も言わずに小さく微笑むと、静かに部屋を出ていった。


閉じた扉を見つめながら、大地は小さく呟いた。


「……みんなに、心配かけっぱなしだな」


それでも、前に進まなければならない。


エレナを連れ戻すために。


そして、ここで待ってくれている皆のもとへ、必ず帰ってくるために。


◇


それから、しばらくして。


再び、部屋の扉がノックされた。


「……ダイチ。入っていい?」


聞き慣れた声だった。


「リゼか。どうぞ」


扉を開けて入ってきたのは、リゼだった。


普段と変わらない無表情に見える。


しかし、その瞳の奥には、隠しきれない不安が滲んでいた。


「……明日」


「ああ」


「……私も行く」


短い言葉だった。


けれど、そこには強い意志が込められていた。


「エレナも心配だし……ダイチのことも心配」


リゼは、まっすぐに大地を見つめた。


「二人とも、無事に帰ってこられるとは限らない。だったら、私も一緒に行って守る」


彼女は元Aランク冒険者だ。


数々の死線をくぐり抜け、生き残ってきた経験がある。


戦闘能力だけを考えれば、同行することには大きな意味があるだろう。


それでも、大地は静かに首を横に振った。


「……リゼ。今回は、ここに残ってほしい」


「……どうして?」


「この街に何かあったとき、みんなを守ってほしいんだ」


大地はリゼのそばまで歩み寄り、その身体を優しく抱き寄せた。


「この前の魔物の襲撃だってそうだ。俺たちがここを離れている間に何か起きたら、みんなを守れる人が必要になる」


「……それは…」


「もちろん、みんな頼りになる。でも、リゼにしかできないこともあるんだ」


大地は、彼女の背中にそっと手を回した。


「それに……旅館には、リゼの料理を楽しみにしているお客さんがたくさんいるだろ?」


「……料理?」


思いがけない言葉に、リゼが小さく首を傾げる。


「ああ。リゼの料理を食べるために来てくれる人もいる。リゼが作る料理は、もうこの旅館に欠かせないものなんだ」


「……そう、なの?」


「そうだよ」


大地は、少しだけ笑った。


「だから、ここでみんなを支えていてほしい。俺が安心して帰ってこられる場所を、守ってほしいんだ」


リゼは何も言わなかった。


ただ、大地の胸に額を寄せ、服をぎゅっと握りしめていた。


やがて、彼女はゆっくりと顔を上げる。


「……わかった」


「ああ。ありがとう」


「……でも、一つだけ」


そう言って、リゼは懐から何かを取り出した。


それは、古びた小さな御守りだった。


布地はところどころ擦り切れ、縫い目もほつれている。長い年月を経て、何度も手に取られてきたことがわかる品だった。


「……これを、持っていって」


「これは?」


「冒険者の御守り。昔、私が使っていたもの」


リゼは、御守りを大地の手のひらにそっと載せた。


「冒険者の間では、こういう御守りを持っていると、無事に帰ってこられるって言われてる。……もちろん、ただの言い伝えだけど」


彼女は一度言葉を切り、視線を落とした。


「でも、私が持っていたときは……何度も、生きて帰ってこられた」


リゼの声は、いつもより少しだけ弱かった。


「……だから、ダイチにも持っていてほしい」


大地は、手の中の御守りを見つめた。


使い古された布地には、彼女が冒険者として生きてきた時間が刻まれている。


仲間を失い、一人で生き残り、それでも前に進んできたリゼ。


そんな彼女が、自分に託してくれたものだった。


「……ありがとう。大切にするよ」


大地は御守りをしっかりと握りしめた。


「必ず、持って帰ってくる」


「……違う」


リゼが、小さく首を横に振った。


「御守りだけじゃない。ダイチも……生きて、必ず帰ってきて」


その瞳が、わずかに揺れた。


いつもは感情を表に出さない彼女が、今は必死に涙をこらえている。


大地は、もう一度リゼを強く抱きしめた。


「……ああ。必ず戻る」


「……約束」


「約束だ」


リゼは、大地の胸に顔を埋めたまま、小さく頷いた。


二人はしばらくの間、何も言わずに抱き合っていた。


やがてリゼは、ゆっくりと身体を離す。


「……待ってる」


「ああ」


それだけ言うと、彼女は静かに部屋を出ていった。


大地は、手の中の御守りをもう一度見つめる。


そして、それを失くさないよう、アイテムボックスの中でもすぐに取り出せる場所へと大切にしまった。


◇


日が傾き始めた頃。


またしても、部屋の扉が勢いよく開かれた。


「おい、ダイチ!」


「……ミレッタ?」


入ってきたミレッタは、何やら大きな袋を抱えていた。


その表情は、いつもどおり少し不機嫌そうだ。


「ほら、これ。持ってけ」


そう言って、彼女は袋を大地の胸に押しつけた。


「……何だ、これ?」


「温泉のポーション。ストックしてた分を二十本入れてある」


「二十本も?」


大地が袋の中を覗くと、瓶に詰められたポーションがぎっしりと並んでいた。


「戦闘前に必ず飲んで強化しろよ。いざというときのために、余分に作っておいたんだ」


「……ありがとう。助かるよ」


「礼はいい。それと、こっちもだ」


ミレッタは、今度は布に包まれた何かを差し出した。


大地が受け取り、布を開く。


そこにあったのは、一対の黒いグローブだった。


手の甲と拳の部分には、鈍い銀色の金属が組み込まれている。手首から指先にかけては頑丈な革で覆われており、見た目以上に軽そうだった。


「……グローブ?」


「戦闘用だ。お前、いつも素手で殴ってるだろ」


「まあ、そうだけど……」


「だったら、少しは装備を整えろって話だよ」


ミレッタは腕を組み、得意げに鼻を鳴らした。


「拳と甲にはオリハルコンを使ってる。剣で斬りかかられても、うまく受ければ刃を弾けるし、魔法も弾けるように加工してる。拳を叩きつけたときには衝撃を増幅する仕組みも組み込んである」


「……オリハルコンって、あの?」


「そうだよ。貴重な素材なんだから、絶対に失くすんじゃねえぞ」


大地は、思わずグローブを持ち上げて眺めた。


見た目は無骨だが、細部まで丁寧に作り込まれている。手に合わせたような形状で、握り込んでも指の動きを邪魔しない。


魔道具技師としてのミレッタの腕が、存分に発揮された一品だった。


「……すごいな。こんなもの、いつ作ったんだ?」


「……別に」


ミレッタが、ぷいと顔を背けた。


「いつか渡そうと思って、隠れて作ってただけだよ」


「……俺のために?」


「ほかに誰がいるんだよ!」


ミレッタは、顔を赤くして声を荒らげた。


「お前は自分の身体の頑丈さを過信しすぎなんだよ! いくら身体能力が上がってたって、武器も防具もなしに戦い続けるなんて馬鹿げてるだろ!」


「……ああ。そうだな」


大地は、グローブをそっと握りしめた。


「ありがとう、ミレッタ。大切に使うよ」


「……ふん。わかればいいんだよ」


ミレッタは顔を背けたまま、そそくさと扉へ向かった。


「じゃあ、私はもう行くから。明日は早いんだろ。さっさと寝ろよ」


足早に家から出ていこうとするミレッタ。


大地は、彼女の背後に歩み寄ると、その身体を後ろからそっと抱きしめた。


「……っ!」


ミレッタの肩が、大きく跳ねた。


「な、何すんだよ! いきなり!」


「……ありがとう」


大地は、彼女の背中に腕を回したまま、静かに言った。


「ポーションも、グローブも。本当に助かるよ」


「……だから、礼なんていいって……」


「それと……」


大地は、少しだけ腕に力を込めた。


「殴ってくれて、ありがとう」


「…………」


「お前のおかげだよ。俺、自分がどれだけ馬鹿なことをしてたのか、ようやく気づけたんだ」


あの日、何もかも投げ出すように仕事へ逃げ込んでいた自分を、ミレッタは真正面から叱ってくれた。


言葉だけでは届かないとわかっていたからこそ、彼女は拳を振るったのだろう。


その痛みがあったから、今の自分がいる。


「……本当に、ありがとう」


大地がそう告げたときだった。


ミレッタの身体が、小さく震えた。


「……っ、馬鹿」


かすれた声が聞こえた。


「……本当に、馬鹿なんだから……」


大地は、彼女の顔を覗き込もうとした。


だが、ミレッタは顔を伏せたまま、両手で目元を覆っていた。


「……ミレッタ?」


「見るなよ……!」


その声は、涙で濡れていた。


「……泣いてなんかねえからな。ちょっと、目にゴミが入っただけだ……!」


「……ああ。そうだな」


大地は、それ以上、何も言わなかった。


ただ、彼女が落ち着くまで、静かに抱きしめ続けた。


やがてミレッタは、大地の胸を軽く押して離れた。


「……もう、いいだろ」


「ああ」


ミレッタは、顔を背けたまま、しばらく黙っていた。


そして、扉に手をかけたところで、ぽつりと呟いた。


「……なあ、ダイチ」


「ん?」


「……また、会えるよな?」


その声は、いつもの彼女からは想像できないほど弱々しかった。


大地は、迷うことなく答えた。


「……ああ。必ず戻る」


「……絶対だからな」


「約束する」


ミレッタは、小さく頷いた。


「……じゃあ」


今度こそ、彼女は部屋を出ていった。


扉が閉まったあとも、大地はしばらくその場に立ち尽くしていた。


セリーナも、リゼも、ミレッタも。


みんな、自分を心配してくれている。


自分が帰ってくる場所を守ろうとしてくれている。


だからこそ、絶対に帰らなければならない。


エレナを連れて、この街へ。


みんなが待つ、この旅館へ。


大地は、ミレッタから受け取ったグローブを両手にはめてみた。


指を握り込むと、手にぴたりと馴染む。


「……よし」


彼は、静かに拳を握りしめた。


明日、ハイデンベルク皇国へ向かう。


どれほどの危険が待ち受けていようとも、もう迷わない。


大切な人を、一人にはしないために。


◇


翌日の早朝。


まだ夜明けの気配が残る『湯の都ドーゴ』には、ひんやりとした空気が漂っていた。


『大地の湯宿』の正面口には、すでに一頭の馬が引かれていた。


その手綱を握っているのは、ハイデンベルク皇国の騎士、ランドルフだ。


「……準備は整っております」


「ありがとう、ランドルフさん」


大地は、背負った荷物を確かめながら頷いた。


腰には、ミレッタから受け取ったグローブが装着されている。ポーションもアイテムボックスに収納済みだ。


そして、リゼから託された古い御守りも、すぐに取り出せる場所にしまってある。


忘れ物はない。


あとは、出発するだけだった。


そのとき、旅館の扉が開いた。


「旦那様ぁ……!」


真っ先に駆け寄ってきたのは、ミーナだった。


その後ろから、リリィとフォルナも姿を現す。


さらに、セリーナ、リゼ、ミレッタ、ユーノ、そしてユズキも続いた。


どうやら、皆で見送りに来てくれたらしい。


「みんな……」


大地は、思わず笑みを浮かべた。


「こんな朝早くから、ありがとう」


「当たり前です!」


ミーナは、目元を赤くしながら声を張り上げた。


「旦那様がエレナお姉様を連れて帰ってくるまで、私たちがこの旅館をしっかり守りますから!」


「……お食事も、お部屋も、いつもどおり準備しておきますねぇ……」


リリィが、柔らかな笑みを浮かべる。


「旦那様……どうか、ご無事でお帰りください」


フォルナも、ぎゅっと拳を握りしめていた。


「……ああ。みんな、頼んだよ」


大地が頷くと、セリーナが一歩前へ出た。


「街のことは、私にお任せください。ダイチ様が帰ってこられたとき、安心して暮らせる場所を守ってみせます」


「ああ。頼りにしてるよ」


「……必ず、エレナさんを連れて帰ってきてくださいね」


「ああ。約束する」


セリーナは、涙をこらえながら微笑んだ。


続いて、リゼが大地の前に立つ。


「……御守り、持った?」


「ああ。ちゃんと持ってるよ」


「……なら、いい」


リゼは一瞬だけ大地を見つめ、それから小さく頷いた。


「……待ってる」


「うん。必ず帰る」


その隣では、ミレッタが腕を組んでいた。


「おい、ダイチ。グローブ、ちゃんと使えよ。素手で無茶するんじゃねえぞ」


「わかってるって」


「本当かよ……」


ミレッタは呆れたようにため息をついた。


けれど、その目元は少し赤い。


「……帰ってきたら、ちゃんと感想を聞かせろよ。そいつ、まだ改良の余地があるんだからな」


「ああ。楽しみにしてるよ」


「……ふん」


ミレッタは顔を背けた。


ユーノも、大地の服の裾をそっと握っていた。


「……ダイチ。エレナ、つれてかえる?」


「ああ。必ず連れて帰ってくるよ」


「……やくそく?」


「約束だ」


大地がしゃがんで目線を合わせると、ユーノは安心したように小さく頷いた。


足元では、ユズキが尻尾を振りながら、大地の手に鼻先を押しつけてくる。


「お前も、みんなを頼んだぞ」


大地が頭を撫でると、ユズキは「くぅん」と小さく鳴いた。


皆の顔を見渡す。


ここには、自分が守りたいものがある。


一緒に働いてきた仲間たち。


苦楽を共にした大切な人たち。


そして、エレナが帰ってくるべき場所がある。


大地は、深く息を吸い込んだ。


「……それじゃあ、行ってくる」


「いってらっしゃい、旦那様!」


「……気をつけてな、ダイチ」


「……絶対、帰ってきてね」


皆の声が、朝の静けさの中に響いた。


大地は、もう一度、全員に向かって頷いた。


そして、ランドルフが引く馬のもとへ歩いていく。


「……行きましょう、ダイチ殿」


「ああ。お願いします」


大地は馬に乗り、手綱を握った。


振り返ると、旅館の正面口には、仲間たちが並んで立っていた。


誰もが、不安を抱えながらも、彼を信じて送り出そうとしてくれている。


大地は、そんな彼らに向かって、力強く手を振った。


「……行ってくる!」


馬がゆっくりと歩き出す。


やがて、その歩みは少しずつ速くなり、街道へと向かっていった。


目指すは、ハイデンベルク皇国。


エレナが、一人で運命に立ち向かおうとしている場所。


大地は、胸の中でそっと呟いた。


――待ってろよ、エレナ。


――今度は、俺がそばにいる。


朝日が、遠くの山々の向こうから昇り始めていた。


その光に照らされながら、大地とランドルフは、皇国へと続く道を進んでいく。


大切な人を取り戻すための、新たな旅が始まった。

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