【第107話】月夜の誓い
勝利の宴は、夜遅くまで続いた。
食堂には最後まで笑い声が響き、冒険者たちは互いの健闘を称え合い、街の兵士たちも杯を交わしていた。
戦いの疲れは残っている。それでも、誰もが無事に今日を乗り越えられたことを喜んでいた。
やがて、宴も終わりの時間を迎える。
「いやあ、本当に今日は大変な一日だったな」
「まったくだ。まさか、あんな化け物みたいな魔族と戦うことになるとは思わなかったぜ」
「それでも、俺たちは勝ったんだ。今夜くらいは、胸を張って帰ろうじゃないか!」
そんな会話を交わしながら、冒険者たちは一人、また一人と宿を後にしていった。
街の兵士たちも、翌日の警備や復旧作業に備えて、それぞれの持ち場や自宅へと戻っていく。
最後の客を見送った大地は、ふうっと息を吐いた。
「……終わったな」
「はい。皆さん、本当に楽しそうでしたね」
隣に立つエレナが、穏やかな笑みを浮かべる。
「うん。みんなが笑ってくれているのを見ると、頑張ってよかったって思うよ」
「ふふっ。ダイチさんらしいですね」
「そうかな?」
「はい。いつだって、自分のことよりも周りの人たちのことを考えていらっしゃいますから」
「いや、そんな立派な人間じゃないよ」
大地は照れくさそうに頭を掻いた。
「ただ……自分の大切な人たちには、笑っていてほしいだけだ」
その言葉に、エレナは一瞬だけ目を伏せた。
「……そうですね」
小さく答えた彼女の表情には、どこか寂しげな影が差していた。
けれど、大地はそれに気づかなかった。
「よし、後片付けを済ませて帰ろう。さすがに今日は疲れたよ」
「はい。私もお手伝いしますね」
二人は食堂へ戻り、残された食器を片付け始めた。
リゼとリリィが使った調理器具を整理し、ミーナたちがまとめてくれていた食器を洗い場へ運ぶ。テーブルを拭き、椅子を整え、明日の営業に支障がないように確認していく。
戦いの前と同じように、二人で力を合わせて働く時間。
それは、何気ない日常そのものだった。
「……こうしていると、今日あんなことがあったのが嘘みたいだな」
大地が、食器を棚に戻しながら呟いた。
「本当ですね。朝は、いつも通りの一日が始まると思っていました」
「俺もだよ。まさか、あんな強い魔族と戦うことになるなんてな……」
大地は苦笑した。
「もう、あんな経験はこりごりだ」
「……私もです」
エレナはそう答えながら、大地の横顔を見つめた。
今日、彼は命を懸けて戦った。
何度も攻撃を受け、倒れそうになりながらも、最後には自分たちの街を守り抜いた。
もし、あの戦いで大地が命を落としていたら。
そう考えるだけで、エレナの胸は張り裂けそうになる。
「……ダイチさん」
「ん?」
「……いえ。何でもありません」
エレナは、いつもの微笑みを浮かべた。
「早く帰りましょう。今日は、ゆっくり休んでくださいね」
「そうだな。エレナも疲れただろうし、今日は二人でのんびりしよう」
大地は何気なくそう言った。
その言葉を聞いたエレナは、ほんの少しだけ唇を噛んだ。
「……はい」
やがて、宿の後片付けを終えた二人は、明かりを落とし、自宅へと戻っていった。
◇
自宅に戻ると、大地は玄関で大きく伸びをした。
「はあぁ……やっと帰ってきた」
「ふふっ。お疲れさまでした、ダイチさん」
エレナが微笑みながら、大地の上着を受け取る。
「エレナもお疲れさま。今日は本当に大変だったな」
「はい。でも、こうして二人で帰ってこられて、本当によかったです」
「……ああ」
大地は、エレナの手をそっと握った。
「本当に、無事でよかった」
その手の温もりを確かめるように、エレナも握り返した。
「……はい」
しばらく二人は、そのまま見つめ合っていた。
けれど、やがて大地が照れくさそうに笑った。
「さて、汗もかいたし、温泉に入ろうか」
「そうですね。せっかくですから、ゆっくり温まりましょう」
二人は着替えの浴衣を用意し、浴室へと向かった。
◇
夜の露天風呂。
空には雲ひとつなく、澄み渡った星空の中央に、丸い月が浮かんでいた。
湯面には月明かりが揺れ、周囲の木々を静かに照らしている。
「……はあぁ」
大地は湯船に身体を沈めると、思わず声を漏らした。
「やっぱり、温泉は最高だな……」
「ふふっ。本当にお好きですね」
エレナも隣に腰を下ろし、ゆっくりと湯に浸かった。
「そりゃあ、俺のスキルの原点だからな。何より、こうしてゆっくりできる時間が一番好きなんだ」
「私もです」
エレナは目を細め、湯の温もりに身を委ねた。
しばらくの間、二人は何も話さなかった。
聞こえてくるのは、湯が静かに揺れる音と、夜風に葉がそよぐ音だけ。
今日の戦いが、遠い出来事のように思えるほど穏やかな時間だった。
「……なあ、エレナ」
「はい?」
「今日、みんなが無事で本当によかったな」
大地は夜空を見上げながら言った。
「もちろん、街の建物は壊れたし、まだ片付けなきゃいけない問題もある。でも、誰も命を落とさずに済んだ。それが何よりだよ」
「……そうですね」
エレナも月を見上げた。
その白い光は、彼女の白銀の髪を淡く照らしていた。
「……ダイチさん」
「ん?」
「私、ダイチさんと出会えて、本当によかったです」
不意に告げられた言葉に、大地はエレナへと顔を向けた。
「……どうしたんだ、急に?」
「ふふっ。急に、伝えたくなったんです」
エレナは、月を見つめたまま話し始めた。
「初めてお会いした日のこと、覚えていますか?」
「もちろん。あの時は右も左も分からなくて途方にくれてたな」
「ふふっ。そうでしたね」
エレナは小さく笑った。
「ダイチさん、最初はとても困惑されていましたものね」
「……でも運命だったんだろうな…巡り逢えた」
「………」
エレナは、ゆっくりと言葉を続けた。
「温泉を作って、宿を建てて、たくさんの人たちと出会って……。人間も、獣人も、ドワーフも、エルフも。ダイチさんは、誰に対しても分け隔てなく接していました」
「……そんな大したことはしてないよ」
「いいえ。私にとっては、とても大きなことでした」
エレナは、そっと自分の手を見つめた。
「私はずっと、自分の髪の色を理由に忌み嫌われてきました。生まれた国でも、周囲の人たちから距離を置かれ、誰かに心を開くことが怖くなっていたんです」
大地は、黙って彼女の言葉に耳を傾けていた。
「そんな私に、大地さんは何も変わらず接してくれました。私が何者なのか、どんな事情を抱えているのか。それを知る前から、私を一人の人間として見てくれた」
エレナの声が、少しずつ震え始めた。
「一緒に旅をして、宿を作って、皆さんと出会って……。大地さんのそばにいるうちに、私は少しずつ、笑えるようになりました」
彼女の瞳に、月明かりが映る。
「ここには、私の居場所がある。そう思えるようになったんです」
「……エレナ」
「でも……」
エレナは、そこで言葉を切った。
唇をきゅっと結び、こみ上げる感情を抑えようとする。
「今日、改めて思いました。私は、皆さんに守られてばかりですね」
「そんなことは――」
「いいえ。ダイチさんは、私のために何度も危険な目に遭いました。今回だって、命を懸けて戦って……」
エレナの頬を、一筋の涙が伝った。
「私が、こんな事情を抱えていなければ……。皆さんを、あんな危険に巻き込むこともなかったのかもしれません」
「……」
「それなのに、ダイチさんは私を責めない。そばにいてくれる。いつもと同じように、優しくしてくれる……」
エレナは顔を伏せた。
「……どうして、そんなに優しくしてくださるんですか?」
その問いに、大地はすぐには答えなかった。
代わりに、彼女の肩へそっと手を回した。
「……エレナ」
「……はい」
「俺は、君に出会えてよかったと思ってるよ」
エレナが顔を上げる。
大地は、まっすぐに彼女を見つめていた。
「エレナがどんな事情を抱えていようと、それで君自身を嫌いになる理由にはならない。エレナは、俺が一緒にいたいと思った大切な人だ。それだけだよ」
「……ダイチさん」
「それに、俺だってエレナに何度も助けられてる。君がいてくれたから、今の俺がいるんだ」
大地は少し照れくさそうに笑った。
「だから、そんなに自分を責めないでくれ。エレナが苦しんでいるのを見る方が、俺はつらいよ」
エレナの瞳から、再び涙が溢れた。
「……ありがとうございます」
彼女は大地の胸に顔を埋めた。
「私も……ダイチさんに出会えて、本当によかった……」
震える声で、何度もそう繰り返す。
大地は彼女を抱きしめ、優しく背中を撫でた。
「……泣かないで、とは言わないよ。でも、これだけは覚えておいてほしい」
「……はい」
「俺は、これからも君のそばにいる。どんな事情があっても、何が起きても、君を一人にはしない」
大地の声に、迷いはなかった。
「今日みたいに、君が危険な目に遭うことがあったら、俺が必ず守る。何度だって、君のために戦うよ」
エレナは、しばらく何も言えなかった。
ただ、大地の胸に顔を埋めたまま、彼の服をぎゅっと握りしめていた。
やがて、ゆっくりと顔を上げる。
涙に濡れた瞳が、大地を見つめた。
「……本当に、いいんですか?」
「もちろん」
「……私が、どんな人間でも?」
「当たり前だろ」
大地は微笑んだ。
「俺は、エレナだから一緒にいたいんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、エレナの表情が崩れた。
「……ダイチさん……っ」
彼女は大地の頬に手を添え、そっと顔を近づけた。
大地もまた、彼女の気持ちに応えるように目を閉じる。
そして――。
二人の唇が、静かに重なった。
月明かりの下、長い口づけを交わす。
その温もりを確かめるように、エレナは大地の身体を抱きしめた。
まるで、今この瞬間だけは、何もかも忘れてしまいたいと願うかのように。
◇
温泉から上がった二人は、寝室へ戻る前に居間で一息つくことにした。
「冷たいお茶を用意しました。身体が温まったあとですから、ちょうどいいと思います」
エレナは、卓上に置いたグラスを大地へ差し出した。
「おっ、ありがとう。ちょうど喉が渇いてたんだ」
大地は受け取ったグラスを傾け、冷たいお茶を飲み干した。
「……うん。おいしいな」
「よかったです」
エレナは微笑んだ。
その笑顔は、いつもと変わらない。
けれど、グラスを持つ彼女の指先は、ほんのわずかに震えていた。
「エレナ?」
「……はい?」
「いや、何でもない。今日は本当に疲れただろうし、そろそろ寝ようか」
「……そうですね」
エレナはグラスを片付けると、大地の手を取った。
「……今夜は、ずっと一緒にいてくださいね」
「もちろんだよ」
大地は笑って答えた。
二人は手を繋いだまま、寝室へと向かった。
◇
寝室の明かりは落とされ、窓から差し込む月の光だけが、部屋の輪郭を淡く照らしていた。
大地はベッドに腰を下ろすと、隣に座るエレナを見つめた。
「……どうした? 今日は、ずいぶん甘えん坊だな」
「……いけませんか?」
エレナは少しだけ頬を膨らませた。
「いや、全然。むしろ、もっと甘えてくれていいよ」
「……もう。ダイチさんったら」
エレナは小さく笑い、大地の胸に身を寄せた。
二人は静かに抱き合い、互いの温もりを確かめる。
言葉を交わすよりも、そばにいることそのものが、何より大切に思える時間だった。
やがて、二人はそっと唇を重ねた。何度か繰り返しいくうちに深くなる。エレナはいつも以上に積極的に舌を絡めてくる。
「……んっ…ぢゅ…ぁん…んちゅっ…」
何度も唾液を交換してゆくと、彼女の身体は力なく弛緩し、弄ばれることに観念したように映る。
「…はぁ…はぁ…はぁ…ぁんっ…んぁっ!」
胸の双丘に手を伸ばし、柔肌を楽しみながら、桜色の先端を舌で舐ると嬌声をあげる。
「…だ、だめっ!…ぁんっ…感じすぎちゃいます…」
もじもじとしている脚を開かせると発情した雌の香りが部屋に充満する。秘部の花弁は咥え込む準備が整っており、涎を垂らして期待している。
「…あっ…んっ…やぁん…ぁん…んっ…」
秘部に手を伸ばして、軽く愛撫をしてあげると、悦んだのか甘蜜を溢れさせ、おろしたてのシーツを汚してゆく。
「エレナ…はぁ…はぁ…もう…挿入れるよ」
大地は闘いの後で昂っているのか、焦らす余裕なんてない。下腹部が信じられない程に硬く、雄々しく屹立している。
「……はぁ…あぁ…めちゃくちゃに…してください…」
大地の下腹部を目にしたエレナは、蕩けた淫靡な表情で悪魔の甘言を囁く。
「………んっ…ダイチさ…ん…の子種を…いっぱい注いでほしぃです…」
その一言で煩わしい理性は消え去り、屹立した肉棒を強引に花弁の奥まで一気に貫く。
「…あぁぁっ!そんな…いっ…いきなりっ!」
闘いの猛りを鎮めるように、身体を重ねて腰を一心不乱に振ると淫らな水音が響き渡る。
「エレナ…今日…絶対…に…孕ませるか…ら」
「…んっ…は、はい!…孕むまでっ…してくらさぃぃっ!」
精が全身から上がって来る感覚で身体が震えだす。恥肉がぶつかり合い、破裂音で鼓膜が破れそうだ。腰を奥深くまで打ち抜き、エレナの一番奥で果てる。
「「ーーーーーーーーーーーーッ!!」」
息をあげ、快楽を貪りながら痙攣する二人は暇なく、繋がったまま抜かずに、二度目の儀式に取り掛かった。
何度、エレナの中で果てたのだろうか?
五回以降は数えていない。
今夜は、いつも以上に互いを求め合った。
大地は、エレナを優しく抱きしめる。
エレナもまた、大地の背中に腕を回し、離れまいとするように強く抱きついた。
「……ダイチさん」
「ん?」
「……大好きです」
その声は、今にも消えてしまいそうなほど小さかった。
「……俺もだよ。エレナ」
大地は彼女の額に口づけた。
二人は、互いの想いを確かめるように、限界を迎えるまで身体を重ねた。
◇
どれほど時間が経っただろう。
窓の外では、月が少しずつ傾き始めていた。
大地は、隣で横になっているエレナを見つめた。
「……エレナ」
「……はい」
「今日は、本当にありがとう。君がそばにいてくれて、よかった」
エレナは答えなかった。
ただ、大地の胸元に顔を寄せ、じっと身体を丸めていた。
「……どうした?」
大地が彼女の顔を覗き込んだ、その時だった。
「……あれ?」
不意に、視界が揺れた。
頭の奥が、ぼんやりと重くなる。
「……なんだ……?」
大地は眉を寄せ、額に手を当てた。
戦いの疲れが、今になって出てきたのだろうか。
いや、それにしてはおかしい。
身体の力が、急速に抜けていく。
まぶたが重い。
「……エレナ……?」
大地は、隣にいる彼女へ手を伸ばした。
けれど、その手は途中で力を失い、シーツの上へ落ちた。
「……ごめんなさい……」
かすかな声が聞こえた。
大地は、ぼやけ始めた視界の中で、エレナの顔を見つめた。
彼女は泣いていた。
頬を涙で濡らしながら、大地を見つめている。
「……エ、レナ……?」
声がうまく出ない。
何が起きているのか、理解できなかった。
ただ、彼女の表情が、ひどく悲しそうに見えた。
「……ごめんなさい……」
もう一度、エレナが呟いた。
大地は何かを言おうとした。
彼女の名前を呼びたかった。
どうして泣いているのか、何があったのか、聞きたかった。
けれど、意識は急速に遠のいていく。
最後に見えたのは、涙を流しながら、自分を見つめるエレナの姿だった。
――どうして……。
その疑問を言葉にすることもできないまま、大地の意識は闇に沈んでいった。
◇
翌朝。
窓から差し込む朝日が、寝室を明るく照らしていた。
「……ん」
大地は、ゆっくりと目を覚ました。
身体が重い。
頭も、どこかすっきりしなかった。
「……昨日、疲れすぎたかな……」
ぼんやりと呟きながら、隣へ視線を向ける。
「……エレナ?」
そこに、彼女の姿はなかった。
大地は上半身を起こし、寝室を見回した。
「……エレナ?」
返事はない。
いつもなら、朝になれば優しく声をかけてくれるはずだった。
けれど、部屋の中は静まり返っている。
大地はベッドから降り、居間へ向かった。
「エレナ? どこにいるんだ?」
居間にも、彼女の姿はなかった。
「……おかしいな」
大地は首を傾げた。
浴室を確認しても、彼女はいない。
衣服を置いている場所にも、姿はなかった。
そして――。
寝室へ戻った大地は、あることに気づいた。
エレナが普段使っていた荷物の一部が、なくなっている。
「……え?」
胸の奥が、ざわついた。
大地は家の中をもう一度探した。
名前を呼んでも、返事はない。
玄関へ向かい、扉を開ける。
朝の風が頬を撫でた。
その先に広がるのは、いつもと変わらないドーゴの街並み。
けれど、隣にいるはずの彼女だけが、どこにもいなかった。
「……エレナ?」
大地の声が、静かな朝の空気に吸い込まれていく。
昨夜、あれほど近くにいた彼女が。
自分の胸に抱かれ、涙を流しながら笑っていた彼女が。
何も告げずに、姿を消していた。
「……嘘だろ……?」
大地は、呆然と立ち尽くした。
昨日、彼女に誓ったばかりだった。
どんな事情があっても、必ず守ると。
一人にはしないと。
それなのに――。
「……エレナ……!」
ふと食卓の上を確認すると、片付けられたグラスが二つ。
その近くに、手紙らしきものを見つけた。
手紙を慌てて、広げて内容を確認すると、手が震え、自然と涙が溢れだす。
朝の街に、大地の慟哭が響いた。
しかし、その声に答える者は誰もいなかった。
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