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異世界温泉宿経営♨️ 〜「戦闘スキルをください!とお願いした女神がくれたのは、まさかの“銭湯スキル”でした〜  作者: 回胴めぐり


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【第106話】勝利の宴


長く続いた戦いは、ようやく終わりを迎えようとしていた。


森へと逃げていく魔物たちの姿が、少しずつ遠ざかっていく。


先ほどまで街道を埋め尽くしていた魔物の群れは、もはや統率を失い、我先にと逃げ散っていた。


「……終わった、のか?」


誰かが、呆然とした声で呟いた。


その言葉を聞いた大地は、周囲を見回す。


傷ついた冒険者たち。息を切らしながら武器を握るドーゴの兵士たち。そして、最後まで戦い抜いたエレナやリゼ、ミレッタ。


誰もが疲れ切った顔をしていたが、それでも全員が立っていた。


「……ああ。終わったんだ」


大地は、ゆっくりと息を吐いた。


百獣のライオネルとの死闘。


そして、リゼと交戦していたディルムッドの逃走。


まだ解決していない問題は山ほどある。今回の襲撃の背後に何があるのかも、教会派と魔王軍がどこまで手を組んでいるのかも分からない。


それでも――。


今、この場にいる仲間たちは生きている。

その事実が、大地の胸に込み上げてきた。


「みんな……!」


大地は顔を上げ、街道に集まった冒険者や兵士たちへ向かって声を張り上げた。


「俺たちの勝ちだああああっ!」


一瞬の静寂。

次の瞬間、辺り一帯に歓声が響き渡った。


「うおおおおおっ!」


「やったぞ! 俺たち、勝ったんだ!」


「ドーゴを守り切ったぞおおおっ!」


冒険者たちが武器を掲げ、兵士たちは互いの肩を叩き合う。


中にはその場に座り込み、安堵のあまり大きく息を吐く者もいた。


「ははっ……! 生きてる、生きてるぞ!」


「当たり前だ! まだ祝杯も飲んでねえだろうが!」


「そうだったな! 帰ったらたらふく飲んでやる!」


あちこちから笑い声が上がった。

エルザも、剣を地面に突き立てると、額の汗を拭いながら大地へ歩み寄った。


「ダイチさん。無茶苦茶な戦い方でしたけど……見事だった」 


「いや、エルザさんたちがいてくれたからですよ。俺一人だったら、間違いなくやられてました」


「それはお互い様だよ。こちらこそ、助かった」


エルザはそう言って、疲れた顔に笑みを浮かべた。


「それにしても、あのライオネルを倒すなんて……。本当に、あんた何者なんだ?」


「いや、あれはもう二度とやりたくないです……」


大地は心底疲れた顔で答えた。


戦闘中は必死だったが、今になって思い返すと、ライオネルの圧倒的な力は異常だった。


一歩間違えれば、自分はもちろん、街まで焼き尽くされていたかもしれない。


「……本当に、よく生きてたな、俺」


「何を今さら言ってるんですか」


すぐ横から、冷静な声が飛んできた。


振り向くと、エレナが少し険しい表情で立っていた。


「ダイチさん。あとで、きちんとお話があります」


「……え?」


「……私も」


今度はリゼが、いつもと変わらない無表情で告げる。


「それなら、あたしもあるぞ」


最後にミレッタまで腕を組んで頷いた。


「え、ちょっと待って。三人とも、なんでそんな怖い顔してるの?」


「ご自分の行動を振り返ってみてください」


エレナの言葉が、容赦なく大地の胸に突き刺さった。


「……はい」


大地は素直に頷いた。


ライオネルとの戦いで、何度も無茶をした自覚はある。


それでも、三人の視線があまりにも厳しいため、思わず背筋が伸びてしまった。


「私たちが、どれだけ心配したと思っているんですか」


エレナの声が、少しだけ震えた。


その表情を見た大地は、言い訳を飲み込んだ。


「……ごめん。心配かけた」


「本当に、もう……」


エレナは怒ったように唇を結んだあと、ふっと表情を緩めた。


「無事でいてくれて、本当によかったです」


そう言って、大地の腕にそっと手を添える。

その仕草に、大地は胸の奥が温かくなるのを感じた。


「リゼも、ありがとう。ディルムッドを引きつけてくれていたから、俺たちはライオネルと戦えた」


「……別に。私の役目を果たしただけ」


リゼは淡々と答えたが、少しだけ視線を逸らした。


「でも、あの騎士は逃がしてしまった。次は仕留める」


「いや、リゼが無事でよかったよ……」


「そうですね。まずは、皆さんの傷を確認しなければなりません」


エレナが周囲を見回す。


戦いが終わったとはいえ、負傷者は少なくない。魔物の攻撃を受けた者や、仲間を庇って傷を負った者もいる。


それでも、幸いなことに――。

「死者は出ていない」


エルザが安堵の表情で告げた。


「重傷者はいますが、命に関わるほどの傷を負った者はいません。ここまでの規模の襲撃で、これは奇跡に近い」


「……そっか」


大地は、もう一度周囲を見渡した。

誰も死ななかった。

それが、何よりもうれしかった。


「よし。まずは負傷者の手当てだ! 動ける者は、怪我をした仲間を運ぶのを手伝ってくれ!」


大地の声に、冒険者たちと兵士たちが一斉に動き始める。


「了解!」


「こっちは任せろ!」


「歩けるか? 肩を貸すぞ!」


先ほどまで勝利の歓声を上げていた者たちは、今度は仲間を助けるために動き出した。

その光景を見つめながら、大地は小さく笑った。


誰かが傷つけば、誰かが手を差し伸べる。

種族も立場も関係なく、皆が互いを支え合っている。


そんな光景を目にして、大地は改めて思った。


この街を守れて、本当によかった、と。


◇


負傷者を街へと運んでいく途中、戦いの爪痕が少しずつ目に入ってくる。


建物の屋根が崩れ、壁に大きな亀裂が走っている。街道沿いの一角には、墜落したワイバーンが建物を巻き込んだ跡も残っていた。


「……これは、なかなか派手にやられたな」


大地は思わず顔をしかめた。


「ワイバーンが突っ込んできた場所は、特に被害が大きいようですね」


エレナが、壊れた建物を見つめながら言った。


「でも、街そのものが壊滅したわけじゃない。人も避難していたし、今から直せば十分に立て直せるよ」


ミレッタは、建物の壁や屋根を確認しながら、あっさりと言い切った。


「本当か?」 


「当たり前だろ。これくらいで、あたしら職人の腕をなめんじゃねぇよ」


ミレッタは腰に手を当て、得意げに胸を張った。


「屋根の修理も、壁の補強も、魔道具の点検も必要だけど、材料さえ揃えば何とかなる」


「……頼もしいな」


「ふふん。もっと褒めてもいいよ?」


すっかり機嫌をよくしたミレッタに、大地は苦笑した。


「ただし、修理が終わるまでは、危険な場所に近づかないこと。住民の安全を最優先にするぞ」


「もちろん。職人たちにも、そこは徹底させる」


ミレッタの表情が引き締まる。


その後、大地たちは街の被害状況を確認し、住民の避難先や負傷者の所在を兵士たちから聞き取った。


幸い、街の中心部には大きな被害は及んでいなかった。


建物の一部が損壊したものの、事前に住民たちが避難していたおかげで、犠牲者も出ていない。


「ひとまず、街の安全は確認できました」


エレナが報告を終え、安堵したように息を吐いた。


「よかった……」


大地も、ようやく肩の力を抜いた。


戦いの最中は、目の前の敵を倒すことだけで精いっぱいだった。


だが、こうして街の無事を確認すると、改めて自分たちが守ろうとしていたものの大きさを実感する。


ここは、ただの宿屋がある場所ではない。


多くの人が暮らし、働き、笑いながら日々を過ごす場所なのだ。


そして、大地にとっても――。


大切な仲間たちと帰ってくる場所だった。


「……よし。みんな、今日はゆっくり休もう」

大地は周囲に声をかけた。


「怪我をした人たちは、まず『大地の湯宿』の温泉で身体を温めて、疲れを癒してもらおう。傷の手当てはエレナたちにも手伝ってもらって、無理はさせないこと」


「承知しました」


エレナが頷く。


「温泉の効能も、こういう時には役に立つからな。もちろん、傷の状態を確認したうえで、必要な治療を優先するぞ」


「うむ。それなら、あたしも設備の確認をしておこう」


ミレッタも頷いた。


「では、私は負傷者の治療を手伝います」


「……私は、運ぶのを手伝う」


リゼも短く告げた。


こうして、戦いを終えた者たちは、それぞれの役割を見つけて動き始め、クレーベルに避難していた人々もドーゴに続々と戻って来ていた。


◇


『大地の湯宿』に戻ると、そこにはいつもの温かな空気があった。


もちろん、街が襲撃された直後である以上、誰もが完全に平静を取り戻したわけではない。


それでも、宿のスタッフたちは大地たちの帰還を喜び、負傷者の受け入れや食事の準備に取りかかった。


「旦那様! 無事で良かったです!」


フォルナが駆け寄ってくる。


その顔には、心配と安堵が入り混じっていた。


「ただいま、フォルナ。みんなは大丈夫だったか?」


「はい! 私たちは避難していたので、怪我はありません。でも……旦那様たちが戻ってこられるまで、ずっと心配で……」


「そっか。心配かけてごめんな」


大地が微笑むと、フォルナは何度も首を横に振った。


「いえ……! 旦那様たちが無事なら、それで十分です!」


その声を聞き、大地は優しくフォルナの頭を撫でた。


「ありがとう。みんなが無事で、本当によかった」


その後、宿では負傷者の手当てと温泉への案内が進められた。


戦いで疲れ切った冒険者たちは、湯船に身体を沈めると、次々に安堵の声を漏らした。


「はあぁ……生き返る……」


「まさか、魔物の大群と戦ったあとに温泉に入れるとはな……」


「傷も疲れも、少しずつ楽になっていく気がするぜ」


大地は、そんな彼らの様子を見ながら、ほっと胸を撫で下ろした。


温泉があるからこそ、今できることがある。

戦いで傷ついた者たちに、身体を休める場所を提供できる。


それは、戦闘能力とは別の意味で、この宿が持つ大切な力だった。


「……やっぱり、温泉っていいな」


「ダイチさん。感慨に浸るのは結構ですが、まだお仕事が残っていますよ」


エレナに声をかけられ、大地は現実に引き戻された。


「……はい」


「食事の準備もありますし、街の方々にも状況を伝えなければなりません。皆さんが安心して休めるように、できることをしていきましょう」


「そうだな。よし、もうひと頑張りするか!」

大地は気合を入れ直した。


◇


宿の食堂では、慌ただしく準備が進められていた。


「リゼ、リリィ、料理はどうだ?」


「仕込みはしてたから、すぐ出せる」


「はいぃ。スープはもうすぐできますぅ。お肉も、たくさん用意していますよぉ」


リリィが、いつもの柔らかな口調で答えた。


「よし。今日はみんな頑張ってくれたからな。できるだけ豪勢にしよう!」


「任せて」


「はいっ!」


「フォルナは客室の確認をお願い。ミレッタは、街の修理に必要な職人さんたちとの連絡を頼む」


「分かりました!」


「任せておけ!」


それぞれが忙しく動く中、大地は食堂を見回した。


戦いの直後だというのに、誰もが前を向いている。


不安が消えたわけではない。失ったものがないからといって、恐怖までなかったことになるわけでもない。


それでも、皆が少しずつ日常を取り戻そうとしていた。


「……せっかくだ。今日は勝利の宴にしよう」


「勝利の宴、ですか?」


「ああ。みんなで力を合わせて街を守ったんだ。こういう時くらい、盛大に祝ってもいいだろ?」


「賛成」


「私も賛成ですぅ!」


リリィも嬉しそうに頷いた。


「じゃあ、料理もいつもより頑張りますねぇ」


「頼んだぞ、リリィ!」


食堂に笑い声が広がる。


準備は着々と進み、料理の香りが宿中に漂い始めた。


その時だった。


宿の外から、聞き慣れた声が響いてきた。


「……ダイチ様!?」


大地が振り返る。


玄関の向こうから、何人もの人影がこちらへ向かって歩いてきていた。

先頭にいたのは――。


「……セリーナ?」


「ダイチ様!」


セリーナだった。


彼女の後ろには、一緒に避難していた商会の人たちの姿がある。


「セリーナ! みんなも!」


大地は思わず駆け出した。


セリーナも小走りで近づいてくると、大地の目の前で足を止めた。


「……ご無事だったんですね」


瞳を潤ませて涙を浮かべる。その声には、抑えきれない安堵が滲んでいた。


「うん。なんとかね。セリーナたちも、怪我はないか?」


「はい。私たちは、大丈夫です。街の復興協力をクレーベルの商会にお願いして来たのです。街の状況が分からず、ずっと心配していたんです」


セリーナは大地の顔をじっと見つめた。


「ダイチ様たちが戦っている間、私たちには何もできませんでしたから……。無事だと分かって、本当によかったです」


「そっか……。みんなも不安だったよな」


大地は申し訳なさそうに笑った。


避難していた人々も、ただ安全な場所にいたわけではない。


自分たちが暮らす街に魔物の群れが迫っていると知りながら、戦いに加わることもできず、結果を待つしかなかったのだ。


「でも、もう大丈夫だよ。魔物の群れは撃退した。街も、少し修理は必要だけど、みんな無事だ」


「……本当によかった」


セリーナの瞳に、うっすらと涙が浮かんだ。

次の瞬間、彼女は大地の胸にそっと身を寄せた。


「……心配したんですから」


「うん。ごめん」


大地は、彼女の背中に優しく手を回した。


「帰ってきてくれて、ありがとう」


その言葉に、セリーナは小さく頷いた。


「……ただいま、です」


「おかえり、セリーナ」


その横から、ミーナが勢いよく飛び出してきた。


「旦那様ぁぁぁっ!」


「うおっ!?」


ミーナは大地に飛びつくように抱きついた。


「よかったです! 本当に、よかったですぅ!」


「ミーナ、ちょっと落ち着いて……!」


「落ち着けません! 魔物が来るって聞いてから、ずっと心配してたんですから!」


ミーナは大地の服をぎゅっと握りしめた。


「旦那様たちが街を守ってくれているって信じてましたけど……それでも、怖かったんです!」


「……そっか。ありがとう、ミーナ」


大地は彼女の頭を優しく撫でた。


「もう大丈夫だ。みんな、無事に戻ってきたからな」


「……はいっ!」


ミーナは涙を拭い、いつもの明るい笑顔を取り戻した。


「リリィもフォルナは先に避難誘導で旅館に戻って貰いました!ユーノちゃんとユズキ様も無事です!」


その言葉を聞いて、大地は玄関の奥へと視線を向けた。


そこには、ユズキと一緒にユーノが立っていた。


ユーノは少し不安そうに周囲を見回していたが、大地と目が合うと、小さく駆け寄ってきた。


「……ダイチ」


「ユーノ!」


大地が膝を折ると、ユーノはその胸にぎゅっと抱きついた。


「……よかった。ダイチ、無事で……」


「うん。ただいま、ユーノ」


大地は、少女の小さな身体を優しく抱きしめた。


ユーノはしばらく大地の服を握りしめていたが、やがて安心したように顔を上げた。


「……みんなも、無事?」


「ああ。エレナもリゼもミレッタも、みんな無事だよ」


「……よかった」 


ユーノは、ほっとしたように微笑んだ。


その足元では、ユズキが尻尾を大きく振っていた。


「わふっ!」


「おお、ユズキも元気そうだな!」


大地が頭を撫でると、ユズキは嬉しそうに鳴き声を上げ、さらに身体を擦り寄せてきた。


「こらこら、そんなにくっついたら動けないって」


そう言いながらも、大地の顔には笑みが浮かんでいた。


宿の玄関には、次々と笑顔が広がっていく。

戦いの恐怖も、避難していた間の不安も、すぐに消えるわけではない。


それでも、こうして大切な人たちと再会できたことが、何よりの救いだった。


◇


やがて、宿の食堂には温かな料理が並び始めた。


冒険者たちも、街の兵士たちも、負傷の具合を確認しながら少しずつ席に着いていく。


大地は食堂の中央に立ち、集まった人々を見渡した。


「みんな、今日は本当にお疲れさま!」


その声に、食堂のざわめきが静まる。


「今回の戦いは、決して楽なものじゃなかった。強い魔族もいたし、街だって被害を受けた。でも、みんなが力を合わせてくれたおかげで、ドーゴを守ることができた」


大地は、ゆっくりと頭を下げた。


「本当にありがとう。みんながいてくれて、よかった」


一瞬の静寂のあと、食堂に大きな拍手が響いた。


「大地様こそ、よくやってくれた!」


「俺たちだけじゃ、あの魔族には敵わなかった!」


「ドーゴは俺たちの街だ! これからも、みんなで守っていこうぜ!」


次々と声が上がり、食堂は再び活気に包まれた。


大地は笑いながら、手を掲げた。


「それじゃあ――今日は思い切り食べて、飲んで、身体を休めよう!」


「おおおおおっ!」


歓声とともに、勝利の宴が始まった。


リリィの料理に舌鼓を打ち、ミーナの明るい声に笑い、ミレッタが修理の計画を語り始めると、周囲から頼もしい声が上がる。


「屋根の修理なら俺たちも手伝うぞ!」


「力仕事なら任せてくれ!」


その光景を見て、大地は心から安堵していた。


この街には、まだ守るべきものがたくさんある。


そして、それを一緒に守ってくれる仲間たちがいる。


だからこそ、どんな困難が訪れようとも、きっと乗り越えていける。


大地は隣に座るエレナを見た。


「……エレナ。これからも、よろしくな」


「……はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


エレナは微笑み、そっと大地の手に触れた。

けれど――。


その笑顔の奥には、誰にも気づかれない影が落ちていた。


今回の襲撃。


百獣のライオネル。ディルムッド。そして、かつて自分の婚約者だったスレイル。


彼らがこの街に現れたのは、決して偶然ではない。


自分を巡る事情が、彼らをドーゴへと引き寄せたのだ。


――私のせいだ。


エレナは、心の中で何度もその言葉を繰り返していた。


もし自分がこの街にいなければ。


もし自分が大地たちと出会っていなければ。

この街が魔物の大群に襲われることも、大地が命を懸けて戦うこともなかったのかもしれない。


大地は、ライオネルの攻撃を何度も受けた。

最後には、命を落としていてもおかしくないほどの危険な戦いを強いられた。


リゼも、ディルムッドとの戦いで傷ついた。

冒険者たちも兵士たちも、街を守るために命懸けで戦ってくれた。


建物は壊れ、住民たちは避難を余儀なくされた。


それらすべての原因が、自分にあるように思えてならなかった。


――私が、皆さんを巻き込んでしまった。


胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。


皆は、そんな自分を責めるどころか、無事を喜び、笑い合っている。


大地も、リゼも、ミレッタも。


誰一人として、エレナを責めることはなかった。


それが、かえって苦しかった。


こんなにも優しくしてもらう資格が、自分にあるのだろうか。


そう考えてしまう自分が、嫌だった。


「エレナ?」


不意に大地から声をかけられ、エレナははっと顔を上げた。


「……はい。どうしましたか?」


「いや、ちょっと静かだったからさ。疲れてるんじゃないか?」


大地は心配そうに顔を覗き込んでいた。


その表情を見た瞬間、エレナの胸に、言いようのない痛みが走った。


本当は、伝えたいことがあった。


自分のせいで危険な目に遭わせてしまったこと。


皆を巻き込んでしまったこと。


そして、心から申し訳ないと思っていること。


けれど、それを口にすれば、せっかく取り戻した皆の笑顔に水を差してしまう気がした。


「……大丈夫です。少し、ほっとしただけですから」


エレナは、いつも通りの微笑みを浮かべた。


「そうか。無理はするなよ。今日はゆっくり休もう」


「……はい。ありがとうございます」


大地は安心したように笑うと、再び仲間たちとの会話に戻っていった。


エレナは、その横顔を静かに見つめた。


――もう二度と、大切な人たちを危険に晒したくない。


その決意を胸に秘めながら、エレナは再び笑顔を浮かべた。


食堂には、楽しげな声が響いている。


戦いを乗り越えた人々が、互いの無事を喜び、未来を語り合っていた。


その温かな光景を前に、エレナは心の奥に沈む不安を、誰にも悟られないようにそっと隠した。


――今だけは、この幸せな時間を壊したくなかった。


そうして夜は更けていく。


『湯の都ドーゴ』に、ひとまずの平穏が戻った。


しかし、百獣のライオネルの死と、ディルムッドの逃走。


そして、エレナを巡る陰謀は、まだ終わってはいない。


大地たちが手にした勝利は、新たな戦いの始まりでもあった。

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