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異世界温泉宿経営♨️ 〜「戦闘スキルをください!とお願いした女神がくれたのは、まさかの“銭湯スキル”でした〜  作者: 回胴めぐり


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【第104話】明かされる原因


『湯の都ドーゴ』北側の街道。


大地たちは、目の前に立つ三人の黒い外套の男たちと対峙していた。


相手は三人。


こちらも、大地、エレナ、リゼの三人。

互いに距離を保ったまま、相手の出方を窺っている。


周囲では、依然として魔物との戦闘が続いていた。


「右側の魔物を押さえろ! 街へ抜けさせるな!」


「自警団は負傷者の救助を優先! 冒険者は前線を維持しろ!」


エルザの大きな声が響き渡る。


大剣を振るいながら、彼女は冒険者たちに的確な指示を飛ばしていた。


一方、ミレッタ率いる遊撃隊も、負傷者の搬送や街へ侵入しようとする魔物の迎撃に追われている。


「そっちの二人! 一体ずつ相手にするんじゃないよ! 連携して仕留めろ!耐えてたら、ダイチがなんとかしてくれる!」


「了解!」


「よし、その調子だ!」


前線では冒険者たちが三人一組の連携を維持し、着実に魔物の数を減らしていた。


大地とリゼの活躍に加え、エレナがワイバーンを撃墜したことで、戦況はこちらに傾きつつある。


少なくとも、今のところは優勢と言っていいだろう。


しかし――。


大地の視線は、目の前の三人から離れなかった。


魔物の群れを操っていると思われる者たち。


これだけの数の魔物を引き連れ、街を襲撃したにもかかわらず、彼らには焦りも動揺も見られない。


まるで、今の戦況など最初から想定の範囲内だと言わんばかりだった。


「……ずいぶん余裕そうだな」


大地が低い声で呟く。


黒い外套の男たちは答えない。


ただ、中央に立つ一人が、面白そうに大地たちを眺めていた。


そのときだった。


「……ダイチさん」


エレナが、小さな声で大地に話しかけた。


「どうした、エレナ?」


「中央の男性……いえ、向かって左側の方かもしれません。とてつもない魔力を感じます」


エレナの表情は険しかった。


「これまでに感じたことがないほどの魔力です。少なくとも、普通の人間が持つような量ではありません」


「そんなにか……」


大地は、改めて三人の男たちを観察した。


外套に隠されているため、顔も装備も詳しくは分からない。


だが、エレナがここまで警戒する相手だ。


ただの魔物使いであるはずがなかった。


「……気をつけよう。何を仕掛けてくるか分からない」


「はい」


エレナが頷いた、その直後。


三人のうち、右側に立っていた男が一歩前へ出た。


「――最後の勧告でございます。エレノア殿下」


その声を聞いた瞬間。


エレナの身体が、ぴくりと震えた。


「……っ!」


大地は、隣に立つ彼女の変化を見逃さなかった。


「エレナ?」


しかし、エレナは答えない。


ただ、目の前の男を信じられないものを見るような目で見つめていた。


男はゆっくりと両手を持ち上げると、頭から被っていた黒い外套を取り外した。


夕闇の中、その顔が露わになる。


「……ディルムッド……!」


エレナの口から、かすれた声が漏れた。


そこに立っていたのは、彼女もよく知る男だった。


ハイデンベルク皇国の騎士、ディルムッド。


教皇派に属し、皇国内でも一定の影響力を持つ人物である。


エレナが皇宮で暮らしていた頃にも、何度か顔を合わせたことがあった。


まさか、こんな場所で再会することになるとは思ってもいなかった。


しかも――。


「この場を収めるには、ご同行ください。エレノア殿下」


ディルムッドは、恭しく頭を下げた。


言葉遣いだけを聞けば、礼節をわきまえた騎士そのものだった。


だが、その背後には大量の魔物がいる。


そして、その魔物たちは、ドーゴの人々を傷つけ、街を破壊してきたのだ。


「……あなたたちが……?」


エレナの唇が震えた。


「今回の魔物の襲撃は……教皇派が仕組んだことなのですか……?」


ディルムッドは、すぐには答えなかった。


ただ、表情一つ変えずにエレナを見つめている。


その沈黙こそが、何よりも雄弁な答えだった。


「……どうして……」


エレナの瞳に、みるみる涙が溜まっていく。


「どうして、こんなことを……。この街には、何の罪もない人たちが暮らしているのですよ……!」


声が震える。


怒りなのか、悲しみなのか。


それとも、信じていたものを裏切られた絶望なのか。


エレナ自身にも、分からなかった。


「人々を傷つけて、街を壊して……。こんなことまでして、何を得ようというのですか……!」


彼女は一歩前へ出た。


白銀の髪が、風に揺れる。


涙に濡れた瞳が、ディルムッドを真っ直ぐに見据えていた。


「……狙うなら、私だけを狙いなさい!」


その叫びは、戦場の喧騒を切り裂くように響いた。


「私が連れていかれれば済む話なのでしょう!? だったら、どうして街の人たちまで巻き込むのですか!」


エレナの頬を、涙が伝い落ちる。


「こんなの……あまりにも酷い……!」


大地は、彼女の横顔を見つめていた。


普段のエレナは、どんなときでも気丈に振る舞う。


優しく、穏やかで、それでいて芯の強い女性だ。


そんな彼女が、今は声を震わせ、涙を流している。


その姿を見ているだけで、大地の胸の奥に、言いようのない怒りが込み上げてきた。


しかし、まだ何も分かっていない。


ここで感情に任せて動くわけにはいかなかった。


大地がそう考えていた、そのとき。


「……まったく」


別の男が、呆れたような声を漏らした。


「いつまでそんな綺麗事を並べているつもりだ?」


男は首元に手をかけると、ゆっくりと外套を剥ぎ取った。


露わになったのは、金色の長髪。


整った顔立ちに、細身ながらも鍛えられた身体。


腰には、装飾の施された剣を携えている。


一見すれば、どこかの王侯貴族か、名門騎士家の子息といった風貌だった。


その男を見た瞬間、エレナの顔から血の気が引いた。


「……あ、あなたは……」


唇が震える。


「スレイル……っ!」


スレイル・フィン・シーレン。


ハイデンベルク皇国の教皇派に属する有力貴族であり、エレナの婚約者でもある男だった。


二人の婚約は、本人たちの意思とは関係なく、親同士の取り決めによって結ばれたものだった。


エレナにとって、彼は決して好意を抱ける相手ではない。


それでも、皇族としての立場を考えれば、避けては通れない関係だと思っていた。


だが、目の前の男は、そんな彼女の思いなど最初から踏みにじるつもりだったらしい。


「久しぶりだな、エレノア」


スレイルは薄い笑みを浮かべた。


「相変わらず、面倒くさい女だ」


「……っ」


「大人しくしていれば、蝶よ花よと可愛がってやったものを……。忌み子の分際で、俺にここまで手間をかけさせるな」


その言葉に、エレナの肩が大きく震えた。


忌み子。


その呼び名は、彼女が幼い頃から浴びせられてきた言葉だった。


白銀の髪を持って生まれたというだけで、周囲から異端視され、遠ざけられてきた。


皇族でありながら、誰もが彼女を歓迎してくれるわけではなかった。


それでも、エレナは自分にできることを精一杯やってきた。


誰かを恨むのではなく、誰かを傷つけるのでもなく。


いつか、自分を必要としてくれる人がいると信じて。


そして今、ようやく見つけた大切な居場所がある。


大地がいて、リゼがいて、ミレッタがいて。


一緒に笑い合える仲間たちがいて。


『大地の湯宿』には、エレナをエレナとして受け入れてくれる人たちがいた。


それなのに――。


「貰い手のないお前みたいな忌み子と、まともに結婚するわけねぇだろ!」


スレイルは、下卑た笑い声を上げた。


「権力も何もかも、お前から奪ってやろうと思ってたんだよ。皇族の肩書きを利用して、こっちは好き放題できると思っていたのにな!」


「……あなたは……」


エレナの声が、かすかに漏れる。


「お前は顔と身体は申し分ないからな。俺が手元に置いて、性奴隷として、尊厳も何もかも踏みにじってやろうと思ってたんだ」


スレイルは舌を出し、嘲るように笑った。


「飽きたら、物好きの変態にでも売り飛ばしてやればいい。お前みたいな女には、それがお似合いだろ?」


その瞬間。


エレナの顔から、さらに血の気が引いた。


彼女は自分の身体を抱きしめるように、両腕をぎゅっと回した。


指先が震えている。


呼吸が浅くなる。


何かを言い返そうとしても、喉が詰まって声にならなかった。


涙だけが、次々と頬を伝っていく。


「……っ、う……」


大地は、そんなエレナを見て、静かに息を吐いた。


そして――。


そっと、彼女の肩を抱いた。


「……ダイチ、さん……」


エレナが、驚いたように顔を上げる。


大地は彼女の肩を優しく抱き寄せると、安心させるように、そっと声をかけた。


「大丈夫だ。俺がいる」


その一言に、エレナの瞳が揺れた。


「……っ」


「もう、そんな奴の言葉を聞かなくていい」


大地は、彼女を背中に庇うようにして、一歩前へ出た。


そして、スレイルへと視線を向ける。


「よぉ、色男」


口元には笑みが浮かんでいた。


しかし、その目はまったく笑っていなかった。


「さっきから黙って聞いていれば、言いたい放題言ってくれやがって……」


大地は、首を軽く鳴らした。


「男は女を泣かせるなって、パパとママから教わらなかったか?」


「……あ?」


スレイルの眉がぴくりと動いた。


「なんだ、お前は?」


彼は大地を頭の先から足元まで眺めると、鼻で笑った。


「ちょっとはやるようだが、ただの人間の分際で生意気な口を利くじゃないか」


スレイルは、エレナへ視線を戻した。


「なんだ? お前、もしかしてこの女が好きなのか?」


そして、わざとらしく肩をすくめる。


「くく…横恋慕は馬に蹴られるぞ?」


「……へぇ」


大地の口元から、笑みが消えた。


スレイルは、その変化に気づいているのかいないのか、ますます下品な笑みを深めた。


「そうだな……。せっかくだ。お前には特等席を用意してやろう」


彼は剣の柄に手をかけながら、愉快そうに言い放った。


「この女の処女膜を破る瞬間を特等席で見せてやるよ!」


「…………は?」


大地の声が、低く響いた。


「なんだそんなに嬉しいのか……?」


エレナが、背後で息を呑む。


だが、大地は彼女の肩を抱いたまま、スレイルを見つめていた。


数秒の沈黙。


そして――。


「はぁ? 何言ってんだ、お前……」


大地は、心底呆れたように言った。 


「こちとら、エレナとは毎日毎日やりまくってるに決まってんだろ?」


「…………え?」


エレナの涙が、一瞬だけ止まった。


「…………えっ?」


今度は、はっきりとした声が漏れた。


大地の背後で、リゼまでぴたりと動きを止めかける。


「い、いや、ダイチさん……?」


エレナの顔が、みるみる赤くなっていく。


「そ、そんな……! ま、毎日だなんて……!」


「ん?」


大地は振り返り、きょとんとした顔を見せた。


「……あれ? 違った?」


「ち、違いますっ! 違いますからね!?」


エレナは慌てて首を横に振った。


「わ、私たちは、その……まだ……!」


言いかけて、彼女はハッと口を押さえた。


そして、自分が何を口走ったのか理解した瞬間、耳まで真っ赤になった。


「~~~~っ!」


「……あ」


大地は、ようやく自分の失言に気づいた。


しかし、もう遅い。


目の前では、スレイルがわなわなと震えていた。


「な……なにぃ……?」


金髪の男の顔が、怒りでみるみる歪んでいく。


「お、お前……! エレノアに、何をしたぁぁぁっ!!」


「いや、お前こそ何を言ってんだよ……」


大地は呆れたように返した。


「忌み子? 何だそれ? こんな最高な女、我慢できるわけないだろ!」


その言葉に、エレナは目を見開いた。


最高な女。


大地は、何のためらいもなく、そう言った。


忌み子でもない。


呪われた存在でもない。


ただ、最高の女だと。


「……ダイチ、さん……」


エレナの瞳から、再び涙が溢れた。


けれど、先ほどまでの涙とは違っていた。


胸の奥に溜まっていた痛みが、少しずつ溶けていくようだった。


「な、な、な……!」


一方、スレイルは完全に頭に血が上っていた。


「き、きさまぁぁぁっ!!」


剣の柄を握りしめ、今にも飛びかかりそうな勢いで叫ぶ。


「この俺を差し置いて……! エレノアに手を出しただと……!?」


「いや、だから何なんだよ……」


大地は、心底うんざりした表情を浮かべた。


「お前、もしかして本当はエレナのこと好きなんじゃないか?大好きな女の子虐めるお子ちゃまですか?」


「黙れぇぇぇっ!」


スレイルが一歩踏み出した。


その顔には、もはや貴族らしい余裕など欠片も残っていない。


あるのは、自分の思いどおりにならないことへの怒りだけだった。


「お前は俺の邪魔をした! 絶対に許さん!その薄汚い身体を八つ裂きにして――」


「お前こそ、馬に蹴られて……いや……」


大地は、ゆっくりと腰を落とした。


拳を握りしめる。


「――俺に蹴られて死ね」


次の瞬間。


大地の姿が、スレイルの視界から消えた。


「なっ――!?」


スレイルが反応するよりも早く、大地は一瞬で間合いを詰めていた。


温泉スキルによって強化された身体能力。


その力を、今は一切加減するつもりがなかった。


「おらぁっ!」


――ドゴォォォンッ!!


大地の蹴りが、スレイルの顔面を真正面から捉えた。


「ぶべぇぇぇっ!?」


金髪の男の身体が宙を舞う。


地面から足が離れ、身体が横向きに吹き飛んでいく。


そして――。


――ドサァッ!


街道脇の地面に、スレイルの身体が叩きつけられた。


「…………」


誰もが、一瞬、言葉を失った。


スレイルは白目を剥いたまま、ぴくりとも動かない。


その顔には、先ほどまで浮かべていた下卑た笑みなど、跡形もなかった。


完全に気絶していた。


「…………」


大地は、倒れたスレイルを見下ろした。


そして、ゆっくりと息を吐く。


「……ふぅ」


振り返ると、エレナが呆然とこちらを見つめていた。


「……ダイチさん……」


大地は、少しだけ申し訳なさそうに頭を掻いた。


「エレナ……ごめん。久しぶりにムカついた」


「…………」


エレナは、数秒ほど大地の顔を見つめていた。


やがて、その表情がくしゃりと歪む。


「……うっ……」


彼女は大地の胸に顔を埋めた。


「ダイチさん……っ」


「……おう」


大地は、そっと彼女を抱きしめた。


エレナの身体は、まだ小さく震えていた。


「……ごめんなさい……。私のせいで、こんなことに……」


「何言ってんだよ」


大地は、彼女の背中を優しく撫でた。


「エレナは何も悪くないだろ」


「でも……私が……」


「違う」


大地は、はっきりと言った。


「悪いのは、あいつらだ。エレナじゃない」


エレナの肩が、びくりと震えた。


「だから、もう自分を責めるな」


大地は、彼女の頭をそっと抱き寄せる。


「ここには俺がいる。リゼもいる。ミレッタも、みんなもいるだろ?」


「……っ、はい……」


「誰にも、エレナを傷つけさせたりしない」


その言葉を聞いた瞬間、エレナは大地の胸にしがみついた。


「……うぅ……っ」


抑えていた感情が、堰を切ったように溢れ出す。


「……怖かった……っ。私……また……みんなを……」


「もういい。大丈夫だから」


大地は、何も言わずに彼女を抱きしめ続けた。


白銀の髪を優しく撫でながら、彼女が落ち着くまで、そっと寄り添う。


戦場の喧騒は、依然として続いている。


それでも、この瞬間だけは。


大地にとって、目の前の女性を守ることが、何よりも大切だった。


一方、その少し離れた場所では――。


「……ほう」


ディルムッドが、倒れたスレイルを一瞥した。


「まさか、一撃で仕留めるとは」


その声には、驚きよりも興味が滲んでいた。


「……なるほど。報告にあった男というのは、お前のことか」


ディルムッドは、視線を大地へ向ける。


だが、その前に、一人の少女が立ちはだかった。


「……あなたの相手は、私」


リゼだった。


両手に短剣を構え、静かにディルムッドを見据えている。


「……紅影のリゼ、か」


ディルムッドは、彼女の二つ名を口にした。

「なるほど。噂に違わぬ速さだ」


「……そう」


リゼは、余計な言葉を返さなかった。


次の瞬間。


彼女の姿が掻き消えた。


――シュッ!


短剣が、ディルムッドの首筋へと迫る。


しかし。


キィィィンッ!


鋭い金属音が響いた。


ディルムッドは、いつの間にか抜いていた剣で、リゼの一撃を受け止めていた。


「……っ!」


リゼの瞳が、わずかに細くなる。


速さには自信があった。


相手が反応するよりも先に、急所を断つ。


それが、彼女の戦い方だった。


だが、ディルムッドは違った。


リゼの短剣を受け止めた彼は、そのまま剣を滑らせ、反対側から迫る二撃目まで捌いてみせた。


「速いな。だが――」


ディルムッドは、剣を押し返した。


「少々、動きが素直すぎる」


「……!」


リゼは即座に後方へ跳んだ。


直後、先ほどまで彼女が立っていた場所を、ディルムッドの剣が薙ぎ払う。


――ヒュンッ!


空気が裂ける音。


リゼは着地と同時に地面を蹴り、再び間合いを詰めた。


右の短剣で剣を誘い、左の短剣を死角から走らせる。


それでも、ディルムッドは崩れなかった。


一撃目を受け流し、二撃目を剣の柄で弾き、返す刀でリゼの退路を塞ぐ。


まるで、彼女の次の動きを予測しているかのようだった。


キンッ!


キィンッ!


ガキィィンッ!


何度も金属音が響き渡る。


リゼが攻める。


ディルムッドが受ける。


そして、隙を見てディルムッドが反撃する。


しかし、リゼもまた、その攻撃を紙一重でかわしていた。


両者の実力は、拮抗していた。


「……やるね」


ディルムッドが、わずかに口元を緩める。


「これほどの手練れが、なぜあの男のそばにいる?」


「……あなたには関係ない」


リゼは短く答えた。


そして、再び踏み込む。


――キィィンッ!


短剣と剣が激しくぶつかり合った。


「……っ!」


リゼは、目の前の男を警戒していた。


ただ剣が強いだけではない。


自分の速度に対応している。


しかも、その動きには無駄がない。


長年にわたり、数多くの戦場を生き抜いてきた者だけが身につけられる、独特の間合いと剣捌き。


ディルムッドは、間違いなく歴戦の猛者だった。


そして、その経験が、リゼの圧倒的な速度を相殺していた。


「……厄介」


リゼが、小さく呟く。


「ははっ。そう言ってもらえると光栄だ」


ディルムッドは笑った。


その表情には、まだ余裕がある。


だが、リゼも一歩も引かなかった。


互いに隙を探りながら、何度も剣を交える。


戦況は、完全に互角だった。


「……リゼ!」


大地は、エレナを抱きしめたまま、二人の戦いに目を向けた。


「大丈夫か!?」


「……問題ない」


リゼは、ディルムッドの剣を受け流しながら答えた。


「こっちは任せて……もう一人を」


その言葉に、大地は一瞬だけ眉を寄せた。


ディルムッドの剣技は、確かに侮れない。


リゼがこれほど手こずる相手なのだ。


簡単に決着がつくとは思えなかった。


それでも、リゼはまだ余裕を失っていない。


ならば、彼女の言葉を信じるべきだろう。


「……分かった。無理はするなよ!」


「……うん」


リゼは短く頷いた。


そして、ディルムッドとの距離を保ちながら、再び短剣を構える。


大地は、彼女から視線を外した。


残る相手は、あと一人。


黒い外套を深く被った、中央の男。


スレイルは倒した。


ディルムッドはリゼが引き受けている。


ならば、最後の一人は――自分が相手をするしかない。


大地は、エレナをそっと自分の背後へと移動させた。


「エレナ。少し離れていてくれ」


「……はい」


エレナは涙を拭い、頷いた。


まだ顔には悲しみが残っていたが、その瞳には、少しずついつもの強さが戻り始めていた。


「……ダイチさん」


「ん?」


「……どうか、気をつけてください」


大地は、彼女に笑顔を向けた。


「任せろ」


そして、ゆっくりと振り返る。


中央に立つ男は、先ほどから一歩も動いていなかった。


スレイルが吹き飛ばされても、ディルムッドとリゼが激しく斬り結んでいても、まるで興味がないとでも言いたげに、静かにこちらを見つめている。


その姿に、大地は違和感を覚えた。


――こいつだけ、何かが違う。


エレナが感じ取った、人智を超えるほどの魔力。


それが、この男から放たれているのか。


それとも、別の何かが隠されているのか。


まだ分からない。


だが、少なくとも、先ほどのスレイルのような相手ではない。


大地は、拳を握りしめた。


「……あんたは、何者だ?」


男は答えなかった。


ただ、黒い外套の奥で、わずかに口元を歪めたように見えた。


そして――。


「ふむ……」


低い声が、静かに響いた。


「なるほど。確かに、興味深い男だ」


男は、大地をじっくりと観察するように視線を動かした。


「人間の分際で、よくぞそこまで練り上げたものだな…少しは楽しめるか…」


「……引く気はないのか?」


大地は、思わず眉をひそめた。


男は、大地の反応を楽しむかのように、ゆっくりと一歩踏み出した。


その瞬間。


周囲の空気が、わずかに変わった。


背筋を撫でるような、冷たい感覚。


大地は本能的に悟った。


――こいつは、今まで戦ってきた相手とは格が違う。


魔物の群れを操っていたのも、教皇派の騎士たちを率いているのも、この男なのかもしれない。


そして、エレナが感じ取った異常な魔力。


その正体も、目の前の男にあるのだろう。


「……さあ、始めようか」


男が、静かに告げた。


「お前がどこまで私を楽しませてくれるのか……見せてもらおう」


大地は、無言で構えを取った。


背後では、エレナが息を呑んでいる。


少し離れた場所では、リゼとディルムッドが、なおも激しい剣戟を繰り広げていた。


そして、周囲では冒険者たちが、最後の魔物の群れを押し返そうとしている。


戦場は、まだ終わっていない。


だが、大地は確信していた。


この男を倒さなければ、すべては終わらない。


「……来いよ」


大地は、拳を握り直した。


「今度は俺が、あんたの相手だ」


薄闇の中、黒い外套の男が、ゆっくりと両腕を広げた。


その足元で、魔物たちが一斉に唸り声を上げる。


そして――。


男の身体から、異様な魔力が溢れ始めた。


大地は、目の前の脅威を真っ直ぐに見据える。


反撃の狼煙は、すでに上がった。


ここから先は、互いのすべてを懸けた戦いになる。

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