【第103話】反撃の狼煙
街道を埋め尽くすように押し寄せる、魔物の大群。
その数は、もはや正確に数えられないほどだった。
巨大な狼型の魔物が地面を蹴り、硬い鱗に覆われたトカゲ型の魔物が唸り声を上げる。その後方からは、角を持つ猪型の魔物や、鋭い爪を備えた猿型の魔物が続々と姿を現していた。
さらに、森の上空では翼を持つ異形の魔物たちが飛び交っている。
数百に及ぶ魔物の群れ。
それらが一斉に、ドーゴへと迫っていた。
「……すごい数だな」
大地は、迫り来る魔物たちを見据えながら呟いた。
「ですが、こちらへ向かってくる魔物の多くは、CランクからDランク程度のようです」
隣に立つエレナが、魔力の気配を探りながら答える。
「ただ、鉱山付近に生息していると思われる魔物も混じっています。あちらはBランク、なかにはAランク相当の個体もいるようですね」
「なるほど……。雑魚ばかりってわけじゃないのか」
大地は目を細めた。
もともとこの周辺には、さまざまな魔物が生息している。
森に棲む比較的弱い魔物もいれば、鉱山の奥深くに潜む強力な魔物もいる。
本来なら、これほど多種多様な魔物が一つの群れを形成することなど、まずあり得ない。
それでも、今は違った。
まるで何かに導かれるように、すべての魔物がドーゴを目指している。
「……とにかく、まずは数を減らそう」
大地は、後方に並ぶ冒険者たちと自警団へ振り返った。
「みんな、準備はいいか!」
「「「おおっ!」」」
緊張を帯びた声が返ってくる。
弓を構える者たちは、すでに矢をつがえていた。
魔法を使える者たちも、それぞれの得意な魔法を発動できるよう、魔力を練り始めている。
「まだだ! もう少し引きつける!」
大地は、じっと魔物の群れを見据えた。
距離は、着実に縮まっている。
地面を踏み鳴らす音が大きくなり、魔物たちの唸り声が周囲に響き渡る。
冒険者たちの額に、じわりと汗が浮かんだ。
やがて――。
「今だ!」
大地の号令が、戦場に響き渡った。
「弓持ち、一斉射撃!」
「「「撃てぇぇぇっ!」」」
無数の矢が、一斉に宙へと放たれた。
ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ!
夕闇に染まり始めた空を、矢の群れが駆け抜ける。
それに続くように、大地は次の指示を飛ばした。
「魔法を使える者は、一斉に発動しろ!」
「ファイアボール!」
「ウィンドカッター!」
「アイスランス!」
「ライトニング!」
炎の弾丸が飛び、風の刃が走り、鋭い氷の槍が魔物の群れへと降り注ぐ。
さらに、雷撃が地面を這うように駆け抜け、先頭を走る魔物たちを直撃した。
――ドガガガガガッ!
「ギャウッ!」
「グルルルァァッ!」
先頭の魔物たちが、次々と地面へ倒れ込んでいく。
矢を受けた狼型の魔物が転倒し、その後ろを走っていた猪型の魔物が巻き込まれる。
魔法の直撃を受けたトカゲ型の魔物は、硬い鱗を砕かれながら吹き飛んでいった。
「よし! 効いてるぞ!」
「そのまま撃ち続けろ!」
冒険者たちから歓声が上がる。
最初の一斉攻撃は、確かな成果を上げていた。
しかし――。
「……っ、まだ来るのかよ!」
誰かが叫んだ。
倒れた魔物の向こう側から、さらに新たな魔物たちが押し寄せてきたのだ。
森の奥からは、まるで尽きることがないかのように、次々と魔物が湧き出してくる。
一体倒せば、その後ろから二体。
二体倒せば、さらに数体。
いくら攻撃を当てても、魔物の群れが途切れる気配はなかった。
「数が多すぎる……!」
自警団の一人が、思わず声を漏らす。
「怯むな! まだ始まったばかりだ!」
エルザが大剣を構えながら、後方へ向かって声を張り上げた。
「矢も魔力も無限じゃない! 無駄撃ちはするな! 確実に当てられる相手を狙いな!」
その言葉に、冒険者たちが気を引き締め直す。
だが、そのときだった。
「ダイチさん! 上です!」
エレナの鋭い声が響いた。
大地が顔を上げる。
森の上空。
薄暗い空を切り裂くように、五つの影がこちらへ向かって飛んできていた。
大きな翼。
細長い首。
鋭い爪と、獲物を見定めるような眼。
その姿は、竜に似ていた。
「……ワイバーンか!」
鑑定スキルで確認した大地が思わず声を上げる。
本物の竜と比べれば小型なのだろうが、それでも一体一体が人間を軽々と持ち上げられそうな大きさだった。
五体のワイバーンは、翼を大きく広げながら、地上の魔物たちを追い越すように飛来してくる。
しかも、その進路はドーゴの街へと向かっていた。
「まずい……! あいつらを街に入れるな!」
大地は即座に判断した。
「弓と魔法は上空のワイバーンを狙え! 前衛は俺たちと一緒に進軍する! 地上の魔物を押し返すぞ!」
「「「了解!」」」
弓を構えていた者たちが、一斉に狙いを上空へと切り替える。
魔法使いたちも、飛行するワイバーンを捕捉しようと魔力を集中させた。
一方、大地は前方へと視線を戻した。
「エルザ! 前衛の指揮を頼む!」
「任せな!」
「ミレッタ!」
「分かってるよ!」
呼びかけに応じ、ミレッタが一歩前へ出る。
「撃ち漏らした魔物や、街に入り込んだ魔物への対処は任せた! 怪我人が出たら、無理をさせずに後方へ下げてくれ!」
「了解! 遊撃隊はあたしが指揮する!」
ミレッタは、すぐさま周囲に集まっていた自警団や冒険者たちへ指示を飛ばした。
「いいかい! あたしたちは前線の援護と、街の防衛が役目だ! 前に出すぎるんじゃないよ! 街へ抜けた魔物を見つけたら、確実に仕留める! 負傷者が出たら、そっちを最優先だ!」
「「「了解!」」」
「よし!」
ミレッタは、愛用の装備を確かめながら、街の方へ視線を向けた。
「せっかく作った街なんだ。簡単に壊されてたまるもんか!」
その言葉を背に受けながら、大地は拳を握りしめた。
隣にはリゼ。
少し後方には、冒険者たちを率いるエルザの姿がある。
「……行くぞ、リゼ!」
「……うん」
短い返事。
次の瞬間、二人は同時に地面を蹴った。
「うおおおおおおっ!」
大地が先頭を切って魔物の群れへと突っ込む。
その勢いに気づいた狼型の魔物が、牙を剥き出しにして飛びかかってきた。
大地は避けない。
むしろ、正面から一歩踏み込んだ。
「邪魔だぁぁぁっ!」
腰を落とし、全身の力を拳へと集中させる。
温泉スキルによって強化された身体能力。
その力を余すことなく解放した、大地の全力の一撃が炸裂した。
――ドゴォォォォンッ!
拳が魔物の胴体を捉えた瞬間、凄まじい衝撃が周囲へと広がった。
狼型の魔物は、まるで砲弾のように吹き飛んでいく。
その巨体が後方の魔物たちを巻き込み、群れの一角に大きな穴が開いた。
「なっ……!」
後方にいた冒険者の一人が、目を見開く。
「素手で、あの巨体を……!?」
驚く声が聞こえたが、大地は立ち止まらない。
「まだまだぁっ!」
続けざまに踏み込む。
右の拳でトカゲ型の魔物を殴り飛ばし、返す手で迫ってきた猿型の魔物を薙ぎ払う。
さらに、地面を蹴って身体を捻り、背後から飛びかかってきた魔物を蹴り飛ばした。
一撃ごとに、魔物の群れが大きく崩れていく。
その隣では、リゼが二本の短剣を振るっていた。
「……はっ」
小さく息を吐く。
次の瞬間、彼女の姿が掻き消えた。
いや、正確には違う。
あまりにも動きが速く、目で追うことができないのだ。
一体の狼型の魔物が首を傾げた、その瞬間。
――シュッ。
鋭い音とともに、その首が宙を舞った。
リゼはすでに次の魔物へと移動している。
短剣が閃く。
一度。
二度。
三度。
そのたびに、魔物の首が刈り取られ、巨体が地面へと崩れ落ちていった。
「……す、すげえ……」
冒険者の一人が呆然と呟く。
「『紅影のリゼ』……あれが、あの二つ名の……!」
リゼは一切の無駄な動きを見せなかった。
魔物の攻撃を紙一重でかわし、最小限の動きで急所を断つ。
その姿は、まるで戦場を舞う影のようだった。
「よそ見するんじゃないよ!」
エルザの声が響く。
「あたしたちも続くぞ! 三人一組で動け! 一人が攻め、一人が守り、残る一人が隙を突け! 絶対に単独行動するな!」
彼女は大剣を振るいながら、周囲の冒険者たちへ指示を飛ばしていた。
「右の狼はこっちで引き受ける! そっちの二人はトカゲを押さえろ! 後ろの一人は援護に回れ!」
「了解!」
「こっちも行くぞ!」
冒険者たちは、エルザの指示に従い、三人一組の陣形を組んで魔物へ立ち向かっていく。
一人が魔物の注意を引きつけ、もう一人が攻撃を防ぐ。
そして、残る一人が隙を突いて攻撃を叩き込む。
強化された身体能力も相まって、その連携は想像以上の効果を発揮していた。
「いいぞ! その調子だ!」
エルザが声を張り上げる。
「無理に一人で倒そうとするな! 仲間と連携して確実に仕留めろ!」
前衛の陣形が、少しずつ安定していく。
だが、戦場のすべてが順調というわけではなかった。
「ぐあっ!」
一人の冒険者が、トカゲ型の魔物の尾を受けて吹き飛ばされた。
「大丈夫か!」
「くそっ……腕をやられた!」
別の場所では、狼型の魔物の爪を受けた自警団員が、血を流しながら膝をついていた。
強化されているとはいえ、彼らは決して無敵ではない。
相手は数百の魔物。
攻撃のすべてを避けきることなど、できるはずもなかった。
「負傷者が出た! 遊撃隊、後方へ運べ!」
ミレッタが即座に指示を飛ばす。
「回復薬はあるかい!?」
「すみません! さっき使い切りました!」
「何だって!?」
報告を受けたミレッタは、一瞬だけ顔をしかめた。
回復薬の数には限りがある。
戦闘が始まって間もないというのに、すでに負傷者が出始めていた。
このまま戦いが長引けば、回復薬だけで対応し続けるのは難しい。
だが――。
「だったら、温泉まで運ぶんだ!」
ミレッタは、迷わず指示を出した。
「大地の湯宿へ連れていけ! 負傷者を寝かせて、温泉に入れられる状態なら、生命力回復の湯を利用するんだ! ただし、意識がない者や重傷者を優先してくれ!」
「了解!」
遊撃隊の面々が、負傷した冒険者を担架代わりの板に乗せ、街へ向かって走り出す。
別の隊員たちは、負傷者が通る道を確保しながら、街へ入り込もうとする魔物を迎え撃っていた。
「街の中へ一体たりとも通すんじゃないよ!」
ミレッタが叫ぶ。
「怪我人を守りながら、撃ち漏らした魔物を始末する! 焦らず、確実にやるんだ!」
「「「了解!」」」
遊撃隊は、前線の隙間を埋めるように動き始めた。
負傷者を救出し、街へ抜けた魔物を仕留め、必要に応じて前衛を援護する。
派手さこそないものの、その働きは戦場を支えるうえで欠かせないものだった。
そして――。
「エレナさん! ワイバーンが来ます!」
弓兵の叫び声が響いた。
上空では、五体のワイバーンが大きく旋回していた。
そのうちの一体が翼を畳み、街へ向かって急降下を始める。
「させません!」
エレナが一歩前へ出た。
彼女の周囲に、青白い光が集まり始める。
「静かなる光よ……我が声に応え、天を駆ける雷となれ!≪サンダーボルト≫」
詠唱とともに、彼女の指先から強烈な雷光が迸った。
――バリバリバリッ!
雷撃は夜空を切り裂き、急降下してきたワイバーンへと直撃する。
「ギャアアアアッ!」
耳をつんざくような鳴き声。
ワイバーンの全身が青白い光に包まれ、その翼が大きく痙攣した。
飛行能力を失った巨体が、制御を失って落下していく。
「一体!」
エレナは、すぐさま次の標的へ視線を移した。
別のワイバーンが、横合いから街へ回り込もうとしている。
「逃がしません!」
再び、雷撃が放たれた。
今度はワイバーンの翼を正確に捉える。
雷に打たれた魔物は大きく体勢を崩し、そのまま地面へと墜落した。
さらに、後方から迫る三体。
エレナは一体ずつ確実に狙いを定め、雷魔法を放っていく。
「す、すごい……!」
弓兵の一人が、思わず声を漏らした。
「飛んでいるワイバーンを、あんなに正確に……!」
「さすがエレナさんだ!」
だが、エレナの表情は険しいままだった。
撃ち落とすことだけを考えれば、もっと広範囲に雷撃を放つ方法もある。
しかし、ワイバーンが落下する場所を間違えれば、街の家屋や商店を巻き込んでしまう。
せっかく築き上げてきたドーゴを、自分たちの手で壊すわけにはいかなかった。
「落下地点を……街の外へ!」
エレナは魔力の流れを細かく調整しながら、ワイバーンの飛行方向を見極めていく。
一体目は、街道脇の空き地へ。
二体目は、建物の少ない開発予定地へ。
三体目も、可能な限り人家から離れた場所へ。
彼女は落下地点を見定めながら、次々とワイバーンを撃墜していった。
しかし――。
「……っ!」
最後の一体が、雷撃を受けながらも大きく進路を変えた。
翼を痙攣させながら、街の方へ流されていく。
「まずい!」
大地が前線から振り返った。
ワイバーンは、建設途中の商店へと向かっている。
このままでは、建物に直撃する。
「エレナ!」
「分かっています!」
エレナは即座に魔力を集中させた。
二度目の雷撃が放たれる。
――バリィィィッ!
雷光がワイバーンの胴体を貫いた。
その巨体は商店の屋根すれすれを通過し、隣の建物の外壁をかすめながら、ようやく地面へと落下した。
――ドガァァァンッ!
土煙が舞い上がる。
商店の屋根の一部が崩れ、隣の建物の壁にも大きな亀裂が走った。
幸い、建物の中には人がいなかったようだ。
それでも、街の一部が損壊したことに変わりはない。
「……くっ。完全には防げませんでしたか」
エレナは悔しそうに唇を噛んだ。
「いや、十分だ!」
大地の声が飛んできた。
「街への被害を、最小限に抑えてくれた! ありがとう、エレナ!」
その言葉に、エレナは一瞬だけ目を見開いた。
そして、すぐに小さく頷く。
「……はい!」
一方、地面へ落ちたワイバーンたちは、まだ完全には動きを止めていなかった。
雷撃によって全身を痺れさせながらも、鋭い爪を振り回し、周囲の地面を削っている。
「よし、こっちはあたしたちに任せな!」
ミレッタが遊撃隊を率いて駆けつけた。
「雷で動きが鈍ってる! 今のうちに仕留めるよ! ただし、油断するんじゃない! 尻尾と爪には気をつけな!」
「「「了解!」」」
遊撃隊が一斉に散開する。
動きの鈍ったワイバーンを取り囲み、攻撃をかわしながら、確実に急所を狙っていった。
ミレッタ自身も、魔道具を用いてワイバーンの動きを封じ、仲間たちが攻撃する隙を作る。
やがて――。
最後のワイバーンが、地面に倒れ込んだ。
「……よし。これで全部だね」
ミレッタは周囲を見渡しながら、短く息を吐いた。
上空に残る影はない。
五体すべてが撃墜され、遊撃隊によって処理されたのだ。
「エレナさん、すげえ……!」
冒険者の一人が、空を見上げながら声を上げた。
「ワイバーンを五体も、一人で……!」
「大地様も、とんでもない強さだぞ!」
「リゼさんもだ! あの速さ、まるで何も見えなかった!」
戦場のあちこちから、驚嘆の声が上がる。
大地が一撃で魔物の群れを薙ぎ払い、リゼが目にも止まらぬ速さで敵を切り伏せる。
そして、エレナは上空から迫る脅威を、的確な雷魔法で撃ち落とした。
その圧倒的な実力は、戦っている者たちの目にもはっきりと映っていた。
「俺たちも負けてられねえぞ!」
「そうだ! この街を守り抜くんだ!」
冒険者たちの声に、次第に力がこもっていく。
恐怖が完全に消えたわけではない。
それでも、自分たちには戦える力がある。
そして、目の前には頼もしい仲間たちがいる。
その事実が、彼らの士気をさらに高めていた。
「ははっ! いい顔になってきたじゃないか!」
エルザは大剣を振るいながら、豪快に笑った。
「よし、押し返すぞ! 三人一組を崩すな! 仲間を守りながら、確実に前へ進め!」
「「「おおおおっ!」」」
前衛の冒険者たちが、一斉に魔物の群れへと踏み込んでいく。
地上の戦況は、少しずつこちらに傾き始めていた。
しかし――。
「……ダイチ」
リゼが、短く声をかけた。
「どうした?」
「……左から来る」
大地は、リゼの言葉に即座に反応した。
視線を向けるよりも早く、身体を捻る。
直後、巨大な爪が大地の脇を通り過ぎた。
「おっと!」
大地は魔物の腕を掴み、そのまま力任せに地面へ叩きつける。
――ドゴンッ!
地面が揺れ、魔物の巨体が動かなくなった。
同時に、リゼの短剣が大地の背後へ迫っていた別の魔物の首を刈り取る。
「……右、二体」
「あいよ!」
大地は振り返ることなく、右足を軸に身体を回転させた。
迫ってきた二体の魔物を、まとめて蹴り飛ばす。
その間に、リゼは大地の背後へ回り込み、飛びかかってきた魔物を短剣で仕留めた。
二人は互いに背中を預けながら、次々と魔物を処理していく。
「……やっぱり、リゼと組むと戦いやすいな!」
大地が笑いながら言った。
「……私も」
リゼは短く答える。
言葉は少ない。
だが、二人の動きには一切の迷いがなかった。
大地が攻めれば、リゼが死角を守る。
リゼが踏み込めば、大地が彼女に迫る敵を吹き飛ばす。
互いの動きを信頼しているからこそ、振り返る必要すらないのだ。
「……これなら、いくらでも相手できそうだな!」
大地は拳を握り直した。
しかし、その視界の先では、まだ魔物が押し寄せ続けている。
前線の冒険者たちにも、疲労の色が見え始めていた。
「ぐっ……!」
盾で魔物の突進を受け止めた冒険者が、苦しげに呻く。
「押し返せ! あと少しだ!」
仲間が援護に入り、何とか魔物を押し返す。
別の場所では、自警団員が攻撃を受け、地面に膝をついていた。
「負傷者だ! 遊撃隊を呼べ!」
その声に、後方で待機していた遊撃隊がすぐさま動き出す。
「こっちは任せな!」
ミレッタが負傷者のもとへ駆け寄った。
「意識はあるね? よし、二人で肩を貸して街まで運びな! 温泉で回復できる可能性がある! 無理はさせるんじゃないよ!」
「分かりました!」
負傷者が後方へ運ばれていく。
別の隊員は、街の入口付近へ回り込み、前線から抜け出した魔物を迎え撃っていた。
「そっちに一体抜けたよ!」
「任せろ!」
遊撃隊の冒険者が剣を振るい、街道へ向かっていた狼型の魔物を仕留める。
「よし、次だ! 街へ入れさせるな!」
遊撃隊は、前線と街の間を縦横無尽に駆け回っていた。
回復薬が不足し始めた今、負傷者を適切に後方へ下げることは何より重要だった。
大地が掲げた「誰も死なせない」という言葉。
それを実現するためには、前線で戦う者たちだけでなく、彼らを支える者たちの働きも欠かせない。
「……みんな、頼んだぞ」
大地は一瞬だけ後方を見やり、再び前を向いた。
自分が戦っている間にも、仲間たちはそれぞれの役目を果たしてくれている。
ならば、自分も立ち止まるわけにはいかなかった。
「うおおおおおっ!」
大地の拳が、再び魔物を吹き飛ばす。
その隣では、リゼが短剣を閃かせていた。
二人の進撃によって、魔物の群れの一角が大きく崩れていく。
「すごい……。本当に、押し返しているぞ!」
「このままなら、いけるんじゃないか!?」
冒険者たちの間に、希望の声が広がった。
そして――。
「ダイチさん!」
前線から少し離れた場所で、エレナが声を上げた。
「ワイバーンはすべて撃墜しました! こちらも、前線へ加勢します!」
「分かった! 頼む!」
大地が応じる。
エレナは、魔力の残量を確かめるように一度だけ目を閉じた。
ワイバーンを撃墜するため、彼女はかなりの魔力を消費している。
それでも、まだ戦える。
何より、地上の魔物を相手にしている冒険者たちの負担を、少しでも減らしたかった。
「静かなる光よ……」
エレナの周囲に、再び魔力が集まる。
「我が前に集いし敵を、光の奔流で打ち払え!≪ホーリーランス≫」
彼女の頭上に、複数の魔法陣が展開された。
その直後。
――ドドドドドォォォンッ!
幾筋もの光が地上へと降り注いだ。
魔物の群れの中央で、次々と爆発が起こる。
炎と風、そして光の魔法が重なり、押し寄せていた魔物たちをまとめて吹き飛ばしていった。
「うおおっ! すげえ!」
「エレさんの魔法だ!」
「今だ! 前へ出ろ!」
冒険者たちが一斉に攻勢へ転じる。
魔法によって崩れた魔物の陣形へ、前衛が踏み込んでいく。
エルザの大剣が唸りを上げ、リゼの短剣が閃き、大地の拳が敵を薙ぎ払う。
それぞれが持つ力を存分に発揮し、魔物の群れを押し返していった。
戦場には、歓声と雄叫びが響き渡る。
一時は圧倒的な数に押されていた防衛側が、確実に反撃を始めていた。
だが――。
「……ん?」
大地は、ふと違和感を覚えた。
魔物たちの動きが、わずかに変化している。
先ほどまでは、目の前の敵に向かって無秩序に突進してくる個体が多かった。
ところが今は、一部の魔物がこちらの攻撃を避けるように動き、別の魔物がその隙間を埋めるように前へ出ている。
まるで、戦場全体を見渡しながら指示を出している者がいるかのようだった。
「……エレナ」
大地は、少し離れた場所にいる彼女へ声をかけた。
「この魔物たち……何か、動きが変じゃないか?」
「はい。私も気になっていました」
エレナは、魔物の群れを見つめながら頷いた。
「先ほどから、魔力の流れに妙な変化があります。魔物たち自身のものとは異なる魔力が、群れの後方から伝わってきているようです」
「後方……?」
大地は、森の奥へと視線を向けた。
そのときだった。
魔物の群れが、左右へと割れ始めた。
まるで、何者かのために道を開けるかのように。
前線で戦っていた冒険者たちも、その異様な光景に気づき始める。
「おい……何だ?」
「魔物が、道を空けている……?」
ざわめきが広がる。
そして、薄暗い森の入口から、数人の人影が姿を現した。
全身を黒い外套で覆い、顔を深く隠した者たち。
彼らは魔物を恐れる様子もなく、群れの中をゆっくりと歩いてくる。
その周囲では、巨大な狼型の魔物や、硬い鱗を持つ魔物たちが、まるで護衛のように付き従っていた。
「……あいつらか」
大地の表情が険しくなる。
事前の報告にあった、魔物を指揮しているという謎の人間たち。
ついに、その姿を現したのだ。
黒い外套の男たちは、戦場を見渡しながら、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
そのうちの一人が、ふと足を止めた。
そして――。
「……ほう」
低く、くぐもった声が響いた。
「人間どもが、思った以上に善戦しているではないか」
男は、目の前で繰り広げられる戦いを眺めながら、愉快そうに笑った。
「これは……少々、予定を変更する必要がありそうだな」
その言葉と同時に、男の足元で、一体の魔物が低く唸り声を上げた。
大地は拳を握りしめた。
ようやく、敵の本命が姿を現したのだ。
「……お前たちが、この魔物の群れを操っているのか?」
大地の声が、戦場に響き渡る。
黒い外套の男は、ゆっくりと顔を上げた。
その奥に隠された表情は、まだ見えない。
ただ、その視線だけは、はっきりと大地を捉えていた。
そして――。
「さて。そうだと答えたら、どうする?」
男の声には、余裕すら感じられた。
大地は、一歩前へ踏み出す。
背後では、リゼが短剣を構え、エレナが再び魔力を練り始めていた。
エルザもまた、冒険者たちを率いながら、黒い外套の男たちへ警戒の目を向けている。
魔物の大群との戦いは、まだ終わっていない。
そして、ここから先は、ただ数の多い魔物を倒すだけでは済まないだろう。
大地は、目の前の男たちを睨み据えた。
「……だったら、直接聞かせてもらおうか」
拳を強く握りしめる。
「お前たちの目的は何だ。そして――この街に、何をするつもりだ?」
薄闇の中、黒い外套の男たちが静かに笑った。
戦いは、次の局面へと移ろうとしていた。
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