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異世界温泉宿経営♨️ 〜「戦闘スキルをください!とお願いした女神がくれたのは、まさかの“銭湯スキル”でした〜  作者: 回胴めぐり


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【第102話】集いし者たち


『湯の都ドーゴ』の北側。


大地たちは、街道の先に広がる森をじっと見据えていた。


冬枯れの木々が立ち並ぶ森は、すでに夕闇に包まれ始めている。


その奥では、森全体が巨大な生物のように蠢いている


かのように、木々の影が不気味に揺れていた。


「……まだ姿は見えないな」


大地が呟く。


聞こえてくるのは、時折響く地鳴りのような音だけだった。


それは遠くから、ゆっくりと近づいてきている。


「ですが、確実に近づいています。魔力の気配も、少しずつ強くなっていますね」


隣に立つエレナが、森を見つめながら答えた。


「……ユズキが警戒していたのも、これが原因か」


大地は小さく息を吐いた。


相手は数百の魔物。


しかも、その後方には黒い外套をまとった謎の人間たちがいるという。


何を目的としているのかは分からない。


ただ一つ確かなのは、このまま進軍を許せば、街に大きな被害が出るということだった。


「ダイチさん、あまり前に出すぎないでくださいね」


エレナが心配そうに声をかける。


「分かってるよ。まずは相手の出方を見ないとな」


そう答えたものの、大地の視線は森から離れなかった。


そのときだった。


「大地さーん!」


街道の後方から、聞き慣れた声が響いた。


振り返ると、数人の冒険者たちがこちらへ駆けてくるところだった。


先頭を歩いているのは、黒髪の女戦士エルザ。


その後ろには、剣や槍、弓など、それぞれの武器を携えた冒険者たちが続いている。


「エルザ!」


「待たせたね。ギルドで参加者を募ってきたよ!」


エルザは大剣を背負い直しながら、豪快に笑った。


「……本当に来てくれたんだな」


「当たり前だろう? あたしだけじゃないよ」

エルザが後ろを振り返る。


そこには、以前からこの街で活動している冒険者たちの姿があった。


「大地さん! 俺たちも参加します!」


「いつも温泉で疲れを癒やしてもらってるんだ。今度は俺たちが恩返しする番だろ!」


「街を守るためなら、俺たちも力を貸します!」


次々と上がる声。


その表情には緊張が浮かんでいたが、逃げ出そうとする者はいなかった。


大地は、彼ら一人ひとりの顔を見つめた。


「……ありがとう。みんな、本当にありがとう」


その言葉に、冒険者たちは照れくさそうに笑った。


さらに、その後方からも人々が集まってくる。


「大地様! 俺たちも来ました!」


「商店街の者たちで自警団を組んできました!」


「戦闘経験は少ないですが、街を守るためにできることは何でもやります!」


現れたのは、街の住民たちだった。


武器を持った者もいれば、盾や槍を手にした者もいる。


中には、普段は商店を営んでいる者や、街の建設作業に携わっている職人の姿もあった。


彼らはそれぞれの仕事を切り上げ、自らの意思でここへ集まってきたのだ。


「おいおい……。こんなに来てくれたのか」


大地は、思わず目を見張った。


冒険者ギルドから駆けつけた者たち。


街の商人や職人を中心に結成された自警団。


さらに、戦闘経験のある住民たちも加わっている。


その人数は、次第に増えていった。


やがて、最後の参加者が合流したところで、エルザが大地のもとへ歩み寄る。


「全員揃ったよ。冒険者と自警団を合わせて、だいたい八十人ってところだね」


「八十人……」


大地は、集まった人々を見渡した。


対する魔物の軍勢は数百。


単純な数だけを比べれば、こちらが圧倒的に不利だった。


しかも、相手には魔物を指揮する謎の人間たちまでいる。


普通に考えれば、勝ち目の薄い戦いだろう。


それでも、ここにいる者たちは逃げずに集まってくれた。


自分たちの街を守るために。


大切な人たちが暮らす場所を守るために。


「……そうだ」


大地は、ふと思い出したように仲間たちへ視線を向けた。


「みんなの強化は、もう終わっているんだよな?」


「もちろんだよ、ダイチ」


ミレッタが胸を張って答えた。


「さっき、全員に足湯を使ってもらっただろ? 身体能力も魔力も、ちゃんと強化されてるよ」


そう。


集まった者たちは、戦場へ向かう前に『大地の湯宿』の足湯を利用していた。


大地の持つ温泉スキルによる強化効果。


全身を湯に浸からずとも、足湯を通じて身体と魔力に働きかけることができる。


もちろん、温泉に長時間浸かった場合ほどの効果は望めない。


それでも、通常の状態と比べれば大きな違いがあった。


身体能力が向上し、魔力の巡りもよくなる。


戦闘に慣れた冒険者たちにとっても、その効果は十分に実感できるものだった。


「いやあ、あの足湯はすごかったな!」


一人の冒険者が、興奮した様子で声を上げる。


「身体が軽いんだよ! いつもより剣を振るのが楽になった!」


「俺もだ! 魔力の流れが、いつもよりずっと滑らかになってる!」


「これなら、普段以上に戦えそうだ!」


次々と上がる声に、自警団の面々も頷いた。

「俺たちまで強化してもらえるなんてな……」


「大地様には感謝してもしきれません!」


「だからこそ、この力を無駄にはできない!」

彼らの表情には、先ほどまでとは違う自信が浮かび始めていた。


もちろん、強化されたからといって、数百の魔物を相手にする危険がなくなるわけではない。


それでも、何も準備をせずに戦うよりは、はるかに可能性がある。


大地は、集まった八十人を見渡しながら、静かに頷いた。


そして――。


「みんな、聞いてくれ!」


大地の声が、夕暮れの街道に響き渡った。


ざわめきが収まり、全員の視線が一斉に集まる。


「今からここは戦場になる!」


大地は、森の奥を指し示した。


「報告では、魔物は数百! しかも、その群れを指揮する謎の人間までいる始末だ。正直に言えば、決して楽な戦いにはならないと思う!」


誰もが真剣な表情で耳を傾けていた。


「そんな状況の中、危険を顧みず、こうして呼びかけに応じてくれたこと。本当に感謝します!」


大地は深く頭を下げた。


「ありがとう!」


その言葉に、一瞬だけ静寂が訪れた。


街の長である大地が、自分たちに向かって頭を下げている。


それを見た冒険者たちも、自警団の面々も、思わず顔を見合わせた。


大地は顔を上げると、改めて全員を見渡した。


「そして、今回の防衛に参加してくれた人には、冒険者ギルドから支払われる報酬とは別に、一人につき金貨五枚を支払います!」


「金貨五枚だと!?」


「ギルドの報酬とは別にか!?」


驚きの声が上がった。


金貨五枚。


この世界では、一枚だけでも決して軽い金額ではない。


それが、ギルドの報酬とは別に支払われるというのだ。


大地は、さらに言葉を続けた。


「それから……もし、万が一のことがあって、家族を残して亡くなる人がいた場合には、追加で金貨十枚を、そのご家族に支払います!」


その言葉に、集まった者たちの表情が引き締まる。


大地は、決して軽い気持ちで戦いを命じているわけではなかった。


誰かが傷つくかもしれない。


誰かが命を落とすかもしれない。


そんな現実を理解したうえで、それでも彼らの力を借りようとしているのだ。


だからこそ、大地は一人ひとりの顔を見ながら、力強く言い切った。


「ただし!」


その声が、再び周囲に響く。


「絶対に、俺が誰も死なせない!」


大地は拳を握りしめた。


「俺は、この街を守るために戦う。でも、それは誰かを犠牲にしていいって意味じゃない! 危険を感じたら、何よりも自分の身を一番に考えてくれ! 無理だと思ったら、迷わず下がっていい! 生きて帰ることを、絶対に忘れないでくれ!」


その言葉には、街長としての責任だけではなく、一人の人間としての本心が込められていた。


「俺は、この街が好きだ!」


大地は、背後にある街を振り返った。


そこには、少しずつ形になってきた商店や住居がある。


『大地の湯宿』を中心に、人々が集まり、笑い合い、新しい暮らしを築いてきた場所。


まだ完成していない。


これから整えなければならないことも、山ほどある。


それでも、ここは大地にとって、かけがえのない場所になっていた。


「ここには、俺の大切な仲間たちがいる! みんなが力を合わせて作り上げてきた、俺たちの街がある!」


大地は、再び前を向いた。


「だから――俺と一緒に、この街を守ってくれ!」


一瞬の沈黙。


そして。


「「「おおおおおおおおっ!!!」」」


大地の言葉に応えるように、地鳴りにも似た歓声が上がった。


冒険者たちが武器を掲げ、自警団の面々が拳を突き上げる。


「俺たちの街を守るぞ!」


「大地様についていきます!」


「絶対に負けるもんか!」


「生きて帰って、みんなで温泉に入るぞ!」


最後の声に、あちこちから笑いが起こった。


緊張に満ちていた空気が、少しだけ和らぐ。 


恐怖が消えたわけではない。


それでも、彼らの目には、先ほどまでとは違う光が宿っていた。


自分たちは一人ではない。


この街を守ろうとしている仲間が、ここにいる。


そして、その先頭に立つ大地が、誰一人として見捨てないと宣言してくれたのだ。


大地は、沸き上がる歓声を聞きながら、隣に立つ三人へ視線を向けた。


エレナ、ミレッタ、リゼ。


三人とも、顔を赤らめながら、どこか誇らしげな表情で大地を見つめていた。


目が合うと、エレナが柔らかく微笑む。


ミレッタも、いつもの調子で口元を緩めた。


リゼは相変わらず表情こそ乏しいものの、その瞳には確かな温かさが宿っている。


大地もまた、三人と顔を見合わせて微笑んだ。


――この人たちと、この街を守る。


改めて、そう心に誓った。


◇

歓声が少しずつ収まった頃。


大地は、三人へそっと顔を近づけた。


「……なあ」


「はい? どうしました、ダイチさん?」


エレナが首を傾げる。


大地は一度、周囲の様子を確認してから、小さな声で切り出した。


「今からでも、お前らだけでも避難してくれないかな?」


「……は?」


最初に反応したのは、ミレッタだった。


「ちょっと待て、ダイチ。今さら何を言ってるんだ?」


「いや、だってさ……」


大地は困ったように頭を掻いた。


「相手は数百の魔物だぞ。何が起きるか分からないし、指揮している人間たちの正体だって不明だ。できることなら、お前らには安全な場所にいてほしいんだよ」


本音だった。


エレナも、ミレッタも、リゼも。


大地にとって、誰一人として失いたくない大切な仲間だ。


だからこそ、できることなら危険から遠ざけておきたい。


しかし――。


「ダイチ!」


ミレッタが、腰に手を当てて大地を睨んだ。


「あたしはお前と離れる気はないぞ!」


「ミレッタ……」


「そもそも、あたしだってこの街を守るために来たんだ! 今さら一人で逃げられるわけないだろ!」


彼女は胸を張り、力強く言い切った。


「それに、あたしは魔道具技師だ。戦闘だってそれなりにやれる。できることがあるなら、最後までやるってもんよ!」


その言葉に、大地は何も言い返せなかった。


続いて、リゼが一歩前へ出る。


「……ダイチの背中は、私が守るから」


短い言葉だった。


けれど、そこには彼女の揺るぎない意志が込められていた。


かつて、仲間を失ったリゼ。


その心に刻まれた傷は、今も完全には癒えていない。


だからこそ、彼女はもう二度と、大切な人を失いたくなかった。


「リゼ……」


「……私も、ダイチの大切な場所を守りたい。それに……ダイチを一人で戦わせるつもりはない」


リゼは、腰に携えた短剣へそっと手を添えた。


「……絶対に、守る」


大地は、彼女の瞳を見つめた。


そこに迷いはなかった。


そして最後に、エレナが大地の手をそっと握った。


「ダイチさん……」


「エレナ」


「私たち、ずっと一緒にいるって約束しましたから」


エレナは、穏やかに微笑んだ。


「ダイチさんが、この街を守るために戦うのなら、私も一緒に戦います。あなたの隣にいることが、私の望みですから」


「……でも、エレナ。お前は皇国の第一皇女なんだぞ。もし何かあったら……」


「それでも、です」


エレナは、大地の手をぎゅっと握りしめた。


「私は皇女である前に、ダイチさんの大切な人でありたい。そして、あなたが大切にしているものを、私も一緒に守りたいんです」


その言葉に、大地は思わず顔を伏せた。


参った。


これ以上、何を言っても無駄だろう。


三人とも、自分と同じくらい、この街を大切に思ってくれている。


そして、自分のことも心配してくれている。

それが分かるからこそ、強く言い返すことなどできなかった。


「はぁ……分かったよ」


大地は、諦めたように息を吐いた。


「もう何も言わない」


「ふふっ。分かっていただけましたか?」


エレナが嬉しそうに微笑む。

「ただし、無茶はするなよ。危険だと思ったら、必ず俺に知らせてくれ」


「もちろんだよ!」


ミレッタが即答する。


「……分かった」


リゼも小さく頷いた。


エレナは、大地の手を握ったまま、優しく微笑んでいる。


大地は三人を順番に見つめたあと、森の方へと視線を戻した。


「……絶対に守り抜くぞ」


それは、三人に向けた言葉であり、自分自身に言い聞かせる言葉でもあった。


この街も。


ここに集まってくれた人たちも。


そして、目の前にいる大切な仲間たちも。


誰一人として失うつもりはない。


大地は、ゆっくりと拳を握りしめた。


◇


そのときだった。


――ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。


地面の奥底から響いてくるような、低い音が聞こえ始めた。


「……来たか」


大地の表情が、一瞬で引き締まる。


周囲にいた冒険者たちも、自警団の面々も、次々と森へ視線を向けた。


音は、確実に大きくなっている。


――ドドドドドドドド……。


まるで、大地そのものが震えているかのようだった。


冬枯れの木々が揺れ、枝に残っていた枯れ葉が音もなく地面へ落ちていく。


森の奥から漂ってくる魔力の気配も、先ほどとは比べものにならないほど強くなっていた。


「……すごい数ですね」


エレナが、静かに呟いた。


その額には、わずかに汗が浮かんでいる。


魔力を感知する能力に優れた彼女には、森の奥にいる魔物たちの存在が、はっきりと感じ取れているのだろう。


「……ああ」


大地は短く答えた。


目の前の森は、薄暗い闇に沈みつつあった。


その奥で、無数の影が動いている。


木々の間を縫うように、何かがゆっくりと近づいてくる。


一体。


また一体。


やがて、森の入口付近に立つ木々の隙間から、最初の魔物が姿を現した。


「……っ!」


誰かが息を呑んだ。


現れたのは、体高二メートルを超える巨大な狼型の魔物だった。


鋭い牙を剥き出しにし、赤く光る眼でこちらを見据えている。


その背後からは、全身を硬い鱗に覆われたトカゲ型の魔物が姿を現した。


さらに、巨大な角を持つ猪型の魔物。


鋭い爪を備えた猿型の魔物。


空を舞う、翼の生えた異形の魔物たち。


その種類は多岐にわたり、統一感などまるでなかった。


本来なら、互いに縄張りを争い、敵対していてもおかしくない魔物たち。


それが今は、同じ方向へ向かって進んでいる。


まるで、何者かに統率されているかのように。


「おいおい……嘘だろ……」


冒険者の一人が、乾いた声を漏らした。


「こんなに種類の違う魔物が、一緒に行動するなんて……」


「しかも、あの数……!」


森の奥からは、次々と魔物が現れ続けていた。


十体。


二十体。


その数は、あっという間に増えていく。


やがて、森の入口を埋め尽くすほどの魔物が姿を現し始めた。


その光景は、まさに異様だった。


薄暗くなった森を背に、無数の魔物たちがこちらへ向かって進んでくる。


地面を踏み鳴らす足音が重なり、空気を震わせる唸り声が響き渡る。


そのすべてが、一つの目的に向かって動いているように見えた。


『湯の都ドーゴ』。


人々が希望を抱き、少しずつ作り上げてきた新たな街。


その街を目指して、魔物の軍勢が迫っていた。


大地は、静かに息を吸い込んだ。


隣では、エレナが魔力を巡らせている。


ミレッタは装備を確認し、リゼは二本の短剣を構えた。


その後方では、冒険者たちが武器を握りしめ、自警団の面々もそれぞれの持ち場へと視線を向けている。


恐怖はある。


不安もある。


それでも、誰一人として逃げ出そうとはしなかった。


大地は、目の前に広がる魔物の軍勢を見据えた。


「……ここから先は、一歩も通さない」


静かな声だった。


しかし、その言葉には確かな覚悟が宿っていた。


そして――。


薄暗い森から姿を現した魔物たちは、地響きを響かせながら、ゆっくりと『湯の都ドーゴ』へ向かって進み始めた。


戦いの始まりは、もう目の前に迫っていた。

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