【第11話】クレーベルへの帰路
「…………え?」
大地の声が、静かな森の中に響いた。
「ダイチさん……?」
エレナも大地の隣からステータス画面を覗き込む。
「何か表示されているんですか?」
「はい……」
大地は画面を指差した。
【特殊条件達成】
【新たな温泉効能が解放されました】
【泉質調整LV:1】
【新規効能候補――『生命力回復』】
「生命力……回復?」
エレナが首を傾げる。
「聞いたことのない効能ですね」
「俺もです」
大地は画面をじっと見つめる。
「そもそも、さっきまでこんなの表示されてなかったですよね?」
「はい」
「じゃあ、なんで急に……」
大地は考え込む。
そして――。
ふと、先ほどの魔物がいた方へ視線を向けた。
「…………」
エレナも同じ方向を見る。
「……もしかして」
「はい?」
「いや……」
大地は首を振る。
「まだ何とも言えないです」
「そうですね」
エレナも頷いた。
「何か条件があるのかもしれません」
「条件……」
大地はもう一度、画面を見る。
しかし、表示されているのは『特殊条件達成』という文字だけ。
具体的な条件は、何も書かれていない。
「ゲームみたいに、条件を教えてくれるわけじゃないんだな……」
「ゲーム?」
「いえ、こっちの話です」
大地は苦笑した。
「でも、これはかなり重要ですよ」
「はい」
エレナも真剣な表情になる。
「『生命力回復』……もし名前通りの効果なら、治癒魔法とは違う可能性があります」
「どういうことです?」
「治癒魔法は、傷を治す魔法です」
エレナは、先ほど魔物を治療した自分の手を見る。
「ですが、生命力そのものを回復させるのであれば――」
「怪我じゃなくても使える?」
「可能性はあります」
「疲労とか?」
「それだけではないかもしれません」
エレナは考え込む。
「病気や衰弱……場合によっては、命そのものに関わるような効果かもしれません」
「……」
大地は言葉を失う。
もし、それが本当なら。
この温泉は、ただ身体能力を強化するだけのものではない。
「……温泉宿、どころじゃないじゃん」
「え?」
「いや」
大地は慌てて首を振った。
「何でもないです」
しかし、その胸の奥には新たな期待が生まれていた。
この温泉には、まだ自分の知らない力がある。
そして――。
その力を使いこなせるようになれば。
自分が思い描いていた温泉宿は、もっと凄いものになるかもしれない。
「……明日が楽しみですね」
「はい」
エレナが微笑む。
「まずは、実際に試してみないと分かりませんから」
「そうですね」
大地も頷いた。
「明日は温泉の検証です」
「はい」
「エレナさんにも入ってもらって――」
「……」
エレナがじっと大地を見る。
「……ど、どうしました?」
「……裸にはなりませんよ」
「…………はい」
大地は残念そうに項垂れる。
「……ふふ。じゃあ、今日はもう帰りましょう」
「そうですね」
二人は再びクレーベルへの道を歩き始めた。
◇
しばらく歩くと、森の出口が見えてきた。
「……やっと出られますね」
「思ったより時間がかかりましたね」
夕暮れだった空は、すでに暗くなり始めている。
遠くには、クレーベルの街明かりが見えていた。
「……そういえば」
大地が口を開く。
「これで今日の宿代くらいは稼げますかね?」
「宿代と食事代を合わせても、二、三日は大丈夫だと思います」
「なら、今日は安心して眠れそうです」
「そうですね」
二人は並んで街へ向かう。
しかし――。
「……ダイチさん」
「はい?」
「一つ、気になっていることがあります」
「なんです?」
エレナは少し真剣な顔をしていた。
「先ほどの魔物のことです」
「ああ」
「私は、あの子を治療しました」
「はい」
「でも……」
エレナは言葉を選ぶように続ける。
「どうしてダイチさんは、あの子を助けようと思ったのですか?」
「え?」
「普通なら、魔物を見た時点で逃げるか、警戒すると思います」
「……」
「ましてや、あの子が魔物だと分かっていたのに」
大地は少し考える。
そして、苦笑した。
「……なんとなく、ですかね」
「なんとなく?」
「はい」
大地は森を振り返る。
「怪我をして苦しんでいるのを見たら、助けたくなっただけです」
「……」
「本当は助けてもらいたいのに、『助けて』って言えないこともありますからね」
前世のことを思い出しながら、大地は目を伏せる。
それを聞いたエレナは、しばらく黙っていた。
やがて――。
「……不思議な人ですね」
「そうですか?」
「はい」
エレナは小さく笑った。
「この世界では、なかなかいないと思います」
「褒められてます?」
「……どうでしょう?」
「そこは褒めてくださいよ」
「……私は好きですよ。そういう考え方」
「ふむ……愛の告白とは……。エレナさん、意外と大胆ですね……。あっ、もちろん、返事はOKです!」
「……ふふっ」
エレナは思わず吹き出した。
こんなに笑ったのは、いつ以来だろう。
自分が「助けて」と言えば、この人は助けてくれるだろうか。
「一人ぼっちは本当はつらい」と。
「泣きそうになるほど寂しい」と。
そう言えば、この人は側にいてくれるだろうか。
そんなことを考えて――。
エレナは、そっと首を振った。
「……ふふふ。ちゃんと前を見て歩かないと、転んじゃいますよ! 私は先に街へ帰っちゃいますからねー!」
「エ、エレナさん! ちょっと待ってくださいよー!」
エレナが駆け出し、大地も慌ててその後を追いかける。
二人の笑い声が、陽の落ちた街道に響いていた。




