【第10話】魔物は討伐対象です!
二人はクレーベルに向かって、森の中を歩いていた。
「薬草採集って、まぁまぁ大変なんですね」
「……ふふ。そうですね」
茜色に染まる空を眺めながら、二人はクレーベルへの帰路を進んでいく。
「明日からはどうされるんですか?」
「お金もありませんから、薬草採集をしながら、スキルについて色々調べてみようと思ってます」
「なるほど」
背中に担いだ薬草入りの籠を揺らしながら、大地は明日のことを考える。
仮説ではあるが、スキルの仕組みはこんな感じだろう。
『温泉サーチ』
ダウジングのように、温泉の湧き出る場所をナビゲートするスキル。
『泉質調整』
温泉の効能を、自分の意思で変化させるスキル。
現在確認できているのは、【身体能力向上】と【魔力回復】。
『温泉効能強化』
自分自身が受ける温泉の効能を強化するスキル。
ただし、効果時間は三分間。
「……持続時間の調整が、一番の課題かな?」
効果が強力だとはいえ、三分間ではできることは限られている。
服を着る時間まで考えないと、またエレナに叱られる。
(……恥ずかしがるエレナさんも可愛かったな)
――いけない。
何かに目覚めかけている。
――露出狂って、こんな気持ちなのか……?
「……何か、変なこと考えてませんか?」
「い、いえ! スキルのことを考えていました!」
エレナが小さくため息をつく。
「なら、いいんですけど……。ちょっと変わったスキルでしたものね」
エレナは真剣な顔になる。
「もし、あの効果を意図的に付与したり、調整したりできるのであれば、使えるのは戦闘だけではありません」
「採取や狩りにも使える?」
「はい」
エレナは立ち止まり、少し考える。
「身体能力が高くなれば、森での活動そのものが楽になります。重い荷物を運んだり、高い場所に登ったり、長時間歩いたり……」
「なるほど」
「つまり――」
「温泉に入るだけで、仕事の効率まで上がる?」
「そういうことです」
二人は顔を見合わせる。
「……もしうまくいけば、このスキルで温泉宿を作れるかもな」
大地が呟く。
「ですが……」
エレナは少しだけ表情を曇らせた。
「まだ問題があります」
「問題?」
「はい」
エレナは大地を見る。
「ダイチさんの『温泉効能強化LV:EX』です」
「……ああ」
「俺だけ効果が異常なんですよね。さっき考えてたんですけど、効果時間とか調整できないかなって」
「そうですね。もしかしたら、方法があるかもしれません」
「……検証する必要がありますね」
「はい」
「でも、今は温泉に戻れないしなぁ」
「そうですね」
エレナが少し考える。
「なら、明日は私がもう一度入ってみましょう」
「え?」
「今日は足だけだったので、効果が薄かっただけかもしれません。全身浸かれば効果が同じなのか、確認するんです」
「なるほど」
大地は頷いた。
「それなら比較できますね」
「はい」
エレナは微笑む。
「私も気になりますから」
「……じゃあ、明日もエレナさんとデートできるんですね」
「……デ、デートじゃないです! 実験です!」
長い耳まで赤く染め、エレナは慌てて否定する。
(異世界最高! クレア様に万歳!)
その直後――。
「……あれ?」
大地が足を止めた。
「どうしました?」
「今、何か聞こえませんでした?」
エレナも立ち止まる。
「…………」
森の中は静まり返っている。
鳥の声。
木々の葉が風に揺れる音。
そして――。
「……くぅぅん」
小さな鳴き声。
「動物でしょうか?」
「たぶん……」
二人は声のした方向を見る。
「……行ってみます?」
「え?」
「いや、危険ならやめますけど」
「……ダイチさん」
「はい」
「先ほど約束しましたよね?」
「…………」
「考えなしに行動しない、と」
「…………はい」
大地は渋々立ち止まった。
「じゃあ、やめておきましょう」
「はい。それが賢明です」
エレナが微笑む。
――その時だった。
「くぅん……」
また聞こえた。
今度は、先ほどよりも近い。
「……」
大地とエレナは顔を見合わせる。
「……怪我をしているのでしょうか?」
「かもしれません」
エレナの表情が変わった。
「……行きましょう」
「いいんですか?」
「はい」
エレナは頷く。
「ただし、慎重にです」
「了解です」
二人は声のする方向へ歩いていく。
茂みを抜ける。
そこには――。
「……!」
小さな魔物が倒れていた。
犬にも似ている。
しかし、額には小さな角が一本生えている。
「魔物……?」
大地が呟く。
「はい」
エレナが警戒しながら答える。
「おそらく、まだ子供です」
魔物は傷ついた前脚を抱え、苦しそうに息をしている。
「……かわいそうですね」
大地はしゃがみ込もうとする。
「待ってください」
エレナが止める。
「初めて見る魔物です。不用意に近づくのは危険です」
「でも……」
大地は魔物を見る。
魔物もまた、大地を見つめている。
怯えたような瞳。
「……敵意はなさそうです」
「それでも――」
「エレナさん」
大地は静かに言った。
「治せないですか?」
「……」
エレナは魔物を見る。
そして、傷の状態を確認する。
「治療魔法なら……ある程度は」
「じゃあ、お願いします」
「ですが、魔物に治療魔法を使うのは……」
エレナが言葉を止める。
「……普通ではありません」
「そうなんですか?」
「はい」
エレナは少し困ったように笑った。
「魔物は人間族を襲うことが当たり前ですから。巡り巡って、被害者を増やすことになるかもしれません……」
「……」
「魔物は、討伐する対象ですから」
大地は傷ついた魔物を見る。
「でも、こいつは今、俺たちを襲ってないですよね?」
「……はい」
「だったら」
大地は立ち上がる。
「助けてもいいんじゃないですか?」
エレナはしばらく黙っていた。
そして――。
「……分かりました」
エレナは魔物の前にしゃがみ込んだ。
「少しだけ、触れますよ」
「わふ……」
魔物は怯えながらも、逃げようとはしなかった。
エレナが手をかざす。
「生命を司る精霊よ、その慈愛を分け与え給え――ヒール」
淡い光が、魔物の脚を包み込む。
傷口が、ゆっくりと塞がっていく。
「……すごい」
大地が思わず声を漏らす。
やがて、傷は完全に消えた。
魔物はゆっくりと立ち上がる。
そして――。
「わん!」
小さく鳴いた。
「元気になったみたいですね」
「はい」
エレナが微笑む。
魔物は二人を見つめたあと、森の奥へ走っていった。
「……行っちゃいましたね」
「そうですね」
大地は少し寂しそうに笑う。
「でも、よかったです」
「はい」
エレナも微笑む。
その瞬間――。
『条件を満たしました』
「……え?」
大地の目の前に、突然ステータス画面が現れた。
「ダイチさん?」
「いや……」
大地は画面を見つめる。
そこには――。
【特殊条件達成】
【新たな温泉効能が解放されました】
「…………」
「…………」
二人とも固まった。
「……エレナさん」
「はい」
「俺、何かしました?」
「……分かりません」
大地はもう一度、画面を見る。
そこには新たな文字が表示されていた。
【泉質調整LV:1】
【新規効能候補――『生命力回復』】
「…………え?」
大地の声が、静かな森の中に響いた。




