【第100話】小さな手
『湯の都ドーゴ』。
街の名称が決まってから、数日が経過した。
正式な認定には、まだアルディア王国での手続きが必要だったが、街の人々にとって、そんなことは些細な問題だった。
「聞いたか? この街の名前、ドーゴに決まったらしいぞ!」
「温泉を中心に発展していく街には、ぴったりの名前じゃないか!」
「しかも、大地様が街長を務めるんだろう? これからますます賑やかになりそうだな!」
街道沿いの商店では、そんな話題があちこちで飛び交っていた。
職人たちの間でも、街の名前が決まったことは大きな話題になっている。
これまでは、温泉旅館の周辺に商店や住居が集まり始めた開発地という認識が強かった。
しかし、街の名称が決まったことで、人々の意識にも変化が生まれつつあった。
自分たちが暮らし、商売を営み、これから育てていく場所。
それが、ひとつの街として形になろうとしているのだ。
その勢いを受けて、街の整備も新たな段階へと進んでいた。
「よし、そっちの柱をもう少し右に寄せてくれ!」
「了解だ! こっちの木材も運んでくれ!」
街の中心部では、早くも街役場の建設が始まっていた。
木材を運ぶ者、基礎を整える者、図面を広げて職人たちに指示を出す者。
それぞれが忙しそうに動き回り、建物の輪郭が少しずつ出来上がっていく。
街役場は、住民の登録や各種手続き、治安維持に関する相談など、今後の街の運営に欠かせない施設となる予定だった。
もちろん、建物が完成すればすべて解決するわけではない。
役人の確保や運営体制の整備など、まだまだ決めなければならないことは山ほどある。
それでも、街の中心に新たな建物が形になり始めたことで、住民たちの期待はますます高まっていた。
そんな活気に満ちた街を、三人と一匹がのんびりと歩いていた。
「わあ……。ずいぶん進みましたね」
隣を歩くエレナが、街役場の建設現場を眺めながら微笑んだ。
「ほんとだな。辺境伯様が帰られてから、みんなの動きが一段と早くなった気がするよ」
「街の名前が決まったことも、大きいのでしょうね。自分たちが何を目指しているのか、はっきりしましたから」
「それはあるかもな」
大地は頷き、建設現場で働く職人たちへ視線を向けた。
以前は、温泉旅館を中心に人が集まり始めたばかりだったこの場所。
それが今では、商店が増え、住居が建ち、街役場まで造られようとしている。
ここまでの発展を思い返すと、感慨深いものがあった。
もっとも――。
「……街長、かぁ」
「ダイチさん?」
「いや、なんでもない」
思わず漏れた呟きに、エレナが不思議そうに首を傾げる。
大地は苦笑しながら頭を掻いた。
まさか、自分が街長などという立場になるとは、異世界に来たばかりの頃には想像すらしていなかった。
温泉旅館を経営し、ゆっくり暮らせればそれでいい。
そんな気持ちで始めたはずなのに、今では街全体の未来まで考える立場になっている。
人生とは、どこでどう転がるか分からないものだ。
「まあ、引き受けたからには頑張るしかないか」
「はい。私もお手伝いしますから」
エレナは優しく微笑んだ。
そして、その手には小さな手が握られていた。
「……」
白銀色の髪を持つ少女、ユーノである。
ユーノはエレナの手をしっかりと握りながら、周囲の景色をじっと眺めていた。
その足元には、狼のような姿をした聖獣ユズキが寄り添うように歩いている。
「ユーノ、今日はどこまで行ってみようか?」
大地が優しく声をかけると、ユーノはゆっくりと顔を上げた。
「……ん」
小さな声が返ってくる。
それだけでも、大地にとっては嬉しい変化だった。
ユーノを保護してから、少しずつ時間が経過している。
目を覚ましたばかりの頃は、見知らぬ場所や人に対して強い警戒心を抱いていた。
突然の物音に身体を震わせ、知らない人が近づけば、怯えたように身を縮めてしまうこともあった。
言葉もほとんど話せず、自分の気持ちを伝えることも難しい。
今でも、会話らしい会話ができるわけではない。
それでも、確かな変化は現れていた。
こうして外へ連れ出せば、以前よりも周囲を見回す余裕が生まれている。
すれ違う人々を見ても、すぐに怯えることはなくなった。
時には、店先に並ぶ品物を興味深そうに眺めることさえある。
「ユーノ、今日はお散歩が楽しみだったのかな?」
エレナが尋ねると、ユーノは彼女の顔を見上げた。
そして、握っていた手に、きゅっと力を込める。
「……うん」
「ふふっ。そうですか」
エレナは嬉しそうに目を細めた。
大地は、その様子を見ながら微笑んだ。
時間ができると、こうしてユーノを連れて散歩をするのが、最近の習慣になっていた。
旅館の中で過ごす時間も大切だが、少しずつ外の世界に触れてもらいたい。
そう考えて始めたことだった。
もちろん、無理に人と交流させるつもりはない。
本人が興味を示したものを一緒に眺め、疲れたら休み、帰りたくなれば旅館へ戻る。
今は、それで十分だった。
「それにしても、ユズキは本当にユーノのそばから離れないな」
大地が足元へ目を向ける。
ユズキは、ユーノの歩調に合わせるようにゆっくりと歩いていた。
人通りの多い場所では、さりげなくユーノと通行人の間に身体を入れることもある。
まるで、彼女を守るのが自分の役目だと理解しているかのようだった。
「くぅん」
声をかけられたユズキが、ちらりと大地を見上げる。
そのままユーノの隣へ視線を戻すと、何事もなかったかのように歩き続けた。
「……頼もしいな」
「ええ。本当に」
エレナも同意する。
ユーノは、ユズキが近くにいると安心するようだった。
不意に大きな音が聞こえたときも、ユズキの身体にそっと触れ、落ち着きを取り戻すことがある。
長い時間を一緒に過ごしてきたことで、ユーノの中に信頼が芽生えているのだろう。
もしかすると、その信頼が、少しずつ人間への警戒心を和らげる助けにもなっているのかもしれない。
「ユーノにとって、ユズキは大切な友達なんだな」
「……とも、だち?」
大地の言葉に、ユーノが小さく反応した。
「そう。友達」
「……ユズキ」
ユーノは隣を歩くユズキを見下ろした。
それから、そっと手を伸ばし、その背中に触れる。
「……すき」
「くぅん!」
ユズキは嬉しそうに尻尾を振った。
「おお、ちゃんと言えたな!」
大地が思わず声を弾ませる。
「ユーノ、今のはユズキが好きってことですよね?」
エレナも嬉しそうに顔を覗き込んだ。
ユーノは少しだけ困ったように二人を見比べると、再びユズキへ視線を戻した。
「……すき」
今度は、さっきよりも少しだけはっきりとした声だった。
「……そっか」
大地は、自然と頬が緩むのを感じた。
焦る必要はない。
一つずつ、できることが増えていけばいい。
そんなことを思いながら、三人は街道を進んでいった。
◇
「おや、大地様!」
しばらく歩いていると、通り沿いの商店から声がかかった。
振り向くと、店先で商品を並べていた男性が、こちらへ手を振っている。
「こんにちは。今日も忙しそうですね」
「おかげさまで! いやあ、街の名前も決まって、役場まで建て始めたんですからね。こっちも気合が入りますよ!」
男性は、嬉しそうに笑った。
「それに、大地様が街長になられるんでしょう? これからもよろしくお願いします!」
「いやいや、こちらこそよろしくお願いします。まだ正式な手続きもありますし、俺も分からないことだらけですから」
大地が苦笑すると、男性は豪快に笑った。
「ははは! 大地様らしいですな。でも、俺たちは期待していますよ。困ったことがあったら、いつでも言ってください!」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると心強いです」
大地は頭を下げた。
そのやり取りを見ていたエレナも、穏やかな笑みを浮かべている。
街長という役目を引き受けたことで、責任は確かに増えた。
しかし、こうして声をかけてくれる人たちがいる。
一人で何もかも背負う必要はないのだと、改めて感じられた。
この街にいる人々は、色々な国から爪弾きにされてきた人も多く、エレナやユーノの髪色にも偏見が全くない。
種族や外見よりも、個人の性格や人柄をよく見る目が醸成されている。
「……あ、そうだ!」
男性は、何かを思い出したように店の奥へ引っ込んだ。
そして、しばらくすると、小さな包みを手に戻ってきた。
「これ、よかったら持っていってください!」
「え? いいんですか?」
「もちろん! 街の未来を背負ってくれる大地様への、ささやかな差し入れです!」
そう言って男性が差し出したのは、焼き菓子の入った包みだった。
「ありがとうございます。ありがたくいただきます」
大地が受け取ると、男性の視線がユーノへと移った。
「それにしても……可愛らしいお嬢さんですねえ」
「……え?」
「大地様とエレナ様のお子さんですか?」
「ぶっ……!」
大地は危うく吹き出しかけた。
隣では、エレナの肩がぴくりと跳ねている。
「い、いや、この子は――」
「いやあ、そうでしたか! いやいや、お二人とも仲がよろしいですからねえ。それはお子さんの一人二人いても不思議じゃないですよね!」
「ちょ、ちょっと待ってください! 誤解です!」
大地は慌てて手を振った。
「ユーノは、うちの旅館で保護している子なんです。俺たちの子供というわけではなくてですね……」
「ああ、そうだったんですか!」
男性は、納得したように頷いた。
「いや、失礼しました! あまりにもお似合いだったもので、つい!」
「いえ、気にしないでください」
大地は苦笑しながら答えた。
「…お似合い…だ、大地さんとの子供…」
エレナは顔を赤らめて、自分の世界に浸っている。
すると、男性は今度はユーノに向き直り、目尻を下げた。
「そうかそうか。ユーノちゃんというのか。ほら、これも持っていきな!」
店先に並べていた果物の中から、赤く熟した果実を二つ取り出す。
「……?」
ユーノは、差し出された果物を不思議そうに見つめた。
「大丈夫だよ。おいしい果物だからね」
大地が優しく声をかけると、ユーノはそっと両手を伸ばした。
「……ありが、と」
たどたどしい言葉だったが、確かにそう聞こえた。
男性は一瞬驚いたあと、満面の笑みを浮かべた。
「おおっ! ちゃんとお礼まで言えるのか! 偉いなあ!」
ユーノは少しだけ照れたように、果物を胸元へ抱え込んだ。
「ありがとうございます。また寄らせてもらいますね」
大地が改めて礼を言い、その場を離れようとした、そのときだった。
「ちょっと待ってくださいな!」
今度は、隣の野菜を扱う店から女性が顔を出した。
「今の話、聞こえましたよ! こちらのお嬢ちゃん、旅館で暮らしているんでしょう?」
「ええ、まあ」
「だったら、これも持っていってください。うちで採れた野菜ですけど、煮物にでも使ってくださいな!」
そう言って、女性は小さな袋を差し出した。
中には、色鮮やかな野菜がいくつも入っている。
「いや、そんなにいただくわけには……」
「いいんですよ! 街長様と、そのご家族へのお祝いみたいなものですから!」
「ですから、家族では――」
大地の訂正は、最後まで聞いてもらえなかった。
「……か、家族…っ!」
エレナは胸を押さえながら、チラチラと真っ赤な顔を大地に向ける。
「ほら、ユーノちゃん。これもどうぞ!」
女性はユーノへ優しく微笑みかける。
ユーノは大地とエレナを交互に見てから、差し出された袋をそっと受け取った。
「……ありが、と」
「まあ、なんて可愛らしい!」
女性は両手で頬を押さえ、すっかり夢中になっていた。
大地は、思わず天を仰いだ。
「……なんか、どんどん増えていくんだけど」
手元には焼き菓子、果物、野菜。
街を歩き始めて、まだそれほど時間は経っていない。
それなのに、すでに両手が塞がりかけている。
「ふふっ。ユーノは、街の皆さんにも可愛がっていただけているのですね」
エレナが微笑んだ。
「それは嬉しいけどさ……」
大地は苦笑する。
「この調子だと、帰る頃には荷車が必要になりそうだぞ」
「……?」
ユーノは二人の会話を聞きながら、不思議そうに首を傾げていた。
その様子を見て、大地もエレナも、思わず笑みをこぼすのだった。
◇
それからも、散歩は続いた。
建設中の住居を見て回り、商店が増えている区画を歩き、街道の整備状況を確認する。
大地は、気になる場所があれば職人や商人に声をかけ、進捗を尋ねた。
「この道は、いつ頃までに整備できそうですか?」
「そうですね。今の調子なら、あと数日もあれば荷車が通りやすくなると思います」
「分かりました。無理はしないでくださいね。安全第一でお願いします」
「ありがとうございます、大地様!」
街の人々は、以前よりも気軽に大地へ声をかけるようになっていた。
「大地様、街長就任、おめでとうございます!」
「まだ正式な就任というわけじゃないんですけどね」
「ははは! でも、もう皆さん、そのつもりでいますよ!」
「……それはそれで、責任重大だなあ」
そんなやり取りを交わしながら、大地は街の様子を確認していく。
エレナはユーノの手を握り、ゆっくりと歩調を合わせていた。
ユーノは時折、店先に並ぶ色とりどりの商品へ目を向ける。
そのたびに、エレナが立ち止まり、何が置かれているのかを優しく説明していた。
「これは、木の実を使ったお菓子ですよ。こちらは、布で作られた小さな人形ですね」
「……おか、し」
「そう。お菓子です。あとで旅館に戻ったら、みんなで食べましょうね」
「……うん」
ユーノは嬉しそうに頷いた。
その姿を見た店主が、またしても目を輝かせる。
「あらまあ! エレナ様、お子さんとお散歩ですか?」
「えっ……?」
「本当に可愛らしいですねえ。大地様にそっくり……というより、エレナ様に似ていらっしゃるのかしら?」
「い、いえ! この子は――」
「ほら、これも持っていってくださいな。うちの店で焼いたお菓子です!」
店主は、今度は小さな紙袋を差し出した。
「えっ、あの、そんな……」
「いいんですよ。お母さんと一緒に、ゆっくり召し上がってくださいね」
「お、お母さん……」
エレナの声が、少し裏返った。
しかし、店主はそれを恥ずかしがっているのだと勘違いしたらしい。
「あらあら、照れちゃって。初めてのお子さんだと、そういうものですよねえ」
「ち、違います……!」
エレナは顔を真っ赤にして否定した。
その隣で、大地は必死に笑いをこらえていた。
「ダイチさん……!」
エレナが恨めしそうな目を向けてくる。
「いや、ごめん。俺も否定したんだけど、みんななかなか聞いてくれなくてさ」
「そういう問題ではありません……!」
エレナは頬を染めたまま、ぷいっと顔を背けた。
けれども、ユーノがエレナの手を握り直すと、その表情はすぐに柔らかくなった。
「……ユーノは、私と一緒にいるのが好きですか?」
エレナがそっと尋ねる。
ユーノは、彼女を見上げた。
「……エレナ」
「はい」
「……すき」
「……っ」
エレナの頬が、再び赤く染まった。
「そ、そうですか……。私も、ユーノのことが大好きですよ」
そう答えながら、エレナはユーノの手を優しく握り返した。
大地は、その光景を見て胸が温かくなるのを感じた。
ユーノにとって、エレナは安心できる存在になっている。
フォルナが日々の世話をしてくれているのはもちろんだが、エレナに対しては、特に心を許しているようだった。
朝、顔を合わせれば自分から近づいていくこともある。
食事のときには、エレナが近くにいると落ち着いて食べられる。
そして、こうして散歩に出れば、自然と彼女の手を握る。
少しずつではあるが、ユーノの中で、旅館が安心して暮らせる場所になってきているのだろう。
「……よかったな、ユーノ」
大地は、小さく呟いた。
かつて、どんな場所で、どんな目に遭ってきたのか。
ユーノの過去には、まだ分からないことが多い。
無理に思い出させる必要はないし、今すぐすべてを知る必要もない。
ただ、これから先は、安心して笑える日々を過ごしてほしい。
大地は、そう願っていた。
旅館への帰路の途中、大地はエレナのぴんと立った長い耳元で囁く。
「……子供……ほしいのか…?」
エレナは茹蛸のように顔を赤らめて、大地の目をじっと見つめる。
「……………はぃ……あなたとの子供なら…」
二人は、じっと見つめ合い、軽く口づけを交わし、日差しの傾きかけた帰路につく。
◇
二人がユーノに視線を向けると、ユーノはエレナの手を握ったまま、少しだけ目を擦っていた。
「……ねむい?」
エレナが尋ねると、ユーノは小さく頷いた。
「……ん」
「ふふっ。もうすぐ着きますからね」
エレナが微笑むと、ユーノは安心したように彼女へ寄り添った。
ユズキも、当然のようにその隣へつく。
その背中には、いつの間にか、果物の入った小さな袋が載せられていた。
「……お前、いつの間にそれを背負ったんだ?」
大地が目を丸くする。
「くぅん」
ユズキは、まるで何でもないことのように尻尾を振った。
どうやら、途中で荷物が増えていく様子を見かねた誰かが、ユズキに持たせてくれたらしい。
「いや、助かるけどさ……。本当に、みんなユーノに甘いな」
大地は苦笑した。
旅館へ向かう道すがらも、何人かの住民が声をかけてきた。
「大地様、また街の様子を見に来てくださいね!」
「街長様、これからもよろしくお願いします!」
「エレナ様、ユーノちゃんもまた遊びに来てね!」
そのたびに大地は足を止め、笑顔で応じた。
ユーノも、以前なら人の声に身を縮めていたかもしれない。
しかし今は、エレナの手を握りながら、じっと相手の顔を見つめている。
時折、小さく頭を下げることもあった。
そんな変化が、何よりも嬉しかった。
やがて、『大地の湯宿』の建物が見えてきた。
「……ただいま、という感じだな」
大地が呟くと、エレナも微笑んだ。
「ええ。やっぱり、ここに帰ってくると安心しますね」
ユーノは旅館を見上げ、それからエレナの顔を見た。
「……ただいま?」
「そうですよ。ここが、ユーノのお家です」
エレナが優しく答える。
ユーノは、少し考えるように黙り込んだ。
そして――。
「……ただいま」
小さな声が、確かに響いた。
「……っ」
大地は思わず足を止めた。
エレナも驚いたように目を見開いている。
ユーノは二人の顔を見比べ、不思議そうに首を傾げた。
「……?」
「……うん。ただいま、ユーノ」
大地は、できるだけ優しい声で答えた。
「おかえり」
エレナも微笑み、ユーノの頭をそっと撫でた。
ユーノは安心したように目を細め、再びエレナの手を握った。
その様子を見ながら、大地は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
この街も、旅館も、少しずつ形になってきている。
街役場が建ち、商店が増え、いつか正式に『湯の都ドーゴ』として認められる日が来るだろう。
その未来には、きっと新しい問題も、新しい責任も待っている。
けれど、こうして一緒に歩いてくれる仲間がいる。
帰る場所を見つけ、少しずつ笑顔を取り戻していく少女もいる。
それだけで、前へ進む理由としては十分だった。
「よし。今日はユーノも頑張って歩いたし、旅館に戻ったらおやつにしようか」
「……おやつ!」
ユーノが、ほんの少しだけ声を弾ませた。
「おお、ちゃんと分かってるじゃないか」
大地が笑うと、エレナも嬉しそうに微笑んだ。
「今日いただいたお菓子もありますし、みんなで食べましょう」
「……みんな?」
「はい。フォルナも、ミーナも、リリィも、リゼも。もちろん、ミレッタさんも一緒ですよ」
ユーノは一人ずつ名前を聞きながら、ゆっくりと頷いた。
「……みんな、すき」
その言葉に、大地とエレナは顔を見合わせた。
「……そうか」
大地は、そっとユーノの頭を撫でた。
「みんなも、ユーノのことが大好きだよ」
温泉旅館を中心に広がっていく、新しい街。
そこでは今日も、人々がそれぞれの仕事に励み、笑い合いながら未来を築いている。
そして、その片隅では、一人の少女が少しずつ世界を知り、帰る場所の温もりを覚え始めていた。
『湯の都ドーゴ』。
この街がどんな未来を迎えるのかは、まだ誰にも分からない。
それでも、大地は確信していた。
この街を、誰もが安心して暮らせる場所にしたい。
ここで出会った人々が、種族や過去に縛られることなく、笑顔で過ごせる場所にしたい。
その願いは、温泉旅館を始めた頃から、少しも変わっていなかった。
「……さて、帰ろうか」
大地が声をかけると、ユーノはエレナの手を握りながら、旅館の玄関へ向かって歩き出した。
ユズキも、ぴたりとその隣に寄り添う。
三人と一匹の足取りは、穏やかだった。
新しい街の未来とともに、温かな日常は、今日も続いていく。




