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異世界温泉宿経営♨️ 〜「戦闘スキルをください!とお願いした女神がくれたのは、まさかの“銭湯スキル”でした〜  作者: 回胴めぐり


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【第94話】辺境伯との会談と街の誕生


翌朝。


アルディア王国の一等地に建つ、辺境伯の屋敷。


その正門前には、数台の馬車が停まっていた。


「……さすがは辺境伯のお屋敷ですね。立派な建物です」


馬車から降りた大地は、目の前にそびえる屋敷を見上げながら感嘆の声を漏らした。


敷地を囲む石造りの塀に、手入れの行き届いた庭園。正面玄関へと続く道には、騎士たちが整然と並んでいる。


大地の隣には、上品なドレスに身を包んだセリーナの姿があった。


「ふふっ。これから街の命運を左右するお話し合いなのですから、気を引き締めてくださいませ」


「分かってるよ。……まあ、こういう場所はどうにも落ち着かないけどな」


「ダイチ様なら大丈夫ですわ。私もおりますから」


そう言って微笑むセリーナ。


その笑顔を見て、大地は昨夜の出来事を思い出しそうになり、慌てて視線を逸らした。


「……っ」


「……あら? どうかなさいました?」


「い、いや! 何でもない!」


セリーナは一瞬きょとんとした後、何かに気づいたように口元を緩めた。


「……ふふっ。昨夜のことを思い出してくださったのかしら?」


「セ、セリーナ!」


「冗談ですわ」


そう言いながらも、彼女の表情には明らかな楽しさが滲んでいる。


(……この人、絶対に分かっててやってるよな)


大地は小さく息を吐いた。


その後ろには、護衛や荷物を運ぶ従者たちが控えている。


そして、今回の会談に同行するもう一人の人物。


アーベル商会の重鎮であり、セリーナの父親でもあるグスタフが、落ち着いた様子で二人を待っていた。


「お待たせいたしました、お父様」


「いや、今来たところだ。大地君も、遠路ご苦労だったな」


「いえ。グスタフさんにも同行していただけて心強いです」


「はははっ。私も商会の人間だからな。今回の話し合いは、商会にとっても重要なものだ。最後までしっかり見届けさせてもらうよ」


グスタフは穏やかな笑みを浮かべた。


「それでは、参りましょうか」


セリーナの言葉を合図に、一行は屋敷の正面玄関へと向かった。


「お待ちしておりました。皆様、どうぞこちらへ」


屋敷の使用人に案内され、一行は正面玄関をくぐった。


◇


通されたのは、広々とした応接室だった。


壁には歴代の辺境伯と思われる人物の肖像画が飾られ、窓からは美しく整えられた庭園が見渡せる。


やがて、使用人が紅茶を運んできた。


しばらくすると、部屋の扉が開き、一人の男性が姿を現した。


「お待たせして申し訳ない。どうぞ、楽にしてくれたまえ」


そう言って現れたのは、四十代半ばほどの男性だった。


身なりは上質だが、派手さはない。


穏やかな顔立ちに、どこか気弱そうな印象を与える細い目。権力者という言葉から想像する威圧感はなく、むしろ人の良さそうな雰囲気が漂っている。


彼こそが、この地域を治める辺境伯であった。


「本日はお時間をいただき、誠にありがとうございます」


セリーナが優雅に頭を下げる。


大地とグスタフも、それに続いて礼をした。


「いやいや、こちらこそ遠方からご足労いただき感謝する。アーベル商会には以前から世話になっているからね。こうして直接お話しできる機会を楽しみにしていたのだよ」


「そのように仰っていただけて光栄ですわ」


セリーナが微笑むと、辺境伯は大地へと視線を向けた。


「君が大地殿だね。話は聞いているよ。温泉旅館を経営しながら、周辺地域の開発を進めているそうだね」


「はい。弓守大地と申します。本日はよろしくお願いいたします」


「うむ。実はね、私は少し前まで王都に滞在していたのだよ。王国内の会議に召集されていてね。領地を離れるのは本意ではなかったのだが、こればかりは断れなくてね」


「そうだったのですね」


「その会議の席でも、君たちが進めている事業の話が出たのだよ」


辺境伯は紅茶を一口飲み、苦笑した。


「温泉旅館を中心に新たな人の流れが生まれ、商人たちが集まり、周辺の開発も進んでいる。そんな話を聞いてね。国の有力者たちからも、あの地域はいったいどうなっているのかと、何度も尋ねられたよ」


「そ、それは……」


大地は思わずセリーナに視線を向けた。


旅館の経営を始めた当初、ここまで大きな話になるとは想像もしていなかった。


温泉を掘り当て、旅館を建て、訪れた人々に喜んでもらう。


ただ、それだけのつもりだったのだ。


ところが今では、周辺の土地に人が集まり、商業施設や住宅の建設が進み、街の基盤そのものが形になりつつある。


「ダイチ様の発想と行動力、そしてアーベル商会の協力があってこそですわ」


セリーナが穏やかに微笑んだ。


「私どもは、将来性のある事業に投資をしているにすぎません。実際に現地で人を動かし、形にしているのは大地様ですもの」


「いや、セリーナ。商会が動いてくれなかったら、ここまでの規模にはならなかったよ」


「まあ。大地様にそのように仰っていただけるとは、光栄ですわ」


二人のやり取りを眺めていた辺境伯は、感心したように頷いた。


「なるほど……。互いの働きを正当に認め合っているのだね。素晴らしいことだ」


そして、辺境伯は大地に向き直った。


「君のような若者が、これほどの事業を進めているとは驚きだ。私も領地を治める身として、見習わなければならないな」


「いえいえ! そんな、大げさですよ!」


「いや、謙遜する必要はない。実際、君たちの事業が地域にもたらしている影響は大きい。今後、何か協力が必要なことがあれば、遠慮なく相談してほしい。私にできることなら、力を惜しむつもりはないよ」


「ありがとうございます!」


大地は深く頭を下げた。


領地を治める辺境伯本人から、これほど心強い言葉をもらえるとは思っていなかった。


これで、今後の街づくりもさらに進めやすくなるはずだ。


しかし、セリーナはここで話を終わらせるつもりはなかった。


「辺境伯様。もう一つ、ぜひお耳に入れておきたいことがございます」


「ほう。何かな?」


「ご存じかもしれませんが、私どもが開発を進めている土地の近隣には、例のダンジョンがございます」


「うむ。あのダンジョンか」


辺境伯の表情が、少しだけ引き締まった。


「あの一件については、冒険者ギルドからも報告を受けている。危険な場所ではあるが、適切な管理と調査が進めば、今後の地域発展にもつながるだろう」


「おっしゃるとおりですわ。すでに冒険者ギルドとの連携も進んでおり、現地にはギルドの拠点もございます。加えて、アーベル商会の支店も設置いたしました」


「なるほど。人が集まるための基盤は、すでに整いつつあるわけだね」


「はい。旅館を中心とした観光事業に加え、商業、宿泊、冒険者向けのサービスなど、今後も多方面への発展が期待できます」


セリーナの説明は簡潔でありながら、説得力に満ちていた。


大地が温泉旅館を作り、周辺地域の開発を進める。


アーベル商会が商業面から支援し、冒険者ギルドがダンジョンの調査や冒険者の活動を支える。


それぞれの役割が噛み合うことで、地域全体が発展していく。


辺境伯も、その将来性を十分に理解したようだった。


「ふむ……。これほどの事業が一体となって進められているのであれば、確かに期待できそうだ」


そして、しばらく考え込んだ後、辺境伯は静かに口を開いた。


「よし。君たちが開発している地域を、正式に街として認める方向で進めよう」


「……っ!」


大地は思わず息を呑んだ。


「ほ、本当ですか!?」


「ああ。すでに人が集まり、商業活動も始まっている。冒険者ギルドの拠点もあり、今後の発展も見込める。これだけの条件が揃っているのなら、街として認めるのが自然だろう」


「ありがとうございます!」


大地は再び深く頭を下げた。


これまで、温泉旅館を中心に少しずつ積み重ねてきたもの。


それが、ようやく正式な街として認められる。


その事実が、胸にじんわりと広がっていった。


「ただし、正式な認定にあたっては、いくつか手続きが必要になる。街の名称や行政上の区分なども決めなければならないからね」


「名称、ですか……」


「うむ。街の名前は、その土地の歴史や将来を象徴するものでもある。私としても、現地を自分の目で見てから決めたいと思っている」


辺境伯は柔らかく微笑んだ。


「近いうちに、私自身が君たちの旅館を訪問させてもらおう。その際に開発状況を確認し、街の名前も含めて正式な話を進めたい」


「ぜひ、お越しください! 従業員一同、心よりお待ちしております!」


大地は勢いよく返事をした。


温泉旅館に辺境伯が訪れる。


それは旅館の知名度を高めるだけでなく、街としての認定を確実なものにするうえでも、大きな意味を持つはずだった。


しかし――。


「辺境伯様。一つ、ご相談がございます」


ここで、セリーナが静かに切り出した。


「街の認定については、私どもも大変ありがたく存じます。そのうえで、今後の発展をより確実なものとするため、税制についてご検討いただけないでしょうか」


「税制?」


辺境伯は首を傾げた。


「はい。現在、街の基盤となる施設や建物の建設費用は、ダイチ様とアーベル商会が中心となって負担しております。領地や国からの大規模な資金援助を受けることなく、民間の資本によって開発を進めている状況です」


「ふむ……」


「もちろん、街として認めていただける以上、相応の税負担が必要になることは承知しております。ただ、開発初期の段階から通常の税率を適用されますと、商人や職人たちが新たに進出する際の負担が大きくなりかねません」


セリーナは一呼吸置いて、さらに続けた。


「そこで、街の基盤が整うまでの一定期間、事業税や商業関連の税負担を軽減していただけないでしょうか。新たに進出する商人たちにとっても、税負担の軽減は大きな魅力となります。結果として商業活動が活発になり、将来的には税収の増加にもつながるはずです」


「なるほど……。目先の税収よりも、長期的な発展を優先するということか」


「そのとおりですわ」


セリーナは微笑みながら頷いた。


「私どもは、今後もこの街に投資を続けるつもりでおります。ダイチ様の温泉旅館を中心に、商業施設や宿泊施設、各種サービスの充実を図っていく予定です。税制面でご配慮いただければ、それだけ新たな投資にも踏み切りやすくなります」


辺境伯は腕を組み、しばらく考え込んだ。


「確かに、一理あるな。新しい街を育てるには、最初に人と資金を集めることが重要だ。税負担が重すぎれば、せっかくの機会を逃してしまうかもしれない」


「ご理解いただけて幸いですわ」


「よし。では、街の認定から一定期間、税率を軽減する案を検討しよう。具体的な期間や対象となる税目については、領内の財務担当者とも協議する必要があるが、前向きに進めることを約束する」


「ありがとうございます。大変心強いお言葉ですわ」


セリーナは優雅に頭を下げた。


大地は、そのやり取りを感心しながら見守っていた。


(……すごいな。街として認めてもらうだけじゃなく、税金の話までまとめてしまうなんて)


自分一人では、ここまで踏み込んだ交渉は難しかっただろう。


相手の立場を尊重しながら、こちらの利益もしっかり確保する。


それでいて、単なる値引きの要求ではなく、街全体の将来性を根拠に話を進めている。


まさに商人としての手腕だった。


「セリーナ、ありがとう。本当に助かったよ」


会談の合間に、大地が小声で礼を伝える。


「ふふっ。何をおっしゃいますの。ダイチ様が魅力的な事業を育ててくださったからこそ、私も交渉できるのですわ」


「いや、それでもすごいよ」


「では……今夜、改めて褒めていただけると嬉しいですわね」


「ぶっ……!」


大地は思わず紅茶を吹き出しそうになった。


「せ、セリーナ! ここ、辺境伯様の屋敷だから!」


「あら。私は何もおかしなことは申しておりませんわ」


涼しい顔で微笑むセリーナ。


その様子に気づいた辺境伯が、不思議そうに二人を見た。


「……何かあったのかね?」


「い、いえ! 何でもありません!」


大地は慌てて背筋を伸ばした。


セリーナはそんな大地を見て、くすりと笑った。


◇


ひと通りの話がまとまったところで、セリーナが従者に目配せをした。


従者が持参していた箱を、丁寧に応接室のテーブルへと置く。


「辺境伯様。本日は貴重なお時間をいただきましたので、ささやかな品ではございますが、奥様への贈り物をご用意いたしました」


「おお、これはご丁寧に。妻も喜ぶだろう。中身を伺っても?」


「もちろんですわ。こちらは、私どもが新たに開発を進めている美容用品の詰め合わせでございます」


セリーナが箱を開く。


中には、シャンプー、ボディソープ、トリートメントなどが、上品な容器に詰められて並んでいた。


「これらは、温泉旅館で使用しているアメニティをもとに、改良を重ねている商品でございます。髪や肌を清潔に保ち、日々の入浴をより快適に楽しんでいただくための品々ですわ」


「ほう……。これはまた、見慣れない品だね」


辺境伯は興味深そうに容器を手に取った。


「妻は美容に関心があってね。きっと喜ぶに違いない。ありがたく頂戴しよう」


「お気に召していただければ幸いですわ」


「それにしても、温泉旅館の経営だけではなく、こうした商品まで手掛けているとは……。アーベル商会の事業の幅広さには驚かされるよ」


「ありがとうございます。今後は、旅館での体験を商品としてもお届けできるよう、ブランドの展開を進めていく予定ですの」


セリーナは、さりげなく今後の事業展開にも触れた。


辺境伯の妻に商品を使ってもらえれば、評判が広がる可能性もある。


贈り物としての礼儀を尽くしながら、自社商品の魅力を知ってもらう。


その一連の振る舞いにも、彼女の抜け目のなさが表れていた。


「いやはや……。君たちと話していると、こちらまで新しい商売の可能性が見えてくるようだ」


辺境伯は楽しそうに笑った。


「大地殿、セリーナ殿。今後も領地の発展に力を貸していただきたい。私もできる限り協力しよう」


「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


大地とセリーナは、揃って頭を下げた。


◇


その後、辺境伯の訪問日についても話し合いが行われた。


旅館の営業に支障が出ないよう調整しつつ、街の開発状況を視察してもらう日程を決める。


当日は旅館に宿泊してもらい、温泉や食事も実際に体験していただくことになった。


「なるほど。温泉というものが、そこまで評判になっているのなら、私自身もぜひ体験してみたいものだね」


「ご期待ください。きっとご満足いただけると思います」


大地は自信を持って答えた。


辺境伯が温泉の魅力を実感してくれれば、街の発展にもさらに弾みがつくはずだ。


そして、会談の最後。


「では、私はこれから別の公務があるのでね。本日は実に有意義な時間だった。皆さん、気をつけてお帰りください」


辺境伯は立ち上がり、穏やかな笑顔で一行を見送った。


「本日は誠にありがとうございました」


大地たちは丁寧に礼を述べ、応接室を後にした。


屋敷の玄関まで見送ってくれたグスタフとも、ここで別れることになった。


「それでは、私は商会の用事もございますので、ここで失礼いたします」


グスタフがそう告げると、大地は深々と頭を下げた。


「グスタフさん、今回は本当にありがとうございました。おかげで、街づくりを大きく前進させることができそうです」


「いやいや。私としても、これほど将来性のある事業に携われることを嬉しく思っております。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


大地が笑顔で応じると、グスタフは満足そうに頷いた。


そして、隣に立つ娘へと視線を向ける。


「セリーナ。今回の交渉、見事だったぞ。税制面まで話をまとめるとは、さすが私の娘だな」


「ありがとうございます、お父様。ですが、これもダイチ様が築いてくださった事業に将来性があるからこそですわ」


「ふむ……。それだけではないと思うがな」


グスタフは意味ありげに笑い、娘の顔を眺めた。


「それにしても、最近のお前はずいぶんと楽しそうだな」


「……お父様?」


「いや、何でもない。ダイチ君、娘のことをよろしく頼むよ」


「えっ……? は、はい!」


突然話を振られた大地は、思わず背筋を伸ばした。


その様子を見たセリーナは、頬をわずかに赤らめながらも、どこか嬉しそうに微笑んでいる。


「お父様ったら……。ダイチ様を困らせないでくださいませ」


「はははっ! これは失礼した。では、二人とも気をつけて帰るのだぞ」


「はい。お父様も、お仕事頑張ってくださいませ」


「ああ。お前も無理をしすぎるなよ」


親子らしいやり取りを交わした後、グスタフは二人を見送った。


その姿を確認してから、大地とセリーナも自分たちの馬車へと戻る。


◇


「……ひとまず、無事に終わったな」


座席に腰を下ろした大地は、ほっと息を吐いた。


「ええ。街として認めていただける見通しも立ちましたし、税制面でも良いお返事をいただけました。上々の成果ですわね」


「本当にセリーナのおかげだよ。俺一人だったら、街の認定をお願いするだけで精一杯だったと思う」


「ふふっ。ですから、何度も申し上げているでしょう? 私たちは互いに支え合う関係なのですわ」


そう言って、セリーナは大地の手にそっと自分の手を重ねた。


「大地様が新しい未来を切り拓き、私がその未来をより確かなものにする。素敵な役割分担ではありませんか?」


「……ああ。そうだな」


大地は微笑み、彼女の手を優しく握り返した。


温泉旅館を始めた頃には、想像もしていなかった未来。


旅館は繁盛し、商会との協力関係も深まり、周辺には人が集まり始めている。


そして今、彼らが築き上げてきた土地は、正式な街として認められようとしていた。


もちろん、まだ決まっていないことも多い。


街の名前も、税制の詳細も、これから詰めていかなければならない。


それでも――。


「早くみんなに報告したいな」


大地は窓の外へと視線を向けた。


その先には、二人が帰るべき場所がある。


温泉の湯気が立ち上り、従業員たちが働き、訪れた人々が笑顔になる場所。


そして、これからさらに多くの人々が集まることになる場所。


「ええ。きっと、皆さんも喜んでくださいますわ」


セリーナが微笑んだ。


やがて、馬車はゆっくりと走り始める。


目指すは、二人が築き上げてきた温泉旅館。


『大地の湯宿』。


新たな街の誕生へ向けて、その歩みは着実に進んでいた。

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