【ミレイside】ミレイの知らないお嬢様
私の名前は、ミレイ。
アーベル商会代表、グスタフ・ディオル・アーベルの娘であるセリーナお嬢様に、幼い頃からお仕えしている側付きのメイドです。
……いえ。
正確には、側付きであり、幼馴染であり、そして――。
お嬢様の数々の悪行を、誰よりも間近で見続けてきた目撃者でもあります。
そんな私ですが、現在、とんでもない光景を目の当たりにしております。
「ダイチ様。お疲れではございませんか? よろしければ、こちらへ寄りかかっても構いませんわ」
「いや、さすがに馬車の中でそこまでは……」
「まあ。遠慮なさらなくてもよろしいのに」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「ふふっ。どうぞ」
――ポスッ。
セリーナお嬢様の肩に、大地様が頭を預ける。
すると、お嬢様は嬉しそうに微笑み、そっと大地様の髪を撫で始めた。
……。
…………。
………………。
誰?
私の知っているお嬢様は、どこへ行ってしまったのでしょうか。
現在、私たちは『大地の湯宿』からアルディア王国へ向かう馬車の中におります。
目的は、アーベル商会本店への訪問。
そして、辺境伯様との会談に向けた事前の打ち合わせです。
そのはずなのですが……。
「ダイチ様、喉は渇いておりませんか?」
「大丈夫だよ」
「そうですか? では、お菓子はいかがでしょう」
「いや、さっき食べたばかりだろ?」
「まあ。でしたら、私が食べさせて差し上げますわ」
「いやいや、何でそうなるんだよ!」
「ふふっ。冗談ですわ」
……お嬢様。
そのような冗談を口にする方でしたでしょうか。
私の知るセリーナお嬢様は、もっとこう……。
相手の弱みを見つけては、にっこりと微笑みながら逃げ道を塞いでいくような方だったはずです。
商談の席では、相手が気づかないうちに有利な条件を積み重ね、気づいた頃には契約書へ署名するしかない状況を作り上げる。
裏で根回しをすることも、情報を集めて相手の出方を読むことも、お手のもの。
そして何より――。
あのお嬢様は、他人が困惑する姿を眺めるのが大好きなのです。
もちろん、私も例外ではありません。
むしろ、幼馴染という立場もあってか、被害を受けた回数なら商会の従業員の中でも上位に入る自信があります。
……まったく、嬉しくない自信ですが。
少し、昔のことをお話ししましょう。
◇ ◇ ◇
あれは、私たちがまだ幼かった頃。
お嬢様が、まだ十二歳だった頃のことです。
当時から、お嬢様の頭の回転は異常なほど速いものでした。
一度聞いた話は忘れませんし、大人たちの会話から重要な情報だけを抜き出す能力にも長けていました。
そして何より、人間観察が趣味でした。
「ミレイ」
「はい、お嬢様」
「少し、協力していただきたいことがありますの」
「……何でしょうか?」
この言葉を聞いたとき、私は警戒するべきでした。
幼い頃から、お嬢様の「少し協力してほしい」という言葉ほど、信用ならないものはなかったのです。
「今度、お父様が大きな商談をなさるでしょう?」
「はい。隣国の商会との取引だと伺っております」
「ええ。その商談、少しばかり面白くできそうですの」
「……面白く、ですか?」
「はい」
お嬢様は、にっこりと微笑みました。
その笑顔を見た瞬間、私は悟りました。
――ああ、また何か始まるのですね。
その予感は、見事に的中しました。
お嬢様は、商談相手の商会が抱えていた問題を、すでに調べ上げていたのです。
輸送経路の変更。
商品の仕入れ先の事情。
さらには、相手側の交渉担当者が、近頃どの商人と頻繁に会っているかまで。
十二歳の少女が、どうやってそこまで調べたのか。
今でも不思議でなりません。
「ミレイ。この書類を、指定した方へ届けていただける?」
「……こちらは?」
「商談を円滑に進めるための資料ですわ」
「承知いたしました」
私は何も考えず、その書類を届けました。
それが、すべての始まりでした。
翌日。
お嬢様は、お父様の商談に同席していました。
もちろん、表向きは見学です。
ところが、商談が始まると、お嬢様は時折、何気ない質問を挟みました。
「ところで、先日変更された輸送経路ですが、こちらの港を経由するご予定ではございませんの?」
「なっ……なぜ、それを?」
「いえ。少し気になっただけですわ」
にっこり。
「それと、仕入れ先についてですが……現在の契約条件ですと、来月以降は少々厳しくなるのではございませんか?」
「ど、どうしてそこまで……」
にっこり。
「ふふっ。商売とは、先を読むことが大切ですもの」
十二歳の少女が、五十代の商人を相手に、涼しい顔で交渉を進めていく。
その光景は、もはや異様でした。
結果として、商談はアーベル商会にとって極めて有利な条件でまとまりました。
お父様は大喜び。
商会の幹部たちは、お嬢様を褒め称えました。
そして、お嬢様はというと――。
「ふふっ。大人の方々も、案外単純ですのね」
……などと、恐ろしいことをおっしゃっていたのです。
私は、そのとき心に誓いました。
この方を敵に回してはいけない。
絶対に。
◇ ◇ ◇
もちろん、お嬢様の悪戯は商売に限った話ではありません。
むしろ、私にとっては、そちらのほうが深刻でした。
「ミレイ。少し、こちらへいらしてくださる?」
「はい、お嬢様」
何の疑いもなく近づいた私。
その瞬間――。
「えいっ」
「きゃっ!?」
お嬢様は、私の背後へ回り込み、くすぐったい場所を狙って指を這わせてきたのです。
「お、お嬢様!? 何をなさるのですか!」
「まあ。ミレイは、ここが弱いのですわね」
「……ぁん…や、やめてくださいませっ!」
「ふふふっ。いつも冷静なミレイが、こんな声を出すなんて」
「お、お嬢様ぁっ!」
……。
あの頃から、お嬢様は本当に性格が悪かったのです。
しかも、悪戯の内容は年齢とともに大胆になっていきました。
背後から突然抱きついて胸を揉んできたり、耳元で囁いて下半身を弄くり回されて反応を楽しんだり。
着替えの最中に、わざとこちらをからかうようなことをおっしゃったり。
そのたびに私は抗議しましたが、お嬢様は決まってこう返すのです。
「まあ。ミレイが可愛い反応をするのがいけないのですわ」
いえ。
いけないのは、お嬢様です。
全面的に、お嬢様が悪いのです。
それでも、私はお嬢様を嫌いにはなれませんでした。
悪戯好きで、計算高くて、時には大人すら手玉に取る。
そんなお嬢様ですが、私が本当に困っているときには、必ず手を差し伸べてくださったからです。
だからこそ、私はずっとお嬢様のそばにいたのです。
……もっとも。
まさか、あの方が恋をして、ここまで変わるとは思ってもいませんでしたが。
◇ ◇ ◇
お嬢様は、幼い頃から大変お美しい方でした。
成長するにつれ、その美しさにはますます磨きがかかり、気づけば各地の貴族子息たちから縁談の申し込みが届くようになっていました。
名門貴族の跡取り。
将来を嘱望される騎士。
王都でも評判の美男子。
その顔ぶれは、なかなか豪華なものでした。
しかし――。
「セリーナ嬢。ぜひ、今度の舞踏会で私と踊っていただけませんか?」
「申し訳ございません。私、踊りはあまり得意ではございませんの」
「では、お食事でも……」
「まあ。お食事でしたら、商談の席でご一緒いたしましょう?」
「……商談?」
「ええ。せっかくお会いするのであれば、有意義なお話をしたいですもの」
にっこり。
撃沈。
また別の日。
「セリーナ嬢。私は、あなたの美しさに心を奪われてしまいました」
「まあ。ありがとうございます」
「できれば、あなたの隣に立つことをお許しいただきたい」
「では、まずは私の仕事を手伝っていただけますか?」
「……仕事、ですか?」
「はい。こちらの取引先について、少々調べていただきたいのです」
「…………」
撃沈。
さらに別の日。
「セリーナ嬢。私は、あなたのためなら何でもします!」
「まあ。頼もしいですわね」
「本当です!」
「では、こちらの契約書をお読みいただけますか?」
「契約書?」
「はい。内容を理解したうえで、問題点を三つ挙げていただきたいのです」
「…………」
撃沈。
……お嬢様。
それはもう、求婚を断るというより、相手の人間性を試しているだけではありませんか。
実際、お嬢様は男性たちの顔や家柄には、ほとんど興味を示しませんでした。
むしろ、相手が自分にどれだけ尽くすかを見極め、少しでも気に入らない部分があれば、あっさりと袖にしてしまうのです。
そんなお嬢様が。
「ダイチ様、今日はどんなお仕事をなさっていたのですか?」
「ん? 今日は旅館の設備を確認して、それから従業員たちと打ち合わせかな」
「まあ。お忙しかったのですね」
「いや、みんなが頑張ってくれているからな。俺は確認するくらいだよ」
「ふふっ。そういうところが、ダイチ様らしいですわ」
……。
…………。
お嬢様。
先ほどから、ずっと大地様の顔を見つめていらっしゃいますが。
よろしいのでしょうか。
先ほどまで、商会の今後の販路について話し合っていたのですよね?
いつの間に、話題が大地様の日常へ移ったのでしょうか。
しかも、お嬢様の表情。
いつもの、相手の思惑を探るような鋭い眼差しではありません。
ただただ、好きな人の話を聞くのが嬉しくてたまらない。
そんな、恋する乙女の顔なのです。
……信じられません。
本当に、信じられません。
◇ ◇ ◇
実のところ、私は以前から気づいていました。
大地様と出会ってから、お嬢様は変わり始めていたのです。
屋敷に戻れば、以前は商会の業績や新商品の話ばかりしていたお嬢様が、今では大地様の話をするようになりました。
「今日、ダイチ様がこんなことをおっしゃっていたのですわ」
「ダイチ様の考え方は、本当に面白いですわね」
「ダイチ様の旅館では、こんな商品があれば喜ばれると思いませんか?」
……と。
最初は、仕事の話だと思っていました。
実際、お嬢様は大地様の事業に深く関わっていらっしゃいます。
商人として、興味を持つのは当然でしょう。
けれど。
話を聞いているうちに、私は気づいてしまったのです。
お嬢様は、仕事の話をしているようで、その実、ほとんど大地様のことしか話していない。
しかも、話している間は、ずっと楽しそうなのです。
時には、思い出し笑いまでなさる始末。
「……お嬢様」
「何でしょう?」
「ダイチ様のことが、お好きなのですか?」
そう尋ねたこともありました。
すると、お嬢様は一瞬だけ固まり――。
「……ミレイ」
「はい」
「あなた、最近少し生意気になりましたわね?」
「申し訳ございません」
「罰として、今夜は私の部屋に下着姿で来ていただきますわ」
「……そ、それはお許しください!」
「どうしましょうかしら?」
にっこり。
……この方、絶対に図星です。
それでも、お嬢様は決して自分の気持ちを認めようとはしませんでした。
少なくとも、私の前では。
だからこそ、今回の旅には少し期待していたのです。
大地様と長い時間を過ごせば、普段は見せないお嬢様の一面を、もっと見られるのではないかと。
そして、その期待は、予想をはるかに超える形で実現しました。
「ダイチ様。こちらのお菓子、お好きでしたわよね?」
「え? ああ、うん。好きだけど」
「よかったですわ。道中で見つけたので、買っておいたのです」
「わざわざ俺のために?」
「……いけませんか?」
「いや、そんなことないよ。ありがとう、セリーナ」
「ふふっ……」
……。
お嬢様。
今、頬を染めましたね?
しかも、大地様からお礼を言われただけで。
いつものお嬢様なら、相手に贈り物を渡す際にも、必ず何かしらの狙いを持っているものです。
それなのに、今はどうでしょう。
大地様が喜んでくださった。
それだけで、本当に嬉しそうなのです。
私は、思わず目を細めました。
……ああ。
本当に、お変わりになったのですね。
私以外の人間に、あの演技だらけの鉄面皮を崩される日が来るなんて。
正直、驚きを隠せません。
そして。
ほんの少しだけ、寂しくもありました。
お嬢様の隣には、いつも私がいました。
お嬢様が悪戯を仕掛ける相手も。
お嬢様が退屈そうな顔で商談の報告を聞いているとき、その隣でお茶を用意するのも。
お嬢様が誰にも見せない表情を、ほんのわずかに覗かせる瞬間に立ち会うのも。
ずっと、私だったのです。
けれど今は。
大地様が、私の知らないお嬢様を引き出している。
しかも、私が何年かけても見ることのできなかった顔を、出会って間もない男性が、いとも簡単に見せてしまうのです。
……。
…………。
少々、面白くありません。
いえ。
もちろん、大地様を嫌っているわけではありません。
むしろ、お嬢様がこれほど幸せそうにしているのですから、感謝すべきなのでしょう。
ですが。
……ですが、です。
「ダイチ様。もう少し、こちらへいらしてくださいませ」
「ん? こう?」
「はい。ふふっ……」
お嬢様が、大地様の腕にそっと自分の腕を絡める。
大地様も、ごく自然にそれを受け入れる。
……。
…………。
やっぱり、面白くありません。
私は、そっと窓の外へ視線を逸らしました。
これ以上見ていると、何だか胸の奥がむずむずしてしまいます。
まったく。
お嬢様にも、困ったものです。
◇ ◇ ◇
それから数日。
私たちは、野営を挟みながらアルディア王国への道を進んでいました。
馬車の旅も、いよいよ終盤です。
その日の夕方、森の中に野営地を設けることになりました。
護衛たちが周囲を警戒し、御者が馬の世話をする。
私は食事の準備を手伝いながら、ふと気づきました。
「……あら?」
大地様とお嬢様の姿が見当たりません。
「お二人は、どちらへ?」
近くにいた護衛に尋ねると、彼は森の奥を指さしました。
「少し散歩に行かれたようです。すぐに戻るとおっしゃっていましたが」
「そうですか」
私は頷きました。
まあ、よろしいでしょう。
長旅ですから、二人きりで息抜きをしたくなることもあるでしょう。
……とはいえ。
「少し散歩、ですか」
私は、何となく気になってしまいました。
普段のお嬢様なら、野営中であろうと周囲の状況を把握し、護衛の配置や翌日の行程について確認しているはずです。
それなのに、今日はずいぶんと浮かれていらっしゃる。
これは、少しばかり様子を見ておくべきではないでしょうか。
……ええ。
あくまでも、側付きとしての職務です。
決して、好奇心からではありません。
断じて。
私は、音を立てないように森の中へ足を踏み入れました。
しばらく進むと、木々の向こうから二人の声が聞こえてきます。
「……セリーナ」
「はい、ダイチ様」
「今日は、いろいろ大変だったな」
「ふふっ。そうですわね。でも、ダイチ様と一緒なら、私は少しも苦になりませんわ」
「……そっか」
「はい」
何でしょう。
声が、妙に近いような……。
私は、木の陰からそっと様子を窺いました。
そして――。
「…………」
見てしまいました。
大地様が、お嬢様を優しく抱きしめていらっしゃいます。
お嬢様もまた、大地様の背中に腕を回し、身体を寄せていました。
「ダイチ様……」
「セリーナ……」
……。
…………。
いえ。
ここまでは、よろしいのです。
恋人同士なのですから、抱き合うことくらいあるでしょう。
問題は、その先でした。
大地様が、お嬢様の頬にそっと手を添える。
お嬢様は、恥ずかしそうに目を閉じる。
そして――。
二人は、深く口づけを交わしたのです。
「…………っ!」
私は、思わず口元を押さえました。
な、何ということでしょう。
あのお嬢様が。
あの、貴族子息たちを片っ端から袖にしてきたお嬢様が。
自分から大地様の胸に身を寄せ、甘えるように見つめていらっしゃる。
しかも、その表情。
商談相手を追い詰めるときの笑みでもなければ、私に悪戯を仕掛けるときの意地悪な笑みでもありません。
ただただ、幸せそうなのです。
「……ダイチ様。もう少しだけ……」
「……ああ」
お嬢様の声が、聞こえました。
その瞬間、私は悟りました。
――ああ、これは見てはいけないものを見てしまったのではないでしょうか。
そう思ったときには、もう遅かったのです。
二人は互いを強く抱きしめ、何度も口づけを交わしていました。
やがて、大地様がそっとお嬢様を抱き上げます。
「きゃっ……! ダ、ダイチ様!?」
「ははっ。大丈夫か?」
「も、もう……。急にそのようなことをなさらないでくださいませ……!」
そう言いながらも、お嬢様は大地様の首に腕を回し、幸せそうに笑っている。
……。
…………。
………………。
これは、いけません。
非常に、いけません。
私は、そっと後ずさりました。
お二人の邪魔をするわけにはいきません。
側付きとして、ここは静かに立ち去るべきです。
そう。
何も見なかったことにして、野営地へ戻ればよいのです。
「……失礼いたしました」
誰に聞かせるでもなく、小さく呟きました。
そして、踵を返そうとした、そのとき。
「……セリーナ。今日はもっと可憐な君がみたいんだ」
「……はい。喜んで」
…………。
……。
……ああ、もう!
何ですか、その甘ったるいやり取りはぁぁぁっ!
私は心の中で絶叫しました。
あのお嬢様ですよ!?
かつて、求婚してきた貴族子息に契約書を読ませて撃沈させた、あのお嬢様ですよ!?
十二歳にして大人の商談をひっくり返し、私に数々の悪戯を仕掛けてきた、あのお嬢様ですよ!?
それが今では!
「ダイチ様……大好きですわ」
…………。
………………。
「~~~~~~っ!!」
私は、その場にしゃがみ込みました。
無理です。
もう、無理です。
これ以上は、私の精神がもちません。
お嬢様の恋愛模様を見守るのは、側付きとしての大切な務め。
そう思っておりました。
ですが、まさかここまでとは……!
しかも、お二人はまだ森の中にいらっしゃいます。
このままでは、いつ戻ってこられるのか分かりません。
私は震える足で立ち上がろうとしました。
ところが。
「……あっ」
足元の木の根に、靴が引っかかりました。
「きゃっ――」
慌てて口を押さえたものの、身体の均衡が崩れ、私はその場に尻餅をついてしまいました。
――ドサッ。
「…………」
幸い、二人には気づかれていないようです。
私は、ほっと胸を撫で下ろしました。
そして、ゆっくりと立ち上がり――。
もう一度だけ、木の陰から様子を窺ってしまいました。
……。
…………。
大地様が、お嬢様の耳元で何かを囁いている。
お嬢様が、顔を真っ赤にして胸元を叩いている。
それでも、離れようとはしない。
むしろ、ますます身体を寄せはじめ、深く唇を合わせたと思ったら、お嬢様が踝まであるスカートをたくし上げ、脚を拡げてゆく。
その脚の先にある秘部目掛けて、大地様の屹立したご立派なものが充てがわれているではありませんか。
…………。
………………。
「……あ、ああ……」
視界が、ぐらりと揺れました。
駄目です。
本当に、駄目です。
幼い頃からずっと見てきたお嬢様の、あんな顔。
あんな声。
あんなに素直な姿。
一度に見せられて、平静でいられるわけがありません。
「お嬢様……。どうか、お手柔らかに……」
誰に対するお願いなのか、自分でも分かりませんでした。
そして――。
「……あ」
私の意識は、そこで途切れました。
◇ ◇ ◇
「……ミレイさん?」
しばらくして、野営地へ戻ってきた大地が、地面に倒れている私を発見した。
「えっ!? ミレイさん!? どうしたんだ!?」
大地は慌てて駆け寄り、私の身体を抱き起こす。
その声を聞いて、お嬢様も駆け寄ってきた。
「ミレイ!? いったい、どうしたのですか!?」
「……う、ううん……」
私は、薄っすらと目を開けた。
視界に入ってきたのは、心配そうな大地様の顔。
そして、その隣にいる――。
「……お、お嬢様……」
「ええ、私ですわ! 大丈夫ですの!?」
私は、お嬢様の顔を見つめた。
いつもの、涼しげな微笑み。
いつもの、完璧な立ち居振る舞い。
……。
…………。
いえ。
私は知っています。
ほんの少し前まで、この方がどれほど甘い顔をなさっていたのかを。
「……お嬢様」
「な、何でしょう?」
「……お幸せそうで、何よりでございます……」
「…………え?」
お嬢様の表情が、ぴたりと固まった。
大地様も、きょとんとしている。
「……ミレイさん?」
私は、ゆっくりと目を閉じた。
もう、何も考えたくありません。
お嬢様が恋をした。
それは、とても喜ばしいことです。
ええ。
本当に。
心から、お祝い申し上げます。
ただし――。
どうか、次からは森の奥でお願いします。
私の心臓が、いくつあっても足りませんので。
……ああ。
明日から、どんな顔をしてお嬢様にお仕えすればよいのでしょうか。
そんなことを考えながら、私は再び意識を手放したのでした。
……ちなみに。
翌朝、私が目を覚ましたとき。
お嬢様は、いつもどおりの優雅な笑みを浮かべておられました。
ただ一言。
「ミレイ。昨夜のことは、二人だけの秘密ですわよ?」
禍々しい眼力をもって、そう囁かれた瞬間、私は確信しました。
――ああ。
やっぱり、この方は。
どこまでいっても、私のお嬢様なのですね。




