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雨ノ若  作者: 八戸黎樹
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7/21

七・八


翌日起きると僕の携帯にメッセージが入っていた。横谷さんからだった。「同じクラスの横谷だよ。昨日は休んじゃってごめんね。実行委員についていろいろ教えてもらいたいから学校で教えてもらっていいかな?」とのことだった。僕は「今日も実行委員あるからそのとき伝えるね。教室は選択講義室Dだからとりあえず来てみて」と返信をして一階に降りた。

 朝のテレビ番組は事件について特に触れられてなかった。昨日のことを経験しては連日の事件がどうも人ごとに感じられなかった。

 母さんからは「今日も実行委員あるの?」と聞かれた。それに対して僕は「そうだね」と答える。

「仕事があってならしょうが無いけど、遅くならないでね」

 昨日ロングに会っていたとは言えず、「うん、なるべく早めに終わりになるようにするよ」と返し、朝食を食べて、朝の支度をする。

 階段を上ろうとすると「お父さんも夜道には気をつけてね」と母さんが声をかけていた。

 ロングに会い、とりあえずロングを犯人と決めつけている僕にとっては自身の安全を保障されているも同然だが、一般の市民は未だに恐怖にさらされていると考えると謎の優越感があった。高二にして厨二病を発症しているのか。と言われたら反論できないかもしれない。

 登校すると今日は横谷さんが学校に来ていることに安心した。

チャイムが鳴り朝のホームルームが始まる。教室の前のドアを開けて入ってきたのは菩薩だった。当然と言えば当然だろう。そんな当たり前のことを意識しているのは僕だけだろう。このクラスでロングが生きているのを知っているのは多分僕だけだ。他の生徒が知っていたとしたら少し心強いのかもしれない。しかしそれは希望的観測だろう。

 

 八


授業がすべて終わり、放課の時間になる。光哉と友樹が近づいてくるが、どうせ実行委員があるので放課後にどこか行くことはできない。

 二人と少し会話をして別れた後、バックを持ってトイレの個室に入る。便意を催したわけではない。バックの奥から、ロングから渡された携帯を取り出す。

 画面をつけるとロングから連絡が入っていた。ロングのことだ、放課になる時間を知っているから、この時間には連絡をしてくることは予想がついた。

 連絡の内容はこうだ

 

コンビニに十九時に来い


そのうち招集をかけるとは言われたものの、昨日の今日でいきなり招集か。しかもこの口調だ。昨日の会話の口調からは想像もつかないぶっきらぼうさで、元教師であることを疑う。

「わかりました」とだけ返信をして実行委員に向かう。

 事前に横谷さんに教室を伝えていたため、彼女はすでに到着していた。他にもメンバーは何人か来ていたが、まだ全員はそろっていなかった。

 横谷さんの近くに行き、ざっと昨日の内容を説明する。制作部門の部長が荒滝ゆりあさんであることを伝えると、「あぁ……」と苦笑いをされた。荒滝さんはある意味有名人な人だからきっと横谷さんもいろいろ知っていたのだろう。とても歓迎している表情には見えなかった。

 その後、実行委員が次々と集合し、全員がそろった。制作部門の長い長い実行委員が始まってしまった。

 制作部門にも細かい振り分けがされていて、僕は入場門制作担当になってしまった。入場門とは毎年この学校では文化祭の日に正門に手製の門を取り付ける。門というよりはゲートといった感じに近い物だ。

入場門作成は制作部門で最も重要で、時間のかかる作業であると事前の説明で言われた。メンバーは一年生二人、二年生二人、三年生二人の合計六人だ。

 同じ二年生には横谷さんがいる。というか、僕と横谷さんの二人だ。連絡が取りやすい方がいいだろうという荒滝さんの判断で、各学年同じクラスの実行委員がまとめられた。

 そして最重要制作ということで三年生はあの人が登場する。

「よし、じゃあ始めようか。造るのにも時間がかかるだろうし、やることは多いからね」

 もう何度も聞いた声だ。荒滝ゆりあさん。入場門制作でも同じグループになってしまった。この人と同じグループということはもれなく早く帰宅はできない。だから何かの代表は嫌なのだ。

 入場門制作組の何人かが長時間の話し合いにより集中力を欠いていたところで今日の実行委員は終わった。今日は入場門のデザインについて話し合った。デザインは凱旋門を意識した作りにするらしい。そう提案したのは一年生だった。

 凱旋門といえば門の外部と内部にあるあの彫刻が有名だ。それを知っての発言なのだろうか、あの人なら「せっかくだから、彫刻も再現したいよね!」と言いかねない。

 結局他の門の案が出なかったこともあり、凱旋門に決定した。とりあえず今日のところは彫刻のことは触れられなかった。

 その後も入場門のことから実際の制作の順序や日程などを確認しつつ話し合っていたら解散の時には十八時四十五分になっていた。

 集合時間までもうまもなくだ。急がなくてはならない。横谷さんに軽く挨拶をし、教室を出ようとしたとき、

「あ、ちょっと君待って!」

 と声をかけられた。振り返ると荒滝さんがいた。

「どうかしましたか」

 このときの僕は「早く帰らせてくれ」と、「面倒ごとには巻き込まれたくない」の二つが頭の中にあった。

「明日からまた作業に入っていくし、連絡取りやすい方がいいからライン交換しておこうよ」

 と言われた。「ああ、はい」とだけ答えて携帯を出し、ラインを交換する。面倒ごとに巻き込まれるのはほぼ間違いなかったが、早く帰らなくてはならないのですぐに了承し、教室を出た。急いで学校を出て、呼ばれたコンビニに向かう。コンビニに着くと見覚えのある車と鶴留がいた。

「遅刻してんぞ」

 と、鶴留が言うが「すいません」と軽く返して終わった。

 ドアを開けると鶴留が目隠しと帽子をかぶせてきた。考えてみればこれも立派な拉致になるが、初めてロングにさらわれた時のことや、これから行く場所が分かっていると思うとまだ優しいものだなと思った。そうしているうちに車が発進した。

 車が止まり、下ろされるとそこから階段を上ったり降りたりを繰り返す。「これ、どうにかならないんですか」と途中で聞いたりもしたが、「黙って歩け」ときっぱりと言われてしまった。

 立ち止まり、ドアを開ける音が聞こえる。ようやくついたかと思い、部屋へ足を踏み入れる。ドアに鍵をかける音が聞こえると、帽子と目隠しが外された。「先に行ってろ」と言う鶴留は目の前のドアを指さしている。

 ドアまで歩き、ノブに手をかける。謎の緊張感が走るが気にせずドアを開ける。そこには当然ではあるがロングが座っていた。

 今日は何を言われるのだろう。どことなく実行委員と同じような雰囲気がした。

「やあ神谷君。来てくれてありがとう。鶴留君から遅刻していると連絡を受けたときは来ないかと思ったが、君には選択肢がないということを忘れてはならないよ」

「分かっていますが、一つ僕からお話したいことが」

「なんだね」

 ここで僕は自分が文化祭の実行委員に選ばれ、実行委員の集まりが夜まであることを報告すると

「え? 君が実行委員だと? 君は帰宅部だから時間があると思ったんだがな……」

「僕自身もやる気は無かったんですが、推薦というかたちでなってしまって……」

「そうか、じゃあ集合時間を少し遅らせることにしよう」

「そうしてくれると助かります」

 とりあえず一安心した。これから遅刻が重なれば僕や周りの人に何か起こるかもしれないと思っていたところだ。

「では今日はこれから神谷君にしてもらう『仕事』に必要な知識を備えてもらう。まずはこの顔を全員覚えてもらおう」

 といって見せてきたのはA4サイズの紙に十名ほどの警察官の顔写真が印刷されたものだ。

「先に言っておくが、最近起こった大阪、長野、千葉の事件の主犯は私だよ。君なら気づいているだろう。まあ、直接私が出向いての犯行ではないが全国各地に仲間がいるのでね。これが何を意味するか分かるかい?」

「国内に僕の逃げ場はないということですか」

 ロングは無言で頷いた。

 さあ、これからどうしたものか。本来ならばスパイとして潜入しようと思ったが、かなり難しいことが分かった。この町にもおそらく仲間が無数にいるのだろう。下手なまねはできない。

「神谷君ならあえて言わなくても分かるだろう。君はこれから犯罪に染まるんだ。覚悟を決めてくれ。すぐに慣れる。それで、これはこの辺にいる警察官の制服姿と顔写真と名前だ。鶴留君が裏ルートから仕入れてくれた」

 トントン拍子に話が進む。僕に考える時間を与えてくれない。

「これから君にはこの顔を覚えてもらう。街でこの人たちを見かけたら気をつけてくれたまえ。制服姿ではなく私服姿で一般市民に紛れているようなやつもいるからな」

 ロングから渡された紙に印刷された写真は証明写真のように綺麗な写りをしている。そのなかに見覚えのある顔はなかった。

 事件の翌日等には警察官が道に立っていたり、学校にも警察は来ていたはずだったが、全く覚えていない。

「鶴留君から体型等の詳細を説明してもらう。私は少し仕事をしなくてはならない。鶴留君、奥の部屋に連れて行きなさい」

「はい」

 と、鶴留は短く返事をした。

「最初にお前を拘束した部屋に来い」

 ぶっきらぼうに僕に鶴留はそう言った。

「では失礼します」

 僕がロングにそう言うとロングは「ああ」とだけ返した。

 鶴留に先導されて部屋を出て、ドアを閉めようとするとロングが携帯を耳に当てているのを見た。

 これから仕事と言っていたが、また事件でも起こすつもりなのだろうか。話の内容は気になったが聞くわけにもいかず、ドアを閉めた。

 鶴留の指定した部屋に入ると鶴留が

「おい、お前。遅刻したらまず謝るのが最初だろ。ボスの機嫌が良かったから何も起こらなかったが、最悪の場合あの場で撃ち殺されてた」

 ロングは自分ことをボスと呼ばせているのか。新人が自ら進んであいつをボスというとは考えられない。

「僕の安否を心配してくださっているんですか?」

 話をそらすように聞いてみた。

「馬鹿いえ。あの場で発砲すると近隣住民が聞きつけて警察に通報する。そうすると我々はここから逃げなくてはならない。そうすると警察の捜索に遭いやすくなって計画が水の泡になっちまう」

「計画ってなんですか」

「お前はまだ知らなくていい。それよりこれからこれを覚えてもらうぞ」

 と言って先ほどロングが見せてきた写真を僕に見せてきた。よくよく数えるとかなり数は多かった。都内ということもあるのだろう。

「こいつらを片っ端から覚えろ。見たことあるやつもいるだろ」

「いいえ。覚えていません。鶴留さんは全員覚えていますか?」

「当たり前だ。こんなのも覚えられなくてボスの右腕はできない」

ロングから鶴留は運動能力に長けているとのことは聞いたが案外頭も悪くないのだろうか。こいつを利用するのは難しいのかもしれない。

その日はできるだけ警察官の名前を覚えて帰された。これから街で会う警察と顔を比較しながら覚えるのが効率がいいだろう。鶴留からは警察の顔写真のデータをロングから預かったスマホに送られた。これでなるべく早く覚えろということか。

例のコンビニに送り返されると鶴留と別れ、家に向かう。時計は二十時四十二分を指している。その日もなるべく早くに家に帰り、眠りに着いた。


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