六
六
目が覚めると、そこは非常に質素な部屋だった。
数メートル前にドアがあり、一面は白い壁で僕の座る椅子以外には家具は全くなかった。
壁の近くにある椅子に、僕は座っているというよりも座らされているといった方が正しいかもしれない。
両手は椅子の後ろで縛られ、足首も前で縛られている。腰のあたりも縄で椅子に縛り付けられていて、身動きが全くとれない。口にはガムテープが貼られ、声も出せない。かなり僕に対する拘束力は高いように思えた。唯一首は自由に動くがこの部屋の様子では得られる情報は何もなかった。
記憶に関しても曖昧で、下校途中でナイフを突きつけられたところまではかろうじて覚えている。そこからの記憶がない。気づいたらこの部屋にいた。
すると足音が近づいてきた。今の状態の僕には何もできないのでその音が近づいてくるのを大人しく待つしかできない。すぐ近くまで来たかと思うとゆっくりとドアが開いた。
そこに立っていたのは坊主頭を金色に染め、首からタトゥーをのぞかせるいかにもDQNといった風格の男だった。その男は僕の後ろに回ると腰にあるロープをいじり始めた。
程なくしてロープをほどくと、今度は僕の前に来た。右手にはナイフが握られていた。僕が驚いた反応を示すと
「無事でいたかったら動くんじゃないぞ」
と言い、足を縛るロープを切り始めた。
金髪はかがんでいる。顔面に蹴りを食らわせても良かったがまだ手は縛られているし、ここがどこだかわからない。こいつを攻撃したところでどうにもならないと思った。
そしてどうやらこいつがロープをほどいている様子からして僕を動かしたい理由がある。おそらくこいつは僕に会わせたい人がいるはずだ。こいつらのボス的な人だろう。そしてそのボスには僕に思い当たる節があった。ロープを切り終わると、金髪が
「来い」
といって先導した。さあ、ボスとのご対面か。
金髪に連れられて部屋を出る。廊下を右に曲がるとそこにもドアがあった。金髪の背中かががら空きなのは気になったが、とりあえずついて行くことにした。
ドアを開けて入ると先ほどより大きな部屋があった。その部屋の壁際に大きな机があり会社の重役が座りそうな大きな椅子には知っている顔がいた。
「やあ、神谷君。久しぶりだな。私のいない学校生活はどうだったかね」
僕の目を見ながらにこやかな顔でそう言ってきたのは死んだはずのロングであった。
「久しぶりですね。熊井先生。死んだはずの先生が目の前にいるということは僕も死んだということですか」
「いやはや、君は死んではいないよ。安心したまえ」
僕を含めた世間はロングを死んだものとして見なしているので、本当は驚くべきことなのだが、ロングがいるというのは予想通りだった。だんだんと記憶が戻っていき、路上でナイフを出してきたのはロングだったことに、拘束を解かれている間に気づき始めていた。
「先生が今更僕に何の用ですか」
「現状の飲み込みが早くて助かるよ神谷君。横井だったら説明に時間がかかりそうだったがね。私がなぜ君の前で生きた状態で話しているのかは気にならないのかね」
「ええ、あいにく。そこに僕の興味はありません。先生がお話になりたいのならお聞きしますが」
「いいや、今はいい。いずれ話すことになるかもしれんがな。私から伝えたいことを単刀直入に言う」
その一言で僕の中に緊張が走った。これから何を言われるのか。
「私たちの手伝いをしてほしい」
ロングは僕にそう伝えてきた。
「なにを手伝うんですか」
「それは今の段階では言えない。しかし今まで通りの学校生活は保障しよう。家にも帰れるし学校にも行ける。君の学校生活はなるべく邪魔しない方針だ。時たま私と会ってお話をするくらいだ」
おそらくこいつは良からぬ事を僕にさせようとしているのだろう。会話の含み具合からそれがうかがえる。
ここで一つ困ったことがある。それは断ったらどうなるか分からないということだ。金髪がどこにいるか確認できないが、おそらく入ってきたドア付近に立っているだろう。そしてあいつはナイフを所持している。ロングも丸腰とは考えにくい。ここで断ったら、僕は亡き者にされるかもしれない。
ここ最近事件が多発している日本で、都内の男子高校生が学校帰りに誘拐され、そのまま遺体で発見。となっても周りは物騒だと思うだけだろう。それを踏まえた上でなのだろうか、ロングは意図的に自分の要件を飲ませようとしているのだ。それを分かった上で僕は聞いてみた。
「断ったらどうなりますか」
「さあな」
ここまで僕の目を見ながら、穏やかな表情で話していたロングであったが、急に暗い表情になり、視線をロングの座っている机に落とした。
ここにきて確信がついた。今までの僕の推測は合っているだろう。断ったら殺される。しかしここでロングのお願いとやらに頷いてしまったらどう遣われるか分からない。
しかし命には代えられない。現状の生活を保障するとは言っていたがそれが本当かどうかも怪しいが、とりあえず受け入れることにした。
「分かりました」
思い切って僕はそう答えた。
「そういってもらえて嬉しいよ。私も余計な手間が省けて助かる」
ロングは再び僕の目を見て話し始めた。やはり断ったら殺すつもりだったのか。
「じゃあ、簡単に自己紹介をしようかな。私の方は充分だろう。彼は私の右腕の鶴留聖耶君だ」
そういってロングは僕が入ってきた方のドアを指さした。金髪の名前は鶴留というらしい。これが本名かは分からない。金髪の方を向いて軽くお辞儀をしたが金髪は後ろで腕を組んだまま直立不動で特に反応は示さなかった。
「新入りだが、運動能力の高さはとんでもなくてね。私の側近にさせてもらったよ」
ロングもそこそこの歳である。いざとなったときの用心棒だろうか。
「では、今日のところはもう帰ってもらおう。そのうち招集をかける」
といってロングは机の下から僕の学校用のバックを取り出した。そういえばバックの存在をすっかり忘れていた。まあ、無理もない。急に誘拐されてバックの存在に気を遣う余裕は普通無い。
ロングはバックのチャックを開けるとスマホを取り出した。それをこちらに見せてきたが、それは僕の物ではなかった。
「今後、こちらからの連絡はこのスマホを通して行う。何か君からも連絡があるときはこのスマホを使ってくれ」
そういってスマホをバックに戻して僕の方に渡してきた。チャックは開いているので中身を確認したが、先ほど見せられたスマホの他に僕のスマホもあったし、一見したところ無くなっている物はなかった。
ロングが「じゃあ、鶴留君は神谷君を送ってあげて」と言うと、鶴留は「わかりました」と言い、僕に近づいて来たかと思うと、「目隠しをさせてもらう」と言って布を巻かれた。そして頭に何かをつけられた。感覚的に帽子だと分かった。かなり頭に強く押しつけられた。
「まだこの場所がどこであるか教えるわけにはいかない。悪く思わないでくれ」
意外としっかりしていると思った。鶴留に腕をつかまれ、歩き始めようとしたところでロングが僕に声をかけてきた。
「くれぐれも警察に通報しようなんてことは考えないほうがいい。世間一般には私は死んだことになっているからね」
「わかりました」
真っ暗な視界の中でそう答えた。
そこから鶴留に連れられロングのいた部屋を抜出て、廊下を歩く。そしてもう一枚ドアを開けたと思うと風が頬を撫でる。外に出たようだ。そこから右を向いて歩くがここで鶴留が「若干下を見て歩け」と伝えてきた。外に出てからは鶴留が僕の腰を持ちながら歩く。車の音が下の方から聞こえるのと、長く歩いていることからここはどこかの集合住宅の上階であるということが分かった。
その後、階段を降りたり登ったりを繰り返した。何階にいるのかを分からせなくするためだろう。その後車に乗るように言われ、指示に従う。そこから数分であろうか車に揺られる。どうせ目的地までまっすぐは向かっていないので道を覚えることは諦めた。
鶴留が車を止めたと思うとドアが開き、目隠しが外され、頭にはバケハをかぶらされていることに気づいた。
「今後、集合があると言ったときにはここに来い。俺が迎えに来る」
辺りを見回すと道沿いのコンビニに車が止まっている。
「ここはどこですか」
素直に聞いてみる
「そんなもの俺が帰ってからスマホで調べればいい」
そう言い残すと鶴留は車に乗り込んで行ってしまった。
とりあえず家に帰らなくてはならない。自分のスマホを取り出し、開いてみようとするが電源が切れている。慌てて電源ボタンを長押しする。
もし充電が切れていたら家に帰ることができないかもしれない。しかし程なくして画面に明かりがついた。画面に表示されている時間は二十時三十分を指している。同時に日付を確認するが、実行委員があった日と変わっていないのでとりあえず一安心だ。
スマホの通知に母さんから「あんまり遅くなっちゃダメだよ」と連絡が入ってきている。そうだ。早く帰らなくては母さんを心配させてしまう。
そうは思ったが、ここ最近の事件はおそらく犯人はロングだろう。そう考えればもう僕に脅威が降りかかることはないと考えられる。
とはいっても家族に心配をかけるのはまずい。地図アプリを起動して現在位置を特定した。調べてみるとここはどうやら国道から一本外れた道にあるコンビニで、家からも学校からもそこまで離れていない位置にある。
今日は僕の人生至上一番濃い日になったのは間違いない。家までの帰り道を歩きながら僕は心に決めた。スパイとしてロングの懐に潜り込み、あいつを逮捕に導いてやる。逮捕までできるかどうかは分からないができることはやってやる。そう思いながら一歩一歩家へ歩を進めた。
家へ着くと母さんが「遅かったね」と言ってきたので「文化祭の実行委員が長引いちゃって」と答える。嘘はついていない。
ここでロングが生きてたと言っても信じてもらえないのは分かってたし、真実を言ってしまっては僕だけでなく家族にも危険が生じてしまう可能性がある。
「あんまり遅くなっちゃダメだよ。物騒な世の中なんだから」と言う母さんからの警告に「そうだね、気をつけるよ」と返事をして自室へと向かった。
その日の夜はなかなか寝付けず、いろいろな考えが頭を巡った。なぜロングが死んだふりをして生きて活動しているのか、ロングは僕にどんなことをやらせようとしているのか、最近の事件の犯人は本当にロングなのか。千葉の事件はロングが主犯であることは予想がつくが、さすがに遠方の大阪や長野の事件にまでロングが関与しているとは考えにくい。しかし犯行が似ていることが警察の目からも明らかになっており、見逃せない。
今考え得ることをひたすら頭の中で巡らせたが、情報が少なくできることが少ない。近いうちに招集が入ると言われた。そこで情報が聞き出せるだろう。そう自分に言い聞かせて僕は眠りについた。




