三
三
今日の朝のニュースがなんだか騒がしい。ニュースキャスターが深刻そうな顔で原稿を読み上げる。
「ニュースをお伝えします。今日未明、長野県で男女四人が殺害される事件が発生しました。犯人は現在も逃走中。警察は昨日の大阪の事件と関連があるとみて調査を進めています」
今日未明に長野で事件か。大阪と犯人が同じなら東に向かってきているのかと思った。
「最近物騒だね。帰りとか気をつけてね」
と母さんが警告してくれた。「うん」と返し、朝ご飯を食べ始める。
通学路はいつもと何ら変わりない。小学生は相変わらず元気だ。まあ、大阪と長野で事件があったまでだ。東京で起きたわけでもないのでここに住む人はいちいち気にしていないだろう。
学校に着き、チャイムが鳴る。ギリギリで友樹が登場。そしてホームルームは三分の延長。ルーティーン化してきている。朝のホームルームが終わると僕の席に近づいてくる人がいた。友樹だ。
「神谷、数学の課題見せてくれよー。二限のロングの授業に間に合わねぇよ」
と泣きついてきたが、
「やっぱやってきてないか。悪いが見せることはできないな。ロングに怒られてくれ」
と返すと、「人でなしぃぃぃ」と言われたが、これも何回も経験している。友樹はそのまま光哉の席に向かっていった。光哉に助けを求めるのだろうが、おそらく光哉も助け船はださないだろう。そう思っていると光哉は友樹と顔を合わせる事も無く追い払っていた。
一日の授業も終わり、帰ろうかと準備を進めると
「おい、今日のニュース見たか?」
光哉が急に聞いてきた。
「ああ、長野で起きたやつだろ?それがどうかしたのか?」
と答えると、
「違う。今日に昼頃にまた起こったんだよ」
「どこで?」
「千葉だ」
そこで一つ疑問に思った。学校にいる間、当然テレビを見る時間はなかった。ニュースを確認するにはSNSを確認するしかない。いくら殺人事件といっても、SNSで取り上げられるほど大事になっているのか。
「光哉、そのニュースどこで知った?」
「ネットニュースだよ。今日の昼休みに見た。大見出しになってるぜ」
といってスマホの画面をこちらに向けてきた。そこには確かに「千葉でまた殺人事件、大阪、長野に続いてか」と大きく見出しが出ていた。連日の事件と犯人が同じとされているなら大きく取り上げられるのも納得できる。記事を読んでみると、犯行が似ているらしい。
今回は千葉か。犯人が東に向かってきていたので今度は東京に来るのではないかと思っていたが通り過ぎたようだ。そこだけが安心すべきポイントなのかもしれない。話している途中に友樹が来たが、頭に「?」を浮かべている。
「日本の警察は優秀だからすぐ捕まるよ」
その場しのぎにしかならないが、僕にはそう言うことしかできなかった。すると僕の背後から
「おい、横井何してんだよ。追加課題取り来いって言っただろ」
聞き覚えのある声がする。声の方向に視線を移すと僕の後ろにロングが立っていた。話に夢中で気づかなかった。結局誰にも数学の課題の答えを見せてもらえなかった友樹はロングに追加課題を出されていた。
「すいやせん、先生。今すぐ行きます。お前ら、先に帰るんじゃねえぞ、待ってろよ!」
と友樹は言う。僕は光哉と顔を合わせる。光哉も僕の意図を感じ取ったのだろう。
「先に帰ってるわ」
光哉が僕の代わりにそう告げた。その後、友樹はロングに連れられながらも何かを言っていたようだが、僕らは聞こえないふりをした。そしてそのままそれぞれが自宅に帰るのであった。
翌朝のニュースは連日に比べ平和だった。スポーツやエンタメの話題が流れる。今までの事件に触れていないということは特に情報等が集まってないのだろう。昨日の千葉での事件は気になるところだが、警察に任せるしかない。
すると緊急ニュースが流れてきた。どうやら警察のトップである警視総監が辞任し、新しい人になるらしい。なにか不祥事でも起こしてしまったのだろうか。
新たに警視総監の座に着くのは杉田亮二。聞いたことのある名前だった。たしか数年前のあの京都の事件関わっていた人で、腕は確かだが、正義のためなら手段を選ばないといったような性格の持ち主で、年をとった事による風貌も兼ね備わって、どこか悪人のようにも見える。会見が始まった。
「新たに警視総監に就くことになりました杉田亮二です。えー、事の運びは……」
時間が無く、会見すべてを見ることはできない。母さんに「行ってきます」と言って、僕は玄関のドアを開けた。
新しく警視総監に就いた杉田という人であれば、警察のシステムを変えて日本をより安全な国にしてくれるはずだ。テレビでの情報を見る限り信頼できる人に間違いは無いだろう。
学校に着き、チャイムが鳴ると教室に入ってきたのはロングではなかった。代わりに入ってきたのは長身で痩せ型、いわゆるモデル体型に整った顔立ちを兼ね備える、僕らのクラスの副担任、佐々木先生だ。
佐々木先生は持ち前の容姿と優しさで、僕らのクラスのみならず、全校生徒から人気を誇ると言っても過言ではない。先生自体は英語科の先生であったが、多くの人がその優しさ故に先生のことを「菩薩」と呼んでいる。菩薩が教室に入ると
「急に入ってきてすいません。とりあえず皆さん、緊急で全校集会があります。体育館に集まってください」
あまりにも急な指示のため、クラスの大半がすぐには動けなかった。長期休み明けでもないこの中途半端な時期に全校集会とは奇妙だ。何を言われるのだろうか。クラスの男子には
「先生、なんの集まりっすか」
と聞いた人もいたが、先生は行けば分かると言って、みんなを体育館に行くように促した。
体育館に着き、全員が座ったところでステージ上に校長が姿を現した。いや、校長ではなかったかもしれない。あのおじさんは誰だっけと思っているとマイクを持ったその人は話し始めた。
「えー、皆さんおはようございます。今日皆さんに緊急で集まってもらったのは、とある情報を共有するためです。その情報というのは二年三組の担任の熊井先生と連絡が取れてないということです。警察には届けを出していますが、何か皆さんの中でどこどこで先生を見ただとかそういう情報がありましたら近くの先生に話してもらえればと思います」
驚きだった。昨日まで普通に話していたロングと連絡がつかないなんて。周りの反応を見たところ、驚いたような反応を示している生徒も中にはいたようだが、多くの生徒の反応は薄いようだった。これが菩薩に関するニュースであったらもっと反応は大きかったかもしれない。
ロングに何かあったのだろうか。僕は表面上ではあまり興味を持っていないように振る舞ったが、頭の中ではいろいろ考えを巡らせていた。
その後教室に戻り、菩薩から追加の連絡があった。
「みんな驚いたかもしれないけど、校長先生がおっしゃったとおりだから。でもみんなはいつも通り過ごしてくれればいいよ。親御さん宛ての手紙があるからちゃんと渡すように」
と言って先生はプリントを配り始めた。公の場であるからか、誰も触れなかったが連日の事件に巻き込まれていないとは言い切れない。何者かが今、この街に近づいてきているのだろうか。今まで現実味のなかった恐怖感が急に近づいてきたような感覚がした。
その日は通常通り授業を行った。各担当の先生はロングのことについては触れずに、いつも通りの授業といった感じだった。
クラスのみんなもロングについて話すことはなく、興味関心がないようにも感じた。ロングが復帰するまでの担任が菩薩になって悪く言う人はいないだろう。中にはずっと菩薩がいいなと言っている人もいた。
その日は先生に帰りのホームルームで言われたように寄り道せずにまっすぐ帰った。光哉と友樹も賛成してくれた。家に着き、母さんに手紙を渡すと驚いた表情だった。連日の事件を思いだしてのことだったのかもしれない。




