二十二
二十二
翌日は朝から雲行きが怪しかった。雨が降るかもしれないが計画は雨天決行だ。体育祭などとはワケが違う。僕は今日武器としてナイフを二本持ってくことにした。とりあえず二つともバッグに突っ込んである。銃では発砲音がして犯行がすぐにばれてしまう。なるべくなら死体発見を遅らせるべきだ。
学校に着き、ホームルームが始まる。クラスを見ると全員が出席していた。肝心な光哉も座っている。
「じゃあ片づけになるけどみんなで分担してやろう。出席番号順にグループを分けるから各持ち場についてくれ」
菩薩がそう言ってみんなに紙を配り始めた。十人ずつの四つのグループに分けられる。僕と光哉は同じグループだった。友樹とは出席番号が離れているため別グループとなった。光哉と同じグループなのは都合がいい。好きな時に呼び出すことが出来る。
各グループが分かれて作業が始まった。僕らのグループは教室の装飾の片づけ担当になった。
だんだんと教室が片付いていくにつれて作業量も減っていった。呼び出すなら今が絶好のチャンスかもしれない。まるで告白するために呼び出す高校生のようだ。高校生である事に違いは無いが。さて、光哉でも探そうかと周りを見渡していると
「神谷、ちょっといいか」
光哉の方から話しかけてきた。
「なんだ?」
「ここだと話しにくいから場所を移してもいいか? そうだな……。屋上とかでいいか」
光哉の方から屋上に誘ってくれるとは都合がいい。
「おう、いいぜ」
と言って光哉と共に教室を抜け出して屋上へと向かった。教室での作業も終わりに近づいていたため、僕らを止める人は誰もいなかった。廊下を歩いていると他のクラスも片づけに励んでいた。
校舎と外をつなぐドアの場所までついた。ドアの磨りガラスからは外の様子までは見えないが明らかに雨の降っている様子は分かる。
「雨か……」
光哉がつぶやく。
「どうする? ここで話すか」
屋上までとはいかなくてもここでも人目につきにくい。ましてや雨が降っているとなれば外に出る人もいないだろう。なので、ここまで来る人もいないはずだ。
「いや、行こう」
そう言って光哉はドアを開けた。外開きのドアが開いた瞬間、ザーッという雨の音が僕らを出迎える。光哉は何のためらいもなく外に出た。傘も使わぬまま歩くので制服が雨を弾く。ゆっくりと歩く光哉の背中を追いかけるようにして歩く。ドアをしっかり締めてできる限りこちらの音が校舎内に届かないようにする。
光哉は屋上の端のフェンス際まで歩いた。この学校の屋上のフェンスは高くなく、光哉の腰くらいの高さだ。そこから身を乗り出して光哉は何やら下をのぞき込んでいる。そのまま突き落とせば目標達成となるが光哉も何か話したいことがあるらしい。それを聞いてからにしよう。
ふと左右のポケットに入れてあるナイフを取り出す。光哉が下を向いているうちに両手に持って手を後ろに回す。光哉はそれに気づいてないはずだ。
「文化祭、どうだった」
光哉が振り向き、聞いてくる。
「ああ、いい思い出になったと思うよ」
雨音にかき消されないように少し大きな声で話す。
「一日目と二日目、僕と友樹がいないときに話していたあの男は誰だ」
光哉は僕と菅沼が話している姿を見ていたらしい。どこから見ていたのか、気になったがもうそれを知る必要もない。
「ただの知り合いさ。光哉には紹介してなかったか?」
「知り合いか……。君ならそう言うと思ったよ。ただ、これでもそれが言えるか」
そう言って光哉はポケットから取りだしたものを僕に向けてきた。普通の人なら日常生活で見るようなものではない。しかし今の僕にとっては多少見慣れたものだった。光哉が持っていたのは拳銃だった。
「おい、そんな物騒なもの俺に向けるなよ。怖いだろ」
「えらく冷静だな。まあそうか。お前ならこの程度のものは見慣れているよな」
そう言っている間も銃口は僕の方を真っ直ぐ向いている。
「いいから両手を前に出せよ」
光哉にそう言われて僕はゆっくりと両手を前に出す。出す途中で右手のナイフは逆手に持ち替えていた。
「それで僕を殺すんだろ」
光哉は全て知っているかのような口調だった。
「ああ、そうだよ」
今更隠す必要も無い。友達として全力を持って殺すことにした。
「お前が死ぬ前に聞いておきたい。いつから気づいていた」
「生徒会長が僕に教えてくれた。神谷藤十郎は今巨大な犯罪勢力に加担している。それを止めてくれないかってね」
やはり会長は気づいていたのだ。前に光哉と会長が会った時に初対面と思えなかったのは事前に連絡を取っていたからだろう。
「僕は信じられなかったよ。君が犯罪に手を染めているなんて。だが君の行動を観察している中で確信が持てた。休日の午前中、道であったことがあるだろ。あれも会長の指示であの時間にあの場所に行ってみたんだ、そうしたら君は現れた。その後こっそりつけてみたら見知らぬ男の車に乗っていった。そこで確信したよ。君はもうこっちの世界の住人じゃないことに」
会長は全てを知っていた。知っていることを僕の親友の光哉に言うことで僕の動きが鈍くなることを望んだのだろう。ただ、思っていたより光哉に積極性はなかった。その為僕は全く制限されることなくここまでこれた。
ここでふと思った。この場に会長がいるかもしれない。いや、逆にいないと考える方がおかしい。ここで僕を捕まえようと思うならなるべく人数は多い方がいい。屋上は校舎から繋がっている入り口のところが小屋のようになっている。その後ろになら隠れることが出来る。後ろを振り向いて確認したかったが、その隙に光哉に撃たれては仕方ない。光哉の持つ拳銃が本物でない可能性もあるが、賭けるには大きすぎる。あいにく雨で足音も聞こえない。後ろから誰かが来ても僕は気づかないだろう。
ならば僕の全てを持って光哉を殺すことに集中しよう。こいつの後は会長だ。僕の真実を知るのはロング達だけで充分だ。
「お前、俺がこうするって分かっててここに呼んだわけだ。覚悟は出来ているんだろうな」
「ああ」
光哉がそう言う瞬間に僕は左足で蹴り出して光哉との距離を詰めようとする。光哉は驚いて引き金を引いた。
それを予測した僕はとっさに右に避ける。しかし発砲音は聞こえなかった。この距離で発砲して雨で銃声がかき消されるとは考えにくい。となればあれはただのブラフだ。
そう思っていたが、雨音に勝る音が後ろから聞こえてきた。後ろを振り向くと数人の人がこちらを向いている。格好からして、警察のようだ。その中の複数人が僕の方に銃を向けている。
「警察だ。そのままナイフをこちらによこせ」
見たことのある顔だった。アーケード街にいた山田健二と田村祐二だった。他の人は一度写真で顔を覚えたはずだが、復習不足だ。全く思い出せない。しかしその中でもとりわけ知っている顔が二人いた。見慣れない服装で一瞬誰だか分からなかったが、すぐに頭の整理がついた。それと同時に二人がいるということは僕の負けが確定した。
光哉の方を振り向くと、光哉は腰をぬかした様子だった。
まだ昼前に関わらず、あたりは暗かった。雨のせいか。それとも極限状態で僕の脳みそがどうかしてしまったのか。そんなことどうでも良かった。僕の目にはもはや拳銃を右手に持っている光哉しか移っていなかった。任務遂行。僕の頭はそれでいっぱいだった。
「なあ、ここで自首しろよ。無駄な抵抗なんてしないでさ」
光哉が諭してくる。しかしもう戻れないところまで来ている。次に光哉が言葉を言い終わった瞬間、一気に距離を詰める。話し終わったあとは息を吐ききっている。その一瞬の隙を狙う。
「誰もお前が犯罪を起こすことなんて望んでないよ」
光哉がそう言い終わった瞬間だった。僕は一気に距離を詰める。しかし後ろの警察達も黙っているはずがない。僕は逆手に持っているナイフをノールックで後ろに向かって投げた。これで数秒稼げれば充分だ。そもそも光哉は素人だ。菅沼と相対したときとはわけが違う。二本もナイフを持っている必要も無かった。
光哉はびびって両手でガードしている。そのせいで、こちらの様子は全く見えていないらしい。酷くおびえている。隙を晒しまくりだった。そのまま左手に持っているナイフを光哉の腹部に合わせた。「さようなら、光哉」心の中でそう言った。
光哉のガードの隙間から光哉の表情が見えた。目を強くつぶって、顔全体に力が入っているのが分かる。光哉との付き合いは長いが、こいつは表情の読みにくいやつだと感じることが多々あった。しかしこの瞬間だけは表情から気持ちが読み取れた。怖い。その一択だ。普段見せない親友の表情になぜか僕の良心は動かされた。なぜ僕はこんなことをやっているのだろう。怖がる親友に一方的に凶器を押しつけようとしている。それも死んだはずの元担任のために。
ここで光哉を殺したところでここから逃げ出せるはずはない。入口方面には警察がいる。事件を起こしてそのまま僕は牢獄行きになるに違いない。その人生に僕は満足するだろうか。親友と僕の人生を失って、さらには大きな犯罪に加担してまでするようなことだろうか。
僕は光哉に近づき、もうナイフが届くところまで距離が詰まったところで左手のナイフを地面に捨てた。そのまま光哉を通り過ぎて軽く跳躍してフェンスに左足をかける。そのまま体重を乗せて斜め上に翔ぶ。振り続ける雨を切り裂きながら空中に身体が放り出される。
これで良かった。これが最適解に違いなかった。僕の犠牲は誰の犠牲も生まない。光哉も、警察も、これから起こるはずだった事件の被害者も。
今、光哉はどんな表情をしているのだろうか。後ろを確認することもできない。きっと驚いた表情をしているに違いない。僕の最期にみた光哉の顔は極限まで怖がっていた、あの表情で終わってしまった。
前方向にあった運動エネルギーが無くなり、下方向に向かって自由落下運動に切り替わった。後は数秒待つだけで全てが終わる。下手に生き残るのも嫌なので頭を下に向ける。これなら即死できる。僕は目をつぶり時が来るのを待った。




