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雨ノ若  作者: 八戸黎樹
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19/21

二十一

二十一


そこから一週間、ずっと脳みそが寝ているような感覚で過ごしていた。実行委員もあり、ゲートは完成した。完成と共に制作部門のみんなは拍手で祝ったが、僕は嬉しいという感情は抱けなかった。時々周りの人に「神谷君平気? ぼーっとしてるけど」と言われたが、「ああ、ごめん平気だよ」と言ってごまかした。

 そして文化祭前日の夜、ロングに呼ばれた。行きたくはなかったが仕方ない。

「明日から二日間文化祭のようだが気をぬくなよ。気持ちが浮ついて……」

 ロングは僕に何か話しかけているようだが中身が頭に入ってこない。この場でこいつを殺してやろうかと思うが、そうすれば後ろにいる鶴留が黙っていないだろう。

「……から、しっかり周りには気をつけるように。聞いてるか?」

「あ、はい」

 返事も適当に済ます。

「で、榊原をいつ、どういう場面で殺すんだ?計画は立てられたか?」

 計画は全く練っていなかった。というより計画を練ろうともしていなかった。当然だ。光哉を殺すことはできない。

「文化祭中は人が多くてなかなかタイミングが無いと思うので片付けの日にやろうと思ってます」

 とりあえず日にちを少しでも後回しにするようにしておいた。

「そうか。ちなみにだが他の地域の実行犯達の準備は終わっているらしい。お前が始めたらいつでも計画をスタートできる状態にある。みんなの準備を無駄にしないためにもしっかり頼むぞ。それと一応武器を今日持って行きなさい。いつでも機会があるときに殺せるようにな」

 そう言ってロングは拳銃と弾、ナイフ二本を渡してきた。

「これだけで足りるか? この前の動き的にナイフ二本で充分な気もするが一応拳銃も用意した。好きなのを持って行くといい」

 僕はとりあえず全部持って行くことにした。何かあった時用に武器を装備しておくのは必要なことだ。

 その日はそれで帰らされた。帰りの車で鶴留が話しかけてきた。

「学校でやれそうな場所っていったらどこだ? 人が多い場所じゃ無理だよな。できたとしてもすぐに捕まる。なるべく死体発見までの時間を遅らせた方がいいだろ。今時の子は体育館裏とかでバチバチやったりはしないんだろ? だとしたら……」

「屋上」

 僕はそう答えた。しかしここも自分の意思で言ったというより咄嗟に出た言葉だった。

「屋上か。確かに片付けの時なら屋上に来る人も少ないだろうし広くて戦術の幅も広がる。何も考えていないわけではないんだな」

 適当に言ったことだが、なぜか納得させてしまったようだ。その場しのぎにはちょうど良かったのかもしれない。

 いつものコンビニで車から降りて帰ろうとする。そのときも鶴留から「うまくやれよ」と声をかけられた。しかし特に返事もせずに歩き始めた。

 翌日、文化祭となり生徒達は大賑わいだった。僕も当日は実行委員等もないのでクラスでの出し物にフルで参加した。僕はキッチン担当なので特に表に出ることはなかったがうちの学校が都内にあることもあり来場者はかなり多い。常に忙しく料理を作っていた。

 自分の担当時間が過ぎると光哉と友樹と一緒に学校内を回った。お化け屋敷やフランクフルト屋、ゲームコーナーなど様々な出店が立ち並ぶ。自由な時間は三人で楽しんだ。高校生の文化祭は学生生活でもトップレベルの面白さを誇る。

 三年の教室のある廊下を歩いていると友樹が

「ちょっと便所行ってくるわ」

 と言ってトイレに向かった。

「じゃあ俺もついでに行ってくるわ」

 そう言って二人とも僕のそばから離れてしまった。廊下の端に立って周りをなんとなく見渡す。やはり人は多い。とてもじゃないがこの場で大きな事件は起こせない。ロングが手下をよこしてもそれは無理だろう。

 なんとなく右手のポケットに手を突っ込む。念のため入れておいたナイフに手が触れる。これはあくまで護身用だ。自分にそう言い聞かせた。

 まだ二人は帰ってこないのでスマホに目を落とす。メッセージも来ていない。とりあえずSNSでも見るかとアプリをタップする。

 すると

「よう、文化祭楽しんでるか」

 静かな声でそう話しかけられた。とっさにスマホの画面を消して前を向く。そこにいたのは帽子をかぶった菅沼だった。

「何してるんですか、こんなところで」

「何ってそりゃお前、俺だって文化祭楽しんでるんだよ。お金落としてやってるんだから感謝しろよな。後でお前のクラスに行こうと思ってたんだよ。何組だ?」

 文化祭を楽しみに来たというのは明らかな嘘だろう。僕を監視しに来たに違いない。

「僕は二年三組ですけど、あんまり行かない方がいいと思いますよ。怪しまれちゃうと思いますから」

「そうなのか。まあお前がそう言うならやめておくかな。どうやらクラスメート殺しを依頼されているようじゃないか。うまくやれよ。なるべく人のいないところ……この学校屋上はあるのか?やるならそこがベストかもな」

 そう言って僕から離れていこうとしたときだった。

「ああ、そうだ」

菅沼が僕の耳に顔を近づけてきた。

「右ポケット、ナイフ入ってんだろ。素人目線じゃ外からじゃ分からないと思うがあまり手突っ込むなよ。怪しまれる。見ているやつは見ているからな」

そう言って歩いて行ってしまった。

今のを見られていないか不安だ。光哉と友樹はまだ戻ってきていない。この人数だ、トイレも混んでいるのだろうか。再びスマホでもいじろうかとしているところ

「神谷君、文化祭は楽しんでるかい?」

 聞き覚えのある声がした。顔を上げると目の前に会長と副会長が立っていた。

「会長、なんでこんなところにいるんですか」

「なんでって、ここは僕のクラスのある階だからね」

 そういえばそうだった。それより先ほどの菅沼と会話している姿を見られていないか心配だった。

「ところで会長のクラスは何をやっているんですか」

 なるべく会長から質問する隙を与えない。このまま時間を潰して光哉と友樹が戻ってくるのを待つことにする。

「僕のクラスかい? 僕らは無難にカジノをやっているよ」

 カジノは果たして無難なのかと思った。

「ディーラーには僕の方からやり方を教えておいた。ついでに効率よく稼げる方法もね」

 会長が怪しげな笑みを浮かべる。

「それって違法なんじゃないですか。生徒会長のクラスで不正が発覚したら会長、学校での居場所なくしますよ」

 僕としては真っ当な意見を言ったつもりだった。

「本気にしないでくれよ。本来ならばここでそんな冗談を言うのすらはばかられるべきなんだから。もちろんお客様から多少のお金をいただいて遊び放題にしてある。成績に応じてちょっとした商品も用意している」

 会長は言葉では焦っているかのようなことを言っているが、実際は表情一つ変えずに淡々と話している。周りに聞いている人がいないと判断してのことだろう。

 会長は副会長とはクラスが違うはずだ。副会長のクラスでは何をやっているか聞こうとしたが、全く話したことが無かったので聞くのはやめておいた。

「ところで」

 会長がそう言い始めたとき僕は少しぎょっとした。まさか菅沼のことを聞かれるのではないかと思った。

「神谷君がこの階にいるということはカジノをやりに来たのかな」

 良かった。会長と副会長に詰められたらもう逃れられないだろう。

「ああ、まあちょっと三年生の出し物を見ようと思ってきた感じですね。友達がトイレ行っちゃってて、今は暇しているんですけどね」

「そうなんだね。ぜひとも友達と三組にも遊びに来てね。もちろん影里のクラスにも顔を出してくれると嬉しい」

「分かりました。行ってみますね」

「神宮君、そろそろ時間」

 ここで初めて副会長が口を開いた。

「ああ、もうそんな時間か。ごめんね神谷君、そろそろ行かないと。じゃ文化祭を楽しんで」

「はい。会長たちも最後の文化祭を楽しんでくださいね」

 そう言って別れようとしたときだった。

「ああ、そうだ。最近近くで事件があったし、校内に不審者が紛れていないとも言い切れない。気をつけてね」

 口元は笑っていたが、目は全く笑っていなかった。会話を見られた。言葉にはされなかったが、僕の中で確信がついた。これで行動が制限されてしまった。会長のことだ。右ポケットのナイフに気づいているかもしれない。会長達が立ち去った後でこっそりとポケットに手を入れてナイフの存在を確認する。

 あの人達はどこまで気づいているのだろうか。遠くなる会長たちの背中を見ながら。平穏に文化祭が終わることを願うしかなかった。

「ただいまー。トイレすっげえ人でさ。なかなか入れなかったよ」

 光哉と友樹がトイレから戻ってきた。やはり人は多いようだ。これでは文化祭中に犯行は難しい。一応ロングになるべく遅い日付を伝えておいて助かった。

 迎えた文化祭二日目も一日目同様に菅沼が学校に来ていた。だがそのときは菅沼一人ではなく同僚だろうか、数人で来ていた。菅沼を含め、身なりもしっかりしていて一般人に溶け込んでいる。しかし高校生の文化祭に成人を超えた男性が複数人で来ているのは周りからすると浮いているのではないかと思ったが、それを凌駕(りょうが)する人の量で隠れていたようだった。二日目も一人きりになった僕に菅沼は話しかけてきた。

「今日もすげぇ人いるな。さすが都内の私立高校といったところか。実行は片付けの日にするんだってな。それは明日か?うまくやれよ。失敗は許されんぞ」

「分かってます。ところで今日一緒に来ている人たちは誰なんですか」

「ああ、あいつらか。あれは同僚だ。トラブル起こすなとは言ってあるから平気だ。高校生のガキ相手に危害を加えるようなことはしない」

 やはり同僚のようだ。真面目そうに見えるが、立派な犯罪者の御一行様であるらしい。

「ところでよ、この学校屋上にはどの階段使っていくんだ?」

「屋上に行くつもりですか。屋上にはお店は出てないですし、行こうとして見つかったら怪しまれますよ」

「ああ、そうか。まあ行き方だけでも教えてくれよ。明日の犯行場所にするんだろ。俺も下見しておきたくてよ」

 明日僕が光哉を殺す。その事実は彼らの界隈でもう決定事項なようだ。しかも勝手に場所まで決められてしまっている。僕を後戻りさせないために違いなかった。

「この廊下の一番奥の階段を一番上まで上がればつきます。今日は鍵がかかっていると思うので外には出れないと思いますよ」

「おう、サンキューな。明日、楽しみにしてるぜ」

 そのまま菅沼は人混みの中に消えてしまった。今日は右ポケットにナイフを入れていない。万が一に備えてのことだった。

 文化祭も二日目が無事に終了し、全体での売り上げ発表会があった。全校一位は三年三組、会長のクラスだった。接客の仕方からサービスの質、ルール性などが評価されたようだ。これらすべてはきっと会長の戦略の基づくものだろう。あの人は商売にもセンスがあるらしい。僕らのクラスは五位とまずまずの成績だった。

 教室に戻り、クラスでのホームルームが始まる。

「みんなお疲れ様。クラス成績もかなりいいものだったんじゃないかな。きっとみんなにとって楽しい思い出になったと思う。僕も楽しませてもらったよ」

 と菩薩から挨拶があった。挨拶が終わると同時にクラスは大歓声に包まれる。みんな文化祭ということで盛り上がり過ぎている。今なら何を言われてもこの歓声に包まれるに違いない。

「明日は、片付けなのでしっかり全員来るように。わかった? 来なかった人には課題を出します」

 教室の大歓声に負けじと、温厚な菩薩が声を出す。今度も歓声が起きると思いきや

「ええーーーー」

 と不満そうな声が上がった。行事から普通の学校生活に戻るのはどの行事の後でも気が進まない。今回もそれだった。

 しかし僕はそれ以上に明日が来てほしくなかった。この学校でそれは一番の自信があった。

「じゃあ今日はハメを外しすぎないように帰るんだぞ。では解散」

 その言葉と同時にクラスでそれぞれが会話を始めてざわつき始めた。これから数時間は文化祭の熱が冷めないだろう。

 光哉と友樹が僕の席にやってきた。

「今夜、三人で打ち上げでも行かないか」

 友樹が誘ってきた。打ち上げか。どうせクラスの別の人からは誘われないから三人で行くことにはなると思っていたが、明日光哉を殺さなくてはならないのに前日の夜に友の食事を楽しもうなんてことはとてもじゃないができない。なんとか言い訳を思いつかないかと頭をフル回転させている時だった。

「すまん、今日じゃなくて明日でもいいか。久々に働いたらどうも身体が疲れているようで……」

 光哉がそう言ってきた。

「なんだよ体力ねぇな。神谷、どうする?」

 ちょうど良かった。光哉の方から都合が悪いのなら怪しまれたりしない。

「どうせなら三人そろってからの方が良くないか。俺とお前の二人で行っても仕方ないだろ」

 会話の流れに沿うように答える。これなら違和感はないはずだ。

「まあ三人の方がいいか」

 友樹も納得してくれたようだ。そこから適当に雑談をして教室を出る。他の教室はまだ盛り上がっているようだった。

「文化祭マジックとか起きないのかな」

 友樹が何気なしに言ってきた。

「馬鹿だなお前、そういうのは文化祭で個別の出し物をしたとか率先してクラスの出し物に参加した人とかに起ることだ。普通に二年三組やってたお前には縁の無いことだよ」

「そっかー。じゃあ二人にも縁の無いことだな」

 友樹が笑いながらそう言う。

「俺はともかく神谷は実行委員やってたんだし何かあってもおかしくないだろ。特に一緒に実行委員やってた横谷さんとかよ」

「あ、確かに。どうなんだよ神谷、なんかったか?」

 光哉と友樹がそろいにそろってこちらを見てくる。

「別になにもないよ」

 実際そうだったのでそう言うしかなかった。

「実は隠れてこそこそなんかやってそうだけどな」

 よくある男子高校生の会話で盛り上がる。本来ならばこういった生活がずっと続くはずだった。しかし明日で終わってしまう。

 外に出ると空模様が怪しかった。空を見上げると暗めな雲が一面を覆っている。ふと見ると一機のヘリコプターが学校上空にいた。あのヘリがここに落ちてきて三人とも殺してくれれば楽になれるのかな。そう考えてしまうのはきっとロングとつるむようになったからだろう。そこから二人と別れて、家の方向に歩いていった。

 家に着くと母さんが

「文化祭どうだったの」

 と話しかけてきた。

「まあまあ楽しかったよ。売り上げもそこそこだったしね」

「そう。ならよかったね」

 そんな会話をしてから自室に向かう。ロングからもらったスマホを見ると連絡が入っていた。


 調子はどうかね神谷君。例年通りなら文化祭の翌日が片づけのはずだ。ということは明日榊原を殺すということで間違いないよね。犯行は屋上でやるらしいと鶴留君や菅沼君から聞いているよ。明日は是非とも頑張ってくれたまえよ。久若会の命運は君の出来にかかっているといっても過言ではないからね。


 明日どうしてもやらなくてはならなくなってしまった。もう引けない。薄々分かっていたことでもいざ現実を突きつけられるとなるとそのことを考えたくもなくなる。

 準備するしかない。そう決めた僕はクローゼットの奥からナイフを取り出して軽く振ってみる。明日は目の前に光哉がいる。うまく出来るだろうか。光哉のためにもひと思いに殺ってあげたい。なるべく苦しまずにあの世にいけるように。

 自分のスマホに通知が入る。横谷さんからだった。


 神谷君、文化祭お疲れ様! 神谷君と一緒に実行委員出来て良かったよ。おかげで神谷君のことも沢山知れたし。これからの学校生活もよろしくね


 普通のメッセージだった。文化祭マジックは起こりそうにない。


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