二十
翌日学校で友樹がもう腕をつっていないことに驚いた。いくら何でも治るスピードが速すぎる。やっぱりあいつは何かおかしい。
放課後になると光哉と友樹が僕の席まで歩いて来た。
「おい神谷、俺ももう自由に外出していいって医者から許可出たからよ、久しぶりに放課後出かけようぜ」
友樹がそう言ってきた。本人はかなり元気な様子だ。
「あー、すまんちょっと今日も家の用事があるんだ。行けなくてすまんな」
「なんだよーせっかく実行委員が一時解散になったっていうから誘ったのに……。じゃあ俺と友樹で遊びに行ってくるよ」
「ごめんな。また誘ってくれよ」
放課後に実行委員がなくなった途端に遊びに誘われる。しかし僕もロングの方に呼ばれる回数が増える。どちらを優先しなくてはならないかは考えるまでもなかった。
「光哉、今日どこ行く? あ、あそこはどうだ、いつものゲーセンの近くの路地にある駄菓子屋。久しぶりに行ってみないか?」
なつかしい。小学生や中学生の時三人でよく行った記憶がある。
「いや、今日はなんとなくあそこはやめよう。あと友樹すまん、今日はやっぱ放課後遊ぶのなしでいいか。せっかくなら三人で行けるときにどっかに行きたいし。お前も少しでも安静にしておいた方がいいだろ」
光哉が友樹の誘いを断った。
「えー。せっかく許可もらったのに二人してそんなこと言うなよ。まあいっか、また行こうぜ」
と言って友樹は僕の席から離れて行ってしまった。光哉と二人きりになったところで
「実行委員は放課後あれほど暇だったのに、実行委員が終わったら急に忙しくなるなんてなんかあったのか」
光哉がそう聞いてきた。先ほどとの会話の口調からは想像できないほど真剣な質問に聞こえた。
「まあちょっとな、本当は遊びに行きたいんだけどなかなかうまくいかなくて……」
具体的な内容を示さないと納得させられないのは分かっていたが、適当なことは言えない。
「そうか。もしかして僕らに隠れてなにかやっているんじゃないだろうな」
そう言われたとき冷や汗が出てきたのを感じた。適当に言ったにしては的を射すぎているように感じる。
「そういうわけじゃないんだけどさ、まあ俺にも俺なりの理由があるんだよ」
なんとかしてごまかそうとする。
「ここ最近のお前の行動から思ったんだけど……」
生唾を飲み込む。光哉は友樹のような馬鹿ではない。僕の裏での活動を知っていても何ら不思議はないように思えた。いざとなったら体術で投げて光哉の動きを封じる。そこから脅してロングの元にでも突き出してやろう。そこまでの作戦は頭に浮かんだ。
「神谷、お前……彼女でもできたろ」
「えっ?」
思わずそんな声が出た。全くもって僕の見当違いだったようだ。
「実行委員の後忙しくなったっていうことは多分実行委員で仲良くなった人だ。結構いろんな人と関わっているはずだが、僕の予測からいくとその候補は……横谷さんだね」
どうやらこいつはとんでもない勘違いをしているようだ。だが助かった。これで光哉をロングのもとに突き出さなくてすむ。
「ああ、名探偵光哉君その推理は間違っているぞ。もっと詳しく調べてから挑戦するといい」
「おいおい、まじかよ。僕の中でこれが答えだったのに。まあお前もいろいろあるんだよな。詳しくは聞かないようにするよ。神谷にも神谷の生き方があるもんな」
どうやらこれ以上の詮索はされないようだ。どことなく言い方に違和感を覚えたが、真実まで到達されていなくて助かった。
「じゃあ、帰るか」
もう僕ら以外に教室に生徒はいない。電気を消して教室を出る。教室でこれほど焦るとは思わなかった。そんな教室に別れを告げた。二度とこんな思いしないためにも何かいい言い訳を考えなくてはならないかもしれない。
二人で廊下を歩いていると、前からあの人が来た。生徒会長だ。
「神谷くん、実行委員会とりあえずお疲れ様。荒瀧の元でよく頑張ったよ。面倒くさい役割も押し付けられたかとは思うけどおかげで僕も助かった」
会長は光哉がいるからかいつもより優しそうな口調のように感じた。僕を見る目もどことなく穏やかだ。
「ありがとうございます。多少大変ではありましたが、色々経験できてよかったです。完成度的にも本番が楽しみです」
僕は会長が言ったことに対して情報を付け加えるように会話した。なるべく余計な事は言わない方がいい。この人は少しのヒントから真実に辿り着く能力がある。少なからず僕はそう思っていた。
「隣にいるのは‥‥‥榊原くんだね」
「は、はいそうです」
会長が光哉のことを知っているとは意外だった。ただ、返事の様子から察するに光哉の方は会長をよく知らないように思えた、きっと僕の時みたくどこからか情報を仕入れたのだろう。
「榊原くんもすごいしっかりしていそうな人柄だね。きっと神谷くんみたいに重役もしっかりこなせそうだ。二人とも生徒会にいたらきっともっといい機関になると思うんだけどな。今更後悔してももう遅いかな」
と、会長は雑談を始めた。すると光哉が
「会長には優秀な副会長がいるじゃないですか。僕よりも絶対に仕事をするのに向いていると思いますよ」
「まあ、確かにうちの副会長は優秀だよ。けど優秀な人は何人いても困らないよ」
「そうですか……」
二人は初対面とは思えないくらいに会話が続いている。会長は初対面でもよく話しかけてくるが、光哉もそれに答えようとくらいついている感じがする。いつもなら適当に愛想笑をしてその場をやり過ごそうとしているのに。
「二人ともごめんね。これから生徒会の仕事があるんだ。この辺で失礼させてもらうよ。二人とも気をつけて帰るんだよ。文化祭前で気持ちが浮いているだろうから、ハメを外しすぎないように」
「わかりました、気をつけます。会長もお仕事頑張ってください」
僕より先に光哉が答える。その後僕らと会長は反対方向に歩き始めた。
「光哉、会長と知り合いだったのか?」
率直に聞いてみた
「ああ、前に廊下ですれ違った時に、『榊原光哉君だね』って急に話しかけられて。それまでもちろん話した事はないんだぜ。あの人は人前に立つことも多いから僕は顔も名前も知ってたけど、まさかこっちの顔を知られてるとは思わなかったな。って感じ」
会長がなぜ光哉の事を知るようになったか、僕の中では答えは一つだった。怪しい僕を監視するため、僕と仲のいい人を横谷さんあたりから聞き出したのだろう。僕らが着々と計画を練るように会長も周りを固めようとしてきている。これは早いところ会長を潰したほうがいいかもしれない。実技で十分すぎるほどの成績を残せたこともあり、今僕にはいくら完璧超人の生徒会長ですら敵ではないように思えた。
その後僕たち二人に会話はなく、正門の前で「じゃあな」とだけ言い合って別れた。
ここでようやくロングから預かったスマホを取り出す。犯行は夜ということだったからすぐに集合ということはないだろう。
スマホを開くと案の定、連絡が入っていた。
今日十九時、コンビニに来い
スマホの時計は十六時にもうすぐなるというところだった。いったん家に帰って準備をしよう。さすがに実践となると思うと今から緊張してくる。
時間になり、コンビニに向かう。そういえば今日の犯行はどこなのだろうか。今回は泊まりではないということでそこまで遠くには行かないと思うのだが。コンビニに着くと、予告通り菅沼が迎えに来ていた。
「おう、来たな。乗ってくれや。運転は鶴留ほどうまくはないかもしれないがな」
二人で車に乗り込むと、菅沼はエンジンをかけて車を発進させた。
「今日の犯行はどこでやるんですか」
菅沼に聞いてみる。
「ああ、言ってなかったか。今日はお前の通う学校の近くでやるぞ」
学校の近くか。なら僕の知っている場所に違いない。土地勘のある方が何かと都合が良さそうだ。
菅沼が車を走らせる。僕らは特に会話はなかったが、鶴留といるときより気まずさはなかった。車内にはタイヤが地面を踏みしめる音のみが響く。集中していると自分の鼓動が聞こえる。緊張はまだ解けなかった。
コンビニからまもなくして菅沼が車を止めた。
「着いたぞ。ここが今回の犯行現場だ」
周りをよく見渡す。辺りは暗かったが見覚えのある場所だったのですぐにどこにいるか分かった。
「ここの裏道はただでさえ人通りが少ないらしくて、逃走するのにも都合がいいんだと」
「確かにそうですね。僕も来たことありますが、ここは車も人も通る数は限られています」
そう言いながら車を出る。目の前にあの駄菓子屋が建っている。まさに今日僕に予定が無ければ行こうとしていた場所だった。
「なんだ、この駄菓子屋知ってんのか?」
車から降りてきた菅沼がそう聞いてくる。
「はい、小学校の頃からよく友達と行っていました。今日もちょうど友達にここに行かないかと誘われていました。さすがに断らざるを得ませんでしたけど」
「そうか。思い出の地かとは思うが腹をくくってくれ。すべてはうちの会のためなんだ」
「はい、分かっています」
「さすがにここに車を止めるのは目立ち過ぎる。場所を変えるぞ」
そう言って再び二人で車に乗り込む。近くの裏路地に車を止めて、準備をする。
「今回は近接格闘がメインになるからこれをつけてもらう」
そう言って菅沼は覆面を取り出した。こんなものテレビでしか見たことが無かった。まさか自分がつけることになるとは。
「それと、これが今回の武器だ」
次に菅沼が取り出したのはナイフだった。しかし手に取ってみると本物ではないことに気がつく。そういえば今回は殺人を行わない犯行だったことを思い出す。ナイフの刃の部分は全く鋭くなく、平らだった。切るより殴ることに特化したナイフの印象を受けた。重さも攻撃力が落ちないようにこの前の演習で持ったと時のものより少し重いように感じた。
「今回は殺しをしない。くれぐれも熱くなって思いっきりぶったたかないようにな。今のお前にはそのナイフで人を殺すことができる能力がある。狙いは相手の動きを止めることだ。足とか肝臓あたりを狙え。こっちの顔は隠れてるから目が合っても慌てなくていい」
犯行前に菅沼から具体的なアドバイスを受けた。狙いは相手の動きを止めること。殺してはならない。執拗なくらいに釘を刺された。
「よしじゃあ行くぞ。近くの物陰に隠れて来た人を一人残らず襲え。逃げるタイミングは俺から知らせる」
そう言って僕らは覆面をかぶって車から降りた。
まだ深夜と言えるほどの時間ではなかったが、大きな道ではないということもあり、辺りはかなり暗かった。少し離れたところには大通りがあるが、ここは車も全く通らなく、人通りも無いためかなり静かだ。この条件なら、誰かがこの道を通れば確実に気づくことができる。しかし叫ばれればこちらの位置がばれやすいと言える。まずは叫ばれないようにするべきか。
少しすると一人の男が歩いてきた。見た目は三十代くらいの小太りの男だ。
「どうだ、初実践やってみるか。多分あいつならそこまで苦労しないはずだ。まあ俺もすぐにサポートできるようにしておく。力入りすぎて殺すなよ」
菅沼がそう言ってくれた。さあ、僕の初陣だ。気合いは入れるが、力は入れない。派手にやりたい気持ちはあったがそこは落ち着いてやらなくてはならない。
目標との距離を目視で測りながら出て行く機会をうかがう。右手にもっている模造ナイフをしっかりと手に感じる。距離が三メートルくらいの距離になったところで目の前に飛び出す。
目標はおどろいた様子で少し後ろに下がった。それを予期した僕は一歩踏み出す。ナイフをちらつかせれば驚いて声を出せないと思った。ナイフのおかげか分からなかったが相手は一言も発しなかった。目標は慌てた様子で後ろに下がり続ける。だが当然前進する僕の方が速い。ナイフを振れば当たる距離まで近づいて相手の顔の前でナイフを振る。しかし顔には当てない。目標がナイフを避けようと、顔をのけぞらせて上半身のバランスを崩す。そのままナイフを素早く逆手に持ち替えて絵の部分を相手のみぞに思いっきり突き刺す。しかし違和感があった。完全な無防備なところに固いナイフの柄を突いたはずだったが、当たったときの感触がやけに固かったのだ。小太りであることから筋肉によるものだとは考えにくい。
しかし目標はうめき声を上げながら前傾姿勢になって倒れた。動きがとれないのを見るやいなやバッグから財布を奪う。そのまま道を戻り菅沼の隠れている場所まで戻った。
「やるなあ。完璧だったんじゃないか! 相手の動きもよく見えてたし、バランスの崩し方もうまい。とどめは俺の時と一緒の逆手かぁ。ナイフの使い方が習わずとも頭にある感じがするな」
と、菅沼は褒めてくれた。実際僕もうまくいって安心していた。みぞの違和感はもうこのときには忘れていた。
「よし、じゃあ二人でできるだけ多く襲って、お前の初陣を華やかに飾るとするか」
そう言って僕らは次の目標に備えた。
それから一時間が経たないくらいで菅沼が
「よし、人の数も少なくなってきたし、この辺で帰るとするか。車に乗り込め」
合図と共に僕らは車の方に向かった。人通りはなかったので特に焦る必要も無く落ち着いて行動できた。車に乗り込むと菅沼がすぐに車を発進させた。
「ここから離れたところで戦果を確認する。ちょっと移動するぞ」
車は何事もなかったかのように大通りに入った。そこから馴染みのある道を走り、犯行現場とは別の裏路地に車は停まった。
「このあたりでいいだろ、よし。じゃあ盗ったものを全部ここに出すんだ」
そう言って菅沼は大きな袋を取り出した。僕はそこに全ての財布を入れた。僕が四つ、菅沼が三つの計七つを奪った。
「あの人通りで七つじゃ結構いい方だな。これは俺が責任を持ったボスに報告しておく。安心しな、中身をくすねたりはしないからよ。中身も全部ボスに一回渡してから後で個別に報酬がもらえるはずだ。戦闘に関しても見ている限り完成度は高かった。それも一緒に報告しとくよ。もしかしたら大きな仕事を任せられるかもな」
「ありがとうございます。もうすぐ学校の文化祭なのであまり大きい仕事を任せられても困りますが、任せられたら……まあなんとかします」
と、苦笑いしながら答える。実行委員がなかったこともあり、実感が薄れていたが一週間後にはもう文化祭が控えている。僕の裏での活動を会長に察させないためにもおろそかにできない。
「懐かしいな、文化祭。俺は高校生の時お化け屋敷やったっけな。神谷君のクラスは何やるんだ?」
その質問には答えにくかったが、どうせ菅沼や鶴留、ましてはロングが来る筈がないので嘘をついてもばれることはないだろう。
「喫茶店みたいなのをやります」
僕の答えはそれだった。
菅沼が再び車を走らせ、いつものコンビニに送ってくれた。
「じゃあ、今日はお疲れさん。多分報酬の受け渡しは明日になると思うからまた連絡を確認してくれ」
「お疲れ様でした。またお願いします」
そこで僕と菅沼は別れた。今回の犯行はすぐに終わった。そして報酬は明日渡されるという。襲った人の中にはかなり厚みのある財布を持っている人もいた。報酬ももしかしたらかなり高いかもしれない。バイトにしてはかなり好条件に違いない。
次の日の朝、案の定昨日の犯行はニュースになっていた。東京都内の路地で計七人が襲われ、財布を奪われる事件が発生。被害者に大きな怪我はなく、命に別状はない様子。とのことだった。また僕が関わった事件がニュースになっている。前回とは違って今回は実行犯だ。ニュースを聞いていても脳への入り方が違う。
「これって学校の近くじゃないの。また物騒な事件が起こり始めたね……」
と、母さんは相変わらず心配しているようだ。その犯人が目の前にいるとは到底想像もつかないだろう。
「学校の行き帰り、気をつけてね」
「わかった」
朝の僕と家族の会話はそれだけだった。
学校に着くとスマホの通知が鳴った。開くと荒滝さんからだった。「今日入場ゲートを完成させるので放課後集まってください」とのことだった。まずい、今日はロングの元に呼ばれる予定だ。実行委員の方は僕も中心となって作業をする予定だ。生徒会長のこともあり、休むと横谷さんあたりに何か言われてしまうかもしれない。ましてや昨日の事件も怪しさに拍車をかける。
キーンコーンカーンコーン
まともに考える暇も無くチャイムが鳴ってしまった。放課後になるまでになんとかしなくてはならない。前のドアから菩薩が入ってくる。菩薩もこのクラスの担任になってからしばらく経つ。教室のドアから入ってくる姿も見慣れた。菩薩のクラスでの振る舞いも日に日に自信が出てきているように感じる。こういった今の問題と関係ないことが頭の中に浮かんでしまう。今はそんな暇はないのに。
結局考えにまとまりがつかないまま昼休みになってしまった。昼休みになって早々、横谷さんが僕の席に来た。あまりにも唐突な訪問なのでびっくりした。彼女にも今はあまり余計なことを言うわけにはいかない。発言には気をつけたいところだ。
「神谷君、荒滝さんが会長に渡す紙持ってきたから届けてほしいって」
そう言いながら横谷さんは教室の前のドアの方を向いた。視線の方向には荒滝さんが紙を掲げながらこちらにアピールをしている。
「ありがとう。行ってみるよ」
そう言って僕は席を立って荒滝さんの元へと向かった。廊下に出て紙を受け取る。
「これで神谷君にこの紙を渡すのも最後になるかもね。面倒くさい仕事押しつけちゃってごめんね、でもついてきてくれてありがと!」
まるで文化祭が終わった後の最後の実行委員で言うような台詞に思えた。
「とんでもないです。僕もお手伝いできて楽しかったですよ」
まるで心にないことを言って軽くお辞儀をしてから僕は階段へと向かった。今日は僕一人で生徒会長の元へ行く。いつもより緊張した。昨日の事件のせいかもしれない。生徒会長に何か言われたらどうしようかと心配になるが起きるか分からないことを心配しても仕方が無い。落ち着くように自分に言い聞かせ階段を上がる。
会長のいる三年三組付近の廊下にその姿はなかった。教室をのぞいてみると会長は自分の席と思われる場所に座っていた。会長の席は窓側の一番後ろだった。ここから声を届かせるのにはかなり大きな声を出さなくてはならない。間違いなく教室中の注目を集めることになるだろう。それはなんとしても避けたかったので近くにいる人に呼んでもらおうと思った。ちょうど入り口付近に座っている人に声をかけようと試みる。
「すいません……」
会長の名前を言おうとしたときだった。先程までドアから一番遠いはずの席にいたはずの会長がもう目の前に来ているではないか。僕が声をかけた先輩はこちらを向いて不思議そうな顔をしている。
「神谷君は僕に用かな。悪いな多嶋、気にしないでくれ。彼は僕を呼ぼうとしてただけみたいだ」
会長がフォローをしてくれた。「すいません」と多嶋と言われていた先輩に言って、二人で廊下に出た。
「今日もあの紙を持ってきたのかい?」
「はい、お願いします」
と言って僕は荒滝さんから受け取った紙を渡した。
「今日でゲートが完成するんだね。今年の制作部門には優秀な人材を多く入れておいたから完成度は申し分ないだろう。この学校のアピールにも繋がる。きっといい作品になるに違いないね」
会長は活動を制限していた張本人にもかかわらず、ゲートの完成度には自信があるようだ。だが実際、僕も完成度には驚いている。とてもほとんどが素人の集まりによって作られたものとは思えない。
「だけど……」
会長は何か言いたそうな様子で紙を見つめている。そんな会長を見つめていると急に会長がこちらを向いてきた。急に目が合ったのでびっくりして急いで視線をそらせる。
「ちょっと作業時間が長いように思うな。複数回に分けて組み立ててもいいと思うけど、神谷君はどう思うかな」
「えっと、まあもう完成も直ぐですし、一気に仕上げてもいい気がしますが……。まあ今日は会長の言うとおりに全部やらなくてもいいような気もします」
放課後に他の場所に呼ばれている事を言うことはできずに曖昧な答え方になってしまった。
「今日神谷君はこの作業に関わるのかい」
「はい。男子生徒が中心となってやる予定です。組み立て作業は力仕事になるので」
「そうか……。まあやるのは構わないがなるべく早めに終わりにするように僕の方から荒滝に言っておくよ。昨日学校の近くで事件も起きたしね。知ってるかい?」
「はい、朝のニュースでなんとなくは……」
なんとなく知っているどころではない。
「学校の生徒が巻き込まれたら大変だ。他の部門にも早く帰るようにしてもらわないとね。じゃあありがとう。今日も作業頑張ってね」
「はい、会長も気をつけてくださいね」
深くは詮索されずにすんだ。いつもの会長ならガン詰めしてきそうだったが安心した。
残っている不安要素は今日のロングの集合が何時になるのかと実行委員が終わるのが何時になるかだ。遅刻は許されない。だが実行委員を早退もできるとは思えない。
放課後になり、実行委員が始まる。実際の作業に入る前に荒滝さんから制作部門の人に向かって
「今日から最終の組み立て作業に入るけど、今日は昨日の学校近くの事件もあって早く帰るように言われてるから、本当は完成までやりたかったけど仕方なく途中までやることにします。まあまだ本番まで一週間あるし完成することには完成するので心配しないでください」
と、今日の作業は軽作業背終わりにすると告げられた。続けて
「じゃあ早速組み立てに入りますか。パーツ持ってきてください」
久しぶりの制作部門が幕を開けた。始まるとすぐに荒滝さんは鷺宮さんを連れて僕の方へと歩いてきた。
「ねえ、神谷君。昼休みに零に実行委員の紙渡しに行ったときなんか変なこと言ってた?」
と、聞かれた。
「特に何も気になることは言ってなかったと思いますけど……。何かありましたか?」
「いや、っていうのもね、一週間の制作部門の休みをもらう前に零と話すことがあったんだけど零曰く、『組み立てには時間をかけさせない。複数回集まることに意味は無いからな』みたいなこと言ってて、組み立ては一日で終わらせてくれるみたいな雰囲気だったんだけどな。そんなに昨日の事件が今日の活動に影響与えてるのかな」
「なんででしょうね」
僕にも理由は分からなかったが、どちらにせよ早く終わることはありがたい。会長直々にそう言うのだから、これは決定事項だ。変わることはないだろう。
結局その日はほとんどやる事も無く、すぐに終わった。
「なんか不完全燃焼」
と、荒滝さんは不満そうだったが、僕はそそくさと帰り支度をした。その姿を見ていたのか、横谷さんが
「神谷君、なんか忙しそうだね。この後予定でもあるの?」
と聞いてきた。
「ああ、まあちょっとね」
なるべく曖昧に、かつ急いでいる姿に違和感がないように答える。
「あ、もしかして彼女とデート? 実行委員であんまり会えてなかったのかなぁ」
とからからかうような口調で言ってくる。
「デートなわけないでしょ。馬鹿にしてるの?」
僕もふざけて答える。
「なんだー残念。神谷君に彼女がいたら是非とも紹介してほしいんだけどな。できたら教えてね」
「多分その報告はしばらく先になるよ。もしかしたら一生無いかもしれないけどね。じゃ、また明日」
不自然な流れにならないように会話を終わらせて、教室を離れる。放課後という事もあり、廊下には人がいなかった。ロングから預かっているスマホを取り出し、連絡を確認する。メッセージは十二時頃届いていたようだ。
今日の十八時、いつものコンビニ来い
現在時間は十七時半。このまま行けば間に合いそうだ。今日の実行委員が早く終わって良かった。遅れるようなことがあれば朝のニュースには僕の身内が報道されているに違いない。
正門を出て家とは反対方向に少し早歩きで進む。今日は報酬がもらえるということもあり足取りは軽かった。とても昨日犯罪を起こした人とは思えない感情になった。
コンビニに着くと今日は菅沼ではなく鶴留が迎えに来ていた。車に乗り込み、鶴留が車を発進させる。この前の帰りのように会話は無かった。この前、鶴留が裏社会にいる理由を聞いてしまったこともあり、気まずいのかもしれない。しかし、今まで車内で会話がないことの方が多かったので今回会話が無い事に関して特に何も思わなかった。
ロングの邸宅に到着して、ロングの部屋に入る。ロングはいつも通り椅子に座っている。
「神谷君、昨日の犯行お疲れ様。報告は菅沼君から受けているよ。菅沼君によるとかなり動きも良かったそうじゃないか」
「ありがとうございます」
ロングはかなりご機嫌な様子だった。
「それで。今回の報酬だが……」
そう言いながら引き出しをあけて何かを取り出そうとしている。今回の報酬に違いない。
「これだ」
と言ってロングが取りだしたものは現金が入った封筒でも、裸の現金でもなかった。それは真っ黒で見覚えのある形をしていた。拳銃だ。
僕はそれが拳銃であることを確認するとすぐに身体を素早く屈め、射線を切る。そのままだとロングが銃口を下に向ければ撃ててしまうので、そのまま前に転がる。ロングの目の前にある机は大きいので机にギリギリまで近づけば、ロングが銃口を下に向けたとしても座っている状態であればこちらは撃てない。それに加えて僕がどこにいるかもロングからは分からないのでこれが今のところ最適解だ。
ふと入り口付近の鶴留を見るとこちらに向かって走ってきている。しかし手には武器を持っていない。僕を殺すつもりはないのか。とりあえず脅威がロングだけということに安心するべきかもしれない。
「神谷君、合格だ」
ロングがそう言うと同時に拳銃が僕の目の前の床に投げられた。
「もともと弾は入っていない。君の動きをこの目で実際に確認するために脅させてもらっただけだ。今、私の手に武器はないよ」
「いきなり拳銃を向けた人の言う事は信用できません。他にも武器を隠し持っている可能性があります」
「まあ、信じてくれないよな。鶴留君、これを神谷君に渡してくれ」
わかりました。そう言うと鶴留が僕の方に近づいてきた。何かを受け取った音を確認する。ガサッという、紙のような音が聞こえる。武器を渡したわけではなさそうだ。当然机の近くで身体を潜めている僕には何をしているか確認できない。
鶴留が僕の方に近づいてくる。鶴留の姿が見えるようになると右手に封筒が握られているのが確認できた。そこそこの厚みがあるようだ。無言で僕の前に突き出してくる。それを受け取り、中身を確認する。中身は現金だった。
それを確認すると、僕は机の影から出た。ロングは言っていたように両手には何も持っておらず、手を前で組んでいる。鶴留はまたドアの方に向かっていた。ゆっくりロングの方に向き直ると
「驚かせてすまなかったね。どうしても私としては帰宅部の君、さらにはこういったことが素人の君が菅沼君の報告のような動きができるとは思えなくてね。実際に確認させてもらっただけだよ。でもこれで安心した。これから君に重要な役を任せようか悩んでいたが、これで決心がついた。君になら任せられる」
いきなり銃を向けたことを正当化するような言い草だったがそれより気になるのは重要な役と言っている方だった。これから何を言われるのだろうか。
「これからわれわれ久若会は全国規模の事件を起こす予定だ。まずは各地方で小規模な犯罪を、その後主要メンバーで東京おいて大規模なテロを起こす。一昔前の石原大司郞を彷彿とさせるものにする。もちろんテロのメンバーに君もたった今、加わってもらうことにした。そこでまずは君に先頭をきってもらいたい」
こいつらはとんでもないことを考えているようだ。東京での大規模テロ。その前に全国で事件を起こそうとしているのか。この前鶴留から聞いたロングの話が本当であれば、本格的に日本の警察機関を崩壊させようとしているようだ。それにとどめを刺すのが東京のテロだろう。
「僕がきっかけということですが、何をすればいいんですか」
「よくぞ聞いてくれた。そこなんだが……」
ロングが多少ためらっているように思えた。今更何をためらっているのか。と思ったが次の発言でその理由が分かった。
「神谷君は榊原と仲がいいようだね。そいつを殺してもらう」
衝撃だった。光哉を殺せ。あいつはそう言ってきたのだ。
「なぜ光哉なんですか」
「うちの高校で事件を起こしてもらいたいんだ」
「じゃあ別に他の生徒でも良くないですか、なぜあえて光哉なんですか」
「君たちは仲がいいだろう。親友同士の殺人は捜査を攪乱させる。そうすると他の場所でも事件が起こしやすくなるんだよ。分かるかい」
「でもあなたがたは光哉や友樹、僕の親を脅しの道具として僕をここまで導いた。その一人がいなくなることは問題ないのですか」
「そこに関しては私も思ったが、もうもはや君は私たちのメンバーの一員になってしまっている。もちろん私たちが君を管理しているという意味でもそうだが、君は思っている以上にうちの会に心理的に所属しているんだ。だから脅しの要素が一つ減ったところで何も問題は無い。そして親友を殺すことでさらに私たちへの忠誠心が強くなるとの見立てだ」
筋は通っているような気がした。しかしずっと一緒だった光哉を殺すわけにはいかない。それはどうしてもできない。
「光哉を殺す以外になにか方法はないんですか。例えば文化祭で事件を起こすとか……」
なんとかしてこの計画を実行させないために他の策を出そうとした。
「いや、これは決定事項だ。上の取り決めなんだよ。諦めなさい」
上の取り決め。この会のトップの取り決めということだろう。正体が分からない以上、本人に会って直接交渉することも出来ない。
「どうにか考え直してもらえるように説得できませんか」
僕は必死にくらいつく。
「できない。さっきも言ったとおりこれは私の取り決めではない。上の取り決めだ。榊原を殺せ。お前はそれだけやればいい」
「でも……」
まだ反論しようとしたときだった。
パン!!!
室内に、銃声が響いた。当然僕が鳴らしたものではない。ロングは相変わらず手を前で組んでいるため拳銃は持っていない。だとしたら犯人は一人しかいない。僕は後ろを振り返った。
鶴留が銃口から煙の出ている拳銃を自身の足下に向けていた。鶴留の足下から三メートルほど離れた位置に弾丸が当たったらしくカーペットが乱れている。
「おい、お前。昨日の犯行がうまくいったからって調子に乗ってないか。お前はボスの言うこと聞いてればいいんだよ。いまさら普通の人間に戻ろうとするなよ」
鶴留が真っ直ぐ僕の方を向きながら、きつい口調で言ってきた。それ以上僕は何も言えなかった。人を殺さないようになんとか動いているが、やはり自分にとって一番大事なのは自分の命に違いなかった。
「わかりました」
僕は斜め下、乱れたカーペットを見ながら蚊の鳴くような声でそう言った。
その日はそれで家に帰ったが、もはや何も考えられなかった。光哉を殺さなくてはならない。それが僕の頭の中をずっと占領している。




