十九
十九
朝は思いの外、スッキリ起きられた。昨日は早く寝ようと思っていたが、なかなか寝付けず、結局気づいたら日付が変わっていた。
余裕を持って出かける。前にもらった銃型の発信器を持っていこうか悩んだが、どうせあいつらにはバレているし、役にも立ちそうにないので持っていくのはやめた。
外を歩くが世間はいつも通りだ。学校での事件は大きく報じられていないためか、街中に警察の姿は見られなかった。コンビニに向かう途中で何人かとすれ違ったが、その人も私服警官ではなさそうだ。
しかし、意外な人物に出会った。高校を通りすぎ、コンビニに向かう為に細めの道路を歩いている時のことだった。向こうから歩いてきたのは光哉だった。
「あれ、神谷じゃん。こんな所で何してんだ?」
休日に光哉と会うのは久しぶりで、なんだか新鮮な気持ちだった。光哉は黒のスラックスにカーディガンといった、カジュアルな服装で、手にはスマホを持っていた。
「おう、光哉。ちょっと散歩みたいな感じだな。光哉は何してんだ?」
答えるのに時間がかかったり、あまりにも不自然な回答は怪しまれるのでとりあえず当たり障りのないことを答えた。
「ああ、俺も散歩みたいなもんだな。ついでに買い物でも行こうと思ってたんだ」
仲の良い友達のはずが、どこか居心地の悪さを感じた。きっと久しぶりに学校を介さないで話したからだろう。
「俺、急いでるから行くな」
僕はそう言って離れようとした。あまり光哉に問い詰められて、ボロが出ては困る。
「おう、じゃあ俺も行くわ」
そう言って光哉と別れた。今考えたら、僕は散歩をしていると言っているのに急いでいるというのはおかしいが、特に突っ込まれなかったのでよかった。
光哉と別れてから数分、コンビニに着くとあの車が止まっていた。何も言わずに乗り込むと鶴留も何も言わなかった。ロングの家に到着するまで僕たちに会話はなかった。
ロングの家に到着すると、すでに車が止まっているのに気づいた。初めてここに来たときに泊まっていた物とはまた別の車だったが、あれは見たことのある車だ。
玄関を通り抜け、ロングのいる部屋へと向かう。そこにいたのはロングと、菅沼だった。あの車は菅沼の車だろう。
「よく来たね、神谷君。早速だがこれから適性検査をする。外に出てくれ」
到着するやいなやまたすぐに外に出されてしまった。僕に思考や発言の隙を与えてくれない。僕はその指示に従うしかなかった。
僕と鶴留が並び、後ろにロングと菅沼が着いてくる構図で廊下を歩いた。誰も何も話さない。当然僕からも話すつもりはなかった。するとロングが口を開いた。
「ところで同じクラスの横谷さんはどうだったかね。怪我の一つや二つくらい負ったのか」
今ここでその話をするのは僕の怒りを生み出すためと、犯人がロングたちであることを僕に再認識させるためだろう。
「彼女に怪我はありませんでした。計画通り行かなくて残念でしたね」
特に嘘をつく理由もなかったので正直に答えた。
「そうか。それは残念だ」
声だけ聞く限りロングは特に落胆している様子ではなかった。こいつにとって僕を揺するためでしかないのだろう。
外に出ると、
「よし、まずは拳銃の演習からやろう」
ロングがそう言った。すると鶴留は車を横切るように左に向かって歩き始めた。僕らもそれについて行く。
少し歩くと、森の中なのに全く木が生えていなく、地面も草ではなく土がむきだしの場所に突然出た。というのも周りは木や草が生い茂っているにもかかわらず、そこは外観と完全に一体化していたのだ。構造は不明だが、近くに来たとしてもこれでは外からは気づきにくい。
「ここが演習場になる。今から的を持ってきてもらう」
ロングがそう言うと、菅沼がどこからか人型の板を取り出してきた。おそらくあれが的になるのだろう。そして菅沼はそれを設置するためか、僕らのいる場所から的を持って離れていった。
「これから君にはこれを使ってもらう」
と言ってロングから渡されたのは拳銃だった。実際に手に取ってみると前にもらった発信器とは比べものにならないほど重かった。本物に違いない。
「それと、これが弾だな」
と言って六発ほどの弾を僕に渡してきた。拳銃と弾をそれぞれ両手に持って立ち尽くしていると、
「何をしている、早く弾を銃に込めなさい。君くらいの歳の子ならゲームや映画でやり方くらいは知っているだろう? 何でも先生から教わろうとするんじゃないよ。危なくなったら止めるがね」
当然、やり方を全く知らないというわけではなかった。しかし実際の拳銃を手にし、これから発砲するとなると怖くなっていた。慎重にマガジンを引き抜く。弾を装填してマガジンを戻し、スライドを引く。弾は六発あった。
「よし、できたな。じゃあ向こうの的に向かって打ってみろ。できるか分からないがなるべく頭を狙うんだ」
ロングの指を指す方には先ほど菅沼が置いた人型の板が立っていた。ここから十メートルくらいは離れているだろうか。菅沼はすでに僕らの方に来ていた。
「ああ、言い忘れていたがわざとはずそうとか、下手にやろうとかは考えないでいいぞ。こっちは見れば分かるからな。それにそいつで俺らを殺そうとしても無駄だ。こっちは全員それと同じ拳銃を所持しているし、君みたいな素人より私たちが打つ方が速い。君に勝ち目はないからね、殺してくれと言うならば別の話だが」
三人を見るとそれぞれ右手に拳銃を備えていた。ハッタリではなさそうである。覚悟を決めて拳銃を前に構え、照準を頭、もっといえば眉間に合わせる。手が震えて正確には合わせられないが、とりあえず引き金を引いてみることにした。
とてつもない音と共に両腕に衝撃が走る。うまい人は身体で衝撃を吸収するらしいが、素人の僕には無理だった。耳鳴りが酷い。弾はどこに当たったのだろうか。
「弾痕を確認する。拳銃を下ろして待ってろ」
ロングがそう言うと菅沼が確認のため的の方へ走った。まだ僕の右手には拳銃は握られているが、腕のしびれがまだとれない。
少しすると菅沼が的をこちらに持ってきた。
「こいつはすげえぞ」
そう言いながら僕ら三人に的を見せてきた。そこには耳と耳を結ぶ直線の中央より少し上の部分に穴が空いていた。完全に眉間の位置、偶然にも僕の狙い通りの場所に当たっていたのだ。
「ほう、本物の扱いが今日初めてとは思えない精度だな」
ロングからもそう言われた。もしかしたら僕には才能があるのかもしれない。気づきたくも、開花させたくもない才能であるが。
「じゃあ残りも続けてもらおう」
とロングが言う。これからどうなることやら。
そこから残っている弾を全て打ち切った。結果は最初のものを含めて六発中五発命中。その内、頭に三発、首に二発。拳銃素人にとって十分すぎる結果だった。
「拳銃の才能はあるようだな。即戦力にもなるかもしれない」
ロングはそう言うが、僕としては完全にいい迷惑だった。
「お前、やっぱやるなぁ。才能あるよ。きっとこの後もうまくやっていけるはずだ」
菅沼がそう話しかけてきたので咄嗟に
「ゲームとかでたまたま打ち方から構え方から知っていたのでなんとかなりました。僕としてもここまでうまくいくとは思っていなかったのでびっくりです」
と返した。いくら的が動いていないとはいえ、自分でもここまで狙い通りにいくものなのかとびっくりした。
「じゃあ次はナイフだな。鶴留君、ナイフ持ってきてもらえるか」
とロングが指示を出す。それに「了解しました」と鶴留は短く返事をして僕らが来た道を戻っていってしまった。
「次は近接戦闘、ナイフによる実技を見ようと思う。当然だが普段料理で使っているような物ではなく、もっと軽く、鋭利なものだ」
ナイフによる戦闘も当然初めてだ。しかもこちらに関してはゲームや映画でなかなか取り上げられていない。僕が見たことのある刃物での戦闘は刀によるものに限られる。ナイフの持ち方さえもよくわかっていない。
「今回の的は何になるんですか。また動かない人形か何かを相手にすればいいのですか」
ふと気になって聞いてみた。今回は近接戦闘だ。普通であれば相手がなんらかの抵抗をしてくるに違いない。拳銃の時はまだしも今回も動かない的を使うのは実践的とは言えない。
「ああ、安心したまえ。今回は動く的を用意している」
と言って指を指した方向にはすでに右手でナイフを備えた菅沼がいた。
「菅沼さんを相手にするんですか?」
「ああ、そうだが。菅沼君じゃ物足りないか?」
「いや、そういうわけでは‥‥‥」
「安心しなよ、俺が使うナイフはゴム製だからお前の体に傷はつきゃしないよ。俺も少しは抵抗しなきゃ実践になんないから多少当てたりはするけどよ」
と言って菅沼はナイフを縦に横にとビュンビュン振っている。
今の発言で気になる場所があった。ロングに聞いてみようと思ったが、聞く前に解決した。鶴留が僕のもとに数本のナイフを持ってきたのだ。鶴留は三本のサバイバルナイフを柄の方を僕に向けて突き出してきた。腕にはナイフを身につける用のベルトをかけている。
僕は三本とも受け取り、まじまじと眺める。刃の輝き、重量感、今までの雰囲気……。このナイフは本物に違いなかった。
「遠慮せずにかかってこいよ。こっちはプロだぜ」
菅沼が挑発とも取れる言葉を発してきた。考えてみればあっちはゴムナイフ、こっちは本物だ。明らかに僕の方が有利なのは誰の目から見ても確実だ。
「じゃあ、神谷くんが準備できたらはじめる。準備できたら教えてくれ」
作戦もクソもない。とりあえずナイフを二本両手に持ってみた。なんとなくしっくりきたので三本のうち二本を使うことにした。一本はそのまま鶴留に返す。ベルトも必要なかった。振り返って菅沼の方を向く。菅沼は胸の前あたりでナイフを構えている。僕も右足を後ろに下げ、ファイティングポーズのような構えをとる。
「準備できました」
そう僕が伝えると
「よし、じゃあこれから実践を始める。両者、開始!」
合図されてすぐに相手の懐に飛び込むような馬鹿なまねはしなかった。それは菅沼も当然同じであった。むしろ菅沼から攻めるメリットはもはや無い。僕の動きに応じて防御すればいいのだから動かないのは当然だろう。
少しずつ横に動きながら攻める機会をうかがう。僕と一本の糸でつながれているかの如く菅沼も少しずつ横に動き、一定の距離を保ちながら円を描くように動いている。
横に動く動きに加えて、僕は少しずつ斜めに動くようになった。菅沼との距離を詰めるためだ。菅沼も僕が距離を詰めてきていることに気づいたようだが、今回は同じ距離を保とうとせずに僕の攻めを受け入れているように感じた。
そこから数分たっただろうか。僕と菅沼の距離は縮まり、数歩踏み出せば攻撃が当たるような位置まで来た。
僕と菅沼はお互い目を合わせていた。いつ攻めるべきか、僕には分からなかった。実際この距離になるまで何回も攻めようとした。しかしいざ自分が攻撃しているイメージをするとどうもうまくいかないように思えた。
しかし全く攻めないわけにもいかない。やる気が無いと思われてしまう。次に期が来た時に攻めよう。僕の中でそう決めた。
極限状態まで集中していると、その時は来た。強い風が吹いた。この一瞬を逃すわけにはいかない。僕は左足で蹴り出して、菅沼に飛びかかるようにしながら右手を後ろに下げた。左手で菅沼との距離を測りながら菅沼との距離を詰める。菅沼は一歩も動かない。僕からしたら嬉しかった。このまま後ろに下げた右腕を僕の頭の上から振り下ろせば確実にナイフが当たる。
距離を測る用に伸ばしていた左手が菅沼に触れそうになった瞬間、僕は野球のピッチャーの様に勢いよく右手に持っていたナイフを振り下ろした。
しかしそのナイフは空を切った。菅沼は僕のナイフが当たる直前で一歩後ろに下がっていたようだ。着地と同時に全力で振ったナイフが地面をたたいた。少し手がしびれたがそれを気にしている場合ではなかった。背中ががら空きだ。次の手を打たなくてはならない。
次の手は何にしようか、具体的な策を考えるより前に身体が動いた。左手を思い切り上に突き上げると同時に立ち上がる。これも菅沼に当てたかったが軽々とよけられてしまった。だが、隙を晒す時間が少なく、立ち上がれただけ充分だ。そこからは左右のナイフを縦に横にと交互に繰り出す。僕がナイフを二本選んだ理由はここにある。いくら素人でも下手な鉄砲数打ちゃ当たる理論だ。まあ、実際の射撃は素人とは言えない成績だったが。
それにしても一向にこちらのナイフが当たらない。菅沼は避けたり、ゴムナイフを器用に使って僕の攻撃をいなしている。このまま両腕を振り続けたら僕の体力が持たない。森との境目まで菅沼を追い詰めたところでいったん攻めるのをやめた。いったん後ろに下がる。
菅沼も一度体勢を立て直そうと思ったのか、ナイフを構えるのをやめた。演習が始まったときと同じくらいの距離感になった。すると僕にこう言ってきた。
「素人にしちゃ動きは悪くないが、それじゃ俺にナイフは当たらねぇぞ。ここからは俺も本気でやらせてもらう」
と言って、またナイフを身体の前で構える。あれだけ攻めてもナイフが洋服にかすりもしなかった。ここから本気で防がれてはもう当たる可能性はほぼゼロだ。奇襲を仕掛けるしかないのか。意外と僕の頭は冷静だった。この環境に慣れてきてしまっているからだろう。
「わかりました。僕も全力を尽くします」
そう言って姿勢を低くして今度は迷わず懐に飛び込んだ。しかし何も考えずにそうしたのではない。菅沼に近づきながら相手の様子をうかがう。菅沼は依然、ナイフを構えたまま動かなかった。この勢いのまま飛び込めば菅沼は左右どちらかに動くだろう。
一瞬、菅沼の体重が左に動いたように見えた。それに合わせて僕も動く準備をする。すると菅沼は僕の予想通り左に動いた。ナイフはまだ身体の正面で構えている。それに対して僕は菅沼の腰の高さにナイフを持っている。
距離が近づき、ナイフが当たる位置まで来たところで左手に持っていたナイフを勢いよく横に振る。それと同時に右手のナイフを振れるように準備しておく。仮に相手のナイフで最初の攻撃が防がれてもこれなら追撃可能だ。
しかし菅沼は防ぐそぶりを見せない。いや防ぐそぶりどころか姿が一瞬にして消えてしまった。僕は勢いよく左手のナイフを空ぶった。もはや止められるものではなかった。左腕を振った勢いのまま身体を回して隙を晒す時間を最小限にしながら菅沼の姿を探す。菅沼の姿は、見えなかった。と思うと背中に激痛が走った。その後痛がる暇も無く両肘に同じような痛みが走り、思わず両方のナイフを落としてしまった。
そのまま地面に倒れ込む。視線の先には菅沼がいた。攻撃されるまで全く姿が見えなかった。これがプロか。本物は一般人の一回りも二回りも違う。
「おい、どうした。もう終わりか。まだ俺にナイフがかすりもしていないぞ」
菅沼の余裕そうな声が聞こえる。ここで終わるわけにはいかないが、なかなか立ち上がることができず、ナイフが持てるかどうかも怪しい。本当に菅沼はゴム製のナイフで攻撃したのか。とてもゴムの衝撃だとは思え無かった。
なんとか立ち上がり、ナイフを二本持つ。しかし腕を上げられない。
「これじゃ演習にならんだろ。いったん中止だ」
ロングの声が聞こえる。一丁前に心配しているのだろうか。まったく、都合のいいやつだ。
「いえ、結構です。まだできます」
痛みに耐えながら必死に声を出す。本当ならば休みたかったが、ここで中断しては何か終わってしまうような気がしてならなかった。
なんとかして立ち上がり、菅沼の様子を確認する。あいつはまだ余裕そうだ。ここからどう攻めようか。考える余裕はなかった。とりあえず何の考えもなしに懐に飛び込んだ。ナイフを縦に横にがむしゃらに振る。しかし菅沼はそれをいとも簡単にすべて躱す。躱したかと思うと僕の攻撃の隙を縫ってこちらに攻撃を入れてくる。おかしい。菅沼の攻撃は僕からは全く見えない。菅沼の攻撃が当たっているのだ。僕の攻撃も当たる範囲にいることに間違いないが、一向に手応えはない。
いつの間にかダメージを重ねて明らかにナイフを振る速度が落ちていた。それを菅沼が見逃すはずが無かった。強烈な一撃をみぞおちに食らってしまった。
呼吸が苦しい。無抵抗だったのに加え、プロの技を食らったのだ。無事でいるはずがない。地面に倒れ込み必死に呼吸を整えようとする。しかしなかなかうまくいかない。だがこの状況では誰も助けに来ることもなかった。しばらくしてようやく呼吸が整うと
「どうする、もうやめるか?」
と、ロングが言ってきた。
「続けます」
何が僕をそこまでかき立てるか僕自身にも分からなかったが、もう一度立ち上がる。次の攻撃が最後になるかもしれない。もうとっくに心は折れていてもいい状態だった。身体はもう悲鳴を上げている。次、さっきのような一撃を食らったら、本当に死ぬかもしれない。次の攻撃にすべてをかける準備はできていた。
両手でナイフを拾い上げ、菅沼を見る。構えは変わっていない。僕はまだ肩で息をしているものの、頭は冷静だった。さっきの攻めは簡単に避けられた。次はやり方を変えなくてはならない。今の状態の僕に何ができるのか、自分の中で答えを探った。
一つの答えが出た。しかしこれは完全に捨て身の攻撃になる。外せばそれは死を意味する。しかしこれが今の最適解に違いない。そう思った僕はやってみることに決めた。
菅沼の元まで走り、身体を回転させながら左手に持っていたナイフを右に振る。菅沼は一歩引いてこの攻撃を避ける。このまま終わる僕ではない。左手のナイフを身体ごと振ることによって隠れた右手のナイフを逆手に持ち替える。左足を踏み出しながら再度左手のナイフを身体を開くようにして左に振る。しかしここで思いっきり振らず、あえて少しゆっくり振る。さらに、菅沼もこの演習で少し疲れてきているのだろう。息が荒くなっている。菅沼が息を吐いた瞬間、逆手に持った右手のナイフを左手に着いてこさせるように今度は思いっきり振る。先行させた左手のナイフが頭に残るので、右手のナイフはより速く見える。さらに菅沼はきっと僕の右手のナイフが逆手に持っているとは予想がつかないはずだ。防御しようにも、今まで通り防いでは今回の場合は少しずれる。そうすればナイフが菅沼に当たるに違いない。菅沼はゴム製のナイフをだして僕の右手のナイフを防御しようとした。ここまで僕のイメージ通りだ。しかも菅沼が息を吐いた瞬間に右手を振っている。いったん息を吸わないと人間は次の動きに移れない。その一瞬の隙ができれば充分だ。
もう菅沼にカウンターという選択肢は残っていないに違いない。ゴムナイフに自分の手を当てるように調整する。しかし、僕の予想とは裏腹に菅沼は僕が逆手にナイフを握っているのを見るや否やもう一歩引いて僕の攻撃をよけた。渾身の一撃が外れてしまった。僕の右手のナイフは菅沼の前を通り過ぎた。
しかし、ここですかさず次の手を打つ。右手を戻すと同時にナイフを菅沼に向かって投げる。ナイフを逆手に持った最大の理由はこれだ。
先程の攻撃で菅沼は驚いた様子で後ろに下がった。体勢も不安定になっている。僕の投げたナイフは、一直線に菅沼へと向かった。
ここで止まっていては先程と同じになると判断した僕は投げたナイフを追いかけるように距離を詰める。左手のナイフを突く準備をする。さて、菅沼はこの攻撃にどう対処してくるのか。左手のナイフは菅沼が投げたナイフに何らかの対処をした瞬間に出すと決めていた。
あわよくば投げたナイフが当たって欲しかったがプロ、ましてやロングの認めた実力派の菅沼はそう簡単にナイフには当たってくれなかった。ゴムナイフで投げたナイフを弾くと僕の連撃に備える。
僕はナイフが弾かれた瞬間に左手で思い切り相手の胸の当たりを突く。手応えは無かった。と同時に背中に激痛が走りそのまま地面に倒れた。次に目を覚ました時には僕の視界には見覚えのある天井が広がっていた。
「目を覚ましたか。安心しろ。ただ気絶してただけだ。命に別状はない」
ベットの脇にロングが控えていた。ここは恐らくロングの邸宅だろう。
ガチャッと、ドアを開ける音と共に誰かが入ってくる。
「いやー最後の攻撃には驚いたがまだまだ練習が必要だな。素人にしちゃ上出来すぎるが」
入ってきたのは菅沼だった。
「まあ、そこは流石の菅沼君といったところだったな。でもあのレベルなら一般人相手なら十分殺れる」
「それは間違いないですね」
菅沼はいつもより真剣にそう答えた。
「おめでとう。晴れて今日も君から実行犯の一人だ。日々、私達のために働いてくれたまえ」
自分でもなんとなくそうなる気はしていた。しかしいざ実際にロングから言われるとなるとその言葉の重さを感じ、憂鬱になる。
「演習の動きにこれから本物の技術が身につけばきっと一流になれる。ま、俺には勝てないけどな」
菅沼もそう言ってくれた。どうやら僕にはそういった才能があったらしい。さらに今までは気づかなかったが、意外と根性もあるみたいだ。
「今日のところは身体が動けそうになるまでここで休んでいきなさい。帰りは鶴留君が送ってくれる。あと、これからより一層自分の発言や行動には気をつけてくれたまえ」
と言ってロングは部屋を出て行ってしまった。菅沼は部屋に残っている。鶴留の姿は無い。
少しすると外で車が近づいてくる音がした。誰だろう。もしかしたら警察かもしれないと思ったが、室内の菅沼に焦りの様子は見られなかったのでおそらく仲間の誰かが来たのだろう。
僕と菅沼に会話はなく、このあたりは静かなので室内からも外の音はかなりはっきりと聞こえた。車から人が降りる音がする。二人、いや三人いるようだった。そして驚いたのはそのあと、ロングの声がしたのだ。
「こんな辺境地までよくお越しくださいました。さ、上がってください」
鶴留や菅沼にボスと言われているのにもかかわらず今回、ロングはかなり腰が低かった。目上の人でも来たのだろうか。それとも武器購入のお得意様でも来たのだろうか。
迎え入れられた人は一言も発しなかった。
「鶴留君、私の部屋まで案内してくれ」
「了解しました」
その会話から三人の内、一人は鶴留であることが分かった。後の二人は誰だろう。
「いやー、今回いい品を仕入れてくださったようでこちらとしても大変助かります」
僕がいる部屋の前を通ったらしい。ロングが相手に対してそう言っている声が聞こえる。おそらく相手は武器屋なのだろう。確かにここなら第三者に話を聞かれる心配も少ない。
「我々の計画としましては、これから……」
そう言うとドアが開く音と共に声は聞こえなくなってしまった。ロングの部屋に入ったようだ。
「今来たのは誰ですか」
退屈そうにスマホをいじる菅沼に聞いてみた。
「ああ、まだ会ったことなかったか。あの人たちはうちの……。いややめておこう。まだあんたには教えるべきじゃないかもな」
何かを言いかけて菅沼はやめてしまった。ただ単に武器屋と言えば終わる話かと思ったがどうやらそうもいかないらしい。せっかく実行犯になったというのに仲間から情報を聞けないと考えるあたりよほど重要な情報であるに違いなかった。
「せっかくなので一目お会いしたいのですが」
とさらに突っ込んでみる。
「いやお前はまだ会わなくていい。もしかしたらもう会うことがないかもしれないがな」
いったい誰なのだろう。
その日家に帰ったのは一九時くらいで次の日は久々の運動のせいか、筋肉痛と菅沼にゴムナイフが殴られた痛みが残っていて、一日まともに動けなかった。親には不自然に歩く姿を心配されたが、「ボウリングに行っていたから筋肉痛が酷い」と適当にごまかしておいた。
翌日の学校に友樹は来ていた。まだ定期的に通院する必要はあるものの、学校に行く事の許可は出たそうだ。
文化祭のクラス出し物についても徐々に準備が始まってきた。僕はなんとか実行委員であることを利用して裏方の調理担当になることができた。これで先輩たちに冷やかされずにすむ。光哉と友樹も裏方に回った。おそらく彼らも嫌な予感がしたのだろう。
実行委員の方も最後の仕上げをして、後は組み立てるだけになった。こう考えるともうじき文化祭が来ると感じる。一年生の時と比べて文化祭に関わる点が多くあった。きっと今年の文化祭が終わる頃には達成感でいっぱいになるに違いない。一通りの作業は終わったので文化祭の数日前のゲートの組み立てまで制作部門は一時解散になった。これで放課後に自由な時間ができる。
帰ろうかと荷物をまとめているとふとロングからもらったスマホに連絡が入っていた。
これから呼び出す回数も、呼び出してからやることも前と比べて多くなる。より一層力を入れてくれたまえ。
早速だが明日の十六時、いつものコンビニ集合だ。
せっかく放課後に時間ができると思ったのにこれでは実行委員があるときと変わらないではないか。だがここで信用を裏切るわけにはいかない。明日は行くしかなかった。
翌日の朝、光哉に話しかけられた。
「よう神谷、なんかお前の実行委員の部門早く進みすぎて一時解散になったらしいじゃん。だったら今日の放課後どっか遊び行こうぜ」
「ああ、いいな」
思わず承諾しそうになった。しかしロングの招集があることを思い出す。
「あ、悪い今日別の用事で放課後まっすぐ帰らなきゃなんだよな、また誘ってくれよ」
と、返す。
「ああ、そうかまあ時間あるときにまた俺から誘うわ。神谷も時間あったら誘ってくれよ。どうせ友樹は動けないから二人でどこかに行くことにはなると思うけど」
と言って席に戻ってしまった。久しぶりに友達から遊びに誘われたのに断ってしまって申し訳ないと思う。しかしこれもあいつのためなのだ。本人にはとても言える事ではないが。
席に戻る光哉をふと見るとあいつにしては珍しく姿勢を悪くしてスマホをいじっていた。なんだ、僕の悪口でもネットに書き込んでいるのか。ここ最近ずっと遊びに行けてなかったので光哉がそう思うのも仕方ない気もするが、そこまですることかよ。とも思ってしまった。
しかし今までの僕とは違っていた。実践演習を終えた僕にとって、一般人を倒すことなど容易なことだ。ここは僕が少しだけ大人になって我慢することにした。
放課後、言われた時間にコンビニに行く。いつも通り鶴留が迎えに来ていた。
道中、鶴留に「この前熊井先生の邸宅に来ていたのは誰ですか」と聞いてみた。しかし「俺からは何も言えない。ボスから直接言われるのを待て」とはねのけられてしまった。ロングの手下は一貫していた。僕もその仲間に入れてほしいところであるが。
邸宅に着き、ロングの部屋まで行く。部屋に入るやいなや僕は直接ロングに聞いてみた。
「先日、僕の演習の日にきていた人は誰なんですか。菅沼さんや鶴留さんは誰なのか知っているようですが教えてくれませんでした。僕も晴れて実行犯の一員になりました。あれが誰なのか教えてくれてもいいんじゃないですか」
「ああ、あの方達か……。まあいいだろう。君の言うとおり今や久若会の中心メンバーになったことだしな」
意外にもあっさり同意してくれた。
「あのとき来ていたのは久若会の会長だ。最初に言ったとおりここはあくまでも東京支部なんだ。全国各地に支部があってその全てを治める会長がこの前お見えになった」
「確かこの前、いい品を仕入れてくださったという会話が聞こえたのですがそれはどういうことですか。この前の方がこの会の会長であるならばその会話は成り立たないと思うのですが」
「ああ、会長は自分で武器を仕入れる武器屋でもあるんだ。それゆえの会話だよ」
嘘をついているならば、ぼろが出ると思ったが会話の流れもスムーズであったし、慌てる様子もない。おそらく本当のことを言っているのだろう。
「質問は以上かな。今日はこちらからも大事な話がある」
「はい。僕が聞きたいのはそれだけです」
「そうか、ならこちらからの話をさせてもらう。君には将来的に大きな事件を起こしてもらう。それも君一人でやってもらう予定だ。大きくニュースにも取り上げられれば、それに乗じて全国でまた事件を起こす。つまり君には先駆けとなってほしいんだ。もちろん、君を信用しているからこその大役だ。できるかね」
これには驚いた。まだ経験もほとんど無いのにいきなり先駆けになってほしいとは相当僕に期待しているのか。プレッシャーはかなりあるが、僕にノーという答えはない。
「期待に応えられるように頑張ります」
「よく言ってくれた。まあ、いきなりはそういった大役を任せたりはしない。あくまでも将来的にという話だ。まずは鶴留君や菅沼君のサポートから入って、慣れてきたら本格的にやってもらう。ここからは忙しくなる。覚悟しておくように」
「了解しました」
まずは裏方で実力つけろということか。ここまで来たらやれるところまでやるしかない。僕の心はすっかり変わってしまったのかもしれない。
菅沼に連れられてロングの部屋から出て、別室に入る。早速、菅沼と次起こす犯行の計画を練った。
「お前にとってはいきなりかとは思うが、我々はすでにこの計画を前からしていた。だから予定通り明日行う」
今回の計画は夜の路上での犯行だ。今回、殺しは行わないが代わりに金目のものを奪うことにしたらしい。なので、今回は本物のナイフは使わずに打撃メインの刃の着いていないナイフのみを使うことになった。
「演習の傷は癒えたか。無理そうなら作戦を練り直すが」
「まだ完全とは言えませんが大分動けるようになりました」
「そうか、ならよかった。まあ今回のメインの目的は金目のものを奪うことだ。最悪、相手の動きを封じることができればいい。特に有効なのは足への攻撃だな。特にすねでも思いっきり蹴れば相手は立っているのも厳しくなる。というわけでだ。明日はこれをはいて来てくれ」
そう言って菅沼が僕に渡してきたのはブーツだった。
「ブーツ、ですか」
「ああ、そうだ。しかしちょっと特殊なものだ。つま先を固く加工してある。工事現場とかで使われる安全靴みたいなものだと思ってもらって構わない。基本的にはナイフで攻撃してもらうが、いざとなったらこれで相手の足めがけて思いっきり蹴ったり踏んだりすればいい」
今回は前回の群馬での犯行と違って実際に計画を立てて市民を相手にする。これも実行犯昇格の運命か。
「ありがとうございます。うまくできるように頑張ります」
「ま、実際にやるのは初めてなんだからそんなに気負いしなくてもいい。今回は大きい事件を起こしたいわけじゃないから被害も少なめにする予定だしな」
そう聞いたものの、こちらもいろいろなものを賭けている。失敗は許されない。
「じゃあもう今日は帰りな、集合時間はまた明日連絡するから。明日は俺が迎えに行くからな」
「わかりました。また明日お願いします」
そう言って僕は部屋を出た。鶴留がいなくては帰るに帰れないので鶴留を探そうとする。まだ敷地内にいるはずだ。しかし勝手にドアを開けて怒られるのも面倒なのでとりあえずその場でじっとしておくことにした。その間に先ほどもらったブーツを履いてみた。ブーツのため、普段履いているスニーカーやローファーよりかは重く感じるが、つま先が固く加工してあると考えれば、かなり軽かった。動きに影響が出ると思ったが全くといっていいほど気にならなかった。これから普段履きしてもいいくらいだ。
ブーツを履いて軽く動いていると、ロングの部屋のドアが開いた。中から出てきたのは鶴留だった。僕の方を見て、
「こんなところで何してる。明日の計画を練るんじゃなかったのか」
と言う。
「明日の話は終わったのでもう帰るように言われました。お願いします」
「そうか」
そう言って二人で外へと向かった。
帰る途中の車で思い切って鶴留に聞いてみた。
「何で鶴留さんはこの道に進もうと思ったんですか」
「そんなもん知ってどうする」
「いえ、ただ気になっただけです。僕みたいに連れ去られて仲間になったとは思えないので」
「俺がこの道に進んだのは……親父の影響だ。親父が業界で活躍している姿を見て自然と子供時代の俺は憧れを抱いていた。だが親父は最期、敵対する勢力に撃たれて死んだ。俺は親父の意志を継いでこの活動をしている」
鶴留はいつも通り落ち着いた声で話しているがどこか悲しそうな、言うのをためらうような声で答えてくれた。
父親の影響か。てっきり悪い先輩に勧められたとかそんな理由だと思っていたがそうではなかったようだ。
「熊井先生はなんでこの活動を?」
ロングのことだから教えてくれないと思ったが、一応聞いてみることにした。もしかしたら教えてくれるかもしれない。
「ボスは聞いた話だと親が裏社会に生きていた人間らしい。その親が死刑になったことに対して日本の警察や司法を恨んでいる。その恨みを晴らして日本の警察の構造を終わらせようとしているらしい。ボスが言うには、親が死刑になったのも冤罪らしいがな」
こっちも簡単に答えてくれた。ロングの親が裏社会の人だったとは全く知らなかった。
「そうなんですね。ありがとうございます」
「ああ」
覇気のこもっていない返事だった。
まだ家には着かない。ポケットから自分のスマホを取り出す。検索欄に「熊井 死刑囚」と打ち込む。すると記事の欄のトップに「熊井正道死刑囚の死刑が本日執行」という文字が出てきた。タップをして詳しい記事を見る。
二〇〇五年年五月二十一日無差別銃乱射事件の主犯、熊井死刑囚の死刑を執行
熊井正道(事件当時四十五歳)の死刑が二〇〇五年五月二十一日、施行された。熊井元死刑囚は一九九八年、東京銀座の路上で銃を乱射、のちにデパートに立てこもり、市民一五名、警察官五名の計二〇名を殺したとして逮捕された。犯行に使われた武器は海外より仕入れた機関銃で熊井元死刑囚は事件前に同じモデルの機関銃をアメリカの射撃場で撃っており、凶悪性が高いとして死刑判決を受けていた。
この事件により夫である武藤昭夫さんを亡くした武藤由美さんは「犯人が死んだとしても夫は生き返らない。それでも死刑が執行されることで私を含め、残された人々の思いが少しでも癒えてくれればいい」と話す。また警視庁はこの事件を受けて武器等の海外輸入に対する取り締まりをさらに強化していく方針を示した。
これがロングの父親なのか。ロングはこれを冤罪と言っているようだがこの記事を見る限り、冤罪ではなく計画性に基づいた犯行と言える。
人それぞれ裏社会に来るのには理由があるのか。そういえば菅沼はどうしてロングの元に来ているのか。おそらく菅沼も僕のような理由ではなくみずからの経験に基づいた理由なのだろう。そうこうしているうちに集合場所のコンビニに着いた。
「ありがとうございました」
鶴留にそう言って車を降りようとすると
「おい、明日の犯行、うまくやれよ」
初めて鶴留から応援の言葉をもらった。少し鶴留との距離が近づいた気がした。
「はい、ありがとうございます」
そう答えて、僕は車を降りた。




