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雨ノ若  作者: 八戸黎樹
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16/21

十八

 十八


翌日の朝のホームルームで友樹は今日、病院に行くことになっているから学校に来ないと菩薩から言われた。おそらくは警察もそこに同行して話を聞くことになるだろう。さらに現場では警察による現場検証も行われるため、この街に警察の量が増える。覚えたな名前を確認できるというメリットはあったが、あまり目立つ行動はできない。今度は友樹以上の怪我を僕の知り合いにさせてしまうかもしれない。

 昼休みに教室に荒滝さんが来ているのに気づいた。前と同じように廊下まで出ると

「ごめんね毎度毎度、またこれを提出して欲しいんだ」

 と言って紙を渡してきた。実行委員の紙だった。内容は前回の時と一緒だ。終わりの時間は十八時に設定されている。

「わかりました」

 と僕は素直に受け取った。今回も横谷さんがやってきて、「着いて行こうか?」と聞いてきた。特に理由はなかったが、せっかくなのでついて来てもらうことにした。

 二人で廊下を歩いていると

「友樹君、平気かな」

 と横谷さんが声をかけてきた。

「あいつなら平気だよ。多分みんなが思っている以上にあいつは頑丈だし怪我の治りも早い。心配なことといえば警察の人はあいつに事情聴取をしようと思ってもろくな内容は聞けないだろうな。そもそもあいつは頭が悪すぎる」

 これは本心だった。ロングのことだから友樹を殺すこともできただろう。しかし今回の犯行はあくまで僕を脅すために違いない。命に別状がない程度に襲ったのだろう。

「そっか、ならよかった」

 横谷さんも安心したような表情だった。論理は適当だが、あいつと僕や光哉が仲が良いことを彼女も知っている。それをふまえての返事だろう。そうこうしているうちに三年の教室の廊下についた。

 今日は会長は廊下に立っていなかった。いないならいないで少し気が引けたが教室の中を見る。全体を見渡すも、会長の姿はない。休みなのか。

「会長、いなさそうだね、休みなのかな。完璧超人でも学校休むこともあるんだね」

 と横谷さんは言う。「仕方ないから副会長の教室に行こうか」と言って引き返そうとしたときだった。

「君たち二人で僕に用事かな。人気者は困るね」

 と言って肩をつかんでくる人がいた。振り返ると当然のように会長がいた。

「今日もこれ持ってきました」

 と言って僕は持っていた紙を渡した。

 会長はそれを受け取ると前回とは違い、難色を示した。

「うーん明日は休みになるから今日はなるべく遅くまで作業してほしくないんだよな……。今日は一七時までにしてもらおうかな。きっと二人は明日の休みに予定もあるはずだろう?」

「まあ、例にならって部活ですかね」

 と横谷さんが答える横で僕は何も言えなかった。

「十七時までであれば活動を認めるからそう荒滝に伝えておいてくれ。不満があるなら直接僕のところに言ってくるように。二人にこれ以上の迷惑はかけられないからね」

 と言って紙を僕の方に渡してきた。「じゃあ、そう伝えておきますね」と言って僕たちはそこから離れた。

 そういえば今日は副会長はどうしたのだろう。いつも一緒にいるが、昼休みくらいは各々の時間を過ごしているだけなのか。あまり深くは考えずに荒滝さんのいる教室に向かった。

「ええー! 今日に限ってあいつそんなこと言ってきたのかよ。前回ギリギリ攻めて許可もらえたから今回もいけると思ったんだけどな」

 荒滝さんはどれだけ作業をしたいのだろうか。

「どうしますか、抗議してみますか」

 と、聞いてみるが

「いや、あいつを説得できる理由はないしどうせ言いくるめられちゃうからやめとくよ」

「二年のときにあいつと口論になってボロ負けして帰ってきたもんな」

 荒滝さんの後ろから鷺宮さんがからかう。それを「うるさいよ」と言いながら荒瀧さんが睨みつける。鷺宮さんは逃げるようにしてその場を離れた。

「やっぱ会長って何やらせても完璧な人なんですか?」

 僕が聞いてみようとしたことを横谷さんが先に聞いてくれた。

「そうだねー零は基本的にはなんでも出来ると思うよ。それもかなり高いレベルで。昔にあいつが書いたっていう水彩画を見せてもらったけどすごかったね。とても素人の描くような絵じゃなかった。他にも運動系はなんでも出来るって言ってたかな。ああ見えて筋肉もかなりあるらしいよ」

 聞けば聞くほどあの人の凄さを実感する。凄さというより恐怖感の方が強いかもしれない。ひとまず荒滝さんに別れを告げて僕と横谷さんは自分の教室に戻る。戻る途中、横谷さんから

「やっぱ会長ってすごい人なんだね。噂だと勉強もすごいらしくて、全国模試でも一桁台なんだって」

 やはりあの人は完璧超人らしい。なおさら気をつけなくてはならない。

 教室に着き、時計を見るとまだ昼休みに余裕があることに気づく。お昼ご飯もまだ食べていない。ゆっくりできそうでよかった。バッグから弁当をとりだす。その時ふとロングからもらったスマホが目に入った。後ろの席の人は今いない。光哉や横谷さんがこちらにくる雰囲気もない。学校でスマホを見るのはなんら不思議なことではない。画面をつけると、誰かわからない人からメッセージが届いている。


 神谷藤十郎くん

 いよいよ明日が実技試験本番と聞いている。練習期間なんてほとんどないと思うが自分の命がかかっていると思って頑張るんだよ。でそうでなければ君の周りの人に危害が加わる。頭のいい君なら自分がどうするべきかわかっているはずだ。実際、君の親友の横井友樹くんはああなっているしね。これからも自分の友達を傷つけたくなかったらこちらの指示に従うように。そうしなければ……。


 メッセージはそこで終わっていた。中途半端に終わっているのが気になる。まさか、そう思っていたときには遅かった。

「キャー!!!」

 その声は何かが割れる音とほとんど同時に聞こえた。教室にいる何人かが廊下の方を見ている。僕も急いで廊下に出ると、廊下には散らばった窓ガラスと、尻餅をついている横谷さんがいた。

 近くにいる女子生徒が「大丈夫?」や「怪我はない?」としきりに横谷さんを心配している。

「なんの騒ぎだ!」

 廊下の奥の方から一人の先生がやってきた。確か一組の担任の北野先生だ。先生だけではない。音を聞きつけた他クラス、他学年の生徒もこちらに向かって来ている。北野先生は状況を把握すると、座り込んでいる横谷さんと近くにいた女子生徒に向かって、

「怪我はないか。一応保健室に行こう。そこの二人、彼女を保健室まで連れて行ってくれ」

 と告げた。二人に手伝われながら、横谷さんは立ち上がり、保健室へと向かった。立ち上がってからは自力で歩けているので大きな怪我はしていないようだった。

 廊下も段々と落ち着きを取り戻し、生徒は段々と教室に戻って行った。そこに見覚えのある後ろ姿があった。会長と副会長の二人だ。昼休み中に二人を同時に見ることはなかったが、どこかで合流してここに来たのだろう。是非とも会長の推理力を使って誰の、何のための犯行なのか解明してほしいところだ。思わず声が出た。

「会長! ちょっと待ってください!」

しかし、現場にいる人の数が多すぎた。僕の声は会長には届かなかった。二人は人混みの中に消えてしまった。

仕方ないのでとりあえずは僕一人でいろいろ調べてみることにした。人が少なくなったところで割れた窓ガラスと横谷さんが倒れていた周辺を見渡した。北野先生からは

「割れた破片を拾うなよ。事務の先生に掃除してもらうから」

 と言われた。「はい」と返事をして観察を続ける。

 違和感にはすぐに気づいた。窓ガラスは廊下に散らばっていたことから、外から破られていたのは確実だが何で割れたかがわからなかった。投石等によれば投げられた石が落ちていても不思議ではない。しかし廊下にそれらしいものは落ちていない。

 外からハンマー等でたたけば証拠は残らないが、ここは二階だ。地上から五メートルは離れている。はしごでも使わない限り窓には届かない。しかもはしごを使えば目立つし、横谷さんもそれに気づくに違いない。結局犯人は分からず、昼休みは終わった。五限の始まる頃には横谷さんは教室に戻ってきており、見たところ大きな怪我はなさそうだ。

 放課後になり、実行委員に行こうかとしていたところ、光哉が声をかけてきた。

「今日も実行委員か。相変わらず忙しそうだな」

 内容は冗談じみているが表情は真剣そのものだった。

「ああ、今日も作業が待っている。何か用か?」

「いや、なんでもない」

 と言って光哉は振り返った。本当は何か言いたいことがあったのは間違いないだろう。しかし、何かがそれを止めてしまった。

 僕は立ち上がり、教室を出ようかとしたときだった。光哉が再び僕の方を振り向いた。

「なあ、神谷。最近おかしくないか」

 真剣な面持ちはそのままに光哉は聞いてきた。

「おかしい?何が?」

「ロングが死んだと報道されてから全国で起きていた殺人事件がピタリとやんだ。と思ったら群馬で事件。その次は友樹、今日は横谷さん。関東での事件が多すぎる。前までは全国各地で事件を起こし、混乱を狙っているって報道が出てるくらいだ。それなのに今回は関東、しかも今はここの学校の関係者、しかも君と仲の良い人が多いような気がする。僕の思い込みなのかな」

 核心を突いた質問だった。光哉も生徒会長並みの観察力があり、推察力もあるのかもしれない。

「言われてみればそうだな。今度はお前かもしれないから気をつけろよ。まあ俺っていう可能性もあるけどな」

 あまり余計なことは言えなかった。本当のことを知られてしまってはまずいと思ってしまった。その一方で本当のことを言って楽になってしまおうかという自分がいたことも確かだ。しかし、そのときのリスクは計り知れなかった。

「おう、今は特に気をつけなくちゃいけない時期かもな。俺の話したいことはそれだけだ。実行委員、頑張れよ」

「おう、ありがとな」

 と言って僕は光哉の横を通り過ぎ、教室を出た。光哉にここまで気づかれてしまっているとなると、会長や副会長はもう真実にたどり着いているかもしれない。今日の昼休みの現場にも二人が居合わせているのが気になった。三人には気をつけなくてはならない

 今日の作業から全体の組み立て作業に入り始めた。といっても、まだ完成というわけではなく、最終的にひとつにまとめるために細かいパーツを組み立てる作業だ。きっと荒滝さんは本来ならば今日、完成まで持っていこうとしていたのかもしれない。だが、会長に時間を制限されたため、この作業になったに違いない。

 横谷さんも実行委員に来ていて「怪我とか無い? 大丈夫そう?」と聞くと、「うん特に怪我とかはしてないよ。ありがとう」と言われた。荒滝さんや鷺宮さんも噂を聞きつけていたらしく、心配している様子だった。そのたびに彼女は「大丈夫」と答えるが、どこか元気のない様子だ。無理もないだろう。身体に傷は負っていないものの、自分が狙われていたとも言ってもいい現象が目の前で起きては仕方ない。

 仕事自他は楽だったし、量も多くなかったので今日の作業はすぐに終わった。今回も生徒会のメンバーが時々様子を見に来た。今回は終わりの時間に近づくと、会長と副会長の姿をよく見るようになった。時間を超過していないかの確認をするためだろう。あの二人以外では荒滝さんの勢いに勝てないのは僕でも予想がついた。

「じゃあ、作業終わりにして帰ろうか」

 荒滝さんの一言で解散になった。時間は十八時の五分前。ギリギリではあったが、荒滝さんだと思えば充分早く終わっているとも考えられた。

 帰り際に横谷さんに声をかけた。

「横谷さん、今日は大丈夫だった? 無理して実行委員に来なくてもいいかと思ったけど……」

「うん、私は大丈夫だよ。せっかくここまで造ってきたんだし、最期まで見届けたいもん」

「そっか。横谷さんらしいね。ところで今日の昼休みのことだけど……」

 昼休みの件について本人に聞くのは気が引けたが、真相解明のために必要だ。顔色をうかがいながら聞いてみる。

「窓が割れるときに外から何か飛んできたりしたのが見えた?」

「えっと、ほんとに何で割れたか覚えて無くてまさに目の前で割れたって感じかな。後から聞いた話だと外から何か投げられたような物は落ちてなかったらしいし……」

 本人は何も見ていないらしい。突然すぎて見えないという可能性もあるが、彼女は運動部、さらにはテニス部だ。動体視力も一般人よりあるはずだ。全く何も見えなかったとは考えにくい。影程度は見えてもおかしくない。

「そっか。僕もちょっと調べてみたけど特に変わったことはなかったんだよね。とりあえず横谷さんが怪我をしなくて良かった」

「そっか。ありがとね」

 そう言って僕たちは一緒に教室を出た。

 何も情報は得られなかったか。これは迷宮入りになりそうだ。やはり会長あたりに手伝ってもらった方が解決するのに早いだろう。今度会った時に話してみることにした。二人で特に会話も無く、正門までたどり着いた。

「じゃあ横谷さん、また月曜ね」

「うん。じゃあね」

 そう言って彼女と別々の方向に歩く。充分に離れて、周りに人がいないことを確認してロングからもらった携帯を取り出す。明日には召集がある。きっと連絡が入っているに違いない。


 明日は十時にいつもの場所に来い。実践演習を行う。


 やはりきていた。いよいよ明日が実技ということだが、大丈夫だろうか。今から対策できることは特にないかもしれない。幸運なことに今日は帰りが早いから早めに寝て明日に備えることにした。


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