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雨ノ若  作者: 八戸黎樹
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十七

 十七


それから数日が経ったある朝学校にいつも通り着くと、チャイムが鳴る。菩薩が入ってきて朝のホームルームを開始する。今日も特に菩薩からの話はなくホームルームが終わろうとしていたときだった。いつものやつが来ない。いつもであればこの時間に教室の後ろのドアが開いて、「ぎりぎりセーフ」と言う頭の悪いやつの姿が今日はない。

 菩薩は後ろのドアに視線を移すも、ドアは閉め切ったままだった。

「じゃあこれで終わりにしますか」

 という菩薩の合図でホームルームは終わった。ふとあいつの安否が気になった。教室の前のドアから出ようとする菩薩に聞いてみようと立ち上がる。同じ事を考えたのだろう、光哉も着いてきた。

「先生、友樹は、横井友樹は今日どうしたんですか」

「ああ、君たちか。それが僕も何も聞いていないんだ。先生方の朝の会議でも誰からも連絡がない。仲のいい君たちも何も聞いていないとなると少し心配だね。僕も連絡が入ったらみんなには伝えようと思うよ。君たちもなにか情報があったら僕に教えてね」

 と言って僕らに背を向けて歩き始めた。菩薩も知らないとなると少し心配になる。僕らも教室に戻ろうと振り返ると、


ピーンポーンパーンポーン


校内に放送を知らせる合図が流れる。


佐々木先生、佐々木先生、至急保健室までお願いします。繰り返します。佐々木先生……。


 放送が鳴り終わる前に僕と光哉はお互い顔を見合わせた。友樹の事でほぼ間違いないだろう。しかも保健室に菩薩を呼んでいるということは友樹は怪我でもしているのかもしれない。前を歩いていた菩薩も焦ったのか、廊下を走り始めた。僕と光哉も後を追いかけるようにして走った。

僕と光哉、菩薩がほとんど同時に保健室に着くと友樹はベッドの上に座らされていた。腕には包帯を巻き、右腕をつっていた。頭にも包帯を巻いている。

 養護教員の先生が

「佐々木先生と……二人はお友達かな? 今朝登校中に事件に巻き込まれたみたいで、今警察に連絡しているところです」

「そうなんですか……。横井君、大丈夫か? 今日は無理せず安静にした方が良さそうだな」

 菩薩がそう言う。友樹からの連絡がなかったのはこれがあったからだろう。

 少ししてから保健室に校長ともう一人中年の男性が入ってきた。菩薩が「校長先生に教頭先生……」と言っているあたりからその人は教頭なのだろう。

「横井君だね。話は聞いている。まずは病院に行こう。その後今日になるか明日になるかは分からないが警察の取り調べに協力してもらうことになる。辛くて話しにくいこともあるだろうが言える範囲で協力してくれたら嬉しいよ。保護者に連絡はしてありますか」

 校長が友樹と養護教員の先生に言うと「すでにしてあります。まもなく迎えが来るかと……」

「では後はよろしくお願いします。これから先生全員を集めて緊急の職員会議を開きますがお二人はここで横井君の側にいてあげてください。集まる必要はありません。では」

 と言って校長と教頭は保健室を出て行ってしまった。少しの間、沈黙が保健室内を包み込む。それを破るようにして光哉が

「おい友樹平気か? 身体が丈夫なお前がそれほどの怪我とは犯人は相当なやり手だったに違いないな」

 普段なら口がうまい光哉だが何を言っていいのか分からない様子で会話とならないような発言をしている。怪我をいじるようなことは雰囲気上できなかったし、仕方なかったかもしれない。

「俺としたことが、相手の姿を完全に捕らえることができなかった……。というより速すぎて自分が何されたのかもよく分からないんだ。ありゃ相当な手練れだぜ」

 当の本人は会話ができるくらいの状態で記憶もあるらしい。発言の内容も相変わらずさがある。こいつの記憶力と頭で警察の捜索の手伝いになるかは微妙であるだろう。

 その後友樹の親が到着し、友樹は病院に連れて行かれた。思いのほか親は慌てている様子ではなかった。僕と光哉は友樹の母親と面識があったので軽く挨拶をした。

 菩薩も保健室を出たところで僕は

「友樹はどういう状態だったんですか」

 と、養護の先生に聞いてみた。

「頭を後ろから殴られているのと、右手首の骨折だと思う。保健室だとできる検査も限られているからまだ確定じゃないけどね」

 後ろから殴られているのか。右手を骨折しているということは友樹は頭を殴られながら抵抗したのだろう。にしても手首が折れるほどの打撃を受けたのか。そして友樹に姿を確認されずに逃走。友樹の言うとおり、相手は相当な手練れに違いない。教室に戻ろうとしたが、授業は始まっている。理由が理由なので途中から参加しても先生には何も言われないだろうが、僕と光哉は二限の開始まで保健室で過ごすことにした。養護教員の先生も「まあ、いいよ」と言って認めてくれた。

 一限の授業の終わりのチャイムが鳴る。僕と光哉は教室になんともない顔で戻る。席に座り、周りに見られないようにロングから預かっていたスマホを取り出す。一時間ほど前にメッセージが届いていた。


今日、十九時にいつもの場所に来い。そういうことだ。


 いつもであれば時間のみが送られてくるが、最後に意味深な「そういうことだ」と送ってきてくるあたり、なにか伝えたいことがあるのだろう。予想はついていた。

 今日は実行委員も無く、集合まで時間もあったので一度家に帰って、着替えた。服装は木材を買いに行ったときと同じ、黒のレザーブルゾンに黒のスラックスだ。

十九時にコンビニに着くように向かう。コンビニが見える位置まで来て駐車場を見るといつもの車が止まっていた。近づく前に大きく息を吸う。まだ決まったわけではない。

 車に近づき、平然を装っていつも通りに車に乗り込む。鶴留もいつも通り車を走らせる。自分を落ち着かせるためにも窓の景色を眺めながら到着するのを待った。

 少しして、あの邸宅についた。相変わらず大きなドアだ。ドアを抜け、一番奥の部屋に入る。前と同じようにロングが机のある場所に座っている。どこか余裕そうな表情を浮かべているのは気のせいだろうか。いや僕に対してなにか有利な点があるに違いない。見当は着いていた。

「やあ、神谷君。連日の招集になってしまい申し訳ないね。実行委員の方は順調かい?」

 余談を挟んでくるあたり、相当余裕なのだろう。

「こんばんは。実行委員の方は順調です」

 なるべくぶっきらぼうに言う。目をつぶり、呼吸を整えてから言葉を発する準備を整える。

「どういうつもりですか」

 それ以上のことを聞く必要は無かった。

「何のことかな」

 ロングはしらを切るつもりなのか。きっと僕を小馬鹿にしている。

「友樹の犯人は、あなた方でしょう?」

 これ以上会話を長引かせるつもりはない。単刀直入に聞く。

「よく分かったじゃないか。さすがうちのエースだよ」

 その馬鹿にした表情が気に食わなかった。ロングは椅子の背もたれに体重を預け、手を机の上にのせて組んでいる。鶴留も僕の五メートルほど後ろ、ドアの付近に控えている。今しかない。

 僕は羽織っていたレザーブルゾンの内ポケットから右手で拳銃を取り出し、ロングの方に向けると同時に左手を添えて照準を頭にしっかり合わせる。

 ロングは身動き一つしない。しかし目線はしっかり僕の方を向いている。

「ほう、扱いに慣れていないはずなのにたいしたもんだ。取り出してから照準を私の頭に合わせるまで一秒かかっていない」

 ロングは少しも動揺する様子はなく、余裕そうな表情は変わらない。あえてそう言う態度をつくっている風には見えなかった。足音がしないあたり、後ろの鶴留にも動きはなさそうだ。

 こいつらは僕の持っている銃が本物ではないということに気づいている。群馬での犯行の日に自分で持っておくように言われていた物だが、まさかこれを使う日が来るとは。当然殺傷能力は無く、ただの脅しでしかない。

「怖いから銃を下ろしてくれないか。それとも銃刀法違反で訴えてほしいのかな」

 あきれたような口調でロングが言ってきた。相変わらず鶴留に動きはない。仮にこれが本物の銃であればロングは確実に死んでいる。鶴留は止めに入らなくていいのだろうか。それとも僕にロングを殺すことなんて最初からできないと思われていたのか。

「どうだ、鶴留くん。今のを見ていただろう?彼にはそれなりの素質があるらしい。実践に入ってもいいと思うのだがどうだね」

「ボスがそうおっしゃるなら実践に入りましょう」

今の動きだけで僕に素質があると勘違いしているらしい。銃の構え方くらい、年頃の高校生ならゲームやサバゲーで一度は見ている。それをマネするのは簡単な事だ。まして銃の重さが本物よりはるかに軽いとなればなおさらである。

「では次の土曜に実戦形式の適性検査を行う。心してかかるように。以上、もう帰っていいぞ」

僕と鶴留は部屋を出た。車に乗り、到着するまでにロングに対する怒り、いや久若会に対する怒りを覚えた。僕からしたら当然といったところだ。僕の大切な友達に大怪我を負わせた。確かに最初に言われたように僕の生活そのものに危害は加えられていない。しかし僕の親友である友樹に危害が及んだということは僕に危害が加わったと同じである。もちろん光哉の場合も同じ事が言える。

 あいつは僕に殺しの技術を教えると言った。その力を使ってロングを殺すことは可能だろうか。技術的にはできるはずだ。毒をもって毒を制すとはまさにこのことか。あとは僕にその勇気があるかどうかにかかっている。

「お前はもう後戻りできない。自首することもできないだろう。その銃がサツに見つかればお前は奴らに俺らの身分をばらして久若会を見かけ上は潰すことができるかもしれない。だが全国に仲間がいる。そいつらがお前の親、友達を黙って見過ごすとは思わないだろう? よほどの馬鹿で無い限りこの忠告の意味が分かるはずだ」

 運転席から鶴留の声がした。話は聞いていた。とにかくロングの指示に従え、野暮なまねはするな。お前の生殺与奪の権は我々が握っている。あらたかそんなところだろう。

「ああ。分かった」

 窓の外を流れる景色を眺めながら上辺だけの返事をした。


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