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雨ノ若  作者: 八戸黎樹
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14/21

十六

十六


 翌日目を覚ますと、ロングからもらったスマホに連絡が入っていた。


今日十九時にいつもの場所に来い


 都合良く、今日招集がかかった。昨日のことをロング達に報告しておこう。昨日は横谷さんに「会長たちと何話してたの?」と聞かれ「ああ、まあちょっとしたことだよ。制作部門の活動に許可が必要になったことの話とか」とだけ伝えた。彼らのあの会話を聞いてからというものの、必要以上に会話に気をつかってしまった。この会話も録音されているのではとさえ思ってしまうほどだった。

 学校に着き、午前中の授業を終える。昼休みになり昼食を食べようとすると光哉が

「あの人が神谷のこと呼んでるけど……。確かあの人って荒滝さんって人だよね」

 と言ってきた。教室の前のドアを見ると荒滝さんが背伸びをしながら紙を振ってこちらにアピールしている。この時間にあの紙を持ってきたのか。

 近くにはおにぎりを片手に持った友樹が来ていて、

「なんだありゃ、告白かなんかか?」

 と不思議そうにしている。

「告白の方がまだいくらかましかもな」

 そう言って僕は立ち上がった。荒滝さんと廊下の窓際まで出ると

「ごめんね、お昼時に。これ、昨日の話の通り紙に書いて出せって言われたやつなんだけど、ここにこの紙渡す人のサインも必要なんだよね。書いてくれる?」

 と紙とペンを向けられながら言われた。「分かりました」と言って二つを受け取る。全体的に紙の内容を見渡す。活動時間と書かれた場所には十八時までと書かれていたので、今日の招集に影響はない。他の内容も問題ないように見えた。確認してから名前を書こうとする。すると途中で「凜ちゃん、どうも~」と言う声が聞こえた。僕と荒滝さんが話している様子を聞きつけたであろう横谷さんが隣にいた。名前書き終わると

「じゃあ、これを生徒会に提出してほしいんだけど、お昼の時間でやってもらってもいいかな?」

 この人はどれだけ活動時間を無駄にしたくないのか。断っても良かったが放課後忙しくなる方が面倒そうなので

「わかりました」

 そう言って承諾した。

「ありがとう! 会長は三年三組だからそこに行けば会えると思うよ。じゃあ、よろしくね!」

 と言って行ってしまった。近くまで荒滝さんの友達が来ていて、おしゃべりをしながら歩く姿を見送った。

「私も一緒に行こうか?」

 と横谷さんが聞いてきた。ここでどうするべきか迷った。横谷さんのお昼の時間を無駄にしてしまうからではない。問題は会長にこれを渡すのに彼と会話をしなくてはならないということだ。二人で行けば会長は余計なことは言えない。その為僕が必要以上に焦る必要もなくなる。しかし、一人で行けば会長のもくろみが少し分かるような会話ができるかもしれない。

「お昼の時間がなくなっちゃうだろうし、僕一人で行ってくるよ。横谷さんは教室にいていいよ」

 僕は一人で行くことにした。考えてみれば会長と副会長は文化祭の出し物を決める際にクラスが違うととれる発言をしていた。しかも昼休みに来るとは会長も予想していないだろう。余計な話はできないはずだ。非常に都合がいいように感じた。

 二年の教室は二階なのに対して三年の教室は三階にあるので近くの階段を上がる。三階には上がったことはなかったが僕も会長も同じ三組であるのでおそらく僕らの教室の真上が会長のいる教室になるだろう。

 階段を上がり、左に曲がる。僕の予想通り二年三組の真上に三年三組があった。しかし幸か不幸か、廊下に会長がいた。まさか僕が来ることを予想して廊下に出てきていたのか。そんなはずはないと思いながら会長に近づき、声をかける。

「会長、こんにちは。今日の文化祭実行委員の活動についての紙を渡しに来ました」

 と言って持っていた紙を差し出す。すると会長は「どうも」と言って受け取って全体を見渡す。会長が確認している姿をぼーっと眺めていると

「やっぱり荒滝ならこの時間に神谷君を遣わせてくると思ったんだよね。僕が教室にいたら声をかけにくいだろうから、廊下に出ておいてよかったよ」

 と話してきた。この人はとことん怖い。この人に関わる人間の行動を予測し、当ててくる。しかも奇妙なほど正確に。

「うん。これなら今日は作業をしてもいいよ。くれぐれもこの時間を過ぎないように。定期的に生徒会のメンバーの内の誰かを作業場に送り込む予定だからよろしく」

 と言って会長は胸ポケットからペンを取り出し、名前を書く。書き終わったところで

「よし。じゃあこの紙は僕の方が預かっておくよ。それと……」

 思わず身構える。しかし廊下には数人の生徒がいる。僕らの横を通り過ぎる人もいる。昨日とは状況が違う。会長を見ると口角は上がっている。息を吸い、自分を落ち着かせるようにすると、会長の口が開いた。

「神谷君はどんな衣装なのか僕は個人的には気になるんだけど、教えてくれたりしない?」

 と言われた。一瞬何のことか分からなかったが、少ししてから理解した。僕らのクラスの出し物のことだ。昨日は逃げるようにして紙を置いていったが、あの後会長が目を通したに違いない。

「ああ……。まだ決まってないんですよね……」

 できることならば僕は裏方の仕事をやりたいと思っている。元々目立つようなタイプではないので、実行委員を理由に自分の意見を通すつもりだ。

「決まってないのかぁ。僕は神谷君に女装とかしてもらいたいけどな。きっと似合うと思うよ」

 会長が笑顔になる。女装なんてしたらみんなに何を言われるか分かったものじゃない。今まではクラス外に知り合いといえる人はいなかったが、今となってはそうともいかない。生徒会長や副会長、荒滝さんや鷺宮さんなど先輩方がいる。いじりの対象になることは間違いないだろう。そんな学校生活、僕はちっとも望んでいない。

「会長のクラスは何やるか決まったんですか?」

 話をそらす為、別の話題を振る。

「僕らのクラスはまだ決まってないな。一応僕が出し物の最終的な認可をする予定だからみんながやりたい物をなるべく許可してあげようとは思ってるよ」

 会長がコンカフェを許可したのは僕のコスプレに興味があったからなのかもしれないと思うとゾッとする。あるいは会長は僕がロングに協力していることを知っているとすると、万が一逮捕でもされたときに「文化祭実行委員を勤め、出し物では女装をし、ひときわ話題になるなどの……」といったことがニュースで読まれて、写真でも流出されてしまえばたまったものではない。それを見越しての会長のこの発言だとは思いたくなかったが、この人なら充分にあり得る。油断はできない。

「そうなんですね。いいのに決まるといいですね」

 と、さらっと流しておく。

「じゃあ、このあたりで失礼します」

 軽くお辞儀をして会長のそばを離れた。背中に視線を感じたが、振り返らずに歩く。速すぎず、遅すぎず。これ以上の会話を避けるようにして階段までの道を歩く。心なしか近くなるはずの階段がどんどん遠くなっていく感じがした。

その日の実行委員は届け出を出して初回の作業ということもあり、時間通りに終わった。

会長の言った通り、時折生徒会の役員が二人ずつくらい来て、僕らの作業を確認していた。時には会長や副会長も来る徹底ぶりだった。二人が来たときは何か言われるのではないかと思ったが、二人は僕に話しかけるような事はなく、荒瀧さんに再三注意を呼びかけるばかりだった。

 学校の正門を出ていつものコンビニの方に歩き始める。ロングに会長のことを報告しなくてはならない。それにビビったロングが僕の彼らに対する協力加減を考えてくれるかもしれない。願わくは実行犯にはなりたくないところだ。

 コンビニに着くといつもの通りに車が止まっていた。鶴留が降りてきて

「行くぞ。乗れ」

 と、相変わらずぶっきらぼうにそう言うので乗り込む。いつも通りであれば発車する前に帽子と目隠しをされるため、ドアを開けた状態で待つが、今日は鶴留はどちらもしようとせずに勢いよくドアを閉めた。運転席に乗り込み、車を出そうとする鶴留に僕は思わず

「目隠しと帽子、しなくていいんですか」

 と聞いた。すると鶴留は

「ああ、これからはもういらない。それとこれからはより一層重要な役目を任されると思っておけ。この前の実戦でお前はある程度認められる存在になりつつある。俺は判断が早すぎると言ったんだがな。菅沼が異様なまでにボスにお前を媚びやがった」

 なんてことだ。群馬でうまくやりすぎたせいで今の立場から昇格されてしまうのか。実行犯にはなりたくないと思っていたが、そうもいかなくなってしまったかもしれない。会長のことで少しでも考え直してくれればいいのだが。

 車がついた場所は僕が思っていた雰囲気と全く違うところだった。目の前に見えるのは大きめの一軒家で、マンションではなかった。邸宅といった感じの建物だ。立地自体も車の通りよりか動物の往来の方が多そうな森の中である。この前行った群馬と大差ないとまではいかないがどこか田舎味を感じる。きっと今まで連れて来られていた場所とは違うのだろう。

 鶴留はすでに停まっていた車の横に車を停めた。あの車は学校で見覚えがある。きっとロングの物だろう。ここが真の隠れ家的な場所なのか。人里離れた場所であるから身を隠すにはちょうどいい。

「ここはどこなんですか」

 車から降り、鶴留に聞いてみる。

「ここは我々久若(くじゃく)会の東京支部だ。今まで行っていた場所は事務所的なところに過ぎない。詳しくはボスから伝えられる。着いてこい」

 やはり前とは違う場所且つ東京支部ということでより自分が重役に就かせられそうなのだと感じる。

 一般的なドアより大きめなドアを開け玄関に立つ。玄関から真っ直ぐな廊下が延びる。廊下の両側にはいくつかのドアがありそれぞれのドアは閉められている。玄関から一番奥には明らかに他とは違う雰囲気を醸し出す両開きのドアがそびえている。きっとあそこにロングがいるのだろう。

 鶴留が僕の前を進み廊下を歩く。廊下の壁には見たことないような絵が飾ってある。これはロングの趣味だろうか。どれもこれも抽象画であった。

 廊下の一番奥までたどり着き、鶴留が両手で縦型のドアノブをもち、腰を引いてドアを開ける。

 部屋の中は想像通りの広さだった。ドアから見て中央後方に大きめな机があるのは前の場所と変わらずだが、ここは家具がいろいろと配置してあった。ソファやテーブル、本棚からタンスまで一通り家と呼べる程度の家具がそろっている。

 そして大きな机にどこかの社長が座りそうな椅子があり、そこにロングが座っている。目の前まで行くように鶴留に目で合図され、ドア付近から真っ直ぐ歩く。この部屋にはロングと鶴留、僕以外に人はいないのだろうか。部屋が広いので誰かが潜んでいる可能性もあったが、確認するような余裕はない。ロングの目の前まで行くと

「この間の群馬での犯行お疲れ様。君の動きは菅沼君からいろいろと聞いているよ。かなりの活躍だったようだ。その活躍を評価して神谷君を久若会のメンバーに正式に迎え入れようと思う」

 と伝えてきた。晴れて昇格というわけか。僕からすれば喜ばしいことではない。犯罪者の道を歩くことになるのだ。ここで僕は咄嗟にあのカードをきることにした。

「メンバーへのご招待、ありがたく存じ上げますがここで一つ僕から報告しなくてはならないことがあります。学校の生徒会長が僕の行動をある程度把握しているとみた方がいいです。というのも……」

 と僕はここ最近の出来事を話し始めた。廊下で怪しげな話題を振られそうになったこと、会話を録音されていたこと……。伝え漏れがないように話しながら気をつける。

「会長にはかなりの洞察力と観察眼があると思います。今以上に僕自身の活動を活発にすると会長にばれかねません。会長にばれてしまうと今後の活動に支障を来す恐れがあります。今後の活動については控えてもらえるとありがたいです」

 なるべくロングの(しゃく)に障らないように丁寧にお願いしてみた。さて、反応はどうか。

「そうか。考えておく」

 意外にも受け入れてくれた。こちらとしてはありがたかった。

「では私からも話したいことが多々あるから聞いてくれるかね」

 神妙そうな面持ちでそう言った「はい」と僕が答える。

「まずこの場所の説明から始めよう。ここは久若会の東京支部兼私の今の自宅だ。今後の集合はこれからこっちになる。君には前以上に仕事をしてもらう予定だ。時には自分の身を危険にさらすようなこともあるかもしれない。だが、我々のためだと思って働いてくれ」

「ちょっと待ってください。さっき僕の今後の行動は考えるとおっしゃいましたよね。それなのに今以上に仕事をこなすなんて……不可能に近いです」

 思わず言い返してしまった。しかしこれではロングの言うとおり僕の身が危険にさらされたり、会長を気にしてまともに動けない可能性もある。そのときは僕や家族の身が危うい。

「何を言っているんだ。この前の群馬で君は犯罪者の仲間入りをしたんだぞ? 聞いた話だと一般市民を巴投げしたそうじゃないか。充分傷害罪に当たる。さらに菅沼君の殺害に協力している点でも罪に問うには充分すぎる。いまさら犯罪の一つや二つを気にしたところでしょうがないだろう。毒を食らわば皿までという言葉を知っているか? そういうことだ」

 ロングの言葉に確かに間違いはなかったかもしれない。確かに僕はあの日一般市民を投げた。裁判を起こされたら勝ち目はない。あの人はまだ生きているだろうから通報され、警察に見つかればおしまいだ。もう僕はその道に進むしかなくなってしまったようだ。

「腹をくくるんだよ。神谷藤十郎。あの日私に捕まった段階でもう君はただの一般市民ではなくなっているんだよ」

 ロングが僕の心を折ろうとしているのを感じる。反抗したいが相手は僕の元担任だ。僕の家の住所を始めとする個人情報を知っている。それだけでなくあの学校全体の情報も手の中にあるに違いない。あのときと同じ、僕に選択肢はなかった。もはや手の上で転がされるしかない。

「わかりました精進します」

 そう答えた。

「そう言ってもらえて嬉しいよ」

 怪しげな笑顔が生徒会長と重なるような気がした。

「この前の犯行を評価してこれから君には実行犯になってもらおうと思う。詐欺や窃盗なんて甘い物はその辺の雑魚でもできる。君には鶴留や菅沼のように殺人を主にやってもらおうと思う。適性を見てからにはなるがな」

 最悪のシナリオだった。一番恐れていたことが起こってしまった。しかし適性を見ると言っている。ここで適性がないと見られればまだ希望はあるかも知れない。

「適性とは具体的に何のことですか」

 思い切って聞いてみた。

「ああ、それを見るために適性検査をするつもりだ。適性検査は拳銃の扱いとナイフによる対人格闘技をやってもらう。場所はこの家の近くだ。このあたりなら猟銃で狩りをしている人も少なくはない。多少銃声がしたところで誰も何も思わない」

 さらっと拳銃と言ったが、当然日本で拳銃の所持は禁止されている。どこからか仕入れたのだろう。

「日程はどうするかな。今週の土曜がいいかな。どうせ平日じゃ動きにくくなるしな」

 流れるように決まってしまった。人殺しなんてアニメやドラマ、ゲームの世界でしか体験したことがないが、次は僕自身がそれをやる番になってしまった。

 ロングにそう言われた日はその後は特に何もすることなく返された。僕とロングが話しあった後鶴留がロングに用事があると言って、僕は部屋から追い出されてしまった。場所を確認しようとスマホを取り出すと時計はまだ二十時になっていなかった。肝心な場所であったが、圏外になっていて地図アプリは機能していなかった。

 無事に家に帰り、その日はいろいろと考えを巡らせた。これから僕は実行犯となる。この事実は変えられそうにない。前以上に危険が伴う。命さえ失う可能性は充分にある。

「腹をくくるんだよ。神谷藤十郎」ロングのその一言が重くのしかかってくる。


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