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雨ノ若  作者: 八戸黎樹
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13/20

十四・十五

 十四


翌日の朝はニュースが気になって仕方が無かった。起きてすぐネットニュースを確認すると

「群馬で殺人か。合計五名が死亡」

 という見出しが見えた。タップすると間違いなく昨日僕らが起こした事件だった。詳しい内容は確認せずに階段を駆け下りる。テレビでも同じ事をやっているかも知れない。

 思っていた通りだった。しかし思ったよりかは大きく取り上げられていない。このトピックに関しては数分しか触れられていなかった。

 あまりにも僕が勢いよく階段を駆け下りたからか、母さんが

「どうしたのそんなに焦ったように降りてきて。まだ学校に行くのに急ぐような時間じゃないはずだけど……」

 と言ってきた。

「あ、ああ。そうだね。寝ぼけてたみたい」

 と寝起きで頭が回らない中、必死の言い訳を放った。間違えてでも「これ、僕の仕業なんだよね」なんてことは言えない。

 通学路を歩くにも、なんだか落ち着かない。横道から突然警察が現れて「警察です。ちょっと署まで御同行お願いします」とでも言われたらどうしようかと思ったが、学校に着くまでに警察や、パトカーの姿は見なかった。教室に入り、自席に着くと、光哉が

「よう、実行委員の調子はどうよ。そろそろ俺らのクラスも何するか決める時期だろ? 今年は何やんのかな」

 と聞いてきた。なんとなく久しぶりに光哉に話しかけられた気がした。実行委員に、ロングにと、ここ最近は忙しかったからだろう。

「ああ、そうだなそろそろ決めないと。菩薩に時間を作ってもらえないか相談してみるよ。なんかやりたいことあるか事前に相談しといてくれよ。その方が助かる。俺は何でもいいからさ」

「わかった。なんかできることあったら言ってくれよな。まあ、手伝うかどうかは内容次第だけどな」

「おう、サンキューな」

 何も変わらない光哉がそこにいた。


キーンコーンカーンコーン


とチャイムが鳴ったと同時に光哉は自分の席に戻ってしまった。

「お、手伝ってくれるのか?じゃあ今度招集が会った時に一緒に来てくれよ。ロングが生きててさ、今俺ロングの手伝いしてるんだよね」

 と言ってやりたかったが友達を巻き込むわけにはいかなかった。凶悪犯になるのは僕一人で充分だ。

 前方のドアが開き、菩薩が入ってくる。手短に朝のホームルームを済ませた。それが終わるかどうかのタイミングで後ろのドアが開き、「よっしゃ、セーフ」と言って友樹が入ってきた。

 担任が菩薩になってからというものの、こいつは前以上に遅れて学校に来るようになってきた。それでも菩薩は「もっと早く来るようにしろよー」と軽く促すだけで怒ったりしない。「はーい」と友樹は口先だけで返事をし、反省の様子を見せない。そして次の日も同じように遅れてくる。

 ホームルームが終わり、菩薩が教室を出ようとしているのを引き留め、文化祭の話し合いができないかと相談したら、「じゃあ、今日の僕の英語の時間を使っていいよ。他のクラスより進度がはやいからね。一応僕も教室には行くようにするよ」と快く快諾してくれた。

 また一つ仕事が増えた。これでは文化祭も、ロングの方にもミスが出てしまう。特にロングの方でミスをするわけにはいかない。横谷さんはもちろん、光哉にも協力をしてもらった方がいいかもしれない。

 午後になり五限の時間になった。五限は英語の時間であるが今日は文化祭でのクラスの出し物を決める。

 事前に横谷さんと前に生徒会からもらった資料の読み合わせをした。文化祭ということもあってか、かなり自由度が高くいわゆる「常識の範囲内」であれば大抵のことは許されるようだ。横谷さんから「神谷君は一年生の時、何したの? 私のクラスは確かクレープ屋さんやったんだよね」と言われた。

 自分が一年生の時に文化祭で何をやったか、すぐに思い出せなかった。当然と言えば当然か。当時は実行委員なんてやってなかったし文化祭自体の参加も乗り気ではなかった。当時の記憶をたどっている内にだんだんと思い出してきた。「確かたこ焼き屋をやったかな。たこ焼き器をみんなから集めるのが大変だった覚えがある」と答える。「なるほどね。今年は何がいいかな」

 アイデアを考えようともしない僕とは違って彼女は自分でもクラスでの出し物について考えているのだろう。

 去年も今年も僕はきっとクラスのお調子者達がアイデアを出してくれるだろうと思っていた。たとえそれがぶっ飛んでいたとしても。

「ではこれから今年の文化祭の出し物について話し合おうと思います。何

案がある人は挙手した後、発言してください」

驚愕だった。クレープ屋やたこ焼きやなんてかわいい案は出なかった。

「えー、今出た案はこちらになります」

 といって僕が黒板を指す。黒板にはメイド喫茶、キャバクラまたはホスト、パチンコが書かれている。二十代後半の人が楽しむような遊びを高校生がやろうとしているのだ。

 これらの案が出されるたび「えー」とか「やだよー」などと言った声も上がったが、何も案が出ないよりましだと思ってとりあえず黒板に書いた。

 考えてみれば、メイド喫茶に関してはただの喫茶店でも良いのでないかと思ったがそれでは盛り上がらないと考えたのだろう。

 話し合いを進める内にキャバクラやホストではプレーヤーが男女どちらかに縛られてしまうのでやめないかという意見も出たが「じゃあ女装か男装すればいいじゃん」と男子が対抗した。

 少し困って菩薩に助けを求めようとすると相変わらすすべてを包み込むような笑顔のままでいる。このときばかりは菩薩に何か言ってほしかった。

 横谷さんと二人で顔を見合わせると彼女も困ったような表情をしていた。ここからうまく軌道修正ができればいいのだが。

 放課後はまた実行委員の作業になった。だんだんと各パーツもできあがりつつあった。その間、僕はいろいろな部分の手伝いをしたりした。一番の大仕事は最後にすべてのパーツを組み合わせることだ。そこに行くまでにはまだ少し時間がかかりそうだ。

 作業している内に時計はどんどん進み、もうそろそろ終わりという時間になりそうなときだった。

「荒滝、ちょっと」

 と、荒滝さんを呼ぶ声がした。声の方向を見ると神宮さんがいた。今日も影里さんを連れている。「はいよ」と言って荒滝さんが二人の方へ向かう。

 三人のいる方向を見ると何やら資料片手に話している。おそらく文化祭関係の話だろう。

 話が終わり荒滝さんがこちらの方に向かってくる。

「よし、今日はこの辺で終わりにしよう。それと明日の放課後に全体での集まりがあるから、集合するように会長に言われたから忘れずに行くこと。いいね? じゃあ、片付けして解散」


 十五


次の日の放課後、選択講義室Aでまた文化祭実行委員の集まりがあった。今日は各部門の経過報告が主だった。早々に終わりそうになった時、「最後に本部からいいですか」と神宮さんが立ち上がり、

「みなさん、クラスでの出し物の相談は順調でしょうか。来週を目処に決定をしてください。なお、すでに決まっているクラスはこの後紙を前まで取りに来て記入、提出してください。本部のメンバーで確認します」

 とのことだった。僕らのクラスはすでに決まっていた。後ろにいる横谷さんと顔を見合わせた。書くしかない。

 全体での会が終わり、それぞれが解散となった。僕が前に紙を取りに行こうとすると他にも何人か同様にしている生徒がいた。紙を受け取って席に戻る。

 紙には出し物の名前と共に特記事項の欄が印刷されていた。書いてから制作部門に行こうと急いで書き始める。必要事項を書き終わり、提出をしようとする。すると横から

「神谷君のクラスは何をやるの?」

 と、聞いてきた人がいた。神宮さんだ。

「会長。えっと……」

 言葉が詰まる。持っていた提出用の紙を見せまいと、自分の身体に近づける。どうせ生徒会は目を通すのに変わりは無いのだが、ここで、僕の目の前で見られるのは避けたかった。しどろもどろしていると、

「にしても神谷君のクラスは話し合いが早いね。さすがだよ。僕のクラスはまだ決まっていないんだよね。影里のクラスもまだ決まってないみたいでね。まあ、早いにこしたことはない」

 と、笑顔で話し始めた。神宮さんの話を聞いている内に少し落ち着けた。そこで僕はこう答えた。

「ちょっとしたカフェみたいな物をやろうと決まりました。先輩は最後なんで納得のいく物に決まるといいですね」

 と言って神宮さんの返事も聞かず、急いで提出をして立ち去った。投げられるようにして置かれた紙には控えめな文字で「コンセプトカフェ」と書いてあった。

 教室から出ると荒滝さんや鷺宮さんをはじめとした制作部門のグループがいた。僕と横谷さんが不思議そうにしていると荒滝さんが

「おお、二人とも来たね。今日のところはもう解散でいいよ。昨日、生徒会に怒られちゃってさ『君らの部門は作業しすぎだ。会社だったら一発でひっかかる。見てる限りのペースだと後一週間ほどで出来上がるだろう?完成間近に組み立ててもらわないと保管場所にも困る』だってさ」

 昨日はそのことについて話してたのか。確かに全体像は見えてきて完成間も無くといったところまで来ている。

 今日の報告を聞く限り、他の部署はまだ作業完了には遠いようだ。クラスでの作業も始まるだろうから丁度いい。

「じゃあ、今日は解散で」

 何処か寂しそうな荒滝さんの一声で解散になった。制作部門の人はゾロゾロと帰っていく。

 荒滝さんは鷺宮さんに向かって「これから作業するときは生徒会長に作業の内容と時間を書いて第三者に持って来させろだってよ。んだよそれ。完全に監視対象じゃん」

 と愚痴をたれている。どうやら生徒会直々にこっぴどく叱られてしまったようだ。それを「そりゃ当然だろ」と言わんばかりに鷺宮さんが見つめている。

 すると鷺宮さんがこちらを向いて

「じゃあ、神谷君に持って行ってもらおうよ。彼なら生徒会にも信頼されているし」

 と言ってきた。この人は自分が紙を持って行かせられるかもしれないということを悟ったのだろう。僕を見つけ、身代わりにしてきた。

「おお、それならいいね。じゃあ神谷君よろしくね。せっかくだから凜ちゃんも一緒に連れてってもいいよ」

 と言われた。これで僕は逃げられなくなってしまった。横谷さんの方を見ると親指を立てて、軽く頷く。僕への同行に了承しているようだ。

 鷺宮さんは安心した様子でいたのは気に食わなかったが、反論しようとは思わなかった。したところで結果は変わらないだろう。

「じゃあ。二人も帰っていいよ。私たちも早めに帰らなきゃまた神宮に目をつけられる」

 いかにも残念そうなトーンで荒滝さんが言う。「それじゃあまた」と言って僕と横谷さんはその場を立ち去った。

「あれ、教室に忘れ物しちゃった。ちょっと待っててくれる?」

 と横谷さんが話しかけてきた。一緒に帰る約束をしてつもりはないが、待っててあげよう。

 横谷さんは階段を上がっていった。すると後ろから

「神谷君、さすがに今日の活動はないよね。僕の方から荒滝に言ったはずだからね」

 と、声をかけられる。振り向くと神宮さんがいた。影里さんもいる。

「昨日話していたのはそのことだったんですね。確かに毎日あの作業量だとメンバーは疲れていた感じでしたし、正直助かりました」

 僕は最近は作業量が少なかったからさほど疲れてはいなかった。しかし制作部門の人たちが疲れている風に見えたのは本当だ。大がかりな仕事な上、ミスもできないし、なんといっても扱う品が大きい。怪我のリスクも伴う。

「少し休んだ方がきっと効率も上がるし、いいと思うんだよね。明日からの作業も作業内容と時間を書いた紙を第三者に持ってくるように言っておいた。こちらがその内容を承認しなければ作業は認めないことにしたよ」

 先ほど荒滝さんから受けた説明と一致した。荒滝さんが都合のいいように話の内容を改変えた可能性もゼロではなかったが、この人が言うなら間違いは無い。今までのハードワークは強いられないだろう。

「その顔から察するに、神谷君が第三者役に割り振られたね?」

 と神宮さんがいつものような笑顔で言ってきた。この人には何でもお見通しなのかよ。と思いながら、半強制的にそうなってしまったことを伝えた。

「まあ、僕に持ってくるだけだからそこまで緊張はしないだろう? 横谷さんも一緒に連れてきてもいいよ。君たちのことは僕らはよく知っているからね。歓迎するよ」

 口ではそう言ってくれるが、なんだか気まずい事に変わりは無かった。ひとえに、まだ一言も話さないだけでなく、表情すら変えない影里さんがいつも会長の後ろにいるのが要因だろう。

「ところで……」

 いつもにこやかな表情をしている神宮さんの顔から笑顔は消えた。しかしまだ口角は少し上がっており、かろうじて優しさを感じる顔であった。

「この前学校近くの商店街でひったくりがあったらしいんだよね。犯人が逃走しようとしているところを君が捕らえたと聞いている。しかも素人技とは思えない巴投げで。僕はその場にはいなかったが、後々にその場にいた人から聞いてね。神谷君のおかげでけが人はゼロ、バッグをひったくられた被害者も何も取られなかったらしい。確か神谷君は帰宅部だったよね。巴投げなんて柔道部でも簡単にこなせる技ではないと思う。当然僕もできない。その技はどこで習得したか僕は非常に気になるな」

 ヤバい。あの日の僕の行動がばれていた。しかも事実だけでなく詳しい内容まで押さえられている。感謝状の受け取りは断ったし、あの日は制服を着てなかったから一般人に学校まで特定することは困難に違いない。僕を知るこの人の知り合いが近くにいたに違いない。何と言おうか。とりあえずあの時と同じ嘘をつくことにした。

「中学の時、柔道の授業で巴投げを教わりまして、体育の先生が熱心だったのもあって。それで身体が覚えてたって感じですかね」

「なるほどね。今度是非僕にも見せてほしいな。護身術程度には役立つかも知れない」

 神宮さんはいつの間にか笑顔に戻っていた。後ろの影里さんは相変わらず表情を変えない。

「ごめん、ごめん。以外と時間かかっちゃった」

 と言って横谷さんが階段から降りてきた。二人を目にしたのだろう。「あ、神宮さんに影里さん。どうも」と軽く挨拶をした。

「横谷さんも帰ってきたことだし、解散にしようか。気をつけて帰ってね」

 と言って僕と横谷さんは昇降口へ向かおうと神宮さんたちに背を向けて歩き始めた。角を曲がり、先ほど僕たちが立っていた場所から見えなくなったところで僕は横谷さんに「先に行ってて。すぐ向かう」と小声で伝え、僕は角で二人の話に耳をそばだてる。

「優華、記録は?」

「問題なくできてる」

 二人の会話が聞こえる。

「横谷さんが来なきゃあのまま進められたのにね」

「会話の状況は良かったんだけどなぁ。また次の機会にするか」

 それから二人は会話を続けるがだんだんと聞こえにくくなっていった。二人は僕らと反対方向に歩き始めたのだろう。

どういうことだろうか。今の会話は録音されていた。もしかしたら今までの会話も録音されていたのかもしれない。あの人達は僕がロングと繋がって犯罪を起こしていることを知っているのだろうか。

そして副会長の「横谷さんが来なきゃあのまま進められたのにね」とはどういうことだろうか。会長に何かもくろみがあることに間違いはない。これから気をつけなくてはいけなくなると同時にこれは一応ロングに報告しておくべきだと思った。

 あれが生徒会への勧誘ならどんなに気が楽だろうか。あの話題を振ってきている時点でその可能性は限りなくゼロに近かった。



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