十二
十二
そしてとうとう土曜日になった。朝起きるとロングから渡されたスマホに
今日、群馬に移動してもらう。十七時にいつもの場所に来い。こちらから指定する持ち物は特にない。一泊することを考えて必要な物は自分で用意してくれ
とのことだった。前日とはいえ、さすがに緊張してくる。明日、目の前で人が殺されるのを黙って見ていなくてはならない。さらには自分が逮捕される恐れがある。明日を境に何かが自分の中で変わってしまうような気がする。
最悪のケースを考えて、午前の暇な時間を護身のための練習時間に当てる。先週の繁華街での技は奇跡的にうまくできたから良いが、次もうまくいくとは限らない。
時間になり、集合場所に向かう。親には光哉の家に泊まると言って家を出た。持ち物は最小限に納めようとしたが、どうしても大きめのスポーツバッグを持っていくしか方法がなかった。しかしこれはかえって自然であろう。
時間になりいつもの集合場所に向かうと鶴留がいつもより大きめな車の外で待っていた。助手席には菅沼も乗っている。車の方に歩く僕を見て鶴留が
「おいおい、その荷物は何だよ。旅行に行くんじゃないんだぞ」
と言う。それに対して僕は
「すいません。あまり軽装だと親に不信感を抱かれると思いまして……」
と答える。「ああ、そうか」と言って鶴留は後部座席に乗るように指示する。
車に乗り込むと、助手席に乗り、スマホで何やらSNSをいじっていた菅沼から
「おう、よろしくな」
と、こちらを振り向きもせずに一言声をかけられた。よろしくお願いします。と僕も返す。
菅沼は慣れているからか、リラックスしている様子に見えた。すると外にいた鶴留は僕にアイマスクや帽子をかぶせることなくドアを閉めた。運転席に乗り込む。
「今日はアイマスクと帽子つけなくていいんですか」
と、思わず聞いてしまった。緊張も相まってか、ほとんど無意識に聞いていた。
「今日は事務所には向かわずに現場近くに直接向かう。その場所をお前に隠す必要は無いからな」
と言って車を発進させた。
「群馬のどこまで行くんですか」
「太田市だ」
そう言われると僕はスマホを取り出し、地図を開く。太田市は埼玉県との境目で、ここから二時間ほどで着く。暗くなり始めた窓の外を眺めながら、運命の時間が刻一刻と近づいてきていることを感じる。
「おい、着いたぞ起きろ」
そう言われて自分がいつの間にか眠ってしまっていたことに気づいた。すいませんと言ってあたりを見渡すと辺りは真っ暗で、街灯が少ないことに気づく。
車から降りて外に出ると、目がだんだんと暗さに慣れてきた。改めて辺りを見回すと辺り一帯には畑が広がり、都会とはまた一風違った風景が広がる。
「今日はここに泊まる」
と言って鶴留が指した方向には一件の平屋が建っている。誰かの家なのだろうか。一日だけを過ごすのには少し豪華すぎると思うほどだ。
鶴留が玄関に向かい、鍵を開ける。「お前は先に入ってろ」と、僕に言う。
平屋に入るとそこは一般的な家のように感じた。リビングに入るとテーブルに椅子が四つ、他にもソファやテレビもある。壁に取り付けてある電気のスイッチを押すと部屋全体が光を帯びる。より詳しく部屋の中が見えるようになった。ソファ近くの地面に荷物を置き、ぼーっとあたりを見回すとより一層生活感があるように思えた。
玄関では鶴留と菅沼が何やら大きめなアタッシュケースのような物を家に入れている。
一段落して、僕が車で寝ているうちにコンビニで買ったであろう食べ物で晩ご飯を済ませた。
そこから一休みをする暇も無くテーブルの上に地図が広げられ、明日に向けた作戦会議が始まった。
「明日はここの住宅街の路地を使う。時間は十九時前後だ。この辺は街灯が少ないし周りは充分に暗くなる。それに加えこの辺は住民の数も少ない。犯行は比較的やりやすいはずだ」
そう言いながら鶴留が指している場所を見ると、その場所は国道から離れていて、地図上で見る限り道も細い。この辺の様子からして車がすれ違うのが難しいくらいの道幅かもしれない。さらに道自体も長くなく、裏路地といったイメージを抱く。
「具体的な作戦だが、前にも言ったとおり実際に犯行に関わるのは菅沼だけだ。俺とお前はそれぞれ道の両方の入り口に潜んで近くに来る人間を監視する。俺が西側でお前が東側だ。とりあえず五人くらい殺せれば充分だろう。それで、犯行中はこれで連絡を取り合う」
と言って鶴留がバッグから取り出したのはインカムのような物だった。
「これを使えば全員が連絡を取り合うことができる。これを使って俺とお前は菅沼に道に入ってくる人間を報告する。仕事が終わったら車で逃げる。車は東側に置いておこう。逃げるタイミングは俺が決める。それに関してもインカムで連絡を取り合う」
かなりシンプルな作戦だった。初めての僕がいるからかもしれない。作戦を聞く限り当日、僕は単独行動になる。一つのミスが作戦の失敗に繋がる。犯罪者に協力するのには気が引けたが、ミスをするのはもっと嫌だ。
「それに明日は互いを名前でなく、俺がT、菅沼がS、お前はKと呼び合う」
コードネーム的な物か。田舎での犯行でも身バレを防ぐための細心の注意を払うあたり、犯罪になれているのだろう。
「何か質問は?」
鶴留が僕らに尋ねる。僕は首を横に振り、菅沼も同様にする。
「じゃあ、明日は十八時半頃ここを出る。それまで基本的にはここから出るな。庭に行くくらいなら問題ないが、遠出は厳禁だ。K、お前が最初に風呂に入ってこい」
そう言って前日の作戦会議は終了した。明日に備えて早く寝た方がいい。僕は風呂場へと向かうのだった。
朝起きると菅沼と鶴留はすでに起きていて、朝食を食べている。スマホで時間を確認すると、まだ朝の七時だった。
昨日お風呂に入るのに、ボディーソープやシャンプーを持ってきていないことに気づいたが、驚いたことに浴室に二つともあったのだ。そして二人は今朝食でパンを食べている。昨日の晩ご飯の時にテーブルの上にあったビニール袋にパンは入ってなかったはずだ。さらに寝床もそれぞれに敷き布団が用意されていた。この家は最近まで誰かが住んでいたのだろうか。まさか最近殺した誰かの家なのか。
身体を起こし、二人に近づく。思い切って聞いてみることにした。
「鶴留さん、この家は誰の物なんですか。隠れ家にするには設備が整いすぎているように感じます。これまで僕が連れて行かれていた東京の事務所と違って生活感があるように思えて仕方ないんですが」
「言ってなかったか? ここは俺の家だ。太田市の出身ではないがボスに世話になるくらいから今までここに住んでいる。まあそろそろ引っ越し時かとは思っているんだがな。事務所に近い位置に住みたいとは思っているが時間が無い」
「そうなんですか。知らなかったです」
僕の質問に対する答えは非常にシンプルだった。鶴留の家だったのか。今でも住んでいるというならばここまで家具がそろっていて、食料があったとしてもおかしくない。
とりあえず誰かの家を奪って生活していないと知れただけ安心できた。
「パンしかないけどいい?」
腑抜けたような声で菅沼が聞いてくる。「はい。問題ないです」と言うと菅沼は立ち上がり、キッチンの方に向かう。入れ替わるようにして僕は菅沼の横に座る。
会って間もないが鶴留より菅沼の方が関わりやすいと感じる。鶴留の正面に座り、様子をうかがう。鶴留はコーヒーをすすりながら、何やらスマホを見つめている。
気まずくなって僕もスマホを取り出してSNSを確認する。一通り見終わっても何かを見ているようなふりをした。
少ししてから、はいよ。と言って僕の前に焼かれたパンとバターが置かれる。これから置かれる状況が違うだけでいつも通りの朝といった雰囲気だった。
食事中、あまりに鶴留の方を見過ぎたせいか、菅沼から
「そんなに見てもこいつは急に襲いかかったりしてこねぇよ」
と言われてしまった。菅沼がそう言うあたり、鶴留が他人に怖がられているというのは一般的であるということなのだろう。
「飯を食い終わったら昼前まで菅沼がこいつの護身術の練習の相手に付き合ってやってくれ」
「りょーかーい」
また、腑抜けた声で菅沼が返事をする。こいつは本当に実行犯としてやっていけるのか。ここにいるからにはある程度実績のある人物なのだろうが、どうも信用できなくなってきた。確かに筋肉質でかなり体格はいいと言える。だが、こいつが失敗したら僕らはおそらく逮捕。考えてみればその方が楽になれるというような気もするが、その後の生活に支障が出ることは間違いない。
朝食を食べ終え、身支度を済ませて外に出る。庭はコンクリートなのでより実戦に近いかたちで練習ができると思った。さらに、昨日は暗くて気づかなかったが、家がある敷地全体を高めの塀が覆っていて、所々に木が生えている。この辺に人があまり住んでいないことも考慮すると庭で何かをしていても外から気づかれることはなかなか無いだろう。
しかも鶴留のこととなれば近所付き合いもいいとはいえないはずだ。周りの住人から常に警戒されていたとしても不思議ではない。
「じゃあ、軽くやっとくか」
菅沼の合図で練習が始まった。
一時間ほど練習しただろうか、菅沼の「そろそろ終わりにするか。この一週間でかなりレベルの高いところまで持っていけていると思うぞ」という意見が聞けたので満足だ。
「お前、巴投げのレベルがかなり高いな。まさか学校の友達に仕掛けて練習したんじゃないだろうな」
と冗談めかして言ってくる。実際、友樹あたりに仕掛けようとは思っていたがさすがにやめた。
「まあ、意外とやってみたらできたって感じですかね」
「一番重要度の低い技だが、うまくできていて損はないだろう。他の技術も一週間でかなりうまくやれているようだが、油断はするなよ」
いつの間にか鶴留が外に出てきていて、ドアの前で見ていたようだ。鶴留からも認められたととれる発言をしてもらえたことは僕の中での成長だった。
「シャワーでも浴びて、夜に備えるか」
菅沼がそう言うと、僕は菅沼について行くようにして家の中に入った。




