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雨ノ若  作者: 八戸黎樹
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10/21

十一


次の日、朝起きて自分の携帯に何も連絡が入っていないことを確認するとロングから預かった携帯を次に取り出す。そこには

 

今日の十三時に例の場所に来い

 

と連絡が入っていた。

せっかくの土曜日だが、連絡を無視するわけにはいかない。俗に言う休日出勤とはこのことなのかもしれない。文化祭の買い出しとかぶらなかっただけありがたいと思うしかなかった。

時計は九時半を指している。集合時間にはまだ余裕がある。まだまだゆっくりできそうだ。時間になるまで僕はネットサーフィンをしたり、本を読んだりして時間を潰した。

やがて集合時間になり、コンビニから車に乗る。いつもの部屋に連れられるとロングから

「奴らの顔は大体覚えたか?」

と聞かれた。

「まあ、大体は」

と答えるとロングは満足そうに頷いた。

「では本題に入ろう。神谷君。我々は次にちょっとした事件を起こそうと考えている。それに君も参加してもらうことにした。いいね?」

「いいね?」と聞き、僕に選択権があるように思えるが、僕の答えは「はい」の一つしかない。まるで昭和の運動部ではないか。

「では詳細について話そう。予定は来週の日曜日、場所は群馬県だ。土曜日に移動してもらう。具体的な犯行は無差別殺人だ。鶴留君と群馬にいる仲間に手伝ってもらうことにした。現場リーダーは鶴留君に任せてある」

次は群馬での犯行か。最近、ロングは行動を起こしていないから事件が起きれば再び混乱が生じるだろう。

「僕は何をするんですか? 見学ですか」

「ああ、君には基本的に今回は見学だ。我々の犯行の様子を見たり、そのほかの雑用をしてもらう予定だ。だが、油断はできない。神谷君にも最低限の技術は習得してもらう」

その言葉を聞いたときに僕はぞっとした。自分の手を汚す時が来てしまったのかもしれない。ただの高校二年生が立派な犯罪者になろうとしているのだ。

「これから一週間、実行に向けての準備に入ってもらう。詳しいことは鶴留君に任せている。くれぐれもしくじるなよ」

そう言ってロングは怪しげな笑みを浮かべる。

「じゃあ、鶴留君、彼を練習場まで連れてってくれ。後は頼んだよ」

「了解しました」

突然練習場という単語が出てきて驚いたが、聞いても答えてくれるとは思わなかったので黙って鶴留について行くことにした。

「ああ、そうだ。明日は招集しないからゆっくり過ごしなさい。今日はこれからが大変だろうからね」

「わかりました」

と言って鶴留と部屋を出た。

これから練習場というところに連れて行かれるらしい。殺しの練習でもさせられるのだろうか。少し不安ではあったが、やるしかないようだ。

「お前はその部屋に入っていろ」

突然鶴留が僕が初めてここに来たときに椅子に縛られていた部屋を指さしてそう言う。

「おれは仲間に連絡を入れる」

「わかりました」

そう言って僕はドアを開け、部屋に入る。あのときと何も変わってないはずが、どこか部屋が広く感じた。廊下にいた鶴留がドアを閉め、電話をし始めた。

僕はドアに近づき、その会話の盗み聞きを試みた。

「俺だ。次は群馬での犯行を予定している。日程は来週の日曜。場所はまた追って連絡する。学生がいるがこっちでなんとかする」

意外と筒抜けだった。脳筋だからか、会話を聞かれないようにするという基本的な配慮というものに欠けているのかもしれない。

急にドアが開いて、盗み聞きしているのがばれては困るのでこの辺でドアから離れることにした。ドアから離れても何か音がしている程度に電話の声が聞こえるが何を言っているかまでは聞き取れなかった。

それから程なくしてドアが開き、鶴留が「行くぞ」と言ってきた。

練習場と言われる場所に向かうらしい。いつも通りアイマスクと帽子をかぶらされた。どこに連れて行かれるか分からないということがいつも以上に僕の不安を煽った。車の左右の揺れでさえ、どこか不気味に感じた。

車を下ろされるとそこは外だった。アイマスクをしていたので、急に入ってきた日の光がまぶしかった。目が慣れてきてからあたりを見回してみると大きな機械が至る所にあった。しかし状態を見るに、今は使われていないものだろう。なんとなくそこは鉄工場といった雰囲気を感じ取った。

鉄工場といっても、屋根とそれを支える柱があるだけで壁はなく、風が吹き抜ける。当然だが市街地から離れているのだろう。車や生活音は全く聞こえない。これから何をさせられるのだろうか。

「犯行までの一週間で犯行に必要な技術全てを学ぶのは不可能だ。だからまずは相手の動きを封じる目的での動きを学んでもらう」

 鶴留がそう説明をしている時に敷地内に車が一台入ってきた。

 鶴留の反応を見る限り、その車は仲間の物なのだろう。僕らが乗ってきた車の隣に横付けした。その車から降りてきたのは鶴留よりかは若干年を食っているように見える男だった。

「よう鶴留」

 と声をかけてきた男に鶴留は

「よう菅沼(すがぬま)。こいつが例の学生だ。今回の計画に参加することになっている」

「こいつか。頼りなさそうだが平気なのか? 足を引っ張られちゃごめんだぜ」

 菅沼という男は服の上からでも分かるほどの筋肉を持つことからもいかにも体育会系といった印象だ。菅沼が僕の方に近づき、

「ようぼっちゃん、せいぜい警察にパクられないように気をつけるんだな。いざとなったら俺らはお前を追いて逃げられるからな」

 そう脅してきた。明らかに僕をなめている様子だったので急所に一発入れてやろうかと思ったが、二対一では勝ち目がない。ここは大人しくしておこう。

「じゃあ、始めるぞ」

会話を遮るようにして鶴留が言ってきた。

「まず覚えておくべきなのは、お前は人を殺す必要は無いということだ。今回は見学がメインで、実際の犯行は菅沼が単独で行う。俺は菅沼のサポートだ」

 菅沼という男が実行犯になるということは、こいつはかなり腕があるのだろう。

 ここで一つ気になったのは、菅沼のほうが鶴留より年上に見えたが、鶴留は菅沼に対して敬語を使わない。なんとなく裏社会では上下関係が厳しいと思っていたが、実際はそうでないのかもしれない。それとも、見かけによらず二人は同級生なのか。仲間意識が強くなりすぎて、情が芽生えては困るためそれ以上は気にしないことにした。

「そこで、お前は第三者に犯行を見られたり、自分の身に危険を感じたときに護身的な意味を持つ技術を学んでもらう。菅沼に来てもらったのはお前の相手をしてもらうためだ」

 と言って、そこから具体的な柔術や攻撃方法などを学んだ。筋肉質な菅沼を相手に技を仕掛けるのは至難の業であるが、かなりうまくできたときもあった。それは二人からも「身体の使い方は悪くない」と言わせるほどだった。

 そして意外にも二人の技術指導はかなり分かりやすかった。世界が違えば彼らは柔道などのスポーツ系の指導者になっていたかもしれない。

一通り技術を習い、練習が終わる頃には夕方になっていた。絵に描いたような夕焼けが僕らに降りかかっている。

「これからほぼ毎日ここに来て練習をする。まだ覚えてもらうことがあるからな。今日教えたことを家でもしっかり復習するように。学生なんだからこういったこと言われるのは慣れてるだろ」

 鶴留がまるで学校の先生のように言ってきた。素直に聞くことはいけ好かない感じがしたが、自分の人生がかかっていることもあり、家に相手はいないが自主的に身につけておく必要がありそうだ。

「素質は充分にあるはずだ。こりゃ出世するかもな」

 という菅沼の発言にどんな意図があるかは分からなかった。

「じゃあ、今日のところは解散にする。菅沼も急で悪かったな。明日は招集は無いはずだ。どうせ一日筋肉痛で動けないだろうが、明日は休むといい」

 確かに今でさえ所々身体が痛む。明日の買い出しに響かなければいいが。

 その後、菅沼とは鉄工場で別れ、鶴留と一緒に車に乗り込んで帰り道に向かう。いつものコンビニで下ろされると鶴留は何も言わずに帰ってしまった。スマホを取り出すと十七時を指している。特に用はないので今日はまっすぐ帰ることにした。

家に帰ると午後のニュースが流れている。

「今日昼過ぎ、埼玉県のコンビニに強盗三人組が入り、現金二十五万円を奪い、逃走する事件が起こりました。犯人は現在も逃走中で、警察は捜査を続けています」

埼玉での強盗か。ロングに関係のある人かと思ったが、次は群馬での犯行を計画していると言っていたことから、突然埼玉で事件を起こすとは考えにくい。あいつとしても鶴留や菅沼など、実力者を犯行に使いたいはずだ。今回はあいつらとは関係ないだろう。

自室に戻り、今日習ったことをこっそり部屋で練習をする。やはり相手がいないことからイメージしにくい技もあったが、こればっかりは仕方ない。学校に行ったときにでも友樹に仕掛けてやろうか。一般人の感覚に近いであろうから実践に近い練習になるかもしれない。

夕食まで時間があるので少しベッドで横になる。横になっていても身体の節々が痛むのを感じる。今日は久しぶりに運動した。これが健康のための運動であれば最高だったかもしれないが、人の動きを封じる動きを練習するための運動と考えると気が引ける。一週間後には実際に犯行を目にしなくてはならない。自分が加担するのだ。今更警察に通報しようという気にもならなかった。鶴留や菅沼を指しだしたところで僕や僕の周りに何か起こるのは確実だ。その道に進んでしまったからには貫き通すしかないのか。そう考えている内に眠りについてしまった。

目を覚ますと、十九時になっていた。携帯を確認すると荒滝さんから連絡が入っていた。「明日は九時に学校の校門前集合でお願いします」

明日は一般社会に溶け込まなくてはならない。まだ裏社会に染まったわけではないがこれからもこんな日が続くと思うと少し嫌になる。明日に備えて今日は早めに休みたい。そう思って一階に降りる。


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