第20話 踊り、踊らせ②
聞き慣れた声。見上げた先に、猫の耳。
「アズキさん……。」
「全く、不躾すぎて聞くに耐えませんね。」
呆れたようにそう言ったアズキは、腕組みをして少女のことを静かに見つめていた。
「そうなんです……! ルキオラくん、ひどいんですよ師長! 」
少女は、先ほどまでの悪意などまるでなかったかのようにアズキにすり寄る。まるで自分がいじめられたとでもいうような態度に、ルキオラが「おい!」 と声を上げる。
「あなたのことですよ。ミコ。」
アズキはルキオラを制すると、少女――ミコをまっすぐ見下ろして言った。
「初対面の人と話す時はまずは自己紹介をするのが礼儀でしょう。いきなり相手の事情を探ろうとするのは下世話というものです。」
「私、探ろうとなんてしてません……! ただお話したくて……! 」
「話がしたいのなら、もっと平和的にいくべきです。あなたのその関わり方はいじめと変わりませんよ。」
「ひどい! 私は本当に……! 」
「あなたがどういうつもりだったかは知りませんが、私の目にはそう映りました。」
一歩も引かないアズキを、ミコは苛立ちを隠そうともせず睨みつける。
「……教官に言いますから! 」
「どうぞ。ご自由に。」
唇を噛み、グッと拳を握りしめたミコは早足でどこかへ行ってしまった。
ミコがいなくなり、周りの空気が動き出したような感覚がして、アルデアはほっと息をついた。
「アズキさん。ありがとう……ございます……。」
「ああいう手合いに真面目に付き合う必要はありません。時間の無駄です。」
アズキは一言そう言うと、ルキオラの頭にぽんと触れる。
「あなたも、手を出さなかったのは偉かったですね。よく堪えました。」
「……うす。」
少しこそばゆそうな表情のルキオラの後ろから、明るい声が響く。
「いたいた! アズキさん、急にいなくなるから戻っちゃったのかと思ったよ! 」
小走りに駆け寄ってきたのは、トレイを手にしたミリカだった。アズキはトレイを受け取ると、「失礼。後は自分で運びますので。」とその場を立ち去ろうとした。それが何だか惜しい気がして、アルデアはアズキのスクラブの裾を掴む。
「何ですか? 」
「アズキさん、お昼今からですか? 」
「そうですが。」
「一緒に食べませんか? 」
「え!? 」
ルキオラが驚いたように声を上げる。
「あー……まあ、構いませんよ。」
金色の目を一瞬泳がせたアズキは、アルデアに導かれるまま彼女の隣に腰を下ろした。
「アズキさん、お昼はいつも何を食べてるんですか? 」
「こういう感じのものです。魚か肉が多いですね。」
アズキがトレイを少し傾けると、生肉や生魚がきれいに盛り付けられた皿や、生卵の入った小さなグラスが見えた。
それを見たルキオラはうっと気色悪そうな表情を浮かべる。
「全部生じゃないっすか……。腹壊さないんすか? 」
「大丈夫です。猫又ですので。」
アズキはマスクを持ち上げると、フォークに刺した肉や魚をその隙間から器用に口へ運んでいく。
「マスク……外さないんですか? 」
「いいのです。マスクがあっても食べられます。」
卵の入ったグラスに口をつけてコクリとひと飲みしたアズキは、さっきからずっと引いたような表情で自分を見ているルキオラに釘をさす。
「ルキオラ、人の食事をそんな風に見るものではありません。」
「いや、だって……。」
「生の卵、どんな味なんですか? 」
アルデアは言いよどむルキオラを遮る。
生ものを食べることに抵抗はあったが、アズキの食事がなんだか美味しそうに見えたのだ。
「見た目通りですよ。卵の味。特に黄身は濃厚でうま……美味です。」
「へえ! お腹壊さなかったら食べてみたいです! 」
「慣れない者はやめておいた方が無難でしょうね。」
肉の最後の一切れを口に入れたアズキは、思い出したように言う。
「私がいた国の人間は炊いた米に卵と調味料をかけて食べていましたね。」
「お米に!? 合うんですか? 」
「さあ。私は食べたことがないので知りませんが、それを食べている人間は満足気な顔をしていました。」
肉が飲み下され、喉が動く。
「すごいですね……! 不思議な国! 」
「不思議……そうかもしれませんね。」
アズキは静かにフォークを置くと、腰のベルトからあの不思議な形の入れ物を外す。そして2人に背を向けてその中身を飲み始めた。
「それ、変わった形ですよね。水筒ですか? なんだか木の実みたい。」
「これは瓢箪といって、瓜の実から中身を取り出して乾燥させたものです。金属の水筒では腐食してしまうので、中に特殊なコーティングを施して使っています。」
「何が入っているんですか? 」
「塩水です。」
「塩水!? しょっぱそう……! 」
「何でそんなもんを……? 」
「……ただの嗜好ですよ。」
「塩水って、ほんとに塩だけですか? 」
「たまに乾燥させた昆布など入れる時もあります。出汁が出てうまみが増すので。」
「う、うまみ……。」
戸惑うアルデア達を尻目に、アズキはあっという間に塩水を飲み終える。一つあくびをした彼女は「それでは」とトレイを持ってどこかへ行ってしまった。
急に食卓が静かになり、少しだけ気まずさを覚えたアルデアは牛乳の小瓶に口をつける。
「アズキさん、変わってるけど面白いよね。」
「面白いか……? よく分かんねえよあの人は……。」
ルキオラも同じだったのだろうか、空になった牛乳瓶が手の中で弄ばれていた。
「……ルキオラ、この後はどうするの? 」
「予習してから帰る。」
「毎日すごいね。勉強好きなんだ。」
「別にそんなんじゃねえし……。」
会話が途切れる。周囲の賑やかさが2人の無言を際立たせている気がして、アルデアは頭の中で必死に話題を探した。
(何か、何か言わなきゃ……。)
そこで彼女の目に留まったのは、ルキオラのタルシアにぶら下がった小さなキーホルダーである。シルバーのメッキが施してあるシャチのマスコットと、よく見えないが何か小さい文字が刻印してあるプレートがついている。
普段自分のことをあまり話さないルキオラだ。その個人的な部分に初めて触れたアルデアは、俄然彼に対して興味が湧いていてきた。
「そういえば、ルキオラってどこの部屋なの? 寄宿舎で会ったことないよね? 」
「別にどこでもいいだろ……。」
そのつんけんした態度にも慣れてしまった彼女は、お構いなしに続ける。
「男子寮と女子寮でリビングが違うわけじゃないよね? ご飯の時もいないから不思議だなって……。」
自分でそう言って、アルデアはふと気付く。
「ていうか、ルキオラだけじゃなくて、他の子たちとも会ったことないや。みんないつもどこにいるの? 」
ルキオラは頬杖をついたまま呆れたように言った。
「お前……知らないのかよ。 寄宿舎来たばっかりのヤツは、他のヤツらとスケジュールズラしてあんだよ。」
「え、なんで? 」
「詳しくは知らねえけど、何かあんじゃねえの? 」
――いい加減である。
(セダムさんに聞いてみようかな……。)
アルデアはぐいっと牛乳を飲み干す。もはや先ほどミコに言われたことなど、もうすっかり忘れてしまっていた。
ーーー
午後の授業を終えて寄宿舎に帰ったアルデアは、まっすぐセダムのいるキッチンへ向かった。
美味しそうな香りの立ち込めるキッチン。大鍋で何か煮込んでいたセダムが、「おかえり」と手話で彼女を迎え入れる。
「帰りました。あの、セダムさん。ちょっと聞きたいことがあって。」
セダムはアルデアの様子に首を傾げ、背後に浮かぶソノリスを手に取る。
『どうかした? 』
「寄宿舎に入ったばっかりの子は、生活スケジュールが他の子とズラしてあるって本当ですか? 」
ああ、といったような表情を浮かべ、セダムはソノリスに指を滑らせる。
『最初の半月だけ、そうすることにしてる。まずはここでの生活に慣れてもらわないといけないからね。』
「どうしてなんですか? 」
『みんな家族から引き離されてここに来るでしょ? 一人でゆっくり気持ちを整理する時間も必要だから。』
アルデアはここに来たばかりの時のことを思い出した。
スピカを喪い、ルーナとも離れ、ようやく慣れ始めた医療部の人々とも別れて、不安や寂しさでいっぱいだった。セダムは時折お茶やおやつをもって彼女の部屋を訪れ、魔法学校であった出来事や他愛ない話を聞いてくれたりして、そんな時間がアルデアの心を少しほぐしてくれて――。
確かに、ここに来てすぐに他の子と出会っていたとして、きちんと仲良くなることは難しかったかもしれない。
『寂しい? 』
黙り込んでしまったアルデアを見て、セダムが問う。
「いや……でも……。はい、そうかもしれないです……。」
正直な気持ちを口に出すのは、少し恥ずかしい。
『そっか。他の子と関わりたいと思えるようになったのはいいこと。』
『もしアルデアがいいのなら、明日からスケジュール合わせてみようか。』
「え! いいんですか! 」
『みんないい子たちばかりだから、仲良くしてね。』
セダムがにこりと微笑む。
アルデアは、新しい出会いへの期待に胸が躍るのを感じた。




